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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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22.ベルナール・オークレール、33歳



 私たちがオスロンを出発したのは収穫祭の3日後だった。コイランたち一行がヴィダスに向けて出発した翌日になる。

 本当は引っ越しが一段落してからと思っていたのだが、姉に相談してみると、もともと収穫祭直後の休日明けから数日は、帰路につく行商人が多かったり、街の中の片付けがあったりで、荷馬車も作業員も忙しいらしい。なので、引っ越しにはまだ数日の猶予があるから、往復3日くらいで済む採集であれば、今のうちに行ってこいとのことだった。


 収穫祭が終わった後、ティモにその旨を伝えた。ついでにティモと待ち合わせて、携行食を念のため多めに買っておいたり、私の店では扱っていない野営用の道具や消耗品を補充したりしている最中に、モンテと行き会った。

 互いの近況報告をしたり、モンテとティモがあらためて自己紹介しあったりした後、ふと気がついたようにモンテが言った。


「ていうか、その採集っておれが頼んだ魔道具の材料ってことだよな? じゃあおれも一緒に行っていい?」

「別にかまわないけれど、いくら比較的安全とはいえ、ある程度は外歩きに慣れていないと……」

 そう言いかけて気がついた。モンテの体はもともと狩人なのだ。セロとグエンには向いていないと言われたようだが、少なくとも狩人見習いとして1年以上は山歩きをしている。


「そっか、元狩人だったね。じゃあむしろ私たちは歓迎したいよ」

 そう言うと、隣でティモも頷いた。

「オレたち2人じゃちょっとにぶそうだってセロさんに言われたっスからね……」

「そうだね。戦いとなれば私とティモでどうとでもなるけど、そもそも道中で獣に襲われでもしたら、私たちじゃ気づくのが遅れそうだ。いつもならセロが止まれって言ってくれるんだけど」


 私の言葉にモンテが少しだけ自信なさげに頷いた。

「や、セロさんほどの反応を期待されても困るけど……。最近、この体のほうの記憶が馴染んできて、いろいろ知ったというか、思い出したというか……狩人組合の人たちはみんな目と耳がいいんだ。とくにグエンさんとセロさんはとんでもなくかすかな音を聞き取るし、とんでもなく遠くにある物を見つける。確かにあの2人に比べれば、おれなんか向いてないなってしみじみ思ったよ」


「まぁでも、私たちよりはよほど獣の気配に慣れてるよね。頼もしいよ。ついてきてくれるなら、頼まれた魔道具の料金も割引できる」

 そう提案する。材料の確保を手伝ってくれるなら当然のことだ。

「お、それはいいね。おれもしばらく休みでさ。図書館でこの世界の勉強をしようか、それとも冒険者ギルドで誰かに話を聞こうかなんて考えていたところなんだ。ティモが稀人で、ベルがユラル人なら、どっちの視点からも話が聞けて、おれもちょうどいい」


 そんな感じで話がまとまり、私たちは収穫祭から3日後にオスロンを出発したのだ。



 朝に出て、夕方には目的地近くに着いた。暗くなり始めてから採集をするのは効率が悪いし、野営の準備のほうが大事だった。だから、実際に採集に取りかかったのは到着した翌朝からだ。


 “水の山”は白っぽい石灰岩がむき出しになった岩山で、あちこちに水の魔石の鉱床が(あら)わになっている。もともとはこの岩山ももっと大きかったらしい。水の魔石を掘り進めるうちに、岩山も削られてどんどん小さくなっていってしまったと言う。

 今では山というよりも、小高い丘と言ったほうがふさわしいような有様である。


 昔、まだこの採掘場が栄えていた頃には、少し離れた場所に小さな集落もあった。そこには鉱夫たちの宿舎があり、彼らをまとめる組合の建物があり、運び出される魔石を売り買いする場所もあった。

 もう人がいなくなってしまった集落は、建物も取り壊され、石造りやセメント製の土台だけがあちこちに残っているきりだ。このあたりを訪れる冒険者や狩人、採集者たちはその付近で野営することが多い。


 集落跡地から元採掘場へ向かうと白っぽく開けた場所に出る。左奥には岩山があり、その岩山の麓あたりで水の魔石がまだ採集できるのだ。

「なんか……戦隊と悪の怪人が戦いそうな場所っスね……」

 その風景を見て、ティモがぼそりと呟いた。

 ……ん? なにそれ?

