土を見て木を見て虫を見ず
奇妙な三人組が森を行く。一人の人間と、二人のキノコ。
「透陽さん、透陽さん。なんでだろう、わたし、透陽さんのこと大好きです」
軽やかなステップで先導するように歩くのがヴィロサ。ぴょこぴょこと背中の翼がリズミカルに跳ねている。
そこから一歩引いてヴェルナも。どうしたことか、すっかり無口になってしまった。まるでてるてる坊主のような影が滑るように森を行くのだから、傍から見たらさぞ目を引くだろう。
そんなキノコ娘たちにはどうしても一歩遅れる、人間透陽。勝手知ったる山というわけでもないし、そもそも山歩きすら不慣れだ。彼を待つように、ヴィロサとヴェルナは時々足を止めて、時々手を引っ張り。
まんざらでもない、と透陽は思っていた。まさに両手に白花だ。あるいは両手に天使を抱いて。まあ、実際に両手にあるのは毒キノコなわけなのだが。
そして毒キノコは毒キノコでも、天下に名高き猛毒御三家の二人だ。人間界で言うなれば、クレオパトラと楊貴妃を侍らせているようなものだろうか。他とは一線を画している。
だが、一つだけ困ったことが。格上の前では委縮するのだろうか、それか、この二人から他を寄せ付けぬ何かが放たれているのだろうか、とんとキノコの娘を見かけないのだ。キノコ自体はいろいろあるのに。
もちろん、キノコ自体の観察も目的だから問題は無い。が、少し寂しいではないか。透陽は不満げな息を漏らした。
不意に先行するヴィロサが走り出す。
何かと思えば、若い木に手を当てて、ほれぼれとした顔で枝ぶりを眺めているではないか。
どうしたんだと尋ねれば、彼女はにこやかに言った。
「この木も好きです、わたし。いいなあ、秘密基地にしちゃおうかなあ」
「……やめてあげてよ」
「え? ああっ、ごめんなさい。みなさんのものだったのですね」
ヴィロサがしまったとばかりに口に手を当て、慌てて頭を垂れる。帽子が何度も何度も上下した。
なるほど、木陰でうずくまり肩を寄せ合う少女たちが居る。先住民というところだろうか。彼女たちは揃いも揃って怯えるような顔でヴィロサのことを見ていた。
「怖がられてるの?」
「……相性とか、あるから」
ヴェルナはもそもそと喋りながら、ヴィロサたちを無視して歩いて行く。
透陽も遅れずについていく。
「みんな仲良くやればいいじゃん、同じキノコなんだし」
「……無理」
「え!?」
けけっ、とヴェルナの帽子が透陽をあざ笑う。
「呑気な人間様とはちげーんだ。こちとら種の存亡に関わんだからな。ちょいと他の菌に気を許したら、追い出されちまったり、殺されちまったり……。おめーらが思ってるほど楽に生きてねえんだ。死に絶えないように必死に胞子飛ばして、見えないところで必死に競争してんだよ。わかったか、能天気野郎め」
世の中は弱肉強食だ。それは、菌界でも同じこと。木々と共生しながら、あるいは有機物を分解しながら生きる以上、その糧が他の種と被れば、待っているのは二択。共存するか、駆逐するか。ミクロの世界で繰り広げられるライフゲーム。その勝者が、マクロの世界にキノコとなって登壇するのだ。
ただしなあ、とヴェルナは蔑むような口調で言った。
「一番おっかないのは人間だね。必死でこさえたキノコをひょいひょいとっちまってよお。別にお前らに食わせるためにつくってんじゃねーんだよ。もっとありがたがれ、そして死ね!」
はっ、と白い煙が上がった。思わず漏れた本音中の本音だろうか。
透陽は仏頂面を貫いていた。そして、内心で誓った。
もし、キノコを食べるために取ることがあっても、絶対に取りつくさないようにしよう。後、本当に食べれるかどうかは十分に調べよう、と。
「待ってよー、置いてかないでー!」
