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第三話 就寝

 射撃場を出る。

 耳に残っていた銃声が、少しずつ夜の喧騒に溶けていく。


「おーい、澪」


 後ろから声が飛んできた。振り返ると、射撃場でよく顔を合わせる、髭、脳筋、ハゲの三人組だった。


「今日も調子良かったな」

「……普通」

「普通であれだけ当たるなら十分だろ」


 そう言って笑った。


 別に狙っている場所に当ててるだけだ。


「この後麻雀やろーぜ」

「おっと俺たち三人組だと一人足りねぇな」

「暇だろ来い」

「……」

 

 もはやテンプレと化したセリフに呆れた。

 

「……いいよ」


 歩いて数分。

 市場の外れにある小さな賭場。煙草の煙が漂く酒臭い卓がいくつも並んでいる。


「お、澪ちゃん来たか」


 賭場の貸元が笑った。


「今日()勝ってけよ」

「……」


 いつもの卓に座ると牌が混ざる音だけが聞こえる。


「じゃ、始めるか」


 配牌。


 ……悪すぎる。


 これは無視と思いつつ『九筒』静かに一枚切る。


「お、今日は早いな」


 髭男が笑うが私は答えず、次の牌を見る。


『中』


 ……はぁ。

 

 数巡後。


「リーチ!」


 脳筋男が勢いよく牌を叩く。


「またかよ!」

「今日は調子いいな!」


 二人が騒ぐ。


 私は河を見る。


 ……安い、気がする。


 通る牌だけ切る。


「おいおい、また降りるのか」

「一応」

「毎回それだな」


 結局、その男は千点程度の手だった。


「やっす」

「もっと勝負しろよ!」


 私は首を横に振る。


「必要ない」


 次の局。


 今度は配牌がいい。静かに悟られず進める。

 その間に男たちは雑談している。


「そういや最近、裏路地で拉致増えてるらしいな」

「聞いた聞いた」

「また組織か?」

「そうらしいしかも新勢力だ」

 

 私は話を聞きながら牌を切る。

 情報は耳に入れる。

 でも口は挟まない。


「澪、お前どう思う?」

「知らない」

「冷てぇなぁ」


 そのまま数巡。

 やっと必要な牌が入る。


「……ツモ」


 静かに牌を倒す。


「うわ!」

「満貫かよ!」

「全然気付かなかった!」


 三人が一斉に騒ぐ。


 私は点棒を受け取る。


「……ありがとう」

「お前さ」


 一人が苦笑する。


「上がる時だけ喋るよな」

「……それ以外も話してる」

「嘘つけ」

「全く話さないやん」

「ほんっと感情ねぇな」


 別にそういうわけじゃない。


 二局目。

 三局目。

 四局目。


 時間だけが過ぎていく。


「今日は澪の日だな」

「いや、また読まれてる」

「お前、俺がテンパイしたの分かってただろ」

「……少し」

「少しじゃねぇよ!」


 三人が笑う。


 私は牌を崩しながら息を吐いた。人は牌より分かりやすい。


 焦る人。

 欲張る人。

 迷う人。


 それぞれ少しずつ違う。だから見ていれば何となく分かる。


 麻雀はよく運要素が強いと言われるが、確かに上がる時はそうだけど、回避はしやすい。


「ラス一局!」


 ハゲが声を掛ける。

 最後の半荘。

 

