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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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14.Nagu religioosne maal(コイラン視点)



 私と、オスロンで雇った上級冒険者たちがヴィダスに着いたのは、オスロンを発ってから3日後のことでした。本当なら、天馬で飛べば休憩を入れても1日で着く距離ですが、途中の休憩で寄った小さな漁村で、沿岸に人魚が大量発生していて困っていると聞いたので、それを片付けていたのです。


 私はドラゴン研究所のユラル支部から、ある程度の権限を持たされてオスロンに派遣されています。上級冒険者たちを雇ったのもその経費です。なので、急ぎの案件の途中だからと断ることもできましたが、「今までにこんなことはなかった」という住人の言葉を聞いて、では今までと違うところは何かと考え、ドラゴンの卵が地表に出ている(かもしれない)ことだと思ったのです。


 ヴィダスの町の賑わいを見ながら、同行していた冒険者が口を開きました。

「コイランさん、すぐに例の洞窟に向かいますか? ここから半日ほどだと聞きましたが」

「Mida me……あぁ、えっと、どうしまショウか。もう昼を過ぎてしまいマシタね。一旦ここで宿泊して、野営の準備も整えてカラ、明日の朝早くに向かいマショウ」

 ユラル語はまだ学んで日が浅いので、エスリア語で思考している最中に話しかけられると、咄嗟にエスリア語が出てきてしまいます。

 私は、冒険者たちのリーダーであるジュドという戦士にそう答え、宿を探してくれるように頼みました。


 手頃な宿を見繕ってもらった後は、ヴィダスの町の中で保存食をいくらか買い足し、宿で早めの夕食をとります。翌日に備えて早めに就寝しようと、それぞれが部屋に戻りました。

 冒険者たちは5人組で、剣と盾を使う戦士がジュドさんともう1人の男性、回復術師の女性と、魔術師の男女……この魔術師のお2人はご夫婦だと聞きました。

 部屋は3つ、男女に分かれた冒険者たちが2部屋と、依頼主である私が1人部屋をもらっています。



 ――それにしても、人魚の大量発生、ですか。そういえば先日、ベルさんたちと食事をした際に、稀人の考える人魚とこちらの人魚は違うという話になりましたね。

 だからセロさんが使う水の妖精は、稀人が考える人魚の形をしているとのことで、実際に見せてもらいました。上半身が若く美しい女性だったので、こちらで言う人魚の醜い姿に、ティモさんが「こんなの人魚じゃないっスよ!」と叫んだのもわかります。


 こちらでの人魚は、上半身は皺深く老いた姿の女性で、やや爬虫類めいた顔つきをしています。水の中に棲んでいるというのに、鱗混じりの肌はガサガサとしていて、素手で触ると手に細かい傷がつくほどです。両腕は古びた質感の長いヒレで、腹から下は骨張った魚のようです。普通の人間よりもやや小さな体つきの魔獣で、“惑わせの悲鳴”と言われる、甲高い声を上げるのが特徴的です。魔力が低い者はその悲鳴に惑わされて体が硬直すると言われています。

 とはいえ、1体や2体なら冒険者じゃなくとも始末できる程度でしょう。ですが、今回は20体以上いました。上級冒険者たちにとっては全く強敵ではないので、数が厄介だっただけですが、そもそもなぜそんな数の人魚が、あの小さな浜辺にひしめいていたのか……。


 (くだん)の漁村からヴィダスまでは半日程度。明日、我々が赴こうとしている洞窟もヴィダスから半日程度の距離です。けれど、私たちのように陸を行くのではなく、海を突っ切る形なら、漁村から洞窟まで、人魚たちは半日もかからずに泳ぐでしょう。人魚の泳ぐ速度はかなりのものだと言われています。


 ――人魚が、竜族だったとしたら。


 昔、故国で誰かがそんな話をしていました。確かに、老婆のような人魚の顔はトカゲを思わせるような爬虫類の目と、鼻から下は、上顎も下顎も人類よりも前に突き出しており、鋭い歯が並んでいます。長いヒレは翼に見えなくもありません。そう考えてみれば、ドラゴンというよりワイバーンに似ているような気がします。

