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第一話 裏

「ま……待て」


 スッと手を最後の一人は手を挙げたが――。


 バキ!


 力強く奴の腹を殴り、そのまま崩れかけた体の顎を蹴り上げると、鈍い音を立てて地面に倒れ動かなくなった。


「……はぁ」


 ……久々に襲われたな、しかも六人に。


 倒した連中を一通り見回した。


 新人か…?


 いや、新人にしては手強い人が二人くらいいたし、経験者が新人を牽引する感じか。


 ――つまり組織ぐるみか。

 

 面倒くさい。


 こういうのには余り関わりたくない。取り敢えずこいつらどうにかしないと。


 スマホを取り出し――。


「こんにちは」


 咄嗟に横に飛んで背後を振り向くと、二十歳くらいの男性がニコニコして立っていた。


「いや、こんばんわかな」

「……」

「あぁ安心して、別に戦いに来たわけじゃないよ」

「……要件は?」

「回収しに来ただけだよ」


 回収、つまりこいつらの指示役か。


 信用出来ないな。


「もちろん、もし君が我々に引き渡してくれるなら、これ以上襲わないよ」

「信用―」

「信用出来ない? 君の言いたいことは分かるがそれ以外、選択肢があると思う?」


 最悪だな、しかも場所も悪い、


 裏路地の入り組んだ迷宮のような細い道だ。待ち伏せされてる可能性もある。


「分かった」


 スッと彼から距離を取ると、ニコッと彼は笑った。


「ありがとう」


 丁寧に頭を下げるその背中を見送り、私は歩き出だした。


 裏路地の奥へ。


 途中の曲がり角に人影があったが、誰も動かなかった。







「これ昨日より上物だろ」

「条件は変えねぇ」

「今なら条件いいぞぉ」

「後悔しても遅いぞ」


 裏路地の奥、中層と呼ばれる色々な裏の店が立ち並ぶエリア、人々は市場と呼んでいるところ。


 売られているものは…表では売ってない物や人など。


 いつも通り賑やかで、人の思惑が渦巻く市場。


 客引やナンパとかも多いけど、幸い私はあんまり声かけられないし絡んでくる輩も少なく。


 人の声が多すぎて、逆に耳が慣れてくる。


 値踏みする声、笑い声、怒鳴り声。


 どこを見ても取引の気配がある。歩きながら、視線だけを流す。


 関わる必要はない。


 ――いつも通りだ。


 市場の奥へ進むほど、声は減る。代わりに、空気が重くなる。

 明るさが落ちたわけじゃないのに、光が遠い。店の数も減り、住人が増える。

 そんな中、私は看板もない小さな店の前に止まった。


 私にとっては店というより、ただの居場所に近い。


 薄暗い入口の前で、椅子に腰掛けている男がいる。

 やけに細い体。だらしなく垂れた背中。

 煙草の煙が、顔を半分だけ隠していた。


「……遅ぇな」


 男は、こちらを見もせずに言った。


「忙しいのか、それとも迷ったのか」


 灰を落とす音だけがやけに響く。


「まぁいい。来るとは思ってた」


 初めて、こちらに視線が向く。濁った目なのに、妙に澄んでいる。


「深層とは」


 彼が小さく尋ねて来た。


「信用と朽ちる場所」


 彼は静かに扉を開けた。素早く中に入ると後ろで扉が閉まる音がした。


「きたか」


 バーのカウンターの奥に、ジジイがいた。

 相変わらず煙草を吹かしている。


「今日は随分と遅かったが、何があった?」

「別に」


 話すことでもないし面倒だ。


 いつもの席に座ると、目の前に飲み物が置かれた。


「情報は?」

「どうやら、最近拉致が増えてるようだ」


 拉致……最初あった人たちか?


「その顔、何か知ってるようだな」


 ジジイがニヤついた。


「関係ない、それで?」

「まぁ、そいつらは主に裏路地で活動してるよだ、特に」


 ピッとパンを切っていたナイフを私に向けて来た。


「女性らしい」

「そ」

「興味なさそうだなぁ」

「ある」

「知ってる知ってる、少しは表情に出してくれればいいのに」


 ジジイは肩をすくめると、再びパンを切り始めた。


 ……今日は妙に機嫌がいい。普段ならここまで喋らない。


「拉致後は市場に流されるか、上物ならオークションらしい」


 オークションか……珍しい。


出品するには関係者との繋がりが必要なはずだ。だが連中は素性を隠して動いている。


 裏でも追うのは難しい。


「どうやら頭がオークション関係者らしい」

「……そう」


 オークション関係者?