 終わる頃には時計は深夜を回っていた。


「今日は澪の勝ちだな」

「また今度リベンジだ」

「射撃場で会おうぜ」


 点棒を返し、席を立つ。


「じゃ」

「それだけか?」

「……また」

「変わんねー」

「ほぼ同じだろ」

「そーだそーだ」

「うるさいぞ貴様ら」


 去っていく私にヤジを飛ばしていた三人は、貸元に睨みつけられて小さくなっていた。


 賭場を出て市場へ戻る。


 深夜の市場は、一番人が集まる時間帯だ。


 つまり――知り合いにも会いやすい。


「お、澪じゃねぇか」


 聞き慣れた声に振り向くと、洋平が手を振っていた。

 その隣には麗音もいる。


「あ、澪」


 麗音も笑って手を振ってきた。


「珍しいね。今日は一人?」

「ん」

「何してた?」

「麻雀」

「えっ、澪って麻雀やるの?」


 麗音が少し目を丸くする。


「少し」

「少しどころじゃねぇぞ」


 洋平が笑った。


「今日もおっさん連中から点棒巻き上げてきたんだろ?」

「……普通」

「その『普通』が怖ぇんだって」


 洋平は肩をすくめた。


「お前、リーチされても満貫上がっても顔一つ変わらねぇし」


 別に喜ぶようなことでもない。


「別に」


 麗音は興味深そうに私を見る。


「今度やろうよ」

「麗音じゃ勝てねぇぞ」

「まだやってもないじゃないですか」

「お前、全部顔に出るだろ」

「別に顔に出たって」

「それが駄目なんだよ」


 洋平は苦笑した。


 ……相変わらずだなこの二人。


「そうだ」


 洋平が何か思い出したように言う。


「明日、深層行くけど来るか?」

「明日?」

「そうそう。麗音が新しいルート見つけたらしいからな」


 麗音は嬉しそうに頷いた。


「行こ!」


 ……どうしよう。


「一日で終わる?」

「もちろん!」


 即答だった。


 一日なら……。


「いいよ」

「やった!」

「良かったな、麗音」


 ――あ。


 そういえば明日、ババアのところへ行くんだった。多分また結衣の市場案内を頼まれる。


「……ごめん、無理」

「えっ!?」


 麗音が目を丸くする。


「どうした?」


 洋平だけは落ち着いたままだ。


 ……説明しづらい。


「……案内」

「案内? 誰のだ」

「新人」

「別にこっち優先でいいだろ」

「向こうが先」

「なら連れてこい」


 ……連れてきていいのか?


 でも、あのババアなら許可しそうだ。


「でも、住人は」

「安心しろ。そのルートじゃ出てこねぇ」

「なんで?」

「さぁな。分からん」


 分からないって……。


 麗音を見ると、期待に満ちた目でこちらを見ていた。


 ……まぁ、いいか。


「……荷物が増えるけど、いい?」

「もちろん!」

「当たり前だろ」

「それに、その新人もちょっと気になるしな」


 ……どうせ勧誘する気なんでしょ。


「勧誘とか考えてねぇよ」


 読まれた。

 

 洋平が苦笑した。


「まぁ、少しはあるけどな」

「あるんじゃないですか」


 麗音が呆れたように言う。


「違ぇ違ぇ。興味あるなら来ればいいし、無いならそれで終わりだ」

「……」


 洋平は昔からそうだ。

 無理に人を引っ張らない。


 ……ただ。


「変わったな」

「あ? 俺か?」


 洋平はキョトンとして私を見た。


「十三歳の女性を誘うなんて」

「——! げほ!げほ!」


 驚きのあまり咳き込んでしまった。


「女遊び野郎になっていたとは……」

「ちょ、誤解だ誤解」


 慌てて必死に首を勢いよく横に振って、私の両肩をガシッと掴んだ。


「第一に、その新人が十三歳とか女性とか聞いてないし!」

「マジすか先輩……」

「麗音お前まで、いや、違うんだほら分かるだろ」


 分かるよ。


「深層探索隊に誘おうかなっていうこと、決してそういう事じゃないから」

「そういう事にしとく」

「澪——!」


 洋平が頭を抱える。


 その様子を見て、麗音は吹き出した。


 しかしその時、麗音が吹き出した。

 