 ワイバーンが呼ばれたように、海に近い場所では、人魚も呼ばれるんでしょうか……。



 翌日。私たちは早朝にヴィダスを発ち、昼前には洞窟に到着しました。ヴィダスを発つ前に潮の満ち引きの時間も聞いておいたので、問題なく洞窟に入ることができそうです。

 天馬を海面すれすれに飛ばして洞窟の手前にある岩場に1人ずつ降り立ちます。

「妙だな……」

 男性の魔術師が岩場から洞窟へと続く壁面を見ながらそう呟いています。

「ナニカ……ああ、確かに少しおかしいデスね。これだけの洞窟なら、海鳥なんかがよく入り込みそうデスが、糞や落ちた羽根などの痕跡がないデス」

 古いものはいくらかあるようですが、いずれも乾ききってしまっていたり、波で流されていたりで、痕跡はほとんど残っていません。

 洞窟の入り口は、高さはあまりありませんが横に広く、確かにワイバーンがすり抜けられそうな大きさだと思えました。


「それほど妙でもないですよ。あたしが鳥だったらこんな洞窟、絶対に近づかないですからね」

 もう1人の魔術師がそう言って肩をすくめます。

「それはそうね。わたしもごめんだわ。――魔力が強すぎる」

 回復術師の女性も、魔術師の女性に同意しています。

 ――確かに。まだ洞窟に入っていないのに、ずっと奥のほうからとてつもない魔力が流れてくるのがわかります。


「Ettevalmistus……準備はいいデスか? 洞窟のかなり奥にいると思いマス。ボクの推測が正しければ、少なくともワイバーンが3頭デス。ただ、ワイバーンはドラゴンの卵……これも推測デスが、卵に集中していると思うノデ、こちらから攻撃しない限り、遠くから観察するのは許されると思うのデスが」

 その話はオスロンを発つ前にもしてありました。

 さすがに上級と言われる冒険者たちだけあって、肝が据わっています。洞窟から漏れ出る、強すぎる魔力を感じ取ってなお、彼らはひるまずに洞窟の中を覗き込みました。


「暗いし、かなり奥に続いていそうですね。光の魔道具を用意しましょう。コイランさんも光の妖精を出していただければ助かります。光源は複数あったほうがいい」

 戦士のジュドさんが、そう言いながら荷物から魔道具を出します。

「わかりマシタ。……敬語じゃなくてもいいんデスよ?」

 私の出した光の妖精を見て、ジュドさんがかすかに笑います。

「いや、冒険者仲間としてならともかく、今はコイランさんが雇い主なんで」

 なるほど。真面目な方なんですね。



 扁平に広がった洞窟の入り口を抜けると、思ったより天井も高く、広い空間になっていました。昨日泊まった2階建ての宿がまるごと1軒入りそうな広さです。足もとはまだ海水が残っている場所もあれば、すっかり乾いている場所もあり、大変ごつごつとしています。

 そこからさらに奥へとつながる穴や隙間がいくつもあり、まるで岩の迷宮のようです。

「魔力を感じるのは左の奥のほうデスね」

 私が光の妖精を差し向けると、そちらにはかなり広い隙間がありました。


 魔力をたどりながら洞窟を進みます。足もとは悪いものの、洞窟の圧迫感みたいなものはあまり感じません。魔力でたどっていく通路は全てゆったりとした幅があり、天井も高かったからです。

「広いのはいいですけど……かなり登ってますよね」

 魔術師の男性が向かう先の魔力を気にするようにして、少し伸び上がって前を見ています。

「そうデスね。海沿いから内陸に向かって、かなり登ってきていマスね。ヴィダスに戻る感じ、というわけではなさそうデスが」

「入った洞窟からだと北東……ヴィダスよりもやや南東に向かってる感じだと思うわ」

 回復術師の女性が、手元の方位磁石を見ながら答えます。


 洞窟に入ってからかなりの時間が経ちました。夕方には潮が満ちると聞いたので、もしも引き返すなら今だとは思いますが、道はかなり登りになっていて、足もとは随分前からすっかり乾いています。このあたりなら、潮が満ちても海水はこないでしょう。


