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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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航路なき星域 

黒冠のアルク Ⅲ

――灯台制圧作戦


プロローグ 諮問会議

帝国首都星。

皇帝宮殿の奥。

諮問会議の円卓の間。

帝国の最高政治会議。

巨大な円卓の周囲に、七人の人物が座っていた。

円卓の上に航路図のホロ画面が投影されている。

辺境星域。

赤い警告表示。

航路灯台。

乱れた同期。

沈黙を破ったのは、一人の男だった。

「諸君。」

低く、よく通る声。

ヴァルケン・ドライゼン。

帝国軍務総監。

そして帝国艦隊総司令官。

軍を統括する男。

ドライゼンは航路図を指した。

「辺境星域の状況は、すでに報告の通りだ。」

灯台の同期が乱れている。

航路が不安定。

輸送船は遅れ、事故も増え始めている。

ドライゼンは言った。

「原因はブラッククラウンだ。」

その名前が出た瞬間、空気がわずかに変わる。

辺境で噂になっている船。

帝国航路に依存しない航行。

そして――

灯台ネットワークに干渉する者。

ドライゼンは続けた。

「このまま放置すれば、辺境は帝国航路の統制から離れる。」

航路図が切り替わる。

灯台同期制御図。

「よって、」

ドライゼンの声が低くなる。

「灯台同期を一時停止する。」

円卓の一角で椅子がわずかに動いた。

セレノス・ヴァルティア。

執行官会議議長。

改革派の中心人物。

「待ってくれ。」

静かな声だった。

だが、その声にははっきりした拒否があった。

「灯台同期を止める?

 それは航路そのものを危険にさらす。」

ドライゼンは視線を向ける。

「一時的な措置だ。」

セレノスは首を振った。

「辺境航路は帝国物流の一部だ。

 補給が止まれば、中央にも影響が出る。」

ドライゼンの声は冷たい。

「影響は計算済みだ。

 辺境の無秩序を放置する方が危険だ。」

セレノスは机に手を置いた。

「無秩序?