「あはははっ!」

「笑い事じゃねぇ!」

「だって先輩、タイミング悪すぎですよ!」

「いや悪くねぇだろ! 普通に『連れてこい』って言っただけじゃねぇか!」

「十三歳って後から判明しましたね」

「だから知らなかったんだって!」


 洋平は深いため息を吐き、私を指差した。


「そもそも澪、お前わざとだろ」

「何が?」

「その顔でとぼけんな」

「分からない」

「絶対分かってる」

「証拠は?」

「……ない!」

「じゃあ違う」

「くそっ!」


 麗音は腹を抱えて笑っている。


「先輩が澪に遊ばれてる……」

「お前も助けろ!」

「無理です」

 

 即答だった。


 洋平はがっくり肩を落とす。


「だって先輩、今日は負けっぱなしですよ」


「相手が悪い!」

「誰?」

 

 麗音が首を傾げると洋平はゆっくりと私を指差した。


「こいつ!」

「私?」

「お前、たまにそういう毒吐くよな!」

「事実しか言ってない」

「事実じゃねぇ!」


 私は肩をすくめる。


「まぁ」

「まぁ?」

「誘うだけなら問題ない」

「だろ!?」

「十三歳と聞く前なら」

「そこ強調するな!」


 また麗音が笑い始める。


「先輩、その話もう裏中に広まりますね」

「広めんな!」

「情報屋に売れるかな」

「売るな!」


 私は小さく息を吐く。


 結局その後もしばらく、洋平の「違うから!」という声だけが市場に響いていた。


 あぁ、それも拳銃もババアのところに預けないと。









 その後、二人を後にし裏路地に入った。


 ……三人。


 冷たい風が、頬をかすめる。

 

「見てるなら、出てくれば」

「ずいぶん、楽しそうだったじゃないか」


 フードを深く被り顔が見えない彼は、目の前に出てきた。


「だれ」

「依頼だ」

「質問に答えて」

「うるせえな、黙って——」

「答えないと受けない」


 ピタっと男の動きが止まると、チッと舌打ちをした。


「狸だ」


 あぁ、(エビス)の犬か。なら……。


「受けない」

「……まだ要件すら」

()()()()

「——!」


 やっぱり、ヤクザからの依頼は、大抵が殺しだ。受けても恨みを買うだけで、得られるものは少ない。


「おいおい……なんで分かった」

「ヤクザ」

「……そうかよ」


 男はニヤリと微笑むと、


「なら、この依頼を断ったら……さっきお前が話してた奴らを——」

「好きにすれば」


 男の横を通り過ぎる。


「……は?」


 男は理解できないという顔をした。


「さっきの二人だぞ」

「だから?」

「仲間だろ」


 あぁ、なるほどヤクザは仲間意識が強い。

 だからそう考えるのか。


 仲間……私はそう思ったことはない。


 ただの知り合いだ。


 そのまま立ち去ろうとして、足を止めた。

 

「……お前、(エビス)か」

「え、なんでその事」

「新勢力について何か知ってる?」

「!!」


 男は『新勢力』と聞くと、表情が変わった。

 一歩、男は後退りした。


「何故お前が、それを知っている!」


 その感じ、裏社会だと既に何かあったらみたいだな。貴重な情報は逃さない。

 すぐに地面を蹴り男との距離を詰めた。男はそんな私の行動を予期してなかったのか、つまずき転倒した。


 私はそのまま男の右腕を足で押さえつける。


「知ってることを話せ」

「言うものか!」


 男が暴れるが私はそのまま首を掴み、締め上げた。


「死にたくないなら話せ」


 男は苦しそうにもがくが、


 数秒耐えた後、


「……言う! 言うから……やめろ!」


 と絞り出した。


 私はすぐに手を離すと男はその場で激しく咳き込んだ。


「……お前、何なんだよ」

「情報」

「あぁ、そうだな! とっとと——」

 

