航路統制キー
第4章 航路統制キー
会議室の空気が静かに張り詰めた。
「航路統制キー?」
アルクがゆっくり言った。
ケードはうなずく。
「帝国灯台には、最初から統制機構が組み込まれている。」
ホロ画面に灯台ネットワークの図が表示される。
無数の点。
それぞれが航路灯台。
ケードが続ける。
航路図の中心に小さな鍵のマークが表示された。
「航路統制キー。灯台の同期を変えられる。」
ルナが目を細めた。
「じゃあ……
帝国が同期を止めてるのも、そのキー?」
ケードはうなずく。
「そうだ。」
アルクが聞く。
「どこにあるんです?」
ケードは答えた。
「同期統制艦だ。」
リアが口を開いた。
「……ありましたね。」
アルクが振り向く。
リアは少し考えこむように言う。
「帝国灯台の同期を遠隔で調整する軍用艦。
聞いたことがあります。
ただ……」
彼女は首を振る。
「詳しい運用は機密でした。」
ケードが言う。
「今回はそれが大量に動いている。」
航路図が拡大される。
点が二十個ほど現れる。
「二十隻。」
ルナがつぶやいた。
「そんなに?」
ケードが答える。
「辺境全域に散開している。
灯台の同期を止めれば航路は不安定になる。
交易は止まり、補給は滞る。」
アルクは静かに言った。
「辺境が封鎖される。」
ケードがうなずいた。
「そうだ。
二十隻の同期統制艦は、それぞれが航路統制キーを持っている。」
ノアが尋ねた。
「同じキー?」
「そうだ。」
ケードが言う。
「灯台管理システムは分散構造だ。どの統制艦からでも制御ができる。」
ルナが言う。
「ってことは……」
アルクが言った。
「どれか一隻からキーを取ればいい。」
ケードが静かにうなずく。
「そういうことだ。」
ケードはアルクを見る。
「これを奪ってほしい。」
ルナが言う。
「帝国軍から?」
ケードが答える。
「そうだ。」
ガロンが低く言う。
「簡単じゃねえな……。」
ケードがうなずいた。
「だから君たちに頼んでいる。」
アルクが聞いた。
「俺たちに依頼する理由は?」
ケードは言った。
「辺境には正面から襲うだけの戦力はない。
そのうえで、君たちに頼む理由は二つある。」
指を立てる。
「一つは、実績だ。
今まで、不可能に近い作戦を成功させている。」
ルナが胸を張った。
ケードが続けた。
「二つ目。」
ため息をついて、少し間を置く。
「他の船はこの依頼を受けてはくれないだろう。」
ノアが言う。
「帝国が相手だから?」
ケードがうなずいた。
「その通りだ。
この作戦を引き受ければ、帝国に敵対し、商売はできなくなる。」
ガロンが言う。
「確かに、普通は断るな。」
ケードがアルクたちを見る。
「だが君たちは違う。
すでに帝国に追われている。」
ルナが言う。
「まあね。」
「だから引き受けられるのは君たちだけだ。」
部屋が静かになる。
リアが口を開く。
「ですが」
全員が彼女を見る。
「同期統制艦は軍の重要艦です。
護衛もつくはずです。」
ケードが言う。
「確かに、ついている。」
航路図が拡大された。
同期統制艦の周囲に三つの点。
「各艦に駆逐艦三隻が護衛に付いている。」
ノアが言う。
「役割分担は?」
ケードがうなずく。
「外周警戒。中距離迎撃。近接防御。」
アルクは航路図を見つめた。
典型的な防御配置だ。
ルナがつぶやく。
「……無理じゃない?」
ガロンがうなる。
「普通はな。」
アルクは黙っていた。
ケードが言う。
「もちろん簡単じゃない。だが一つ有利なことがある。」
アルクが顔を上げる。
「何です?」
ケードは答えた。
「帝国は、君たちを想定していない。
航路を読む能力を、帝国は理解していない。」
ルナが小さく笑う。
「それはそうだね。」
ノアが言う。
「でもさ。キーを盗むってどうやって?」
ケードが答える。
「まず、通信ネットワークに侵入してもらう。」
ホロ画面に別の図が表示された。
同期統制艦の内部構造。
通信アンテナ。
「灯台ネットワークは通信制御だ。統制艦も同じだ。」
ノアが少し考えて尋ねた。
「通信ネットワークに侵入するためには、パスワードが分からないと。
それにキーにアクセスするときに、別のアクセス用のパスワードも必要。」
ケードは少し笑った。
「そこは運がいい。
帝国内の協力者から、どちらも入手している。」
ノアが身を乗り出す。
「ほんと?」
ノアが笑う。
「それならいけるかも。」
画面が切り替わる。
帝国軍の通信仕様。
暗号構造。
ケードは続けた。
「パスワードは入手済みだ。」
「つまり。」
ノアが言う。
「ネットワークにリンクさえできれば、キーを吸い出せる。」
ケードが言う。
「ただし、」
彼は画面を拡大した。
同期統制艦。
周囲の駆逐艦。
「リンクには時間がかかる。
その間、護衛艦が黙っているとは思えない。」
ガロンが腕を組む。
「戦闘になるな。」
ルナがアルクを見る。
「どうする?」
アルクは航路図を見ていた。
漂流船。