 どうやって繋がった。


 あそこは簡単に入れないはずだ。


 なら内部か


「驚いただろ」


 ジジイが身を乗り出してくる。


 ……本当に機嫌がいいな、恐ろしいくらいに。


「ほら」


 コトと目の前に皿の上に乗ったサンドイッチが出てきた。


「はい、いつもの」

「ん」

 

 私はそれを手に取り、一口かじった。


「それで?」


 サンドイッチを食べながらジジイを見とジジイは肩をすくめた。


「言いたいことがわからないな」

「……」

「あぁ、そうだそうだ」

 

 何か思い出した風で言い、カウンターの下に潜り込んだ。


 ――あぁ、やっぱり。


「ほらよ」


 ポンっと封筒が、丁度サンドイッチを食べ終わった後の皿に置かれた。


「……」

「……」

「そんな目で見んなって」


 ニヤニヤしなかがら「ほら早く見な」と言い、奥に行ってしまった。


 封筒を開けると手紙と金が入っており、裏にはカラスと書かれていた。


 依頼か。


 すぐに分かった。中にある手紙を取り出し内容を流し読みして、ため息を吐いた。


 ――五日後、か。

 

 ライターを取り出し、その場で手紙を燃やす。

 紙は黒く縮れ、灰になって皿の上へ落ちた。


 ……もしかして、この皿はそのためか。


 いつもカウンターに灰を落としていたし、嫌だったのかもしれない。


 封筒から金を半分取り出し、取り出した金は裏ポケットへ、封筒はそのままポケットにしまった。

 丁度その時、本当にタイミングがいい時に戻って来た。


「他は?」

「ない」

「酒は?」

「いらない」

「あいよ」


 ジジイは煙草を灰皿へ押し付け、新しい一本を取り出してどかっと椅子に座った。


 ……私は席を立ち、そのまま扉へ向かった。


「今日はどこに行くんだ?」


 カチッ。


 ライターの音。


 煙草に火を点けながら、ジジイがこちらを見てくる。まるで観察するように。


「関係ない」

「おいおい、もう付き合いも長いんだ、別に良いだろぉ?」


 ――付き合いが長いからこそ、本当は分かっているくせに。


 私は答えず、扉を開けてそのまま店を後にした。特に目的もなく歩き出した。


 ……オークション関係者。


 関係者になるのも、知り合いになるのも難しい。


 それに拉致組織の頭が関係者らしい。


 現役か。

 それとも元か。

 どちらにしても面倒だ。


 いや、そもそも情報自体間違っている可能性もある。


 ……情報が足りないな。


 考えながら歩いていると、見覚えのある顔が見えた。


 店先で常にヘラヘラニコニコしてる。


 ――奴隷商を。


「おい」

「いらっしゃいま――げっ!」


 ニコニコしてた店主の顔が、私を見るや否や不機嫌になった。


「金のない無口なガキが何用ですか、あんたに相手してる暇は」


 パサっと、さっき貰った封筒を店主に渡した。男は反射的に受け取り、背を向けて中身を数え始めた。


「……おっ思ったより入ってるな」


封筒と私を見比べている。


「どうした、この金?」

「最近どうだ」

「質問を質問で返すなよ……」


 店主は呆れたように頭を掻いた。


「まぁ、いいさどうせ勝手に調べるんだろうし」

「……」

「最近は……、そうだな変わらずだよ、売り上げは」

「仕入れは」

「仕入れ?」


 うぅーんと顎に手を当てて考えると、ハッと思い出したかのように「あぁ、」と言った。


「そういえば最近。妙な連中から買うね、しかも格安で」

「格安?」

「そう、通常ならありえない額のね」


 ……なるほど。


「しかも女性が多いな……ほら」


 スッと一冊の分厚い本を差し出して来て、受け取って開くと。


 それぞれの写真に。

 名前。

 年齢。

 等級。

 値段。

 『並』という評価が並んでいた。


 だが、正直差がわからない。元々女性メインでこの店は販売してるから。販売一覧表渡されても違和感がなかった。

 


「いつもなら上級品扱いになる女まで全部『並』で流れてくる」

「『上物』まで……」

「どうだ?」

「分からない」

「正直だなぁ」


 店主は苦笑した。  

 そして急に身を乗り出す。


「そうだ、せっかくだしお茶してかないか」

「……」

「もっと情報教えてあげるから」

「いい」

 

 本を閉じて店主に返した。


「じゃ」

「あっ、おいガキ!」


 呼び止める声を背中に受けながら、私はその場を後にした。


 やっぱり油断ならないな。

 茶を飲んで起きたら値札が付いていた、なんて笑えない話は珍しくないんだから。


 ため息を吐きながら、裏路地へ向かった。









 襲われた所まで引き返した。


 深く入り組んだ路地裏に戻りあたりを見回したが、倒れていたはずの六人は、一人残らず消えていた。


 ……誰もいない。


 想定内。


 だけど、しゃがみ込みじっと地面を見つめるが、血痕跡がない。


 立ち上がり、壁や地面を一通り見回す。

 蹴り跡も、擦れた痕も、争った形跡すら残っていなかった。


 ……妙だ。


 普通、ここまで完璧に隠蔽はしない。

 警察はここまで入り込まないし、()()()()


