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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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11.肉の塊を切り分ける音がして



 私たちが狩人組合の建物から出る時に、セロはヘンリエッタに何か言付けながら、ポケットから小さな布袋を出して渡していた。ちらりと見ただけだったけれど、あれは確か、モンテを助けた報奨金の残金だったように思う。今朝、ここに着いた時にヘンリエッタから受け取っていた小袋だ。


「お昼ご飯でも食べに行こうよ。このあたりならセロの馴染みのレストランとかあるんじゃないの?」

 道の両側を眺めながらアロイが言う。

 確かに、もう昼はとっくに過ぎていた。そう言われてしまうと急にお腹が空いてきたように感じるから、人間の体というのは不思議なものだ。

「ああ、何軒か知ってるけど、何系がいい?」

 裏手でまとめてきた荷物をあらためて背負いながらセロが答える。弓も矢筒も専用の収納袋に入れているので、見た目だけなら長弓を持っているなんてわからないだろう。


「肉料理だね」

 アロイが即答する。特に好き嫌いもないはずのアロイが料理を指定するのは珍しい。でもアロイは成長期だし、肉が食べたいこともあるだろう。

「ちょっと待ってろ」

 セロはそう言って、近くの肉屋に入っていった。確かに肉料理とアロイは言ったけど、精肉店で何をするつもりかと見ていたら、ちょうどカウンターにいたらしい店主にセロが尋ねる。

「おやっさん、最近いい肉は入ったか?」

「ああ、3日くらい前に金毛のアルガリが入ったな。ロズリーが買っていった。ちょうど熟成も終わって食べ頃だろう」

 そう言った店主に礼を言って、セロは店を出てきた。


 なるほど。どの店にいい肉が入っているのかをあらかじめ聞いておくのか。肉屋と付き合いのある狩人ならではのやり方なのかもしれない。

「アルガリって……野生の羊みたいなやつだっけ?」

 そう聞いてみるとセロが頷いた。

「ああ。太ってくると毛が金色に近くなってくるんだ。金毛のが入ったってことはかなり脂がのってるはずだな。にしても、アロイが肉料理を指定するのは珍しいな」

 セロも、さっきの私と同じような感想を抱いたらしい。


「僕じゃなくてセロのためだよ。いや、僕も肉料理は嫌いじゃないけれどね。ただ君はもう少しカロリーを摂った方がいい。羊肉なら高タンパクで鉄分も豊富だ。ちょうどいいね」

 アロイがくすくすと笑いながら言って、セロは軽く肩をすくめて苦笑した。

「専属の管理栄養士みたいだな」


 りりりりん、と私のバッグの中から呼び出し音が聞こえた。

「あれ、ティモだ」

 通信具の表示を見て私が言うと、アロイとセロが互いに目を見合わせる。

「そういえば、最近見かけてないよね」

「俺が退院する時に荷物持ちさせようと思ったけど、あいつ通信繋がらねぇところにいたみたいだぞ」

「仕事だったのかな。――はい、ベルです。ティモ?」


 魔石に手を触れると、通信具から元気な声が流れ始めた。

『ベルさん! ティモっス! オレ、ついさっきオスロンに戻ってきたんスけど、冒険者ギルドでエルフの人……や、えっと、コイランさんに会ったっスよ!』

 ティモの言い方だと、やはりしばらくオスロンを離れていたようだ。

『そんで、もう昼飯って食いました? コイランさんがベルさんにお話があるって言うんで、ついでにメシでもって思ったんスけど』


「ちょうどいいタイミングだよ、ティモ。今、セロとアロイも一緒にいてね。3人でお昼ご飯でも、って言ってたところだ。セロ、お店どこだって?」

 最後の言葉をセロに向けて聞くと、セロは、私が手に持ったままだった通信具に顔を近づけた。

「ティモ、珊瑚通りの4番街のあたりってわかるか? 前に一緒に行った防具屋から南門方面に向かったあたりだ」

『わかるっス! なんかタツノオトシゴみたいな噴水あるとこっスよね!?』

「タツノオトシゴじゃねえよ、あれは人魚だ」

セロが笑った。



 私たちはその噴水の前で待ち合わせることにした。

「タツノオトシゴ……っていうものに似てるの?」

 人魚の噴水を見上げて私が言うと、アロイが「うーん」と言いながら腕を組んだ。

「似てなくもない、かな。そもそも、この石像自体、僕たちが思う人魚と少し違うからさ。人魚とタツノオトシゴのどちらに似てるかと聞かれれば……うーん、二択ならタツノオトシゴかなぁ」


