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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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12.チート



 モンテのことがあってから5日後、つまり再び私の店の定休日だ。昼食の買い出しついでにモモの散歩に行っていたリナが帰ってきた時にはティモが一緒だった。

「ただいまー。途中でティモさんに会ったから、お昼に誘っちゃったー」

 リナが買ってきたのは、米粉麺で作る焼きそばのような、バスティーラという料理だ。米粉料理はユラルでは古くからいろいろ工夫されているので、稀人の影響をところどころ受けていても、これはユラル独特の料理だ。……と思っていたら、冒険者時代の稀人の友人が「あ、パッタイだね。ここにもあるんだ」と言い出して、ユラル料理だと思っていたものがニホンにもあるのだと知った衝撃を今でも思い出す。


「あたしがパッタイ……じゃないや、えっとバスなんとかを買ったら、ティモさんがサラダとデザート買ってくれたの」

「ウッス。こないだセロさんたちと食べたサラダが美味かったなーって思ってたら、似たのがあったんで買ってきたんス!」

 リナとティモがテーブルの上に広げたのは、バスティーラの他に、ニンジンと柑橘のサラダと、白団子のミルクシロップ掛けだ。白団子は細かくした餅米を水にさらして作る粉を原料とする、デザート用の柔らかい団子だ。店によっていろいろなシロップや餡を掛けて提供される。


 3人で昼食を楽しんだ後は、桃の香りのお茶を淹れて白団子とともにデザートの時間だ。

 そして私は、なんとなく気にかかっていたことを、リナとティモに聞いてみることにした。セロとアロイに聞いてもよかったのだが、あの2人だと「え、今さら?」みたいな顔をされることは確実だろうと思ったのだ。


「あの……さ、2人も稀人になること……えっと、そちらからの言い方だと異世界転生だっけ? それについていわゆる娯楽小説の類で事前知識というか、共通認識があったんだよね?」

 ティモとリナに向けてそう聞くと、2人はどちらからともなく視線を合わせて、うーん、と互いに軽く唸った。


「えっとね。共通認識みたいなものかどうかはわかんないけど、あたしがそういう題材の小説を読んだのも2作品くらいだったのね。あ、漫画もいれたらもうちょっと増えるかな。あたしはこっちに来てから、アロイさんたちと話して、思えば日本で読んだあの小説や漫画が、みんなが言う異世界転生ものなんだって気づいたくらいだから、どこまで共通といえるかはわかんないの」

 リナが言葉を選びながら説明する。その隣でティモがうんうんと頷いている。


「うん。じゃあリナが知ってるのは?」

 私が先を促すと、リナがひとつ頷いて言葉を続けた。

「えーっと、事故とか病気とかで死んじゃった人が、世界の狭間みたいなところで神様とか、神様の使いみたいな人と会うの。それで、君が死んだのは間違いだったとか、実はまだ寿命が残ってた、みたいな感じで、可哀想だから別の世界で生まれ変わらせてあげよう、って言われるの。その時に、異世界で便利な技能とか、役に立つ才能とかがもらえて、物語の主人公はその技能を使って、異世界ですっごく成功する感じのお話かな」


 私がティモに視線を移すと、ティモも頷いた。

「オレが読んだのも似た感じっスね。でも、オレが読んだのだと、主人公は死んで転生するんじゃなくて、異世界からの召喚魔法で生きたまま呼ばれるっていうパターンもあったっスよ。で、その世界では日本人は勇者様みたいに言われて、現地の人よりすっごく成長したり、特別な能力を持ってるんスよ。それがチートとか無双って言われるやつっス。めっちゃ強くなったら魔王を倒せとか、人間族と魔族が戦争してるから前線に出てくれなんて言われて……みたいな感じっスかね」


