邂逅 ――クロス・コアとの出会い
崩れた壁の隙間から、中へ体を滑り込ませる。
日が完全に昇りきる前に、身を隠さなければならなかった。全身に走る痛みを堪えながら、瓦礫を踏み分けて奥へと進んだ。少しでも、外から見えない場所へ。
奥へ進むほど、瓦礫の山が高くなっていく。旧文明の頃の廃墟なのだろう。人の気配も、獣の気配もない。ここでなら、日が暮れるまでやり過ごせるかもしれなかった。
一番奥まった一角で、足の爪先に何かが引っかかった。目を落とすと、瓦礫に埋もれるようにして、金属の取っ手のようなものが土から突き出していた。
「……扉?」
しゃがみ込み、土を掻き分けてみる。乾いた土の下から、四角い形をした蓋のようなものが姿を見せた。旧文明の頃の、地下施設への入り口なのだろう。
取っ手に手をかけ、渾身の力を込める。骨に響くほどの抵抗の後、耳障りな金属の軋みと共に、蓋が完全に持ち上がった。下から吹き上げてくる空気は、地上とは違う、乾いてひんやりとした匂いがした。
狭い階段が、闇の奥へと続いている。一段ずつ、慎重に足を下ろす。階段を下りきると、小さな部屋に出た。
部屋の奥、壁に寄りかかるようにして、それはあった。
人の骨だった。
衣服らしきものはほとんど土に還り、わずかな繊維の跡が骨の周りに残っているだけだった。座り込んだ姿勢のまま、頭蓋骨がわずかに傾いている。
開いたままの指先の下、床に転がるようにして、小さな箱のようなものが落ちていた。骨と骨の隙間から滑り落ち、そのまま床に転がったのだろう。
近づいて見ると、掌ほどの大きさの、黒ずんだ金属の箱だった。表面には、旧文明の頃のものらしい文字がかすかに刻まれている。周りの骨や朽ちた繊維とは違い、そこだけが時が止まったように傷一つなく、艶を保っていた。
しばらく、動けなかった。骨から何かを奪うという行為への抵抗感が、腹の底に重く沈んでいた。それでも、この骨の持ち主が、もうそれを必要としないことだけは確かだった。
震える手を伸ばし、箱に触れる。
指先が触れた瞬間、蓋の隙間から、小さな光が漏れた。
留め具を探ると、箱の蓋が、思いのほか軽い音を立てて開いた。中に収まっていたのは、角の丸い六角形をした、黒ずんだ金属の欠片だった。中央に、青紫色の結晶が埋め込まれている。大きさは掌に乗る程度、厚みは指一本分ほどしかなかった。
箱の中には、擦り切れかけた紐も一緒に収められていた。迷った末、装置の縁に紐を通し、首にかけた。装置を服の内側、胸のあたりに落ち着かせる。空になった箱は、骨の傍らにそっと置いた。
その瞬間、光が一段と強くなった。低い共鳴音が、耳の奥で響く。胸から全身へ、何かがゆっくり広がっていく感覚があった。
——生体反応を検出。同調を開始します。
頭の中に、直接文字が流れ込んできた。
「お前は……何なんだ」
——初期化を実行中。
答えになっていない答えだった。それでも、何かが動き出しているのは分かった。
——初期化完了。精神状態をスキャンします。
聞き返す間もなく、頭の中を何かが駆け巡る感覚があった。冷たい光が、脳の奥まで一瞬で走り抜けていくようだった。
——スキャン完了。精神汚染、認知機能の異常、いずれも検出されず。正常な精神状態を維持しています。
正常な精神状態。
その一文が、頭の中で何度も繰り返された。
「……本当なんだろうな」
呟くと、間を置かず返事があった。
——精神に異常はありません。
短い一言だった。それでも、繰り返し確かめられたことで、強張っていた体から少しずつ力が抜けていく。
「……お前、一体何なんだよ。俺の頭に直接喋りかけてくるとか、普通じゃねえだろ」
——本装置は、精神力を用いたサポートを行う機能を持ちます。装着時には、適性を確認する仕様となっています。今回のスキャンは、その一環です。
その説明を聞いて、ようやく腑に落ちるものがあった。頭の中に声が響くのも、勝手に精神状態を調べられたのも、この装置の仕様なのだ。そう分かれば、少なくとも自分の頭がおかしいという話ではなくなる。
安堵のあまり、その場に膝をついた。ずっと張り詰めていた何かが、一気に緩んでいくのが分かった。九割は理性を失う。前例のない例外だと、頭のどこかで怯え続けていた。それが今、ようやく確かなものとして裏付けられた。
自分は、壊れていない。
込み上げてくるものを堪えきれず、乾いた笑いが漏れた。涙を拭い、その場に座り込んだまま、胸の中で光を放つ装置の感触を確かめる。
「クロス・コア」
自然と、その名が口をついて出た。誰かに教えられたわけではない。まるで、最初からそう呼ぶべきものだと知っていたかのように。
——名称、クロス・コアとして登録します。
素っ気ない返事だったが、それが妙に頼もしく感じられた。この装置が何なのか、何ができるのか、まだ何一つ分かっていない。それでも、たった一人で荒野に放り出された今、胸のあたりにこの重みがある。それだけで、随分と心強かった。
もう一度、骨の傍らに目をやる。
「……借りてくぞ」
短く呟き、静かに手を合わせた。
いつまでもここに留まっているわけにはいかなかった。立ち上がり、階段を上る。脇腹の痛みは、まだ引いていなかった。それでも、さっきまでとは違う。一人ではない、という感覚が、痛みの隙間を静かに埋めていた。
地上に出ると、荒野の向こうに、朝の光がすっかり広がっていた。胸の上から、装置の重みを服越しに確かめる。この装置が、これから先どれだけ役に立つのかは分からない。それでも、それだけで、確かに心強かった。
AI・・・




