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クロス・コア 〜転生先はサイバーパンクな滅びの地、いじめられて死んだ俺は強化兵にされていた〜  作者: 炭石鹸
転生したって、クソ野郎は直らないらしい

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終わらせる

まだ、体の芯には重さの余韻が残っていた。

それでも、足は動く。踏み込みの速さを、一段上げる。読みやすくなった拳筋を掻い潜り、懐へと潜り込んだ。至近距離での一撃を、フジツの腹に叩き込む。骨まで響く手応えがあった。

「が……ッ!」

呻き声と共に、フジツの体が僅かに折れる。だが、すぐに指輪の光を纏った拳を振り上げてきた。捨て身の一撃だった。躱しきれず、肩口に食い込む。骨が軋む重い衝撃に、視界が一瞬白く染まった。左腕の感覚が、じんと痺れて遠のいていく。

「もう一度、重さで――」

呟くフジツの指輪が、再び暗い色に染まろうとする。だが、その色は先ほどまでの深さを取り戻せなかった。淀んだ赤黒さのまま、明滅を繰り返す。

——重力操作の再展開を検知。ただし出力は先ほどの半分以下です。今なら振り切れます。

頭の中の一文に、奥歯を噛みしめる。体が、また沈みかけた。だが、先刻ほどの重さではない。踏ん張れる。歯を食いしばり、鉛のような足を無理やり前へ踏み出した。

「ぐ……ッ、まだ……!」

一歩、また一歩。まるで泥の中を歩くような抵抗があった。それでも、止まらなかった。フジツの顔に、初めて明らかな焦りが浮かぶ。

「なんで、動け……」

言い終わる前に、間合いを詰めきっていた。防御している場合ではなかった。ここで退けば、また立て直されてしまう。

「くたばれ、くたばれよ、蓮……!」

叫びながら振るわれる拳が、次第に大振りになっていく。狙いも精度も、目に見えて崩れていた。指輪の赤黒い光が、明滅を繰り返しながら細く弱くなっていく。もう、あの最初の一撃ほどの力は残っていなかった。重さで押し潰すつもりだった一手も、今のこの男には支えきれないらしい。

「まだ、そんなに強く殴れるのか」

低く呟き、振り下ろされた拳を紙一重で躱す。空を切った拳が、床に深い亀裂を刻んだ。埃と石片が舞い上がる中、体勢の崩れたフジツの懐へ、迷わず飛び込む。

打ち込む。躱す。躱す動きが、また一段と遅くなっている。かつて村を蹂躙してきたはずの男の拳が、今はもう恐怖に震える素人のそれと大差なかった。踏み込みのたび、指輪の光がさらに萎んでいく。追い詰めているのはこちらのはずなのに、その姿がどこか哀れにさえ見えた。だが、その感傷を拳に乗せるつもりはなかった。この男に押し潰されかけた重さを、忘れるつもりもなかった。

「オレ様は……オレ様は、負けない! 負けるはずが……!」

震える声で叫ぶフジツの顎に、拳を叩き込んだ。骨の軋む感触が、掌にはっきりと伝わる。フジツの体が、大きくのけぞった。

「な、なんで……」

よろめきながら後ずさるフジツの目に、初めて本物の恐怖が浮かんでいた。指輪を撫でる指先が、もう何の役にも立っていなかった。それでも、その手を止めることができないらしい。

「オレ様には、これが……アーティファクトがあるから、負けるはず……」

譫言のように繰り返す声に、答える気力もなかった。踏み込み、脇腹へ拳を叩き込む。もう一撃、顔面へ。

「ハァハァ……クソが……オレ様だぞ……オレ様が、なんで……」

意味の繋がらない言葉が、口から零れ落ちていく。もはや、指輪の力に頼る余裕すら残っていないようだった。

「囲め、逃げ場を塞げ!」

背後で、ジンの怒声が響く。目の端に、崩れ落ちるヒトコの巨体が映った。籠手を弾き飛ばされ、両膝をついている。ヒトミも、数人がかりで組み伏せられ、甲高い悲鳴も今は掠れていた。リヒトの姿は、既に仲間の一人に取り押さえられている。懐中時計は床に転がり、蓋が割れていた。

家族全員が、崩れ落ちていた。

その光景を目の当たりにしたフジツの顔から、最後の色が抜け落ちた。

「や……やめろ、やめてくれ……」

震える声で懇願するフジツに、足を止めなかった。踏み込み、渾身の一撃を放つ。

拳が、フジツの顎を捉えた。

骨の砕ける鈍い音と共に、フジツの体が宙に浮く。白目を剥いたまま、その巨体が仰向けに崩れ落ちた。びくりと一度だけ痙攣し、それきり動かなくなる。指輪の赤黒い光が、最後に小さく明滅し、やがて完全に消えた。

静寂が、部屋を満たした。

肩で息をしながら、崩れ落ちたフジツを見下ろす。血の混じった唾を吐き捨て、拳を開いた。掌に、まだ骨を打った衝撃が残っている。体の芯には、あの重さの記憶がまだ染みついていた。指一本動かすのも億劫だったあの数十秒が、今になって遅れて背筋を冷やす。

「終わったか」

ジンが、荒い息のまま近づいてくる。腕には、切り傷がいくつも走っていた。それでも、その顔には、達成感に似た表情が浮かんでいる。

「フジツは?」

「気絶した。当分は目を覚まさねえだろう」

短く答えると、ジンは頷き、フジツの体を縄で縛り上げるよう仲間に指示を出した。組み伏せられた家族も、次々と拘束されていく。

「レン、肩は大丈夫か。さっき、急に地面に張りついたみたいに動かなくなってたが」

「……あの指輪、殴るだけの代物じゃなかった。重さで押し潰してきやがった」

答えると、ジンが眉をひそめた。

「重さ、だと」

「一瞬でも動けば、骨まで沈むかと思った。強化された体でなけりゃ、あそこで終わってた」

嘘ではなかった。強化された体が、痛みの大半を鈍らせている。それでも、骨の軋む感覚と、あの押し潰されるような重さの記憶だけは確かに残っていた。

床に伸びたフジツの顔を、もう一度見下ろす。前世で藤津仁と呼ばれていた男。名前だけでは信じきれなかったものが、この拳で確かめた重みとして、ようやく胸の中に収まった。

「屋敷は、これで落ちたか」

誰かの問いに、ジンが窓の外へ目をやった。夜空の彼方、灰原一帯のあちこちに、いくつもの松明の光が乱れるように動いているのが見えた。屋敷の中だけではない。もっと遠く、領内の各地でも、何かが起こり始めている気配があった。

「まだ終わっちゃいねえ。だが、山は越えた」

ジンの声には、確かな手応えが滲んでいた。長い夜は、まだ完全には明けていなかった。

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