第二話 突然の案内
ババアは満足そうに私と結衣を見比べると、ゆっくりと頷いた。
「よし。それじゃあ澪」
「……」
「この子、家に連れて帰ってくれ」
「嫌」
思わずババアを睨む。
「即答かい」
「面倒」
「だろうねぇ」
ババアは苦笑しながら、杖で床をコン、コンと叩いた。
「じゃあ市場を案内してやんな」
「……」
「今日は暇だろ?」
「暇じゃない」
「依頼は?」
「ない」
「情報収集は?」
「後でもできる」
「つまり暇じゃないか」
「……準備がある」
「それ、今じゃなきゃ駄目なのかい?」
睨みつける私に、ババアは穏やかに笑い返した。
……あぁ。
これは逃げられない。
「嫌」
「本当に頑固だねぇ」
ババアは肩をすくめると結衣へ視線を向けた。私もつられて見ると、結衣はおろおろしながら私とババアを交互に見ていた。
「わ、私は大丈夫です……」
「大丈夫じゃないから言ってるんだよ」
ババアは優しく笑う。
「裏を何も知らない子が一人で歩けば、一時間も保たない」
結衣は何も言えず俯いた。
……それは私も否定できない。
ババアはもう一度、私を見る。
「あんたもそうだったろ」
「……」
「初めてここへ来た時、右も左も分からなかった」
「昔の話」
「そうだよ」
ババアは静かに頷く。
「その時、誰が武器を預かってやった?」
「……」
「誰が警察から匿ってやった?」
息を飲む。
普段、ここまで言ってくることはない。
隣で結衣が驚いたように私を見た。私はその視線を避ける。
「……借りを返せって?」
「そんな大層な話じゃないさ」
ババアは小さく笑った。
「昔のあんたみたいなのが、一人いる。それだけさ」
店の中が静まり返る。そしてババアは、思い出したように付け加えた。
「それに、案内してくれないなら預かってるもんは返さないよ」
……それを言われたら、断れない。
私は小さく息を吐いた。
「……分かった」
その一言に、ババアは満足そうに笑うと。結衣の背中をぽんと軽く叩いた。
「ほら、結衣」
「は、はい!」
急に呼ばれた結衣は、反射的に背筋をぴんと伸ばく。
「澪から離れるんじゃないよ」
「はい!」
「あと、質問ばっかりして困らせるんじゃないよ」
「……が、頑張ります」
乗せられた……。変な気分だ。
「あ、あの」
頭を抱えてると、結衣が近づいてきた。
「お願いします」
「……あぁ」
腹を括ろう、面倒だが預けていたやつ返して貰えなさそうだし。
「早く行って来な」
ヒラヒラと手を振るババアに、舌打ちをした。
「行くよ」
くるっと背を向けて扉を開けて外に出ると、慌てた様子で結衣が出てきた。
「……」
早く終わらせるか、市場に向けて歩き出すと後ろからしっかりと付いてくる音が聞こえた。
「あの……」
数分が過ぎた頃、結衣が口を開いた。
「何」
振り返らず答える。
「どこまで行くんですか?」
「市場」
「えっと……遠いですか?」
「近い」
「そうなんですね」
また静かになる。
結衣は何か話そうとして、口を開いては閉じる。その様子が視界の端に映る。
「……」
「……あの」
「何」
「澪さんって」
少し間を置いて、
「いつもそんな感じなんですか?」
「……どういうこと」
そんな感じって言われてもな。
「えっと、何でもないです」
困ったように結衣が微笑んだ。
しばらく歩くと人影が少しずつ増え始めた。結衣の歩く速度が少し遅くなる。
あちこち周りを見ていた。
「止まらない」
「え?」
「置いてく」
「ご、ごめんなさい!」
小走りで隣まで来ると、今回は遅れないようにピッタリついて来た。
……そろそろ出るな。
「あの……」
「何」
「澪さんって何歳なんですか?」
少し考えて。
「十六」
「えっ」
スッと「わたしのかおを見るように見上げて来た。」
「もっと大人かと思ってました」
「そう」
「私、十三です。」
十三……若いな。
「そ」
「……」
「……」
その後、また無言のまま歩き出すと結衣は落ち着かないのか、指をいじっている。
「……」
「……何」
「えっ?」
「何か言いたそう」
「あ、えっと」
少し結衣は迷っていると、ふっと顔を上げた。
「怖くないんですか?」
「何が」
「ここ」
私は少しだけ周囲を見回す。
薄暗い路地。
裏の人間。
見慣れた景色。
「別に」
「私は……ちょっと怖いです」
「そ」
初めてだから、怖いと思うのは当然か。
結衣は黙っだまってしまった。
しばらくすると、市場のざわめきが少しずつ近付いてきた。
「聞こえる」
結衣が呟く。
「市場」
「……すごい」
「まだ入口」
「これで?」
「中はもっと五月蠅い」
結衣は少しだけ不安そうに私を見てきた。
