表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/63

黒冠航路

第9章 黒冠航路


脱出準備は、表向きは通常作業として進められた。

資材搬出。

環境コントロール用機器の搬出。

輸送コンテナへの積載。

封鎖前の通常業務に見える動き。

だが、必要な物資だけが選ばれている。

生活を再建するための最小単位。

医療用品。

水処理部品。

種子保存容器。

工具。

その様子をリアは基地制御室から見ていた。

黒冠航路――。

帝国航路のような安定したものではない。

星間流を読み、通過可能な帯を繋いだ航路。

一度確立された経路は観測網によって維持され、辺境コロニー同士を結ぶ生命線となる。

完全ではない。

だが、帝国航路が届かない場所では、帝国に頼らず生きるための唯一の道だった。

リアは考えていた。

アルクたちが整備した黒冠航路。

アルクの生き方、そして自分の生き方。

その道はどこかで再び交わるのだろうか……。

***

避難船団の準備が進んでいる。

準備は、急がれていた。

すべてを運び出せるわけではない。

積載リストは何度も書き換えられ、優先順位は刻々と変わっていた。

作業員のひとりが、コンテナの前で手を止める。

中には使い込まれた工具が並んでいた。

採掘用の調整器具。

何度も修理を重ねた部品。

この宙域で生き延びるために、時間をかけて揃えたものだ。

だが、そのまま蓋を閉じる。

「重量オーバーだな。」

短い一言。

工具は棚に戻される。

持っていけないものとして。

別の場所では、居住モジュールから私物が運び出されていた。

折り畳み式の寝具。

簡素な食器。

そして、壁から外された薄いパネル。

そこには、子どもの手で描かれた絵が残っていた。

星と、船と、歪な円。

「これも、置いていくの?」

少女が尋ねる。

大人は答えない。

ただ、そのパネルをコンテナの上に置いた。

しばらくして、誰かがそれをそっと外し、壁際に戻す。

積載対象にはならない。

ここに残していくしかないものだった。

ハルトが作業を見ている。

「優先は、命をつなぐもんだ。」

誰に言うでもなく、低く言う。

「水処理、医療、種子。

 それ以外は、後でどうにかするしかねぇ。」

そうするしかなかった。

だが、その“それ以外”の中に、

これまでの生活のほとんどが含まれている。

搬出されるコンテナには番号が振られていた。

管理番号。

重量。

内容分類。

だが、その中に“生活”という項目はない。

リアはその様子を遠くから見ていた。

人は、持てるものだけを持って移動する。

それは理解できる。

だが――

持っていけないものが、多すぎる。

外縁パッドでは、船への積み込みが続いていた。

古い輸送船のハッチが軋む音を立てる。

改造シャトルの外装には、溶接跡が残っている。

統一された規格はない。

ただ、動くものを集めた船団だった。

ある船の前で、乗船をためらう男がいた。

振り返り、コロニーを見る。

外装フレーム。

居住ドーム。

作業用の支柱。

見慣れた風景。

ここで積み重ねてきた時間。

「……行くしかねぇか。」

誰に言うでもなく、そう呟く。

そして、船に乗り込んだ。

推進機関の点検音が響く。

ひとつ、またひとつと、船の推進機関が起動していく。

採掘用輸送船。

改造シャトル。

古い作業艇。

だがその動きは揃っていない。

速度も性能もばらばら。

古い機体。

不安定な出力。

それでも、進むための準備だった。

リアは視線を上げる。

この船団は、帝国の管理下にはない。

だが――

確かに、生活を運ぼうとしている。

***

ブラッククラウン号でも最終確認が進む。

