襲撃
第2章 襲撃
ブラッククラウン号は、ゆっくりと進路を変えた。
コルベック造船所のある宙域までは、数日間の航行になる。
通常なら危険の少ない交易宙域だ。
だが今日の航路は、どこか落ち着かなかった。
操縦席でルナが航路図を見つめている。
「アルク。」
「ん?」
「やっぱり変。」
ルナは星間流表示を拡大した。
「ここ、流れがズレてる。」
アルクも画面を見た。
数値はわずかだが、確かに揺れている。
灯台が正常なら、この程度の揺れはすぐ補正されるはずだった。
「灯台の同期がまだ乱れてる。」
ノアが後ろから言う。
「複数の灯台がズレてるね。」
アルクは小さく息をついた。
灯台は壊れているわけではない。
だが、互いの基準が合っていない。
それだけで航路は不安定になる。
「ブラッククラウンなら読めるけど……」
ルナが言う。
「普通の船は危ないよ。」
アルクはうなずいた。
そのとき、警報が鳴った。
ノアが画面を見た。
「重力反応!」
「距離?」
「二十万キロ!」
ルナが即座に操縦桿を握る。
航路図に三つの光点が現れた。
高速接近。
アルクの目が細くなる。
「船だ。」
ノアが拡大した。
船影が映る。
武装商船。
辺境では珍しくない。
だが、その航行パターンは普通ではなかった。
「アルク。」
ルナが言う。
「これ、狙ってる、私たちを。」
武装商船はブラッククラウン号に向かって来る。
「通信は?」
ノアがつぶやく。
「来てない。」
アルクは静かに言う。
「話す気はないみたいだな。」
次の瞬間。
閃光が走った。
遠距離砲撃。
荷電粒子ビームがブラッククラウン号の横を通過。
「なんで、粒子砲!
撃ってきた!」
ルナが叫ぶ。
「シールド!」
アルクが短く言った。
ガロンがスイッチを入れる。
ブラッククラウン号の防御シールドが展開された。
光の膜が船体を包む。
次のビームがシールドをかすめた。
シールドが激しく発光し消滅する。
「シールド消えた!」
ルナが叫ぶ。
「分かってる!」
アルクも叫ぶ。
ブラッククラウン号は小型船だ。
シールドの強度は低い。
ガロンの報告。
「砲撃位置、確認した。
撃ち返すか?」
アルクは一瞬考えた。
そして言った。
「威嚇だけでいい。」
ガロンが短く笑う。
「了解。」
ブラッククラウン号の砲が動く。
レーザー砲が放たれた。
敵船の近くをかすめる。
警告射撃。
だが相手は引かなかった。
三隻の武装商船が散開する。
「囲む気よ!」
ルナが言う。
アルクは航路図を見つめた。
星間流。
灯台同期はまだ不安定。
だが――
ブラッククラウンには関係ない。
「ルナ。
操縦、代わる。」
「うん。」
アルクが操縦桿を握る。
「揺れるぞ。」
ルナが笑う。
「いつもでしょ。」
操縦桿を倒す。
スラスターを開く。
ブラッククラウン号が急旋回した。
星間流の隙間を滑る。
普通の船なら危険な軌道。
だがブラッククラウン号は違う。
ルナが叫ぶ。
「アルク、右!」
粒子ビームが横を通り抜ける。
「見えてる!」
アルクが言う。
ブラッククラウン号は急加速。
三隻の間を突き抜けた。
敵船が慌てて旋回する。
だが航路は不安定だ。
灯台同期がズレている。
武装商船は星間流を読み切れない。
ブラッククラウン号だけが正確に動いていた。
ノアが言う。
「追ってくるけど……」
ルナが笑う。
「追えないよ。」
ブラッククラウン号はさらに加速。
星間流の曲線に沿って滑る。
敵船は数分で離れた。
やがて航路図から消えた。
操縦席に静けさが戻る。
ルナが息を吐いた。
「ふぅ……」
アルクが言う。
「大丈夫か。」
「うん。」
ルナが振り返る。
「でもさ。」
「ん?」
「さっきの船……。」
アルクも思っていた。