 生きたまま召喚する、そんな高度な魔法が……いや、娯楽小説だから非現実の話か。

 そこでティモが「あ」と呟いて、私のほうをちらりと見る。

「あとあの……ベルさんの前では言いにくいっスけど、大抵は、その異世界っていうのは文明がまだ全然進んでなくてっスね……日本人が現代知識、えっと、日本での最新の知識を披露すると、すごいすごいって言われて、それでめっちゃ金儲けしたりするっス」


 ティモは言いにくそうにしていたが、それはこの世界でもあまり変わらないような気がする。

「お金儲けができるかはともかく、稀人の知識が私たちの世界より進んでるのは確かだと思うよ。料理だって面白いものをどんどん開発していくしね」

「や、そういうレベルじゃないんスよ。例えば、こっちだと味噌とか醤油も、米もパスタもあるじゃないっスか」

「うん。稲作はかなり歴史があるね。土地柄というのもあるかもしれないけど。あと、以前セロが言ってたけど、ユラルと日本は次元が違うだけで同じ場所にあるから、緯度と経度が近ければ植生も似るし、それにつく酵母も似るから、魔法以外はほぼ同じ条件で発展してきたなら、発酵食品の傾向が似るのも納得できる話だってさ」


 味噌も醤油も酒もあるし、酢やみりん、稀人がナットーと呼ぶ粘り豆もある。ビトゥラは……稀人風に呼ぶとなんだっけな。ちょっと不気味な花が咲く植物で、その地下茎は毒芋として有名だけれど、複雑な工程を経て加工することで食材となる。半透明の、ぶにょぶにょとしたもので、栄養価はあまりないけれど、荒れ地でも育ち、獣に荒らされない植物として、ユラルや大陸の一部ではよく栽培されている。


「納豆やコンニャクまであると、オレたちが知るラノベ的には、この世界は攻略された後の異世界って感じなんスよ」

 こういう言い方じゃ伝わんないスかね、とティモが困ったように頭を掻いた。

 そうそう、ビトゥラはコンニャクだ。

「でも、私が子どもの頃に比べて、食生活は豊かになったと思うよ。カラアゲとかギョーザも似た料理はあったけど、今では稀人風のほうが人気になってるし」

 そもそも稀人の知識による農業改革で、収穫量も増えて安定してきた。保存の魔法を併用することで、人類は不作の年の飢えから解放されつつある。


 でもそうか。2人に話を聞いてわかった。あの日のモンテがチートがどうの、無双がどうのと言っていたのは、モンテもティモやリナと同じような認識でいたのだろう。異世界に転生したからには、神様から特別な技能をもらえるか、ニホン人というだけで抜きん出た能力が何かしらあるはずで、それをもって英雄として世界の脅威と戦うという認識でいたのだろう。

 ――そうだ。ティモと初めて会った時にもセロがそこを指摘していた。この世界はわかりやすい邪悪に(おびや)かされてるわけじゃない、と。魔王も竜王もいないのだ、と。


「ねぇ、ベルさんがそれを聞きたかったのって、こないだ言ってたモンテさんって人のことがあったから?」

 もちもちとした白団子を飲み込んで、リナがそう言う。

「うん。あの日、彼は『チートも無双もいらないから元の世界に戻せ』って言ってたんだ。奥さんと娘さんが待ってるから、ってね」

 そして実際にはチートも無双もないのだ。もちろん、居もしない魔王も倒せない。稀人として有用な知識を持っていれば、経済的に潤う可能性はあるし、その知識や技術の内容によっては名声も得られるかもしれない。

 けれどそれは、残してきたものと引き換えにできるものではない。


「うん、わかるよ」

 リナがあっさりと同意した。スプーンでミルクシロップをすくって口元に運んでいる。

「わかるって……?」

 私も白団子をスプーンですくい上げながら聞いてみた。

「あたしはほら、ティモさんが言うほうのパターン、転生じゃなくて召喚? それで来たじゃない? あのね、誤解しないでほしいのは、これはベルさんを責めるつもりじゃないの。本当にアクシデントだったと思うし、むしろベルさんも一緒に巻き込まれたんじゃない?って思うからさ。でもこの世界は、あたしが日本で読んでいた小説や漫画の世界じゃなくて、もちろんゲームの世界でもないから……あたしはベルさんに教えてもらって少し魔法が使えるようになったけど、それでもセロさんが持ってくるようなイノシシとかは自力で獲れないしさ。要するにあたしは全然強くないし戦えないんだよね」