「……離れたら」
「?」
「探さない」
「えぇ!?」
「だから離れるな」
「は、はい!」
私はそれだけ言って、市場へ足を踏み入れた。
「てめぇふざけてるのか!」
「値下げは無理だ」
「このやろぅ!」
相変わらずの喧騒、言い争ってた二人の横を通り過ぎた。
……と、隣にいるはずの結衣が少し後ろにいることに気付いた。
……はぁ、全く。
「ま、待って!」
グィッと左手を引かれた。
「早いよ……」
少し声が震えていた。
——違和感、いやな視線を感じる。
掴んできた結衣を見ると、少し目が潤んでいた。後ろへ視線を向けると、男が三人、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「……行くよ」
「うん!」
……運が悪いな。どうせどこか見てたら、声かけられた感じか。
「ねぇ、あれなに?」
結衣が指差す方向を見ると、巨大演劇場を改造し、豪華な装飾で彩られたオークション会場だった。
いきなり説明に困るな。
「物を……売ってる所」
「じゃあ、ここと同じ?」
「……ちょっと違う」
「どう違うの?」
……もう、めんどくさい。
「行くよ」
オークションの説明を分かるようにとか……無理。
「え! ちょっと」
変わらず私の左手を掴んだまま、結衣は「もう、わかんないよ!」と言いたがな様子で見てきたが、すぐに別のところを見た。
「ねぇ、あの人……怖い」
見ると、市場の隅でフードを深く被った男たちが笑いながら話していたが、目が笑ってない。
「あの人たち何してるの?」
「……」
「ねぇ」
答えず、そのまま結衣の手を引いて歩き出す。
「むぅ……」
不満そうに睨まれた。
その時、小さな子供が横を通った。
「あんな小さい子もいるの?」
「いる」
「なんで?」
……事情があるんだろ。
「知らない」
「えー」
「前」
「え?」
バスっと、男の肩に結衣がぶつかった。
「あぁ?」
「ぁ……あ、ご、ごめんなさい!」
しかしそう言いながら、睨みつける男から逃げるように、素早く私の後ろに隠れた。
「……」
「……」
しばらく、私と男でじっと互いを見つめあったが、
「チッ!」
と、小さく男が舌打ちすると、横を通り過ぎて行った。
「結衣」
「——! ご、ごめんなさい!」
「私じゃない」
結衣が首を傾げた。
「前見て」
うぅーと、小さく唸りながらも、後ろから横にきて、歩き出した。
……近い。
さっきよりもっとピッタリくっついてくる。
しかも、さっきまで怯えていたのに、もう辺りをきょろきょろ見回している。
切り替えが早いのか。
それとも、ただ好奇心が強いだけか。
「わぁぁぁぁぁ!」
「何この声?」
「決闘場」
地下にあるはずなのに歓声が上まで……、そういえば今日、王者決定戦だったっけ?
「どこにあるの?」
「地下」
「下……」
じっと下を見つめていた結衣だが。
「ないよ」
「……」
「ねー」
……。
「行く」
私が歩き出すと、結衣も同じようにくっ付いてきた。
結衣は相変わらず辺りを見回している。
武器屋。
射撃場。
賭場。
露店。
物品店など。
目に映るもの全てが珍しいのだろう。
「あれ何?」
「面白い?」
「やったことある?」
「ねーねー」
「待って!」
私にくっ付いて歩いているくせに、気になるものを見つけるたびに私の手を引っ張る。
……疲れる。
「ねぇ! 聞いてる?」
ぼんやり歩いていると、ぐいっと手を引かれた。
「…………何」
「あれは?」
チラッと、結衣が指差してるところを見ると——
檻の中に、男が手錠をかけられたまま中に入れられていた。しかも一人や二人じゃない。
……あぁ、奴隷屋か。
いつの間にこんなところに来ていたのか。
「なんで人が中にいるの?」
「……」
「助けないの?」
「……」
「警察は?」
「静かに」
「ねぇ」
「静かにして」
「なんで? なんで!」
うるさい。気づけば手が出ていた。
「んんっ!」
右手で結衣の口を塞いでいた。
「んー!」
「静かにして」
それでも、バタバタと振り解こうと暴れる結衣に、私は屈んで視線を合わせた。
「結衣」
屈んだ私に、結衣はキッと睨みつけたが、目が合うと少しずつ動きが止まっていった。
「ああなりたくないなら」
私は左手で口の前に人差し指を立てた。
「ここでは静かに」
結衣は固まったまま、小さく頷いた。
……はぁ。
パッと結衣の口に当ててた手を離すと、結衣は私から一歩後ずさった。
けれど何かを感じ取ったのか、すぐにまた私の隣へ戻ってくる。
奴隷屋は常に獲物を探してる。目立つと目をつけられるかもしれない。
結衣がいる時は、長居はしない方がいいか。