武装商船は辺境では珍しくない。
だが――
あの三隻はおかしい。
「航路が乱れてるのに」
ルナが言う。
「平気で戦闘してた。」
ノアもうなずく。
「普通の船はそんな余裕ないよ。」
アルクは航路図を見つめた。
ガロンがモニターを睨みながら言った。
「……あいつら、何者だったんだ?」
ノアが肩をすくめる。
「ただの武装商船にしては装備が変だったよね。
あの粒子砲、普通の船じゃ撃てないよ。」
リアが少し考えてから口を開いた。
「……あくまで想像ですが。」
皆の視線が彼女に向く。
「おそらく、使い捨ての小型粒子砲ユニットを積んでいたのでしょう。」
アルクが眉を上げた。
「軍用のやつか?」
リアは静かにうなずいた。
「ええ。ああいう装備は、軍の情報部が裏工作に使うことがあります。」
少し間を置いて、続ける。
「断定はできませんが……
今回の襲撃、帝国軍情報部が関わっている可能性が。
情報部は民間船を偽装することがあると聞いています。」
ルナが顔をしかめた。
「うわ! それ、全然嬉しくない話なんだけど。」
ガロンが低くつぶやく。
「つまり、軍の連中が俺たちを消そうとしてるってことか。」
アルクはセンサー画面を見つめたまま言った。
「まあ、あり得るな。」
ブラッククラウン号のブリッジに、短い沈黙が落ちた。
そのとき、通信が入った。
ノアが言う。
「コルベックさんから。」
アルクは短く答えた。
「つないでくれ。」
画面に、あの男の顔が現れた。
マティアス・コルベック。
彼はアルクを見ると、低い声で言った。
「急いでくれるか。」
アルクが眉をひそめる。
「何があったんです?」
コルベックは一瞬沈黙した。
そして言った。
「帝国が動いているらしい。」
操縦席の空気が変わる。
アルクはゆっくりと聞いた。
「どんな動きです?」
コルベックは答えた。
「会って話すよ。」
その声は、いつもより少しだけ重かった。
***
辺境のコロニーでは、異変が広がり始めていた。
輸送船が来ない。
それだけのことが、すべてを狂わせる。
医療区画では、薬品の在庫が底をつきかけていた。
普段なら数日で届くはずの補給が来ない。
代替もない。
「このままだと、持たない……」
医師が小さくつぶやく。
市場では食料の価格が上がり始めていた。
乾燥食料の棚は空に近い。
輸送が止まれば、辺境はすぐに飢える。
住民たちは知っている。
ここは帝国の中心ではない。
助けは、すぐには来ない。
外では、整備不良の船が増えていた。
部品が届かない。
修理ができない。
航路が不安定になれば、船は出られない。
出れば――
帰れないかもしれない。
それでも、誰かが動かなければならない。
沈黙した航路の向こうで、
ゆっくりと、生活が崩れ始めていた。
コロニーでは、子どもの泣き声が、やけに響いていた。
***
ブラッククラウン号は進路を維持する。
向かう先は――
コルベック造船所。
アルクたちは、まだ知らない。
この航路の異常が、帝国の作戦だということを。
第3章 コルベック造船所
ブラッククラウン号は、ゆっくりと減速した。
前方に巨大な構造物が現れる。
複数のドックリング。
建造途中の小型船。
大型作業クレーン。
辺境では珍しい規模の造船施設だった。
「久しぶりだね。」
ルナが言った。
「コルベックさんのところ。」
アルクは小さくうなずく。
ここは――
コルベック造船所。
辺境でも屈指の規模を誇る造船所だった。
元々は修理工場だったが、今では小型船の建造まで手がけている。
そして――
アルクが十歳の頃から育った場所でもあった。
ノアが通信を開く。
「入港許可、来たよ。」
ブラッククラウン号はドックに入った。
外部ハッチが接続される。
気圧が均衡。