ノアが航路予測データを統合し、ルナが離脱タイミングを計算する。

ガロンは武器の整備を淡々と進めている。

アルクは宙を見ている。

航路を読む者の視線だった。

リアは基地制御室に戻る。

封鎖開始まで、残り時間は少ない。

帝国の秩序が閉じる前に、彼らは道を選ぼうとしている。

灯台ユニットが軌道上を通過する。

航路ビーコンが安定した発光を続ける。

航路は開いている。

今は、まだ。


第10章 封鎖線

封鎖開始まで、残り三十分。

基地制御室のスクリーンには、帝国艦隊の配置が映し出されている。

コロニーのある小惑星から航路入口への道を封じる隊形。

三隻の艦と、その搭載艇で構成される監視ライン。

逃走経路を残さない配置。

秩序だった封鎖。

コロニー外縁の着陸パッドでは、避難船団への乗船が進んでいる。

荷役は最小限に絞られていた。

時間がないため、今、積み込まれているのは、生活維持に不可欠なものだけ。

ブラッククラウン号でも離陸準備が始まっていた。

推進機関の予熱が進み、船体外殻に淡い光が走る。

アルクは正面スクリーン越しに宙を見つめている。

ノアが帝国艦隊のデータを表示する。

「封鎖は進んでいるけど、航路入口は星間流の揺らぎで位置が変化するからね。」

星間流は固定されたものではない。だから航路もまた、常に揺れ動いている。

「三隻では封鎖密度が低いから、高速艦なら抜けられなくもないかな。

 この船なら、たぶん脱出できる。

 ただ…。」

言葉に詰まってアルクを見る。

「避難船団は置いていけないよ。」

ルナが強い口調で言った。

アルクは短くうなづく。

避難船団の推進機関が順次、起動、離陸していく様子がスクリーンに映し出される。

推進光は均一ではない。

旧式スラスター、改造推進器、貨物船用エンジン。

不揃いな光が、宙域に散る。

秩序だった艦隊ではない。

生活を運ぶ船団。

ノアが航路予測を表示する。

「封鎖は完成していない。網の目の粗いところが、まだ残ってる。」

ルナが心配そうに言う。

「避難船団、抜けられるかな?」

ガロンが短く言う。

「突っ込めば、どうにかなるかもな。」

アルクは表示を見つめる。

「攻撃には確認が要る。」

帝国艦隊の交戦規定では、攻撃対象に非戦闘員が混在している場合、発砲できないことになっている。

攻撃前に、非戦闘員がいないことを確認する必要があるのだ。

数秒の沈黙。

「確認にかかる時間。その遅れがあれば十分だ。」

ルナが顔を上げる。

「…リアが止めると思ってる?」

アルクは答えない。

「彼女は撃たせないかもしれない。

 だが、それだけに賭けるわけじゃない。」

そして静かに言う。

「行く。

避難船団の前に出る。」

ブラッククラウンが離陸する。

すぐに船団を追い越し、その先頭に位置する。

ノアが船団の推進出力と質量分布を表示する。

「速度は遅い。編隊もばらつきが大きい。」

ルナが眉を寄せる。

「どうするの?

 このままじゃ封鎖線を抜けられない。」

アルクは正面スクリーンを通して、星間流の揺らぎを見つめている。

「航路の入口がすぐに動く。」

「えっ! 今!」

ルナが驚く。

「船団に付いてくるように伝えろ。」

アルクの指示。

「方位角三度、仰角プラス四度。」

ブラッククラウン号に合わせて、船団が進路を変える。

「星間流に乗せる。」

短い言葉だった。

ノアが視線を上げる。

「……スリップストリームを作るの?」

「航路入口近くに、星間流の流れが強い場所がある。

そこで加速する。」

ブラッククラウン号の急加速で生じる航跡は、星間流の尾を引く。

その流れに乗れば推力の低い船でも加速できる。

ルナがため息をつく。

「また無茶をいう。

 航路の接続域は星間流の流れが不規則なのよ!