 ミルクシロップの甘さを味わいながら、リナが続ける。

「あたしが召喚された時も、ティモさんやセロさん、アロイさんが転生した時も神様は何も教えてくれなかったけど……でももしも今、神様みたいな人が現れて、望む能力をなんでも1つあげるよって言われたら……あたしは強いスキルとか魔法じゃなくて、日本に戻して欲しいって言うかもしれないよ」


 リナは知らない。リナの両親と飼い犬のモモはクルマの事故で既に亡くなっていることを。そのままそこにいればリナもひょっとしたら命を落としていたかもしれない。だから、リナが望む“戻ること”が、ただニホンに帰るだけではなく、元の生活に戻りたいということであれば、それは……どうあっても叶わぬ願いなのだ。


「でもね。ベルさんのことは好きだし、ここの生活も楽しいの。だから、現実を見るならあたしはここで生きていかなきゃいけないんだろうし、その覚悟は多分したと思う。でも、こっちに来たばかりの頃なら……モンテさんの言うことはわかるな、って」

 えへ、と笑うリナの横で、ティモは少し困ったような顔をしていた。

「オレは……戻りたくないっス」

「神様が現れても? チートだっけ? なんか人より優れた能力をなんでもあげるよって言われても?」

 そう問いかける私に、ティモは困った顔のまま頷いた。


「オレにとっては、この体に入ったことがもうチートかもしれないんス」

 チートというのは私の理解が正しければ、他人より抜きん出ていること、一般人の努力では追いつけないようなものを努力なしに手に入れること、ゲームにおけるいかさまのような、そんな意味合いだと思っている。

「確かに体つきはいいし、腕力も抜きん出ているとは思うけど……」

 私の言葉に、ティモは首を振った。


「そうじゃないっス。あ、いや、それもなんスけど……前に野営の時とか、アロイさんちでいろいろ話したの覚えてるっスか? オレ、日本では空気読めないやつで、そのせいもあってコミュ障……えっと、人見知りっつーか、他人とのコミュニケーションに難があるというか……まぁ、そんな感じだったんス。それはオレの生来の特性ってやつで、まぁいろいろ原因はあったし、それをマシにする方法も習ったっスけど、結局オレはうまくやれてなくて……でも、ティモの体にはその問題が全然なくて……だからオレは今、他人とコミュニケーションをとるとか、人との距離感を掴むみたいなことがすごく嬉しいんス。それに、この腕力だって、オレ自身は筋トレなんてしたこともないのに、漁師として働いてたティモのおかげっていうか……」

 ニホンでの自分を語る時、ティモは少し自信なさげになる。


「だから今、日本に戻されたらオレは困るんス。腕力もなくなってヒョロい体になって、ティモのコミュ力っていうか、その元になってる空気の読み方みたいなのがまたわからなくなって、人の気持ちをパカろうとすると途端に頭の中に(もや)がかかったみたいになるなんて……オレはイヤっス」

