また今度、必ず
紙に書かれた場所は、町の外れにある荷置き場だった。
大通りの喧騒を抜けた先、開けた広場のような一角に、旧文明の資材を運んできたらしい木箱や麻袋が山のように積み上げられている。高さは俺の背丈の倍近くはありそうだった。奥行きも相当なもので、端から端まで歩けば百歩以上はかかりそうな広さがある。荷の間を縫うようにして、十人近い男たちが忙しなく動き回っている。屋根はなく、日差しがそのまま照りつけるせいで、地面から立ち上る土埃が陽の光を受けて白く霞んで見えた。積まれた木箱の数は、ざっと見ただけでも百は下らないだろう。こりゃまた、とんでもねえ量だな……。
「お、兄ちゃん、やる気あんな。よし、そこの木箱、全部あっちに運んでくれ」
現場を仕切っていたのは、腹の突き出た恰幅のいい男だった。日に焼けた顔に無精髭を生やし、腰に手を当てて仁王立ちしている。着ている上着の前がはだけ、汗染みだらけの肌着が覗いていた。指差された先には、俺の胸の高さほどまで積まれた木箱が、ずらりと並んでいた。
……多くね? これ全部? いや、言われたからにはやるけどさ。
抱えた瞬間、思ったより重くて体がよろめいた。中身は何だ、これ。石か? 石詰めてんのか?
「おら、手ぇ止めんな!」
「へいへい」
投げやりに返事をしながら、木箱を運び続ける。単純作業というのは、案外嫌いじゃなかった。むしろ、村での農作業に比べればずっと楽なくらいだ。荷を担いで往復するたび、周りの連中の顔ぶれも少しずつ見えてくる。日に焼けた若い男、無口な中年、腰の曲がった老人。年恰好も体つきもばらばらなのに、皆一様に汗まみれで、黙々と手だけを動かしていた。無駄口を叩く余裕がある奴は、一人もいないらしい。
腕がじんわり熱を持ち始めた頃、隣で作業していた老人がぽつりと言った。
「兄さん、力あるなあ」
「まあ、それなりに」
得意げに答えたところで、抱えた箱の底が抜けた。ぶちまけた石ころ――本当に石だった――が、地面に派手な音を立てて転がる。
「あ」
「おいこら、丁寧に運べっつっただろうが!」
怒鳴られながら、慌てて拾い集める。石を運ぶのに丁寧も何もあるかと思ったが、口には出さなかった。賢明な判断だったと思う。周りの男たちが、こっそり笑いを堪えているのが視界の端に見えた。……くそ、見られてた。
日が傾き始める頃には、腕も腰もすっかり悲鳴を上げていたが、山積みだった木箱の数は目に見えて減っていた。
ようやく作業が終わり、恰幅のいい男から銭を受け取る。数えてみると、思わず眉根が寄った。
……あれ? 思ったより少なくね?
一日中箱を運んで、これだけか。改めて数え直しても、増えるわけがない。村の感覚からすれば大金のはずなのに、この町の物価と見比べると、途端に心もとない額に見えてくる。
腹の虫が、待ちきれないとばかりに盛大に鳴った。とりあえず飯だ。飯を食わなきゃ始まらない。手にした銭を握りしめ、屋台の並ぶ通りへ向かう。串焼き屋の親父に声をかけ、肉の焼ける匂いに誘われるまま、腹に溜まりそうな品を片っ端から指差した。
「これと、これと……あと、これも」
「兄さん、太っ腹だね」
「腹減ってたもんで」
自分で言っておいて、少し恥ずかしくなる。太っ腹というより、ただの我慢の限界だった。親父が手際よく串をひっくり返す様子を、涎を堪えながらじっと見守る。じゅうじゅうと脂が炭に落ちる音が、腹の虫をますます煽り立てた。
出てきたのは、串に刺さった肉の塊と、硬めのパンだった。表面に焦げ目のついた肉から、じゅわりと脂が滴り落ちる。がつがつと頬張ると、じんわり脂の味が口いっぱいに染み渡る。うまい。うますぎる。噛むたびに肉汁が溢れて、あごを伝って垂れそうになるのを慌てて啜った。今日一番の幸せがここにあった。パンも硬いなりに嚙みごたえがあって、肉の脂を吸って絶妙な塩梅になっている。腹の底から満たされていく感覚に、思わず声が漏れそうになった。
――と、満足げに手にした銭を数え直して、俺は真顔になった。
……ほぼ、飯代で消えたな、これ。
残ったのはわずかな端銭だけだった。これじゃあ、あの革ジャンにも拳銃にも指一本触れられそうにない。
未練がましく、武具屋の前まで足を運んでみる。ガラスケースの中の拳銃は、相変わらず黒光りしていて格好よかった。ごつごつした無骨なフォルムを見ているだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。……はぁ、やっぱいいなあ、これ。うっとりと眺めていた視線を、隣の露店の革ジャンへと移す。表面の傷一つ一つが、使い込まれた歴戦の証みたいでたまらない。羽織った自分の姿を想像するだけで、口元が緩んでしまう。
浮かれた気分のまま、露店の値札をそっと覗き込む。今の手持ちでは、まるで届かない金額だった。
……こりゃ、七日くらい働かねえと届かねえんじゃねえか、これ。
指折り数えて計算してみると、余計に虚しくなってきた。この調子で日雇いを繰り返して七日。七日もこの町に居座って、木箱を運び続ける自分の姿を想像すると、げんなりする。旅の途中で七日も足止めを食らうのは、さすがにやってられない。
「……仕方ねえ。今回は諦めるか」
独りごちて、名残惜しく武具屋の看板を振り返る。腹が満たされているだけ、まだましだと思うことにした。飯があれば、とりあえず死にはしない。装備なんて、二の次でいい。……いや、本当は結構欲しいんだけどな。
胸元に向かって、ぼそりと文句を垂れてみる。
「なあ、お前、金を増やす方法とか知らねえの」
返事はなかった。……知ってて黙ってるなら、いい性格してるよ、お前。誰も見ていないのをいいことに、地面を軽く蹴飛ばしてみる。爪先に、思った以上の痛みが返ってきた。……新しい靴、まだ馴染んでないんだった。
翌朝、宿代わりに借りた軒先で目を覚ますと、身支度を整えて町を出た。硬い地面で寝たせいで、背中と首筋がばりばりに強張っている。伸びをすると、あちこちから情けない音が鳴った。ノガミの喧騒が背中で遠ざかっていく。
街道をしばらく歩くうちに、諦めたはずの未練が、じわじわと胸の奥で膨らみ始めた。最初はただの独り言だった。「あの革ジャン、よかったよなあ」。それが半日も歩く頃には「くそ、なんで買わなかったんだ」に変わる。日が傾く頃には「絶対に次は買う」という、確固たる決意にまで育っていた。あの革ジャンの重み。あの拳銃の黒光り。頭から離れない。
……くそ、やっぱ欲しかったな、あれ。
一度そう思うと、歩けば歩くほど後悔が募っていく。次の町があったら、絶対に買ってやる。金がなかったから、なかったからだ。次はちゃんと稼いでから挑む。誓いにも似た決意が、胸の中でむくむくと育っていった。
「よし、次だ。次の町で絶対買う」
誰に言うでもなく、声に出して宣言してみる。反応は、当然なかった。だが構わなかった。むしろ、この静かな相棒に向かって決意表明するのが、なんとなくしっくりきた。
今度こそは。今度こそはあの革ジャンを。ついでに拳銃も、いけたらいってみるか。鼻歌交じりに、そんな皮算用を膨らませながら、荒野に延びる街道をずんずん進んでいった。
えーあい




