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べニックス国へ向け、発つ三人

 初めてその女性を見た時、亡くした母を思い出した。

 顔が似ている訳ではない。しかし確かに彼女は、似ていた。雰囲気だろうか、仕草だろうか。だから彼女に注目する。


「素敵なデザインだこと」


 ドレスの裾に広がる刺繍を見て、微笑まれるその人は、娘と来店していた。

 その女性の立ち居振る舞いは、貴族のそれだ。しかし娘は品性に欠けている。母娘で大きな差があり、余計に目立つ。

 このベニックス国では現在、金で爵位を買う者が増えている。母親は貴族として生まれ育ち、娘は後から爵位を買って貴族になったのではと、見当をつける。そういう家は珍しくない。


「お母様は買わないの?」

「ええ、私は眺めるだけで十分よ」


 それというのも金で爵位を買う者の多くは、まず伴侶を貴族から選び、そこから貴族との繋がりを持とうとするからだ。

 娘の体を測っている間、待たれている母親に椅子を勧める。そしていつも通り、紅茶とお菓子も用意するが、つい母の好きだった果物のフレーバーティーを出してしまった。


「この香り……。ひょっとして、こちらの本店があるエレッシオンの名産である、果物が使われていらっしゃる?」

「はい、ご存知でしたか」

「ええ、有名ですから。良い香りだこと」


 香りを楽しまれ、それから口をつけられる。その動きは優雅だ。

 使用されている果物は乾燥させ、ドライフルーツとして食すこともできる。もちろん生でも食せるが、それではこの国に届ける前に腐ってしまう。だから乾燥させ、こうして茶葉に混ぜることもある。

 知識も持ち合わせ、静かにカップに口を当てる。窓から射す光を浴びるその姿は、やはり亡き母を連想させる。


 娘のドレスが決まる。届け先は男爵家となっているが、請求先はこの国の国王になっていると気がつく。そして改めて名前を見て、心の中で頷く。

 なるほど、この方が例の女性なのね。ベニックス王が熱を入れるお気に入りの娘。この国に来てから、何人ものお客様からその名前を聞いている。

 王に愛されるだけの、コルデちゃん。


 あるお客様が語られていた。


「あの男爵家で真に貴族なのは、奥様だけ。なにしろ彼女は実家が絶えたけれど、歴史ある子爵家の出身。そこに嫁いだ彼女の母は侯爵家出身だったから、普通の子爵家の娘より厳しく育てられたのよ。だけどその奥様も、自分の子育てには失敗。だから家も絶えたのでしょうけれどね」


 その人はコルデを含め、ディロ男爵家を嫌っていた。なぜかと思っていたら、ご自身も一時期、王に気に入られていたのだ。それがコルデに夢中になられ捨てられ、嫉妬からコルデに近い人物も憎むようになったのだと、話から分かった。

 さらに王の相手をしている間に婚期を逃がしたが、後妻でも嫁ぐことが決まっただけ、自分はまだ良かったと結ばれた。


 ある日、他のお客様からドレスの色について打ち合わせている時、ふとした流れで尋ねられた。


「そういえば、コルデ嬢がこの店に来られたそうね。あの方、それは素敵で豪華なドレスを仕立ててもらえると、城で嬉しそうに大声で話されているのよ」

「奥様、当店は……」

「ああ、分かっていてよ。客の情報は、けして漏らさない。だから私も安心してここで、色々と吐き出せるのよ。大きな独り言だから、聞き流していてちょうだい」

「承知致しました」


 コルデについて質問をされれば、この方は当店の注意人物リストに名前が入る可能性があった。だが独り言なら、なんでも許される。


「でも、従業員同士はどうなのかしら。私、それが心配で」

「お客様の基本情報のみ、共有しております。お名前はもちろん、体の測りや、好みのお色や柄、購入された商品等といった情報です。それ以外、例えば先ほどの独り言の内容等、当店に関与しない内容は、従業員同士でも話すことは禁止されております」