「わかる!」

 モンテが嬉しそうに声を上げた。わかるのか。


 つまりはニホンでの知識ということだ。道中や昨夜の野営でも、時々2人は意気投合していた。人見知りであるティモも、見た目は自分よりも年下ながら、中身は30代男性というモンテにかなり馴染んだようだ。

 ちなみに昨夜、2人が話していた“ゆうちゅうぶ”とか“ゲーム配信”とか……そのあたりの内容は、私にはまだ理解できていない。とりあえず、魔導映像みたいなものを全世界に向けて発信できるらしい、という大枠はわかったところだ。


 午前中いっぱいをかけて、目当てだった水の魔石の細粒は採集できた。昼休憩を挟んだ後、ここまで来たならついでにもう少し大きめの魔石も採集していけば何かしら使い道はある、と3人で合意し、私たちは岩山――小高い丘に登ったのだ。


「あー……なんか水音がするような? でもこのへん、川はなかったよな?」

 モンテが言う。セロやグエンほどじゃないとは言っていたが、私たちよりは耳がいいらしい。

「セロは、このあたりは水の気配があるとは言ってたけど……水の気配ってなんだろうね。……ん、確かに水音が聞こえてきたかも。こっちかな」

 私の耳にもかすかに水音が響いた。でも遠い。


「ベルさん、モンテさん、水音ってひょっとして地下じゃないっスか?」

 なんかこのへんの下から……と、私の隣にいたティモが斧の柄で地面をゴンゴンと叩いた。

 ガラリ、と岩が崩れる。

「え」

 一抱えもありそうな岩が崩れて地面に穴が空いたのは、私が立っている場所のすぐ近くだ。

「うわ、危ねっ!?」

 モンテがとっさに私の腕を引いてくれる。

 直後、岩が水に落ちる大きな水音がした。


「わ、びっくりした……。意外と脆くなってたみたいだね。この下はかなり深く水が溜まってるのかな」

 モンテに腕を掴まれたまま、私は岩が崩れ落ちた跡をそっと覗き込んだ。

 地下には予想以上に大きな空洞がある。ティモがうっかり崩した場所は、その大きな空洞の頂点に近いあたりだったらしい。

「わわわ、すんません、ベルさん! 大丈夫だったっスか」

「大丈夫大丈夫。モンテが引っ張ってくれたし」

 そう言って、安心させるようにティモに向けて笑いかけようとした。

 が、その動きが途中で止まってしまう。

 私の目はティモの足もとに釘付けになっていた。


「……ティモ。足もとが」

 ガラリ、とまた1つ岩が崩れた。ザパン、とまた水音。

「え、やっべ!」

「【月光の盾】!」

 モンテの声にかぶせるように、とっさに魔法を詠唱する。

 穴が空いた地面に蓋をするようなイメージだ。ティモと、そこから少しだけ離れた私とモンテの足もとを覆うように魔力の壁……というか、床を作る。


 足もとが魔力で固まり、ほっと息をつこうとした次の瞬間、ガラガラとまた岩が崩れ始める。


 ――え???


 私たちは、魔力の床ごと地面の下に落下した。




「……というわけで、ちょうど小舟サイズだった魔力の塊に乗っかって流されて、自分たちの周囲にも魔力の鎧を張って……ようやく地下水路を抜けたと思ったら、目の前に巨大なタコと君たちがいたんだ」

 びしょ濡れになった服をアロイに乾かしてもらいながら、私はそう説明する。


「……馬鹿げてる」

 額に指を当てて目を瞑り、セロは首を振った。頭が痛そうな顔をしている。さっきまで魔力切れだったと聞いているが、頭痛はそのせいか、それとも私たちがこの洞窟にたどり着いた経緯を聞いたせいかはわからない。

 ――まぁ、直前の台詞を考えれば後者なのだろうけれど。


「えぇと……怪我はしてない?」

 セロのそばにいた若い女性が私たち3人にそう聞いてくれる。彼女がミランジュで、アロイの高等院時代の先輩だとさっき紹介を受けた。そういえば彼女がまだ上級になる前に、何度か仕事で一緒になったかもしれない。とはいえ、女性は少し会わないと印象がまるで変わったりするので、ちょっと自信はないけれど。

「うん。とりあえず落ちた先はそれなりの水深があった場所だったから、衝撃は水が受け止めてくれたよ。魔力の盾……っていうか床に3人とも乗ってたし。あとはもう流されるばかりで……」

 地下水路が意外と広くてよかった。


「あ……あの、本当にベルナール?」

 アリシアとディミトリが私のことをじっと見ている。


 私たちは人魚たちがいる池で大きな水しぶきをかぶりながら、ようやく流れから脱出できた。人魚はこちらを見ていなかったけれど、すぐ目の前には巨大なタコがいて、なんだか見たことのある戦士たち、魔術師たち、そしてアロイが交戦中だった。

 とりあえず敵なのだろうと思って、私とティモはその討伐を手伝ったのだ。


「信じがたいけど……さっきの魔法の使い方は確かにベルナールだった」

 ディミトリが眉根を寄せている。


「……本当にベルナールだよ。ベルナール・オークレール、33歳。魔導院ではアリシアの2期上で、ディミトリとはいくつかの大型魔獣討伐で一緒になったね。さっき紹介を受けたジュドとフォルカーも、私は冒険者ギルドで見かけたことがあるよ。今の姿は……その、なんというか事故のようなもので、姪っ子と、魂と体が入れ替わってるんだ」