後ろからヴィロサの呑気な足音が近寄ってきた。
それだけではない。左手方向からも足音が聞こえる。すぐ近くではないが、がさりがさりと木の葉を踏みしめる音は、一組の足が立てるそれではない。二人、三人……とにかく多数が歩いている。
もしや、キノコの大群か? 透陽は期待に満ちた顔で左方に首を捻った。
だが。
「ば、化け物だあっ!?」
ひぃ、と情けない悲鳴を上げ、膝を震わせる。
見えたのは巨大な蜘蛛だった。いや、正確には、頭があるべき場所から女の上半身が飛び出している白い化蜘蛛だ。
明らかなる人外との遭遇に、透陽はぎゃあぎゃあ喚き散らす。
その声が届いたのだろう。蜘蛛の女は、向こうも仰天したような顔をして、さっと顔を赤くすると、八本の足をしゃかしゃかと動かしどこかに逃げて行ってしまった。
妖怪だ、ミュータントだと狂乱する透陽を目の前に、ヴィロサも慌てふためく様に、必死で彼をなだめようとする。
「と、透陽さん! 落ち着いてください! あの化け蜘蛛女もわたしたちの仲間ですから!」
「な、仲間?」
「そうです! 気持ち悪い見た目でも仲間ですから!」
「……姉さん、言い過ぎ」
あれもキノコなのか。透陽は驚きを隠せないでいた。キノコの娘たちは確かにキノコそのものと等しき姿を取るし、あるいは名前に即する姿である。シャグマアミガサタケのシャグマが熊っぽかったり、キツネノワンとキツネノヤリタケが狐のコンビであったりと。
ならば、蜘蛛っぽい形のキノコもあるのだろうか。いや、あってもおかしくない。キノコの世界は奇妙奇天烈なのだから。その奥深さ、わかっているようでわかっていなかった。
自己満足して、透陽は勝手にうなずいていた。
「おい、なんか悟ってるところ悪いが、キノコが蜘蛛の形してるわけじゃねぇぞ?」
「え!? 違うの?」
「やっぱりなあ……お前の考えてることって、わかりやすいんだよなあ。単純で」
けけけとヴェルナが笑う。本人は無垢な赤い目を向けているだけだが、もしかしたらあの瞳には人の心が丸っと映っているのではないか。そろそろ透陽は疑っていた。
実際には、彼が実直すぎるから予想がしやすいというだけなのだが、己の性質というものは往々にして気づかないものである。
一方でうふふとヴィロサが笑う。
「透陽さん、冬虫夏草って知ってますか?」
「ああ! 漢方薬とか、健康食品とかの原料の――」
「……さすが。元医者の卵」
「その話はいいの!」
透陽の黒い歴史はさておき、薬用としての冬虫夏草の存在は半ば常識に近いだろう。虫の死骸からグロテスクな物体が生えている、あれだ。あれも菌類、キノコの一種である。
なるほど、わかったぞ。透陽は手を叩いた。
「つまり、さっきのは蜘蛛に生える冬虫夏草なんだな」
「大当たり! さすが透陽さん、えらいえらい。いい子いい子してあげます」
「……あれ? でも蜘蛛って厳密には昆虫じゃないんじゃないか?」
「……細かいことは気にしないの」
「真面目すぎんだよ、おめーは」
ヴィロサに頭をなでくられながら、透陽はむうと口を尖らせた。
それにしても、とヴェルナが冷めた顔であたりを見渡す。同時に煙草の煙を吐き出したように、白い靄が頭上に舞っていた。
「しまったねぇ。この辺は、あいつらの縄張りになったのか?」
「あいつら? 敵でもいるのか?」
「だから冬虫夏草ですって。別に敵じゃないですよ?」
「じゃあなんでヴェルナはこんな顔してるんだ?」
「え? いつもこんな感じの顔だけど。ね、ヴェルナ」
「……まあね」
「ああ……うん、そだね」
何も間違ってはいない。確かにヴェルナ本体はいつもと変わらぬツンとした顔だ。
ただし、本人よりも存在感がある帽子が、口角をこれでもかというくらいにゆがめて、心底嫌そうな顔を見せているのだが。