 灯台同期が不安定なことを言っているなら筋違いだ。

 辺境の航路管理に予算を回さないから、こういうことになる。

 辺境住民は帝国の充分な保護も受けられずに生活しているが、帝国産業への資源供給は維持してくれている。」

ドライゼンは一瞬、言葉に詰まったがすぐに言い返す。

「帝国の統制を受けない航路が、動き始めていることが問題なのだ。」

セレノスの目が細くなる。

「黒冠航路のことか。」

円卓の空気が一瞬だけ張り詰める。

ドライゼンは言った。

「帝国航路以外の航路など存在してはならない。」

セレノスは静かに言う。

「しかし、この作戦は現実的ではない。」

ドライゼンの声が低くなる。

「秩序の崩壊は文明の死だ。」

二人の視線がぶつかる。

円卓の他の者たちは沈黙していた。

しばらくして、ドライゼンが言った。

「帝国宰相。」

円卓の別の席。

中年の男が顔を上げた。

帝国宰相。

皇帝直属の行政機構を統括する官僚の長。

ドライゼンが聞く。

「どう思う。」

宰相は少し考えた。

そして静かに言った。

「辺境が止まれば中央経済にも影響が出ますが……、

 我々行政官は、陛下の決定に従います。」

それだけだった。

ドライゼンの口元がわずかに動く。

セレノスは宰相を見た。

宰相はそれ以上何も言わない。

財務総監も内務総監も沈黙している。

官僚は常にそうだ。

風向きが決まるまで、意見は出さない。

セレノスはゆっくり息を吐いた。

「……分かった。」

円卓の視線が集まる。

セレノスは言った。

「私はこの作戦には賛成できん。問題が多すぎる。」

少し間を置く。

そして続けた。

「だが、これ以上、反対はせん。」

静かな言葉だった。

現状、軍の力は強い。

なによりドライゼンは皇帝の信頼を得ている。

セレノスは椅子に背を預けた。

「責任は軍が取るのだろうな。」

ドライゼンは短く答えた。

「当然だ。」

会議は終わった。

椅子が動く。

人々が立ち上がりかけた。

そのとき、ドライゼンが言った。

「少し、待て。」

全員が振り向く。

ドライゼンは円卓の間の入口を見た。

扉が開く。

若い軍人が入ってきた。

制服には中将章。

ドライゼンが言った。

「紹介しておこう。」

男は敬礼する。

「ケルバス・レイグナー。」

ドライゼンが言う。

「今回の作戦の現場指揮官だ。」

レイグナーは円卓を見渡した。

静かな目。

落ち着いている。

ドライゼンは言った。

「辺境航路安定化作戦。

 すべての指揮は彼が取る。」

セレノスはレイグナーを見た。

若い。

だが、危険な目をしている。

ドライゼンが最後に言った。

「作戦はすぐに開始する。」

円卓の会議は終わった。

辺境の航路は、まもなく止まる。

まだ誰も知らない。

遠い宇宙で、その作戦を止めようとする者たちがいることを。

その名は――

ブラッククラウン。


第1章 漂流船

辺境星域は、静かだった。

「静かすぎる。」

アルクはつぶやいた。

ブラッククラウン号の操縦席で、彼は前方の宇宙空間を見つめていた。

通常なら、ここは小規模な交易船が往復する宙域だ。

鉱石を運ぶ船、補給船、辺境コロニーの小さな輸送船。

だが、今日は違った。

「……おかしいね。」

隣でルナが小さく言った。

操縦席の計器には、星間流の観測データが表示されている。

数値が、揺れていた。

「アルク、見て。」

ルナが指さす。

「星間流、少し変。ここ、こんな揺れ方しないよ。」

アルクは黙ってうなずいた。

星間流は星間航行の基本だ。

恒星や惑星の重力が作る流れを読み、船は航路を進む。

そのために帝国灯台がある。

だが今、灯台の同期が妙に不安定だった。

「ノア、灯台データ?」

アルクが聞く。

後ろの席でノアが端末を操作していた。

「……うん。」

ノアは眉を寄せる。

「灯台からの信号、来てるけど……ちょっと変。」

「どう変なんだ?」

「同期がずれてる……ような。」

ノアは画面を拡大した。

「灯台は動いてる。でも基準が合ってない。」

アルクはうなずく。

つまり――

灯台は機能している。

だが同期が狂っている。

そのため航路が安定しない。

ルナが言う。

「灯台がズレてたらさ、航路って……」

その瞬間だった。

警報音が鳴った。

ノアが顔を上げる。

「重力反応!」

「どこだ?」

「前方三十万キロ。小型の船クラス。」

ルナが即座に操縦桿を握る。

前方の星空に、すぐ小さな光点が現れた。

船だった。

だが動いていない。

「漂流船か……。」

アルクが言う。

ルナが速度を落とす。

ブラッククラウン号は慎重に接近する。

船体外部カメラの映像が映し出される。

小型の交易船。

船体の一部に損傷が見られる。

「衝突……?」

ルナが言う。

「いや。」

アルクは首を振る。

「航路を外れ、乱流に巻き込まれたな。

 この程度で済めば運がいい。」

ブラッククラウン号がゆっくりと漂流船に近づいた。

通信を送る。

「こちらブラッククラウン。」

アルクが言う。

「応答できるか?」

しばらく沈黙。

そして。

ノイズ混じりの声が返った。

『……助かった。』

かすれた声だった。

『灯台が……おかしい。』

アルクはうなずいた。

やはりだ。

漂流船の船長が続ける。

『航路が……読めなくなった。』

「怪我人は?」

『二人。重傷じゃない。』

「了解。」

アルクは後ろを振り向いた。

「ガロン。」

貨物区画から低い声が返る。

「聞いてた。」

元軍人の男が言う。

「回収する。」

ブラッククラウン号は漂流船に接舷した。

救助作業はすぐに終わった。

怪我人二人を医療区画に運ぶ。

応急手当を済ませて、交易船の船長は操縦席に連れて来られた。

疲れ切った顔だった。

「灯台が狂ってる。」

船長は繰り返した。

「いつもの航路だったんだ。なのに……急に。」

ノアが静かに言う。

「灯台同期がズレてる。」

船長はアルクを見た。

「お前ら、航路が読めるんだろ。」

ブラッククラウンの噂は、辺境では広まっている。

アルクは肩をすくめた。

「少しだけ。」

船長は小さく笑った。

「なら大丈夫か。

助かったよ。」

アルクは航路図を見つめた。

胸の奥に妙な感覚が残る。

航路の異常。

偶然ではない。

その時、通信が入った。

「アルク。」

ノアが声をかける。

「誰だ?」

「コルベックさん。」

アルクの眉がわずかに動いた。

マティアス・コルベック。

造船所の経営者。

そして――

自分を育ててくれた人。

ノアが言う。

「直接通信。」

アルクはうなずいた。

「つないでくれ。」

通信が開く。

画面に現れたのは、見慣れた顔だった。

少し腹の出た中年男。

だが目だけは鋭い。

コルベックはアルクを見ると、静かに言った。

「久しぶりだな。」

アルクは答える。

「どうしたんです?」

コルベックは少し間を置いた。

そして言った。

「会いたいんだが。

 大事な話だ。」

アルクは航路図を見つめた。

乱れた灯台同期。

漂流船。

そして育ての親からの呼び出し。

何かが、どこかで動いている。

アルクはゆっくりうなずいた。

「分かりました。」

ブラッククラウン号は進路を変える。

向かう先は――

コルベック造船所。

辺境では最大級の造船拠点だった。


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