 そうは言っても、たまに話してしまうことはある。私も父に返答について教授してもらいたい時は、どうしてもその内容を伝えざるを得ない。ただ、そこから別の人に漏らしはしない。父もそれを分かっているので、他言しない。もしそれを破れば、一度は注意。二度目は舌を切られ、店を追い出される。

 それでも他所で漏らせば、秘密裡に処理される。

 従業員同士でも、というのは表向きで例外はある。しかしこの従業員は危険だと、怪しい相手になにか尋ねられたら、店の決まりを伝え防衛することもできるので、考えは浸透されている。


「この店が世界中で愛されているのは、デザインや品質だけではなく、その姿勢もあるのでしょうね」

「ありがとうございます、創業当時から守られてきた決まりにございます」

「後で体を測ってくれないかしら。最近、お呼ばれされる機会が増えてしまって……。苦しまれている方が多い世に、よろしくない悩みね」


 体を測った所、確かに腰回りなど数値が大きくなっていた。それを伝えると、女性は思わずと呻いた。


 ベニックス国で過ごしていたある日、思わぬ申し込みが飛びこんできた。


「私に縁談?」

「ああ、ディロ男爵が子息の嫁にと申し込まれてきた」


 コルデ嬢の……。いえ、あの方のご子息と……。


「男爵には思惑があるのだろう。サラ、店長の娘であるお前を手に入れれば、この店の恩恵を得られるという浅い考えが」


 そういう考えを持ち、接触されたことは初めてではない。店を辞めれば守秘義務がなくなる訳ではないのに……。死ぬまで秘匿が、絶対なのだ。それほどこの店に勤めていれば、様々な情報が手に入れられる。中には国を揺るがす内容もある。だから辞めても続く縛り。

 密偵が入り込み、あらゆる情報を手にして利用すれば、一つの国を転覆させることも可能な店。それがセクレートというブランド。

 逆に言えば、それだけ危険な職場でもある。命を狙われた従業員も珍しくない。拉致され、情報を吐かせようと暴力を受け、結果、命を落とした者もいる。中には、なにかを知ってしまったから、殺されたと思われる者も。

 それでも漏らさない。それがこの身を守らせる手段でもある。そしてそれが、このブランドが世界で活躍できる理由でもある。


「お父様、私、その申し込みを受け入れます」


 だからこそ私の返事が予想外で、父は驚きを隠さなかった。

 何度も考え直すようにと言ってきた。子息の評判も良くない。なんの利点もない。違う相手と結婚するべきだと。

 だが、あの方を見て、なぜ私が話を受け入れたのか理解された。


「サラ、お前はあの女性に母を重ねているだけだ。あの方はお前の母ではない、別人だ。冷静になれ」


 亡くなったお母様の幻を求めるよう、あの方の近くにいたいと思う気持ちは間違っている、馬鹿げていると自分でも分かっている。それでも私は“母親”という存在に飢えていた。あの方を求めていた。


 反対を押し切り結婚したものの、夫、ティーゴとは性格が合わなかった。それでも互いに理由があるから、結婚生活を続ける。

 ディロは私に利用価値がないと理解すると、勝手に騙されたと怒った。だがセクレート店長の娘を嫁がせたという虚栄心が、彼を満足させる。


 私が離婚せず耐え、ディロの家で過ごしたのは、あの方がいたから。

 一緒に暮らし、母と別人だと思い知らされた。本の好み、味の好み等、違いは山ほどあった。それでも義母とはいえ、母。それだけで特別で、いつしか亡き母に似ているからだけではない。人間としても好み、本当に母のように慕った。


 義母は言う。


「コルデ。未婚の女性はいくら陛下相手とはいえ、異性と二人きりで過ごすことは避けなくてはなりません。扉を少し開け、誰にも誤解されない環境を作ることを忘れないようになさい」