 そんなところで急加速なんて。」

ガロンが笑う。

「操縦は任せたぞ。船を壊すなよ。」

ルナがガロンを横目でにらんだ。

アルクはうなづく。

「『先導する、隊列を崩すな』と伝えろ。」

避難船団に短い指示が送られる。

推進光の揺らぎが次第に整っていく。

不揃いだった船影が、一本の流れへ収束していった。

ルナが小さく息を吐く。

ノアの緊張した声。

「艦隊がこちらの進路変更に対応し始めた。

こっちに向かって来る。

有効射程に入るかも……」

アルクは正面スクリーンから視線を外さない。

「全員で抜ける。」

***

その少し前。

基地制御室に通信が入る。

『未登録船舶群を確認。識別応答を要求する。』

帝国艦隊からの標準通信。

続いて第二信。

『本宙域内の船舶へ通達。封鎖線通過には識別確認が必要である。』

まだ攻撃命令ではない。

識別段階。

リアは表示を見つめる。

避難船団の離陸は完了している。

ブラッククラウン号は、その先頭位置へ移動中。

帝国艦隊からの通信が続く。

『現地監督官へ。非戦闘員混在の可能性を確認せよ。』

制御室の空気がわずかに張り詰めた。

副官が表示を確認する。

「標準確認手順です。回答すれば攻撃判断が下されます。」

艦隊は非戦闘員を撃てない。

交戦規定に定められている。

発砲には、攻撃対象に非戦闘員が含まれていないことの確認が必要だ。

確認の義務と権限は、現地の監督官リアにある。

リアは監視映像を拡大する。

画面を見つめたまま、答えない。

避難船団の熱源表示。

人の体温分布。

不規則な生活反応。

コロニーで見た子供たちの姿が、リアの目に浮かぶ。

リアの確認の言葉ひとつで攻撃が始まる。

避難船団の推進光の輝きが増し、速度が上がる。

封鎖線に接触するまで、あと数分。

さらに通信が入る。

『交戦規定第七条に基づき、非戦闘員混在の可能性を確認せよ。』

***

旗艦側。

艦隊通信士は、すぐにリアから確認が返るものと思っていた。

通信機は沈黙を続けている。

「現地監督官、……応答は?」 

通信士の声に、わずかな戸惑いが混じる。

通信席の背後で、担当士官が振り返る。

「確認が遅れているのか? 現地判断に問題か?」

短いやり取りの後、回線が切り替わる。

***

制御卓の表示が変わる。

機密回線接続。記録保存対象外。

副官が息を呑む。

「旗艦の作戦参謀からです。」

リアは回線を開いた。

低く抑えた男の声が流れる。

『少尉。状況を理解しているのか。』

声には、わずかな怒りが感じられた。

『船団には、賞金首ブラッククラウンが含まれている可能性が極めて高い。

 拿捕、あるいは撃沈は作戦上の最重要事項だ。』

短い間。

『お前が行うのは判断ではない。

 確認だ。』

リアの指先がわずかに強張る。

参謀の声は冷静だった。

『公式記録には“非戦闘員なし”と残ればよい。

 それで交戦手続きは完了する。』

沈黙。

『お前の問題行動の件は記録に残っている。また同じ過ちを繰り返すつもりか。』

リアの喉が乾く。

『今回の作戦は中央でも注視されている。

成果を上げれば評価は回復する。辺境任務からの復帰、中央配属も不可能ではない。』

低く、威圧的な言葉。

『理解したなら、速やかに回答しろ。』

リアは口を開こうとする。

声が出ない。

表示には避難船団の熱源が揺れている。

人の体温。

重なり合う生命反応。

彼女は目を閉じた。

沈黙。

数秒。

参謀はそれをリアの了承と受け取った。

『通常回線に戻る。確認応答を送れ。』

通信が切断される。

***

旗艦艦橋。

通信が切断されたまま、数秒が過ぎる。

通信士が小さく言った。

「現地監督官からの応答待機中です。」

参謀は端末表示を見つめたまま、答えない。

スクリーンには、避難船団の熱源分布が映し出されている。

大小不規則な反応。

生活由来の揺らぎ。

非戦闘員が含まれている可能性は高い。

だが――

「確認を待て。」

低い声だった。

艦長席に座る男が、ゆっくりと視線を上げる。

「規定通りだな。」

「はい。」

参謀は短く応じる。

「確認が取れなければ、発砲はできません。」

艦長はしばらく黙っていた。

スクリーンに映るのは、統制の取れていない船団。

旧式船。

改造機。

だが、その動きはひとつの流れを形成しつつあった。

「逃せば、問題になるぞ。」