私は市場の中心から離れるように歩き出した。
すっかりおとなしくなった。
さっきまで質問攻めだったのに、今は一言も話さず、私の手を握ったまま付いてくるだけ。
……奴隷屋を見て、そんなに驚くことなんだろうか。
ここでは、あれが日常なのに。
「もう……」
結衣がぽつりと呟いた。
「……あの人たち、助からないの?」
そうだ。
……とは、言わない方がいいか。
「知らない」
「……」
「前」
また黙った。
……どうするか。
「結衣」
「……ん?」
「お腹すいた?」
「……! うん!」
ぱっと笑顔になる。
……チョロいな。
近くによく行く露店のパン屋があった。
近くにちょうどよく行ってる露店のパン屋があったから、そこに行った。
「店主」
「おう、澪か」
若い男性がニカっと微笑んだ。
ヒョコッと結衣が私の後ろから顔を出すと、店主は少し驚いたがふっといつもの顔に戻った。
「なんだガキ連れかよ」
「案内」
「ふぅーん」
「いつもの二つ」
「はいはい」
店主がパンを包み始めた。
その様子を結衣は興味津々に眺めていた。
「二人は友達?」
「違う」
即答した。
すると店主がくすっと笑った。
「友達じゃなくて常連だ」
「常連……」
結衣はその言葉を繰り返し、今度は私をじっと見つめた。
私は気にせず金を払い、パンを受け取る。
「ほら」
二つの包みのうち、一つを結衣へ差し出した。
「……え?」
結衣は差し出されたパンと私を交互に見た。
「私の?」
「そう」
「で、でも」
「いらないなら返して」
「いる!」
慌てて両手でパンを受け取り、包みを胸に抱えたまま、少しだけ困ったように笑った。
「ありがとう」
「……」
私は返事をせず、自分のパンの包みを開けた。結衣も真似をして開き、一口かじった。
「おいしい!」
さっきまで沈んでいた表情が嘘みたいに明るい。
「これ好きなの?」
「よく食べる」
「毎日?」
「たまに」
「家でも食べるの?」
「……」
質問が止まらない。
「ねぇ」
「何」
「いつも何してるの?」
いつも……か。
「……散歩」
「え」
じっとパンを食べてる私を見ていた結衣だったが、その後パンを黙々と食べながら周囲を見回していた。
結衣はパンを食べ終えると、小さく息を吐いた。
「……ごちそうさまでした」
私は包み紙を丸め、近くのドラム缶の横に置かれたゴミ箱へ放り込んだ。
「帰る」
「えっ?」
「案内終わり」
結衣はきょとんとする。
「もう?」
「市場は見た」
「でも、まだ半分も見てないよ?」
「全部見る必要ない」
そう言って歩き始める。結衣は慌てて追い掛けた。
「ねぇ、澪さん」
「何」
「毎日ここ来るの?」
「だいたい」
「飽きない?」
……いや、
「……飽きる」
「え?」
「でも行く」
「なん……」
途中で言いかけて、結衣は最後まで言わなかった。
次第に市場の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
「ただいまー!」
ババアはライフルを手入れしていた手を止め、ゆっくり顔を上げた。
「お帰り」
その視線はまず私ではなく、結衣へ向いた。
「どうだったい?」
結衣は少し考えてから笑った。
「すごかったです!」
「ほぉ?」
「怖い人もたくさんいました。でも、お店もいっぱいあって……地下から歓声も聞こえて……あとパンがすごく美味しかったです!」
「あぁ、あそこのパンかい」
ババアは微かに笑った。
「澪が連れてったのか」
「うん!」
ババアは今度は私を見る。
「珍しいねぇ」
「お腹すいてた」
「そういうことにしとこうか」
ポンポンと肩を叩かれた。
「ちゃんと案内した?」
「した」
「説明は?」
「した」
「してない!」
私を指差しながら、結衣はババアの手を引っ張っていた。
「何聞いても全然話さなかった!」
「ははは!」
店の中に笑い声が響いた。
「澪らしいよ」
私はため息を吐いた。
「終わった」
「そうだねぇ」
ババアはカウンターの下から、布に包まれた物を取り出した。
「ほらよ」
ことっと置かれたそれの布を取り払うと拳銃が姿を現した。
私はそれを拾い、外していたマガジンを装填した。
「弾は?」
「いらん」
「それじゃぁ今日じゃないのかい」
「……」
「都合が悪くなると黙る癖やめな」
「別に」
「明日は?」
「……」
「ないね、なら明日もここに来な」
はぁとため息を吐いた。でもかと言って断る理由もないから、まぁ、良いか。
「分かった」
「助かるよ」
ニコッとババアは微笑んだ。
その横で結衣は、不思議そうに私とババアを見比べていた。
「じゃ」
拳銃を裏ポケットに入れて、店を後にした。