突っ込むのはよそう。透陽は遠い目をして、森の風景をぼんやりと眺めた。
さて、キノコを探すとき、一体どうやって見るだろうか。感覚としては「森の中に異物感を探す」と言った風だろうか。少なくとも、この奥羽透陽という男はそのような感覚で辺りを見ている。土を見て、木を見て、地を見て、時折天を仰ぎ。
だからまず「あれ?」というのが頭に浮かぶ。今もそうであった。
何気なく向けた視線の先。窪地に落ち葉が堆積しているだろうというのは遠目でも見て取れる。
その積もった枯葉の中から、人の生首が飛び出していた。
一瞬ぎょっとしたものの、さすがに立て続けに発狂する程のインパクトは無かった。こんな山の中で会うのはキノコだ。透陽の中にはそんな不思議思考回路が既に完成していたのである。
目を凝らせば、うたたねをしているのだと見えた。首が舟をこぐ様に動き、ボリューミーな白と黄色の髪の毛がゆらゆらと揺れる。
何だろう。透陽はそっと近づいてみた。
不意に歩き出した彼に、何やらじゃれていたヴィロサとヴェルナも慌てて付いてきた。
後、三メートルほど。そこまで近寄った時、生首がぱちりと目を開いた。目をぱちくりとさせて、不思議なものを見るように透陽を眺めて来る。
可愛らしい少女だ。彼は思わず顔を綻ばせていた。ちょうど、ヴェルナと同じ年頃合いのようだ。キノコに年齢を言うのも、変な話だが。
そして、そのヴェルナはますます不機嫌な顔をして、しかしさりげなく透陽の後ろに身を隠していた。
「うん……? 人間かあ……」
長身の透陽の後ろに隠れれば、ヴェルナは相手から見えない。
だが、あいにく連れは独りではない。ヴィロサの帽子はつば広でどうしたって幅を取るし、そもそも本人に全く隠れる気が無いのだから話にならない。
死の天使は、天使らしい笑顔を浮かべて、にこやかに手を振っていた。
それを見るなり、相手は眠気も吹っ飛んだらしい。
「あーっ!?」
透陽も身をすくめる絶叫と共に、少女は土から噴出した。
当たりの木の葉を舞い上がらせ、華麗に着地すると、びしと人差し指をヴィロサに向ける。
ワンテンポ遅れて、黒いコートが間抜けに地面に落ちた。あれが体に被ればかっこよかったのかもしれないが。
本人は決まったと言う面持で、なおかつぎりぎりと歯を食いしばりながらヴィロサに食って掛かる。
「出たな出たな! この猛毒おんなめぇ!」
「ハロー、蛹ちゃん」
「うるさーい! 今日は一人か! 一人だな! よしっ! 勝てる!」
「えー? ヴェルナも居るよ? ほら!」
「ちょ……」
「な、な、な……ひきょーものー! まってろ、こっちも姉さん呼んでくるからな!」
そう言って、謎の小娘は落ち葉の海にダイブして、居なくなった。
嵐のように過ぎ去った茶番劇。透陽は生温かい目で眺めていた。
「なに、あれ」
「衣紗粉の蛹ちゃん」
「キノコ? あ、いや、冬虫夏草か。サナギって言うくらいだし」
「うん!」
ヴィロサは満面の笑みを浮かべた。まるで仲の良い友だちだと言わんばかりに。
だが姉が笑うほどに、妹は暗くなっていく。
透陽は疑問符を浮かべながらヴェルナを小突いた。
「じゃあいいじゃん。広い目でみりゃ親戚なんだろ? それなのに、さっきから何でそんなに嫌そうなんだよ」
「めんどくさいの! いろいろ」
上下の口が同時に叫んだ。
キノコ目録
クモタケ/岸之上 紫蜘
虫草の一つで、トダテグモ類に寄生し、その死骸を白色菌糸で覆う(スービクル)。
梅雨期にスービクルから紫色を帯びた子実体を伸ばす。
トダテグモは土に巣穴を作り、その入り口を土の戸で塞ぐため、キノコもパカッと玄関扉を開けたように生えて来る。
広義の冬虫夏草の一種ではあるが薬効は無い