 ドラゴンと老婆を足して2で割ったような顔立ちで、上半身は鱗混じりの女性の体、長いヒレの両腕を体に沿わせ、腹から下は骨張った魚……結構いい感じの人魚だと思うんだけどな。

「そもそも顔と上半身がよくないよな」

 私の隣で同じように石像を見上げながらセロが言う。私は以前に別の稀人から聞いた、ニホンにおける人魚の説明を思い出す。

「ニホンの人魚って美人なんだっけ?」

「そう、若くて美しい女性だ。腹のあたりまで人間で、そこから下は魚っていうことだけは同じだけどな」

 セロの言に頷きながら、アロイは少し納得がいかないような口調で言う。

「そもそも、なんでこれを人魚ってことにしちゃったのかな。これだとハルピュイア……ハーピーの魚版なんだよね」


「そんなこと言ったって、こういう魔獣が実際に海にいるんだから仕方がないじゃないか」

 私はそう反論する。反論というか……この世界においては紛うことなき正論である。

 西の大陸にハーピーという魔獣がいることは知っている。ユラルにはいないけれど。上半身は醜い老婆で腕は翼、腹から下は猛禽という魔獣だ。その魔獣にハーピーという名がついているので、海に住むこの魔獣を人魚と呼び(なら)わしてきた。海ハーピーと呼ぶには……鳥と魚では種が違いすぎる、という判断だったのだろう。

 確かに時折、「人魚はもっと違う存在だ」と主張する稀人はいるが、料理名などと違って、頻繁に口にしたり耳にしたりするものではないせいか、稀人文化が馴染んでも人魚という呼び方は変わらなかった。そもそも、稀人たちが主張する人魚という存在がこの世界にはいないせいもある。



「コイランには世話になったし、ティモもあの場にいたから一応伝えておく。あの日助けたモンテだが……さっき稀人になったよ」

 店に入り、注文を済ませたところでセロがそう切り出した。

「へっ!? あ、え、あ……それは……こういう時、大人はなんて言うんスか」

 ティモは驚いた顔の直後、眉を下げて困った顔を見せた。

「回復術師や医術師が立ち会った時は……そうだね、“残念でしたね”と言うことが多いかな。稀人当人に対しては、人それぞれだけど」

 最初に届いた水を、それぞれに配りながらアロイが言う。


「稀人というのは、違う世界からの魂が入り込むことデシタね。つまり、モンテさん本人の魂はもう離れてしまったということですか。Olen kurb……セロさんは大丈夫デスか? せっかく助けたのにという、悔しさ? 悲しさ? そういう感情はありマセンか?」

 コイランはエスリールの言葉で何事か呟いた時に、少しだけ瞑目した。モンテの魂の死を悼んだのだろう。


「無いと言えば嘘になるな。コイランは? あの日、モンテの命を救えたのはコイランの魔法のおかげだ」

 セロの言葉にコイランが柔らかく微笑む。

「ボクは命がけだったわけじゃありマセンから。それに……そうですね、では助けた後に、どれだけ彼が生きれば満足なのか、という考え方がありマスよ。5年デスか、10年デスか。それとも50年? ボクは時間の感じ方があなた方と違うようなので……それでも7日間と50年を一緒にするつもりはありマセンけど、7日間は5年間よりも価値がないデスか? ――それに、モンテさんの体はまだ生きているのでショウ? であれば、ボクたちのやったことは無駄ではなかったデスよ」