 途中で休憩を挟みながら洞窟を進み、皆がこの強い魔力に慣れ始めた頃。

「この先、少し明るいですね。魔力も強く感じます。注意しましょう」

 魔術師の男性がそう言って、皆が頷きます。

 そうして進んだ曲がり角の向こうに、それはありました。



 一言で言えば、とても異様な風景でした。けれど、目が離せないのです。


 ただひたすらに強い、光を発するほどに強い魔力を秘めた、大きな卵が、目の前に広がった空間の奥に鎮座していました。いわゆる卵型よりもやや縦長のそれは、卵殻が薄いとは思えないのに、内側から光がにじんでいます。卵殻は灰色か、それに近い淡色。なのに、にじむ魔力光のせいで虹色にぼやけて見えます。

 大きさは……遠目なので少しわかりにくいですが、周囲にいるワイバーンと比べて、おそらくは標準的な人間男性の身長と同じくらいの高さだと思えます。つまり私なら、卵の中にすっぽり入ってまだ余裕がある感じでしょうか。


「Vau……」

「それはわかってきましたよ。驚いた時によく言ってますよね」

 私が漏らした言葉に、ジュドさんがそう言って笑います。

「ねぇ……ワイバーンは3頭って言ってなかった……?」

 回復術師の女性が周囲を見回して、ささやくように言います。

「卵の周りに3頭、その背後に1頭ずつ、つまり合計6頭いますね」

 魔術師の女性が言うように、ワイバーンは6頭いました。


 曲がり角の先はこれまでの洞窟と比べて、とても広い空間になっていました。それだけではなく、岩に覆われた天井から、橙色に近い陽光が何筋か差し込んでいます。つまり、私たちは海面近くの洞窟から入ってきましたが、この位置はもう地上に近いのでしょう。

 地上でもヴィダスから南東あたりを天馬で飛び回っていれば、この魔力には気づけたかもしれません。


「水音が……」

 戦士の方がそう言いながら周囲を見回します。卵からの魔力の光と、天井から差し込む幾筋かの陽光――洞窟の外はもう夕方のようで、昼間のような明るさはありませんが――で周囲の様子はうっすらと確認できます。

「水の気配は左側デスね」

 そう言って左側の壁面を見ると、そこには地上から流れ込んできたのか、緩やかな水の流れがあり、洞窟の床に小さな池のようなものを作っていました。ただ、池がそれ以上広がる様子がないのは、流れ込んできた量と同じ量が岩の合間を通ってまた別のところへ流れ出ていっているのでしょう。


「これ、ひょっとして人魚の声じゃないですか?」

 ジュドさんが光の魔道具を持って、慎重にそちらへ向かいます。

 確かに、歌声と呼べるほど優雅なものではないですが、何かをハミングするかのような、拍子の揃った声が低く響いています。優雅ではないにしろ、“惑わせの悲鳴”とはほど遠い穏やかさがありました。


「……おっと、足もとにも小さな魔獣がいますね。ほとんどは死骸になってますが」

 魔術師の男性が言うので、私は光の妖精を彼の足もとに向けて飛ばしました。

 なるほど、確かに彼の足もとだけではなく、周囲にイワトカゲやウミコウモリ、アオウロコヘビなど、小さな魔獣の死骸がありました。そのほとんどは卵に頭を向けるようにして事切れています。


「こっちもですよ。人魚の死骸が池の縁に重なり合っています。一番上のはまだピクピクと動いていますが……あ、池の底から新たな1体が浮かび上がってきましたね。岩の隙間の流れを、海から遡上してきてるのかもしれません」

 人魚に気づかれない程度に距離を保って、ジュドさんが観察した結果を知らせてくれます。


 卵を中心に、小型、中型の魔獣が放射状に集まって、そこで息絶えているのは……足もとの死骸を見ると外傷もないようなので、おそらくは餓死か魔力枯渇による死なのでしょう。ワイバーンはさすがに魔力枯渇する様子は見えませんが、3頭の後ろに3頭控えているということは、交代しながら卵に魔力を注いでいるのかもしれません。