 その瞬間だった。

 頭上から二人の女が縄を持って飛びかかってくるが、


 ……遅い。


 一歩だけ横へずれ一人目の腹へ拳を叩き込む。


「がっ!」


 みぞおちに直撃し、そのまま女は気を失った。

 倒れ込む体を掴み、その勢いのままもう一人へ投げつける。


「くっ!」


 二人まとめて地面へ転がった。


「貴様ら! ちゃんと給料分働け! この——」


 男が怒鳴った瞬間、私はその顎を蹴り上げた。


 鈍い音が響き、男はそのまま意識を失った。


 チラッと女二人の方を見て、


「行くなら行けば」


 意識がある方の女は、キッと私を睨みつけると気絶してる子を連れてどこか行った。

 男の胸ぐらを掴み、意識が戻るのを待つ。


「……っ」

「話して」


男は顎を押さえながら睨み返した。


「言ったら殺される」

「言わなくても?」

「……」


男は諦めたように笑った。


「もう遅ぇよ」

「何が」

「やつらはもう動いてる」

「目的は」

「知らねぇ」

「嘘」

「本当だ!」


男は息を切らしながら続けた。


「俺ら末端は命令されるだけだ!」

「誰に」

「知らねぇ!」


……本当に知らない顔だ。


なら。


「拠点」

「言えねぇ」

「場所」

「……」

 

 私は男を見つめるが喋らない。


 ……時間の無駄か。


 パッと離してその場で立ち上がる。


「お、おい!」


 喉を抑えながら、叫んだ。

 

「待て!」


 私は振り返らない。


「次会ったら」


 男は苦しそうに笑う。


「今度は俺じゃねぇぞ」

「知ってる」

「……は?」

「末端に聞いても意味ないことは分かった」


 そのまま裏路地を歩き出す。


 仕方ない、片っ端から聞いてくか。












 ガチャっと鍵を回し、扉を開ける。


 玄関に入り時計を見た。


 ……四時。


 いつもの時間だ。


 靴を脱ぎ、音を立てないように廊下を歩く。

 寝室の扉は閉まっている。


 美月はもう寝ているらしい。


 リビングへ入ると、薄暗い部屋のテーブルに一枚の付箋が置いてあった。


『冷蔵庫にご飯あるから温めて食べてね』


 ……律儀。


 冷蔵庫を開けると、ラップのかかった皿が入っていた電子レンジへ入れ、温めている間に上着を脱いだ。


 服についた埃を払い、ポケットの中身を机へ並べた。


 財布。

 鍵。

 ライター。

 カラスから渡された依頼金。


 そして、今日仕入れた情報を整理する。


 新勢力。

 (エビス)

 オークション。

 拉致。


 ピーピー。


 電子レンジが鳴った。椅子へ座り、一人で黙々と食べる。


 静かだ。市場の喧騒が嘘みたい。

 食べ終えると皿を流しへ置き、水だけ飲む。


 その時。


 カチャ。


 寝室の扉がゆっくり開いた。


「……澪?」

 

 髪が少し乱れた美月が、目を擦りながら立っていた。


「帰ってたんだ」

「今」

「今日も遅かったね」

「いつも」


 美月は小さく笑った。


「怪我は?」

「ない」

「本当に?」

「うん」


 少し疑うような目を向けてきたが、それ以上は聞かなかった。


「ご飯食べた?」

「今」

「そっか」


 ふぁと美月は欠伸をすると、


「私はまた寝るね」

「ん」


 美月は寝室へ戻りかけ、ふと振り返る。


「おやすみ」

「……ん」


 扉が静かに閉まる。


 私は流しで皿を洗い、布で軽く拭いてから食器棚に置いた。

 ソファへ体を沈めて天井を見上げると、さっきの男の言葉が頭をよぎった。


 『もう遅ぇよ』


 ……何が始まる。

 いくら考えても答えは出ない。


 目を閉じる。


 眠気が一気に押し寄せ、意識は静かに沈んでいった。

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