「分かっているわ、お母様」


 城へ行く娘を心配しては、注意を欠かさない。それに対する返事はいつも良いものだが、守っているのかは疑わしいものだった。

 城へ呼ばれては毎回、なにか贈り物を抱えて帰宅する。異常とも思える量と質。王の私費だけで買えたとは思えない。きっとロガン王は、国庫に手を出している。それに義母も気がつき、贈り物は必要ない。陛下と会える時間だけが大切だと王へ伝えるよう、注意を始めた。

 それでも城へ行っては贈り物を持って帰ってきて、どれだけ高級な料理を振る舞われたのかを語る。その様子から、やはり義母には返事だけだと分かった。


「コルデ、いい加減になさい。貴女はなにも分かっていない。その贈り物や自慢する食材を調達するのに、どこからお金が払われているのか考え、その意味を理解しなさい。このままでは、取り返しのつかないことになりますよ」

「あら、お母様。王様というのは、お金持ちなのよ。なにも心配することはありませんわ」


 いつの頃からかそれらが当たり前となり、義父からも嫌われないようにしろと言われているせいで、コルデさんは義母に口答えをするようになった。同時に、税金の額が短期間で上がっていく。

 さらに王が男爵家の娘に惚れこみ、貢物をして興味を引こうと必死になっているという噂も流れ始めた。そして貢物を捧げるため、国庫に手を出し、それを補うために税金が上がっているという話も。それは貴族社会だけではない、国中に広がりを見せていた。

 義父の付き合いがある家々は、確かに裕福だが問題のある家ばかり。似た者が集まっているので、自分たちこそ正しいと信じ、疑いもしていない。国庫に手をつけ税金が上がっても、問題視しない。それどころか……。


「コルデ嬢が王妃となれば、現在の貴族社会も一新され、新たな国へと生まれ変わるでしょう」


 義父たちが言う“新たな国”は、具体的な理想がなかった。それなのに夢を見ている。自分たちが栄光を浴びる、都合の良い世界を。

 そんな中、ついに義母が恐れていたことが発覚する。


「……お嬢様は、懐妊されていらっしゃいます」


 家に呼ばれた医師は診察を終えると、義母に伝えた。それに同席していた私も、息を呑む。

 医師が帰ると、私は自らお茶の準備をし、義母に出す。


「ありがとう。……あら、この香り。貴女と初めて会った時にも振る舞ってもらった紅茶ね」


 覚えていてくれている。それが嬉しく、そういう状況ではないのに、顔が綻ぶ。

 今後について考えている間に堕胎できなくなり、結果コルデさんは未婚のまま、二児の母となった。さらには王妃暗殺を口にするようになった。


「大変なことになってしまったわね……。サラ、貴女は一刻も早くこの家を出なさい」

「断ります。お母様は血の繋がりがなくても、私の母です。母を置いて、一人で逃げることはできません」


 断ったのに、義母は密かに父と連絡を取り、状況を報告し、そして娘を守ってほしいと頼んだ。

 そのため父から呼び出され、言われる。


「丁度本店から、この国での商売に懸念があるからと、撤退の話が届いている。我が店にふさわしい客は少なく、支払はできても、この店を利用できないと判断された者が多すぎる。お前も分かっているだろう? それから例の計画については、我が店の信条に基づき、秘匿とする」

「サラ、貴女がこのままこの国に残っては、去るお父様がどんなに心を痛めるか。我が家に居続けては、貴女自身の身が滅びることになるでしょう。大切なお母様を亡くされたことがある貴女は、お父様に奥様だけではなく、娘まで失う悲しみを背負わせるのですか?」

「でも、そうなったら、お母様が……」


 父と義母は結託し、私を説得しようとする。それを拒んでも、義母は首を横に振る。


「私は娘を止められなかった罪を背負っています。それをいつか、何らかの形で償う必要があります。だけど貴女は、罪を背負っていません」

「いいえ、それなら私も……! 夫を止められなかったとして……!」

「サラ、お前とティーゴ殿が不仲なことは周知されている。そんなことを相談される関係ではなかったと、周りも理解してくれるはずだ。お前は私の反対を押し切り、結婚を受け入れだ。だが今度は……。今度だけは頼むっ。私の願いを娘として、叶えてくれ……っ」