ランプが下りた。
ガロンが先に降りる。
周囲を一通り確認する。
「問題なし。
怪我人二人はここで下ろすぞ。」
アルクたちも続いて降りる。
ドック内は忙しかった。
作業員が行き交う。
溶接の光が瞬く。
巨大な船体が組み立てられている。
ルナが小さく笑う。
「懐かしいな。」
「ここでよく怒られてたよね。」
アルクが言う。
「エンジン勝手に触って。」
ルナが肩をすくめる。
「だって面白そうだったんだもん。」
社長のコルベックが出迎えに出ていた。
腹の出た恰幅のいい体格。顔つきは穏やかだが、目は鋭い。
ルナがその顔を見てにやっと笑う。
「久しぶり、コルベックおじさん。」
コルベックも笑う。
「ああ久しぶり。元気そうだな。」
ルナは嬉しそうに笑った。
「一段ときれいになったね、とか言ってよ。」
コルベックは苦笑した。
そして、アルクを見る。
「久しぶりだな。」
アルクは軽く頭を下げた。
「お元気そうで。」
コルベックは肩を叩いた。
「お前の顔を見ると安心する。
死んでないってことだからな。」
ガロンが小さく笑う。
コルベックはリアを見た。
「君がリア・ソーンか。」
リアは丁寧に頭を下げた。
「リアです。
よろしくお願いします。」
コルベックは目を細める。
「よく決断したな。」
リアは静かに言った。
「はい。」
コルベックはうなずいた。
「いい目をしている。」
ノアが横から言う。
「僕は?」
コルベックが見る。
「お前はトラブルの匂いがする。」
ノアが笑った。
コルベックは手を振った。
「立ち話もなんだ。ついて来い。」
廊下を歩く。
巨大な造船ドックが窓の向こうに見えた。
作業ドローン。
修理中の船。
金属の匂い。
辺境最大級の造船施設。
コルベックは言った。
「ブラッククラウン号は元気か。」
ルナが答える。
「元気元気。とても元気。
まだ壊れてない。」
アルクが言う。
「その時はお願いします。」
コルベックは小さく笑った。
扉が開く。
社長室だった。
広い。
壁一面がスクリーンになっている。
中央に大きな机。
コルベックが言う。
「まあ、座れ。」
全員が席につく。
コルベックはスクリーンを操作した。
「そろそろ来るかな。」
画面が光る。
数秒後。
一人の男が映った。
落ち着いた顔。
鋭い目。
トマス・ケード。
コルベックが言う。
「紹介する。
辺境自治ネットワーク代表のトマス・ケードだ。」
ケードが軽く頭を下げた。
「はじめまして。」
「アルクです。」
思いがけない大物の登場にアルクは少しだけ緊張した。
ケードはうなずいた。
「君のことは聞いている。」
ルナが身を乗り出す。
「私も?」
ケードが少し笑う。
「もちろん。
ブラッククラウン号の操縦士。」
ルナが満足そうに笑う。
ケードは言った。
「今日は頼みがあって連絡した。」
ケードの表情が真剣になる。
「辺境星域の灯台同期が止められている。」
リアが静かにうなずく。
「帝国軍の作戦ですね。」
「その通り。」
ケードが答える。
航路図が表示された。
辺境星域。
灯台。
赤い表示。
「帝国は灯台同期を停止した。
航路を不安定にしている。」
ノアが言う。
「補給止まるね。」
ケードがうなずく。
「すでに止まり始めている。」
航路図が変わる。
漂流船。
遅延した補給。
事故報告。
ルナが小さく言った。
「ひどいね。」
ケードが言う。
「この作戦の目的は単純だ。
辺境に圧力をかけるつもりだ。」
アルクが言う。
「従わせるため?」
ケードはうなずいた。
「そうだ。」
少し沈黙が流れる。
ケードは続けた。
「灯台を再同期させるためには、あるものが必要だ。」
画面に新しい図が出る。
帝国灯台管理システム。
「航路統制キーだ。」