艦長の言葉。

参謀は視線を落とす。

「承知しています。」

短い沈黙。

「だが、規定は規定だ。」

艦長はそれ以上、何も言わなかった。

通信士が声を上げる。

「現地監督官より通信が入りました。」

指揮区画の空気が張り詰める。

誰もが、次の一言を待っていた。

***

制御室には静寂が広がっていた。

副官が言う。

「……通常回線、接続します。」

表示が通常回線に戻る。

通信が入る。

『現地監督官、非戦闘員混在の有無を報告せよ。』

リアは息を吸う。

ゆっくりと。

通信接続の表示が、静かに点滅している。

リアはそれを見つめたまま、応答しなかった。

わずかな時間。

だが、その間に思考は過去へと遡る。

帝国首都星域。

整備された航路。

誤差のない運用。

予定通りに到着する艦隊。

あの場所では、すべてが管理されていた。

人も、資源も、時間も。

かつての任務を思い出す。

補給線の維持。

非効率拠点の整理。

どれも、正しい判断だった。

報告書は整い、数値は基準を満たし、上層部の評価も悪くなかった。

だが――

その結果、消えた拠点のことは、報告書には残らない。

そこにいた人間の生活も、名前も、声も。

リアは、視線を落とす。

今、目の前にあるのは、その“結果”だった。

帝国の判断は、間違っていない。

だが、ここで切り捨てられるものは、確かに存在する。

それを、見てしまった。

帝国の命令系統。

正確で、迅速で、合理的な判断。

それに従えば、この場は処理される。

リアは一度だけ、目を閉じた。

選択肢は、すでに理解している。

従うか。

外れるか。

そして、目を開く。

迷いはなかった。

通信機に手を伸ばす。

帝国は秩序を守る。

だが、今、目の前で脱出しようとしている住民たちの生活は、守られる秩序に入っていない。

だから、彼女は答えた。

この一語で、すべてが決まる。

「非戦闘員の混在を確認。」

短い間。

「交戦規定により、発砲は認められません。」

沈黙。

艦隊からの応答はない。

沈黙が続く。

***

ブラッククラウン号が航路の接続域で急加速し、航路に入る。

船体のきしむ嫌な音が響く。

航路を読む者の軌跡が残る。

発生したスリップストリームに乗り、避難船団が次々に航路に入っていく。

封鎖線の外へ、最後の船影が抜ける。

推進光はもう見えない。

彼らは航路に入った。

帝国の秩序の外へ。

宙域に静寂が戻る。

***

副官が心配そうにリアを見る。

「…これで、よかったんですか。」

リアは答えない。

副官が、ためらうように言う。

「少尉の判断、皆……理解しています。」

制御室の中で作業をしていた兵士たちが、無言のまま軽く敬礼した。

咎める視線はない。

責める声もない。

噂は伝わっていた。

リアが前作戦で辺境住民を守る判断をしたこと。

中央の評価が厳しいこと。

スクリーンの表示の向こうには、避難船団の推進光はもう見えない。

帝国の秩序は守られなかった。

だが、確かなものが守られた。

***

ブラッククラウン号の船内。

ノアが低く言う。

「旗艦と基地の通信を傍受した。」

ガロンが眉を上げる。

「よく拾えたな」

ノアが肩をすくめる。

「基地の通信装置、老朽化してるうえに整備も足りてないみたいだ。

 受信のときに微弱な再放射が出て、そこから断片を拾えた。

 完全じゃないよ。断片をつなぎ合わせた推定。」

表示に通信ログが流れる。

叱責。

圧力。

暗黙の命令。

ルナが息を呑む。

「……リア。」

アルクは目を閉じる。

予想はしていた。

「彼女は、もう帝国には戻れない。」

アルクの声は静かだった。

沈黙。

「迎えに行く。」

「危険すぎる!」

ルナが振り向く。

「艦隊がまだ近くにいるかもしれない!」

「それに……。」

言葉が止まる。

アルクは待つ。

ルナは視線を逸らす。

「戻る……理由なんてない。」

自分の言葉に胸の奥がわずかに疼いた。

が、ルナはそれを危険への懸念だと自分に言い聞かせる。

沈黙。

ガロンが低く言う。

「理由ならある。」

ノアが続ける。

「彼女は撃たせなかった。」

長い沈黙。

ルナは目を閉じる。

そして小さく息を吐いた。

「……完全撤収を確認してからよ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