「私からもお願いします。貴女には生きてほしい……」


 二人に頭を下げられ、折れるしかなかった。

 離婚に関する書類に署名する時は、なにも感じなかった。夫婦という関係を築けておらず、紙切れだけの仲。それが解消されただけ。感傷的になることは、なにもない。


 荷物を整理し、敷地を出た時。一度振り返る。

 玄関に立ち、義母は見送ってくれていた。微笑みを浮かべ。対して私は泣きたくなった。本当にこれで良かったのだろうか。彼女だけを残し、母国へ帰ることが正しいことなのだろうか。

 けれどなにも言うことができず、頭を下げて去った。口を開けば、彼女を困らせると分かっていたから。


 エレッシオンに帰ってからも、ふとした瞬間に義母を思い出す。元気にしているだろうか。

 ここでもコルデさん、ロガン王の悪評は聞こえてくる。撤退は正解だったと従業員の中では話されるが、ベニックス国の話題になると、私は口を閉ざす。そして皆も、コルデと義理の姉妹になっていた私へ、滅多にコルデさんについて質問を行わない。質問されたのは、見た目についてくらい。

 王を惑わす悪女。よほど綺麗なのか、それとも可愛いのか。単純にそれだけくらいで、深く尋ねてくる者はいなかった。



「セミーリャ王妃が毒により、倒れられた」



 王城に呼び出され、陛下直々に告げられたのは、それだった。

 まさか本当に実行するとは……!


「そなたの勤めるセクレートについては信用し、理解している。だが王妃に毒を盛るとは、由々しき問題。よもや知っていたとは、ないだろうな?」

「ございません」


 それでも王族は全員、私から視線をそらさない。その目、態度から疑っていると分かる。だって私は、ディロの家に嫁いだのだから。それでも私は従業員としてだけではなく、あの方が娘として守ってくれたから。それを裏切れない。視線をそらさず、口を閉ざし堂々とその場に立ち続ける。

 長い沈黙だった。

 それを破ったのは、国王だった。


「我が国に不利を与えることはないと、誓えるか?」

「誓えます」

「ならば今回は、この話は以上とする」


 きっと彼らは私が計画を知っていたことに感づいている。けれど証拠がないので、なにもできない。そして私は知らないと、永遠に口を閉ざす。それを明確にしたから、許されたのだろう。セクレートの方針にも救われた。しかししばらく、重要監視対象となるだろう。

 店に帰ると、詳細は言えないが、自分が監視対象となったことを告げる。


「ベニックス国については、我々にも情報が入ってきています。ディロ、彼がセミーリャ王妃の件に関わっていると噂されていることも。その彼と一緒に暮らしていた期間があるのですから、当然でしょう。サラ、貴女はこのブランド、セクレートの方針を守りなさい」


 今回の件で誰からなにを問われても、例の計画については黙った。知らないと言い張った。

 そしてついにセミーリャ王妃は亡くなり、しばらくすると、ラコーレ国から男女四人がやって来た。その一人がジェーン。

 四人の一人、トゥロという名の男性がセクレートの足となり、支店のない国へ行き、品を売る契約をされた。その彼に付き添っていたのが、ジェーン。どう見てもトゥロ様から愛されているのに、夫婦ではないと言う。


「離婚したばかりで、一人では生きられないから、トゥロ様の優しさに甘えているの」


 トゥロ様との縁ができ、彼女もまた、セクレートの従業員の一人となった。しかし接客はせず、書類整理を任される。それには理由があった。

 彼女もまた、コルデさんと関係のある人物だったのだ。


「ええ、そうなの。別れた夫の実家が、コルデ様とお子様の避難先だったの。だから少しの間、一緒に暮らしていたわ。貴女も分かるでしょう? あの二人が、どんな子どもなのか。あんなに暴れる子ども、初めて見たわ」