 コイランがそう言うと、セロは、ふっと小さく笑って、

「違いない」

 とだけ言った。


「あの……エルフにも稀人っているんスか? あ、違う。エスリールっスね」

 ティモが思いついたように尋ねる。

 そういえば、エスリールの稀人というのは私も聞いたことがない。

 コイランは小さく首を振った。

「今のところ、ボクは聞いたことがないデス。もちろん、稀人の存在自体は知ってイマスよ。いろんな国で技術革命を起こしているとも聞いてイマス。ただ、エスリールは長い時間を生きる者なので、魂の重さが釣り合わないのではという説もありマスね。だからひょっとしたら幼い子どもなら、稀人になる可能性はあるのかもしれませんが、そういった事例はまだ見聞きしていマセン」


 幼い子どもが稀人になる例は、実は珍しい。アロイがこちらに来たのが、7歳の体だったというけれど、おそらくそのあたりが最年少記録だろう。コイランの言うように、魂の重さ、大きさ、それに器となる肉体の成長具合……稀人として生まれ変わるにはいくつもの条件があるのだろうと思う。

 今では禁止されてしまっているけれど、人工的に稀人を召喚する研究をしていた人間ならそのあたりには詳しいのかもしれない。


 そんなことを話題にしている間に、料理が到着した。ニンジンと柑橘のサラダ、マヨネーズをたっぷり使った稀人風ポテトサラダ、そしてメインは金毛のアルガリをこんがりと香草焼きにしたものだ。骨付きのロース肉が塊のまま、どんと大皿に載っている。

「ラムチョップじゃなくて、塊だからラックか。いや、ラムじゃないね。アルガリラックかな」

 美味しそうだ、とアロイが皿を覗き込む。


 セロは早速、切り分け用のナイフとフォークを構え、骨の隙間に刃を入れて、骨付き肉を1枚ずつ切り分けては我々の皿に配ってくれる。肉を切り分けるたびに、ジュワッと弾けるように肉汁が飛び出してくる。脂ののりが良い肉だと聞いていたがその通りなのだろう。血はにじんでいないのに、中心部まで綺麗な薄紅色を保っている。絶妙な火入れだ。

 セロは肉をサーブするついでに、粗く挽いた岩塩も肉の上にかけてくれた。テーブルの上にはマスタードの小皿もある。香草と胡椒と岩塩、そしてマスタードで食べるらしい。


 驚くほど柔らかい肉にナイフを入れながら、そういえば、と私は思い出す。

「ティモはオスロンを離れる仕事をしていたの?」

「あ、そうっス! そうなんスよ! ここから北にあるジレイっていう街まで護衛で行ってきたっス」

 ふふん、と少しだけ自慢げな顔をして――稀人的にはドヤ顔と言うらしい――それでも目の前の肉の誘惑には勝てず、ティモはフォークに刺した肉を頬張った。

「うっわ、美味いっスね、この肉! ジュワッて脂出てきたっスよ!? 塩がぴりっと効いてるのも美味いっス!」


「ジレイ……北の、結構山の中の街だな。グレートベアは見かけたか?」

 セロはアルガリ肉の骨の部分を手で掴んで、そのまま口に運ぶ。そうか、骨付き肉だからそういう食べ方もありか。

「えっと、帰り道に、遠くでちらっと見かけたっスね。一緒にいたチームの人が見つけたんスけど、こっちに興味を持っていないようだからって素通りしてきたっス」

 ティモも私と同じように、セロの食べ方に気づいたようで、早速フォークとナイフを手放して肉を手づかみしている。


「ジレイまでなら片道2日くらいかな。行商の護衛はどうだった、ティモ?」

 アロイに問われて、ティモはまた自慢げに“ドヤ顔”をした。

「ふへへ、途中、峠道で天気が崩れて、荷車を押すのを手伝ったらボーナスもらえたっス!」

「なるほど、護衛兼力仕事か。行商の護衛っていうのは存外にティモ向きの仕事なのかもしれないな。山賊相手なら、前回の報酬だった大斧を見せびらかしてるだけでも威嚇になりそうだし」

 アロイが納得したように頷く。


 行商の護衛は初級から中級にかけての冒険者が幅広く受ける仕事だ。何もなければスケジュール調整だけで済むからというのが人気の理由だが、もちろん毎回何事もなく……というわけにはいかない。山賊、盗賊、魔獣、何が出てくるかわからないので、本来なら咄嗟の対応力も求められるし、もちろん戦闘力も求められる。