襲撃。
乱れる航路。
そして灯台。
このままでは辺境は止まる。
アルクは静かに言った。
「やる。」
ルナが笑う。
「だよね。」
ノアもうなずいた。
リアは少し考えたあと、静かに言う。
「私もいっしょに。」
アルクが彼女を見る。
リアは言った。
「元帝国軍人として、帝国の作戦には賛成できません……。」
少しだけ間を置く。
「ブラッククラウンの一員として、みなさんといっしょに。」
ケードが小さく息を吐く。
「決まりだな。」
ケードが続ける。
「作戦の現場指揮官はこの男だ。」
画面に一人の男が映る。
若い。
まだ四十才前後。
軍服には中将章。
「レイグナー中将。
若手だが有能らしい。」
アルクはその顔を見つめた。
この男が辺境の航路を止めている。
ケードが言う。
「このままだと、辺境は干上がる。」
彼は画面を操作した。
航路図が拡大される。
二十隻の同期統制艦。
その一つだけが赤く点灯した。
「目標は、この艦だ。」
アルクが聞く。
「理由は?」
ケードは答えた。
「周辺航路が複雑だ。」
ルナが操縦席を思い浮かべる。
「星間流が入り組んでるってこと?」
「そうだ。この宙域は星間流が常に乱れている。
普通の船は入れないから、帝国軍も油断している。
だが、ブラッククラウンなら近づける。」
アルクはゆっくりうなずいた。
「行きます。」
ケードは最後に言った。
「気をつけてくれ。相手は帝国軍だ。
期待している。」
通信が切れた。
会議室に静けさが戻る。
ルナが腕を伸ばす。
「帝国軍かぁ。」
ノアが言う。
「護衛駆逐艦三隻……」
ガロンが言う。
「悪くないな。」
リアが静かに言う。
「危険です……ね。」
アルクはドアへ歩いた。
「いつものことだ。」
ブラッククラウン号は再び出港する。
目標は――
帝国軍、同期統制艦。
そして、航路統制キー。
***
ブラッククラウン号が停泊するドックは静かだった。
作業灯だけが白く船体を照らしている。
明日、出発する。
そして行く先は――帝国軍の作戦宙域だ。
誰もが、それを理解していた。
アルクはブリッジの窓の前に立っていた。
外では整備用ドローンがゆっくりと動いている。
危険な作戦だ。
帝国軍の同期統制艦。
しかも護衛の駆逐艦付き。
普通の船なら近づくことさえできない。
それでも、アルクの顔に迷いはなかった。
「……やるしかない。」
小さくつぶやく。
辺境の人たちの顔が浮かんだ。
あの灯台が止まれば、航路は崩れる。
そうなれば――
また助けの届かない宙域が増える。
アルクはゆっくり息を吐いた。
「大丈夫だ。
なんとかなる。」
誰に言うでもなく、そう言った。
艦橋ではノアが端末に向かっていた。
同期統制艦の通信構造。
暗号層。
通信プロトコル。
画面には膨大なデータが並んでいる。
「まったく……」
ノアは苦笑した。
「帝国の中枢システムに侵入とか。」
普通なら絶対やらない仕事だ。
けれど不思議と嫌ではなかった。
アルクが“やる”と決めた。
それだけで、理由は十分だった。
ノアはキーボードを叩きながらつぶやく。
「時間さえあれば、いける。
だから……時間を稼いでくれよ、船長。」
貨物区画の隅では、ガロンが黙って座っていた。
腕を組み、床を見ている。
戦闘になる。
それは間違いない。
帝国駆逐艦。
あのクラスの艦とまともに戦えば、普通の小型船は一瞬で終わる。
だがブラッククラウン号は違う。
アルクが操縦し、ノアがシステムを支え、
そして――
「俺もいる。
まあ、なんとかなるか。」
ガロンは小さく笑った。
「妙な船だよ、まったく。」
医療区画ではリアが静かに窓の外を見ていた。
整備灯の光が船体に反射している。
帝国軍。
かつて自分が属していた組織。
その作戦の中枢へ、今度は侵入する側として向かう。
皮肉な話だ。
リアは目を閉じた。
「……アルク。」
名前を口にする。
あの人は迷わない。
危険でも。
困難でも。
まっすぐ進む。
それが正しいと信じているから。
リアは少しだけ微笑んだ。
「だから、皆ついていくんですね。」
そして小さくつぶやく。
「どうか……無事でいてください。」
それは祈りのような声だった。
居住区の通路で、ルナは手すりにもたれていた。
外を見上げる。
ブラッククラウン号。
自分たちの船。
今回の作戦、この船は帝国軍の真ん中に突っ込む。
「……ほんと、無茶なんだから。」
ルナはため息をついた。
でも、分かっている。
アルクは止まらない。
そして、ルナも止める気はない。
むしろ――
「アルクなら大丈夫。」
小さくつぶやく。
少し照れたように笑った。
「だって、あの人だもん。」
それから腕を組む。
「無事で……みんなでちゃんと帰ってこようね。」
誰もいない通路で、ルナはぽつりと言った。
「約束だからね。」
ブラッククラウン号は静かにドックに眠っていた。
だが、その船の中では、
それぞれが覚悟を決めていた。
明日。
ブラッククラウン号は出航する。