 ジェーンの言葉に、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 私達にしか分からないことがある。これをきっかけに、私達は親しくなった。それでもジェーンにさえ、あの計画のことは話せない。


 四人の内、残る二名。ジェーンが姉妹のように思っているリッテとその夫は、通いの家政の仕事を見つけた。

 リッテ夫婦はジェーンに仕えていたそうで、自分を今でも主人のように扱うから困ると話していた。


「ラコーレ国へは帰りません。ジェーン様の新たなご実家は、この家ですから」


 そうリッテは新居を見つけると、言ってくれたそうだ。

 実家も国も捨て、この国へ来たジェーンに仕える二人。三人が強い絆で結ばれていることは、よく分かる。その関係が、羨ましくもある。



◇◇◇◇◇



「こんな納期の短い注文、正気とは思えませんね」


 投げられた注文書は、ベニックス国からのものだった。

 その場にいたジェーンと、それに目を通す。無茶な要求をしてくる人はいる。納期が短いということは、その手の類かと思った。特にあの国は支店が撤退したので、仕方がない話かもしれない。


「ウエディングドレス? コルデさんの? ロガン王と結婚?」

「あの子ども達が、正式に王族となるの?」


 注文書の内容に驚く。

 コルデさん、どこまで道を誤れば……。彼女に王妃という立場が務まるはずがない。同時に、あの方を思い出す。コルデさん、貴女はどこまで彼女を苦しめるの? このままではジェーンの家庭のように、ディロ一家まで……! なぜそれが分からないの? 破滅の扉を開け進むなんて、信じられない。


 トゥロ様がベニックス国へ行くと聞き、同行を名乗り出た。あの国で暮らしていたから、顧客情報を持っている。それを言えば、許可が下りた。

 あの方を苦しめる怒りから用意をしておいた、セクレートの偽物。そして本物を一つだけ抱え、出発する。

 道中、顧客情報を伝えれば、トゥロ様は実に簡単に夫人方の懐へ入りこんだ。


 滞在中、トゥロ様に頼みあの人と会うことは叶った。できるなら、そのまま一緒にエレッシオンに連れて行きたかった。けれど拒まれた。

 また母を失う悲しみを背負い、私はエレッシオン国へ帰った。



◇◇◇◇◇



「王城へ呼び出してから今日まで、貴女はベニックス国について語ることはなかった。特にロガン王、コルデ王妃について。立派なこと。だけど貴女、本当は知っていたのでしょう? セミーリャ暗殺計画を」


 注文したい品があると王妃に呼び出され、二人きりになると、そんなことを言われる。


「……なんの話か私には……」

「セミーリャとは友人だったの」


 そう言うと王妃は、一通の手紙を取り出した。


「これは彼女から送られてきた手紙。毒見係が吐いたそうよ、ディロに命令されて毒を盛ったと。その計画を一緒に暮らしながら知らなかったなんて、疑わしい。けれど安心して。それで貴女を罰するとか、そういう気はないの。陛下にも手紙の内容は伝えていないし。ただ聞きなさい。この手紙と同じ内容が世界中に、何通も配られている」


 読めと言わんばかりに出された手紙を受け取る。

 手を震わせながら便箋を開くと、確かに毒を盛られたことや犯人について記されていた。またロガン王がコルデに入れこみ、税金を使って贈り物をしていることも。民は苦しみ、このままではベニックス国は滅ぶ。そうすれば、多くの国民が路頭に迷う不安を吐露し、そうならないため、布石を打ったとも。息子オルグと将来について話し、計画を練った。その計画への協力を頼みたいという内容だった。


「私はロガン王とコルデの結婚式で、彼女が偽物の王妃のルビーを身につけていることを笑った。セミーリャの足元にも及ばない、低能な女を……! 真に国を思い、死後も守ろうとするその思いに、私は……! 本音は貴女が憎らしい。貴女の動きによっては毒殺を止められ、今もセミーリャは生きていたかもしれないのだから」