「あ、そういえば、ボクのほうも一緒に行く冒険者パーティの予定が立ったので、明後日出立することになりマシタ」

 コイランはナイフとフォークのままで食べているが、骨の部分に苦労していた私やティモと違い、器用かつ優雅に食べ進めている。アロイの皿を見ると、そちらも同様だった。

「ああ、上級冒険者探してたやつか」

「せっかく打診してくれたのに僕らの予定が合わなかったやつだね」

 セロが入院している間に、コイランが病院を訪れて、あらためてセロとアロイにいろいろ話したらしい。あの日、私と冒険者ギルドのナタリーに話した内容だ。


「コイランさんもどっか行くんスか? それで護衛探してたとか?」

 コレも美味いっスねと、ニンジンと柑橘のサラダを食べながらティモが聞く。コイランが頷いた。

「ヴィダスに行くデスよ。ここから南西デスね。護衛というか……現地で調査したいことがあるノデ、しばらく野営をするんデスよ」


 つまり、コイランが言うのはワイバーンとドラゴンの卵の調査だ。あの日、モンテを爪で引っ掛けたというワイバーンもドラゴンの卵に呼ばれた可能性がある。ヴィダスにはそんなワイバーンたちが少なくとも3頭はいるのだろう。

 ドラゴンの卵の成長具合とか、ワイバーンの様子なんかを観察するのだろうか。


「それは観察するだけなの? 討伐なんかはしないんだろう?」

 そう聞いてみると、もちろん、とコイランは頷いた。

「基本的にはそのつもりデス。ただ、あちらが敵意を持って向かってきた場合は応戦せざるを得ないかもしれマセン。あまり前例が多くあることではないノデ、確実なことは言えないんデスよ」


 早々に肉を食べ終えて、パンにポテトサラダをのせて食べていたティモが首を傾げる。

「ていうか、何の調査っスか?」

 ……はたして、ティモにどこまで言っていいものか。アロイとセロにはむしろ伝えてくれとナタリーには言われていたけれど、その2人以外にはあまり口外しないで欲しいとも言われているのだ。


「ワイバーンだな」

「あと、ドラゴンの卵だね」

 セロとアロイがあっさりと口に出してしまう。ちくしょう。

「ちょ! 2人とも! あまり口外しないでって言われてるんだよ!?」

 私が慌てて止めようとするが、もう遅い。もう言葉は口から出てしまったし、ティモもそれをしっかりと聞いてしまった。昼時を過ぎていたことで店がすいていたのがせめてもの救いか。


「ワっ! ドドド!? ドラ!??」

 ティモが、気持ちはわかるけれど意味のわからない言葉を叫ぶ。

「へたに情報を聞いちまった実力不足の冒険者が暴走しないようにだろ? こう言っちゃなんだが、ティモならまだ暴走するだけの伝手も実力もない。暴走するにもある程度、自分を過信できるくらいの実力はいるんだ」

 セロがそう言って肩をすくめる。そうそう、とアロイもその隣で頷いた。

「自認は上級、周りからの評価はせいぜい中級ってあたりが一番危ないよね」


「ワ、ワイバーンは、あの日のセロさんたちが遭遇したって聞いて、不謹慎っスけどオレも見てみたかったなー! って思ってたんスよ! でもドラゴンもっスか!?」

 ティモの叫びにコイランはにっこりと笑った。

「ドラゴンじゃないデス。まだ卵デス」

「そんな! ワイバーンとドラゴンをエルフの人が調査しに行くって……! そんなのすっげぇファンタジーで、すっげぇ冒険じゃないっスかぁ!!」

「いえ、卵デスよ」

「そういう! そういうのを求めてたんスよ、オレはぁぁぁっっ!!」


 あー。そういえば冒険者っぽいことをしたいって嘆いていたっけ。なるほど、ティモが求めてるのはこういうことだったのか。


「求めても君は行けないよ、ティモ」

 しーっ!! アロイ、それ言っちゃだめ!




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