 ――本当は違う。姪であるエリノアは、禁じられた“人間の使い魔”のようなものになってしまっているし、私の本来の体はアロイが在籍する医術院に預かってもらっている。


「とりあえず……タコも退治しマシタし、ちょっと休憩しマショウ。セロさんの具合が少し良くなったようなノデ、さっきの現象の話も聞きたいデス」

 その場にいた全員がやや混乱していたが、コイランの提案に揃って頷く。

「その通路の先がボクたちの野営地なんデスよ」

 コイランが洞窟の奥を示して先に立って歩く。

 それについていこうとして――私は途中で足を止めた。そして、今まで自分たちがいた場所を振り返る。広い……魔導院の一番大きな講堂くらいの広さがある空間を。


 さっきまで中央に岩の壁がそそり立っていた。ディミトリの魔法だという。それが解除されて、正面に6頭のワイバーンと、黄昏れ始めた陽の光に照らされた卵がある。

 左側には私たちが流れてきた水路と池、退治したばかりの巨大なタコの死骸があった。池の中の人魚はまだ何匹か生き残っているらしく、低い声に魔力を乗せて歌っていた。


 広場の真ん中より少し手前……私たちが今向かっている通路に近いほうに、変わった形のものが置いてあった。四角い箱の上に皿を立てたような物体だ。おそらくあれがコイランの魔道具だろう。属性ごとに魔力を計測するというやつだ。私が普段作る魔道具とはかけ離れているし、ああいう専門的な機械は私の専門外だが、理論はなんとなくわかる。


 足もとには枯れ果てたような小さな魔獣たちの死骸。魔力の枯渇で死んだのだろう。死骸には魔結晶すら残っていない。魔力袋の中身、全身を巡る魔力。その全てを使い果たして死ぬと魔結晶すら残さずに死骸は崩れていく。


 そして、この空間を支配するのは、圧倒的な魔力だ。この場所に流れ着く前、水路の途中から少しずつ強くなる魔力の圧を感じていた。自分に向けられた敵意ではないとわかっているのに、むずむずと落ち着かなくなるほどの魔力。

 6頭のワイバーンと……彼らが守る大きな卵。成人男性でも、立ったまますっぽりと納まってしまいそうな、少し細長い卵。ワイバーンの魔力ももちろんすさまじいものがあるが、問題は卵のほうだ。


 卵の状態からでも、ワイバーンのものによく似た性質の魔力を感じる。それが大きくなったり小さくなったり……なんだか不思議な波があるように思う。大きくなる時には、卵の周囲に白っぽい(もや)が漂った。


「なんだか……不思議な魔力だ」

 そう呟くと、私の後ろにいたモンテが、ふぅんと興味深げな声を出した。

「おれはやっぱりその感覚はわからないな。グエンさんが以前……この体が死ぬ前に、魔力感知を習ったほうがいいって言ってたみたいだけど、結局それは習わないままだったし。今からでも習ったほうがいいのかな」

「オレも苦手っスよ。さすがにここまで強そうなのが揃ってると、じわっとなんか感じるくらいっス」

 ティモが言う。そうか、そういえばティモもあまり得意ではなかった。


「確かに狩人や冒険者をするなら、魔力はある程度感知できたほうがいい。ティモには今度私が教えるとして……モンテは街で働くと決めたなら、覚えなくてもいいかも?」

 そう言って、後ろにいたティモとモンテを振り返ると、2人は何故か、さっき倒した大ダコの足を抱えていた。


「……そのタコの足はなに?」

 大柄な成人男性1人分もありそうなサイズを切り出してきたらしく、2人で協力して抱えている。

「あ、このタコけっこう美味いんスよ? ミズグモオオダコって言うんス。故郷の村ではこれが獲れると切り分けて焼いて食ってたっス!」

「って、ティモが言うからさ。ほら、おれたちの食料は拠点に置いてきちゃったじゃん?」

 ティモとモンテが揃って笑う。


 それにしても量が多すぎだし、そもそも空間が広いとはいえ、こんな場所で火を使っていいものかどうか……。


「でも塩くらい振りたいっスね!」

「セロさんに塩だけちょっと分けてもらおうぜ」

 盛り上がる2人。

 ……確かに食料は置いてきてしまった。それぞれ、貴重品やすぐ使う可能性のある魔道具や魔結晶は腰のポーチや小さな肩掛け鞄で持ち歩いているが、食料や野営道具、午前中に採集した魔石の細粒は野営地に置いたままだ。


「できれば、油と胡椒も分けてもらいたいっスよ」

「あぁ、胡椒な! 想像と違って、ちゃんと輸出入が機能してるみたいだから、意外と胡椒が貴重品じゃないみたいだよな。セロさんならどっちも持ってるだろ」

 食料関係に対する、セロへの信頼が厚い。

 ――まぁ、私でも同じことを考えるかもしれないけれど。

 そして……確かに、魔力の塊に掴まって地下水路を流されるという、奇妙な緊張感から解放されて、ちょっとお腹が空いてきた。


「あの……」

「なんスか、ベルさん」

 だから、素直な笑顔を向けてくるティモに、私もついこう問いかけてしまった。

「それは……輪切りにして焼くといいの?」




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