 多少血が残っていようが問題にはならないし、この両脇の雑居ビルも同じだ。


 それなのに、これだけ短時間で何もかも消している。

 しかもこの徹底ぶり、相当慣れてないと出来ない。

 ゆっくりと周囲を見回す。


 二階の窓。


 屋根。


 細い脇道。


 気配はある。

 けれど、視線を向けると誰も顔を出さない。

 私は立ち上がり、服についた埃を払う。


 ……あの男は「回収」と言った。


 なら、あいつらは使い捨てじゃない。少なくとも、組織には仲間を回収するだけの余裕がある。


 それとも――。


 最初から、回収まで含めて手順だったのか。あるいは……。


 小さく息を吐き、夜空を見上げる。


 ……最悪だ。


 でも断定出来ないし、情報も足りない。


 ……一旦戻るか。


「だ、だれか!」


 裏路地に甲高い女性の悲鳴が聞こえると、


 タッタッタッタッ


 という足音「待て!」「逃すな!」と追ってきてるであろう二人の男の声が聞こえた。


 計三人。


 しかも足音がどんどん近づいてきて――


「あ!」


 曲がり角から一人の女性が出てきた。


 ……赤い髪。


 私を見るとすぐ近寄ってきて、スッと私の後ろに身をかがめたが。


「……あの」

「助けて!」

「離れて」

「助けて!」


 ぎゅうぅぅぅと両手で肩をガッチリ掴んで、耳元で騒いでいるその女性……私より背が高いのに、隠れるところ間違ってるよ。


「いたぞ!」


 すぐに二人の男が追ってきたが、私の顔を見てピタッと動きを止めた。


 ……知っている顔ではない。


 でも、少なくとも二人は私を知っているらしい。


 面倒くさいけど……一応聞いとくか。


 チラッと後ろで肩を掴んでる赤髪の女性を見て。


「友達?」

「――!そんなわけないでしょ!」


 耳元で騒がないで……。


 違うなら、なおさら関係ない。


「その女をこっちに差し出せ」


 前にいた男が言うと、同時にスッと腰からナイフを取り出した。


「差し出したらそれ以上関わらない」

「……嫌って言ったら?」

「一緒に来てもらう」


 思わずため息が出る。


 スルッと体を捻り肩を掴まれていた手を離させ、後ろに回り込み距離を取った。


「……え?」


 ばっと勢いよく振り返った女性だったが、私のこと見てていいのかな?


 すかさず後ろから男が女性の腕を両サイドから掴んだ。


 私には関係ない。余計なところには関わらない方がいい。例えこういうことになってしまっても。


 その光景を背に、歩き始めた。












 五日後のカラスからの依頼、手紙の最後に『AR』と書かれていた。


 準備が必要だ。


 裏路地の一角にある店を訪れた。


 扉を開けて中に入ると、ショットガン、アサルト、閃光弾、ライフルなどの武器が壁一面に広がっていたが。


 ……居ない?


 いつもならカウンターにいるんだけど。


 あのババア……。


「い、いらっしゃいませ!」


 ふっと見ると子供……いや、中学生くらいの少女が立っていた。


 だれだ? 新しく雇った子?


「……ババアは?」

「あ、え……み、店の裏に」

「呼んできて」

「え?」


 一瞬固まったが慌てて頷いた。


「わっ、かりました!」


 そう言い逃げるように奥に消えていった。


 ……別に怒ってるわけじゃないんだけど。




 カウンターのところでしばらく待っていると。


「やぁ、澪か」


 杖をつきながらババアが出てきた。


 その後ろにさっきの少女も付いてきたが、私と目が合った瞬間、少女はババアの後ろに隠れた。


 ……こうなるか。


「あぁ、この子のことかい」


 視線を向けると、ババアは小さく頷いた。


「しばらくここにいることになってね」


 ババアがその少女の頭を撫でると、安心したように微笑んだ。


「ほら、自己紹介しな」


 促され、少女はゆっくり前に出きた。でも、すぐに私を見ると足が止まった。 


「……怖い?」

「いや!」


 ぶんぶんと首を横に振った。


「ぜ、全然!」

「そりゃあ怖いよ」


 ババアがニコニコしながら、


「あんたのその目つきと雰囲気じゃあねぇ」

「本当に! 大丈夫なんで!」


 別に気にしてない。そんなことは昔から言われている。


「ほら、早く」


 ババアが急され、少女は意を決したかのように口を開いた。


「ゆ、結衣です」


 一度息を吸い。


「佐藤結衣……です」


 結衣……か。


「ほら、あんたも」

 

 ニヤニヤ微笑みながらババアが私を見てくる。


 言わないと、流石にダメか。

 

「……白石澪だ」

 

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