 ゆっくりと、王妃の両手が私の首を絞めるよう、向かってくる。足がまるで床に張りつけられているようになり、それを避けることはできない。


「けれど私は貴女で私怨を晴らさない。貴女も国民の一人、我が子の一人。それに、貴女がディロの息子と結婚した理由にも見当がついている。マーレ、彼女でしょう?」


 手は喉まで伸ばされない。けれど首のぎりぎりまで迫った状態で、固まっている。

 そんな中、王妃の口から出た名前に驚き、手紙が手から落ちた。


「彼女は貴女の実母に似ている。二人を重ねたのでしょう?」


 実母もまた、同じくセクレートで勤めていた。しかも王妃専任だった。だから王妃は結婚式であの方を見て、気がついたのだろう。なぜ私が結婚をしたのか。


「披露宴の最中、一度彼女は騒ぎに乗じ会場を離れた。あの頃、貴女はベニックス国にいた。マーレを助けたかったのでしょう? あの隙に、一緒に逃げるつもりだったのでしょう? だけどもう、全部無駄なの。彼女もコルデと同罪とされ、処刑される。セミーリャとオルグ王子なら、そうするはず。セミーリャは毒で倒れた直後、リュイゼの姫へ王妃のルビーを預けた。もしロガン王が偽物に気がつかなければ、次のベニックス国の統率者へ渡すように……」


 強張っていた王妃の手が緩み、すとんと腕が下りる。


「ベニックス国へ行きなさい。今ならまだマーレと会える時間は残されている」

「……なぜ、そのような……」

「セクレート店には世話になっているし……。貴女のお母様には生前、どれほど世話になったか……。私もマーレを見て懐かしくなり、悲しくなり、生きていることに嬉しくなった……。こんな立場にいるから、私には本音を語れる相手は限られる。貴女の母親は、数少ないその一人だった。だから貴女の気持ち、分かるのよ。だけどもう、助けることはできない。助けられないのよ」


 助けられない。

 その言葉により、涙が頬を伝う。

 私はその時が来たら、ベニックス国へ行くことを決める。今会いに行けば、無理やり連れ去ってしまいそうだったから。

 だけどそんなことをしては、セクレートだけではない。エレッシオン国にも迷惑がかかる。

 だったらもう、その時まで、耐えるしかない……。


 ベニックス国の動きはこの国では娯楽扱いされ、記事となる。まだオルグ殿下の名前は出ない。けれどオルグ殿下は動いている。彼の名前が出るまでは、ひたすら耐える。

 けれど無理をしていると、周りに見抜かれていた。ジェーンも心配し、なにかあったのかと尋ねてきて、つい抱きついてしまった。


「母が……! 母が……! 私は、助けられない……! なにもできない……!」


 ジェーンは黙って話を聞いてくれた。


「その時が訪れれば、サラ、貴女はベニックス国へ向かうのね……。私も同行するわ。コルデさんのことを見届け、区切りをつけたいの」

「でも……」

「コルデさんを恨んでいるのか、今でも分からない。ただ私はもう、終わらせたいの。だから同行する」


 そしてその時が訪れた。

 お父様たちに出発の挨拶をし、馬車に乗りこむ。

 ジェーンを見送るため、リッテとバデラも来ている。二人は仕事がなければ同行したのにと、どこまでもジェーンを心配して思っている。


「参りましょう」


 トゥロ様も同行してくれることになり、三人を乗せた馬車は動き出す。ベニックス国へ向け……。

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シリ ーズ1作目、2作目は以下、リンク貼ります。

1作目
別れと旅立ち

2作目
敗北の王妃の願い
― 新着の感想 ―
[気になる点] >支払先はこの国の国王になっている〜 国王がドレス代を支払うという意味なら、「国王が支払元」ではないでしょうか? 「国王が支払先」では、国王に支払うという意味になってしまいます。
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