 パカる、というのは私が心の中でこっそり“ティモ語”と呼んでいるやつで、“(おもんぱか)る”の意だ。コミュ力というのは、セロやアロイも時々使うので意味はわかる。

「じゃあ、ティモにとってはその空気を読める力と筋力が既にチートなの?」

「そうっスね。誰よりも抜きん出てるってわけじゃないっスけど、オレ自身が努力して手に入れたものじゃないっスから。オレにとってはちょっとズルだと思うっス」


 桃の香りがするお茶のカップを両手で包んで、うーん、とリナが小さく呟いた。

「どうしたの?」

 促してみると、うん、とリナが返事をする。

「あのね。セロさんとアロイさんもちょっとそうなのかなって思ったの。もちろんあの2人は日本でもちゃんと充実した生活だったと思うから、戻りたいかどうかっていうのはまた別の話なんだけどさ。……あのね、アロイさんは子どもの体に入ったでしょ? そしてアロイさんのおうちはお金持ちでしょ? 日本で病気で辛い思いをしたから、回復術師になりたいって、7歳とか8歳とかの時から、大人の意識と知識でさ。辛い経験を見返す気持ちで頑張ろうって、しかもアロイさんのお父さんはそういうことにお金を惜しむタイプじゃないでしょ? 誰よりも早いスタートと恵まれた環境は、割とチートじゃない?」


 確かに……言われてみればそうなのかもしれない。もちろん、根底には闘病の末に亡くなったという辛い経験があるから、うらやましいなどとは口が裂けても言えないけれど。普通の7歳が「将来は回復術師になりたい」と言うのとは違う。リナが言うように、意識と知識、何よりも覚悟が大人のそれなのだ。


「え、じゃあセロは?」

 私の問いに、リナはふふっと笑った。

「そんなの簡単じゃん。セロさんは社会経験のある大人の女性っていう意識で、若いイケメンの体に入ったんだよ? そんなの選び放題でしょ!?」

 リナ……! そんな言い回し、お父さんは教えた覚えは……く、フェデリカか!?


 けれど、それも一理ある。私を含めた男性諸氏が女性に不満を持たれることは時々あるが、それは女性の気持ちがわかっていないからだ。気遣うべきときに気遣えなかったり、女性が求めている答えを返せなかったり、女性が好きそうなものを上手く選べなかったりするからだ。けれどセロはそれを全てクリアしている。しかも見目も良い。

「うっわ……そんなのチートじゃん……」

「ベルさんも、チートっていう言葉の使い方が上手くなったっスね!?」

 ティモ、今反応すべきはそこじゃない。


「前にさー、フェデリカさんと一緒に首都に行ったじゃない? その時にいろいろ話したんだけどさ。フェデリカさんにとってセロさんの体は年下だけど、中身を考えれば年上なんだし、結構いい感じよね、って言ってたよ」

 リナがまた、ふふふっと笑う。

 ――は??

「えー、なんスか、恋バナってやつっスか!?」

 ティモまで、うひひと笑う。


 ちょ、いや……え、ちょ、待って。待って?

 いやいやいや、ないない。


「前に食べたシマイノシシだっけ? 美味しかったねーって話もしてたの。――日本ではあまり考えなかったけど、ひょっとしてこっちだとお肉を獲ってこられる男の人って結構ポイント高くない?」

 リナが無邪気に言う。


 ないない……いや、その点だけで言えばもちろんあるのだ。肉に限らず、食料を獲ってこられる男性は頼りがいがある、という思想は確かにユラルにはある。ニホンでは狩猟が廃れてしまったと聞いたことがあるけれど、ユラルではまだ牧畜は不安定だ。狩猟も食肉の入手先として重要なのだ。

 いや、そもそもを言えば、私はもうフェデリカの恋愛関係について何かもの申せる立場ではない。


「セロさんとフェデリカさんだと、美男美女っスよね。見た目はセロさんのほうが年下に見えるっスけど、なんかあまり違和感ないっスよ」


 いやいやいや。

 ないないない!

 ないよ! ないってば!!


「ベルさん、白玉……じゃないや、白団子だっけ。食べないならもらっちゃうよー」

 リナが私の手元の器から白団子をひょいひょいとすくい上げ、自分の器へと入れる。

 私はなんとなく抗う気力を失っていた。


 べ、別にフェデリカの話がショックだったとかじゃないんだからねっ!!



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