「これは確かに……魔獣の王デスね」

 皆が魔力を捧げ、力尽き倒れ伏す様は、中心の卵に向かって平伏しているように見えます。

「竜族限定ですかね。途中で見つけたハマネズミやスナモグラは、おびえているようには見えましたが卵に向かう様子はありませんでした」

 魔術師の彼が言うのは、おそらく正しいでしょう。人魚、トカゲ、コウモリ、ウロコヘビ……末端とはいえ、彼らはおそらく竜族だと考えられています。人魚に関しては、そういう説があるというだけでしたが、今、目の前で証明された気分です。

 特に人魚は、海に住む彼女たちが淡水の流れを、岩の合間をくぐり抜けるようにして遡上してくるのは命がけでしょう。帰り道のことを考えていない行為です。


 また新たに私たちの足もとを通り抜けて、卵に向かうイワトカゲがいました。人間男性の肘から指先くらいまでの大きさしかない小型の魔獣ですが、本来はそれなりに凶暴です。それが私たちには何の反応もせず、仲間の死骸を乗り越えて、そこから卵に向かって魔力を送り込んでいるようです。

 ワイバーンも同様で、彼らの知性と魔力であれば、我々の存在にはとっくに気づいているでしょうけれど、卵の前にいる3頭は軽く翼を広げて、卵を守るようにして魔力を注ぎ込んでいます。


 ――慈しむように、祈るように、大切に大切に、卵に魔力が注がれていきます。

 普段、魔獣たちと敵対した時に感じる、荒々しい魔力とは全く別の、優しさすら感じる魔力でした。

 ちょうど、天井から幾筋も差し込む黄金の光とも相まって、神秘的とも言えるその光景に、私はしばし見とれてしまいました。

 すぐ近くにワイバーンが6頭もいるというのに、この穏やかな光景は一体なんでしょうか。一種の尊ささえ感じます。


 エスリールたちは信仰を持たない、と言われています。もちろん信仰を持っているエスリールもいますが、ほとんどのエスリールたちが信仰を持たないのは本当でしょう。

 おそらくはこの長い寿命のせいだと考えられています。短命な種族たちが、様々な宗教に導かれて、時には(すが)って、そうして得る答え……または、何らかの(しるべ)や、“よすが”のようなもの、それを私たちは自身の生の中で、長い長い時間をかけて自分だけのものを見つけるのです。


 ただ、世界の国々を巡るといろいろな宗教がありました。教会や、祈りの場、祭祀場のようなところを見学させてもらったこともあります。

 今、私の目の前には、そこで見た美しい宗教画のような光景がありました。

 周囲は明らかに異様です。魔法の射程距離内にワイバーンが6頭、足もとには小型魔獣の死骸が積み重なり、壁際の池でも命がけでたどり着いた人魚たちが、最後の魔力を振り絞って歌っています。


「こんなに異様なのに、恐怖はあまり感じませんね」

 人魚のいる池から戻ってきたジュドさんが小さな声で呟きます。

 他の冒険者たちも同じように思ったのか、小さく同意の声が上がったり、黙って頷いたりしていました。


「とにかく、数日ここで観察したいデス。少し戻ったところに平らな場所がありマシタね。岩棚のようなものもありマシタし、そのあたりを拠点にしマセンか」

 私の提案に5人の冒険者たちも頷いて、道を少し戻ることにしました。


 曲がり角まで戻って、その先へ……行こうとして、私は振り向いてしまいました。

 あの神秘的な光景から離れがたく思ったのです。


 振り向いた先では、ワイバーンがゆったりと翼を動かし、クルルルル……と、子育てをする時の柔らかな鳴き声をあげました。

 人魚たちのハミングはまるで子守歌のように、洞窟内に響きました。優雅とは言えない老婆のようなしわがれた声、けれどそこには確かに慈愛があったように思えます。



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