最初の判決
「それでは本日をもって、一連の裁判を終え……」
前国王、ロガンが叫んだ通り、こんなのはまともな裁判ではない。
どうせ判決は決まっているが、この場での態度等から減刑の可能性はあるだろう。だが、一部の者は結論が覆ることはない。
これは国民に真実を伝える、大掛かりな舞台。あの檀上に上がらされた青年だって、仕込みの可能性が高い。最初にリュイゼからの手紙を読んだ男だって、どうせ用意されていた人物に違いない。ただ今はそれを言うのは、得策ではない。黙する、それが正解だ。
後は『判決』という名の結末を国民に伝えれば、全て終わる。さて、それから自分はどう動くものか……。まずは大人しくしておくのが一番だろう。そんなことを考えていると……。
「お待ち下さい!」
見るからに貧乏そうな女が人垣を分け、出てきた。
「王様にお願いしたいことがあります! 裁いてほしい貴族がいるのです!」
どこかの貴族に遊ばれたと、逆恨みでもしているのだろうか。なんにせよ、人目を気にするオルグ陛下なら無視はしないだろうが、とっとと終わらせてほしい。こっちはそれこそ人目を気にして、嫌でもここに連日足を運び、疲れているので早く帰りたいのに。
「なぜその貴族を裁きたい?」
「領主としての責任を、全うしていないからです!」
陛下は席を立つと女に近寄り、その領主の名前を告げるよう伝えた。
驚いたことに、その女の口から飛び出してきたのは、私の名前だった。
名前と顔が一致する者は、一斉に私を見る。そうでない者たちは、誰のことだと周りに尋ねたり、周囲の反応から当たりをつけたりして、私に視線を向けてくる。
馬鹿な、なぜ私が……! すぐさま飛び出すと胸に手を当て、叫ぶ。
「陛下! これは私を貶める発言であり、許される行為ではありません! 何者か分からぬ女の戯言など、無視されてよろしいかと! いえ、むしろ私がこの女を、自身を貶めたと処罰を求めたい!」
目立つことは嫌いだが、ここは反論しておかないと後々よろしくないだろう。だが反論した私を、女は怒りで吊り上がった目で睨んできた。
「私が誰なのか分からない、その時点でおかしいのよ」
「なに?」
どこかで会ったことがあると言いたいのか? こんな女、私の趣味ではないぞ。ひょっとして、領民か? 領民なんて、よほど重要な人物でなければ、顔を覚えない。記憶にないということは、重要な人物ではないということだ。そんな奴の顔を覚えていないことが、なにがおかしいと言う。
その疑問については、すぐに陛下が尋ねてくれた。
「なぜ領主が貴女を覚えていないと、妙だと申すのだ?」
「王様、私はこの男が管理している領内の、一番大きな病院で働いています。この男は病院を慰問し、困ったことはないかと毎回尋ねてきます。私は何年も何度も、人手不足、薬の不足を訴えました。そのたびに分かった、対処しようと言いながら、一度も対応してくれたことがありません」
ここまで言われ、やっと思い出した。
領民を心配しているパフォーマンスとして、領で一番の病院を毎年慰問している。そこにこの女は、確かにいる。今は髪を垂らしているが、病院では一つに束ね……。伸ばした前髪も後ろできつく結い、そのせいで余計に吊り上がった目と毎度いらついた口調で、『前にも伝えましたが』と前置きしてくる、あの女か!
まさかそんなことで……。それだけで陛下に直談判しようと王都に来たのか? 正気か?
「返事だけなのは、病院に限った話ではありません。橋が壊れたので修繕を頼んでも、分かった、対応しよう。いつもそればかり。分かった、対応しよう。分かった、考えておこう。そう言いながら、それを実行したことがありません。横領とか大きな罪は犯していない。だけど、口だけ立派な人間なんて……! この男は、最初から話を聞いていない、聞いている振りをしているだけ! そんな奴、領主にふさわしくありません! どうかこの男を、領主から外して下さい!」
この女……! 握った手に力がこもる。好き勝手に言いやがって……!
別に私が動かなくても、いつも勝手に自分たちで解決しているではないか! こっちは面倒な話に付き合ってやっているだけ、感謝してもらいたいというのに! お前らの愚痴を聞くだけで、なにが悪い! 酷い奴は、話すら聞かないぞ!
大体一つ願いを叶えてやれば、際限がなくなる。誰がそんな面倒なことを……!
「全て対応するのは難しく、無理であることは私にも分かります。だけどただ頷くだけで、話を聞くだけで……。それが領主の仕事なんですか? そういう、領民からの問題提起と真摯に向き合い解決するのが、領主ではないのですか? 領主が動かないから、自分たちで動くしかない。それなのに、なんでこの男は、私達から領主だからと税金を巻き上げるんですか?」
「巻き上げるとは、人聞きが悪いことを……」
そう言って同意を得ようと周りを見回すが、皆、反応に困ったように明後日の方を向き、視線を合わせてくれようとしない。全く頼りにならない奴ばかりだと、腹がたつ。
「確かに、税金の全てが国庫に回る訳ではない。その一部を領主が受け取り、それにより、領主としての責務を全うできるようになっているはずだが……」
そう言うと、陛下の腹違いの弟が睨んでくる。これはまずい。愚痴を聞いてやっていた手数料と思い、ほぼ全額を生活費に回していた。それを正直に言ってしまえば、さらに状況が悪くなると分かる。なにか良い言い訳を考えなくては……。
冷や汗をかいてくる一方、陛下は驚くべきことを口にされた。
「そこの男が話しを聞くだけの男で、返事だけは立派だという話は掴んでいる。だから全てが終わり、まだ私が王としていられた時、この男は領主から外すと決めていた」
「陛下? なにを……!」
なにを乱心されたと、さらに壇上へ近づこうと駆け寄るが、近くの軍が動き阻止される。
把握していた? どういうことだ? 私は目立つことは、何一つ……。それだけを貫いて、生きてきた。それなのに陛下は、民からの好感度を上げるため、適当に言っているのか?
「どういうことですか! 納得できません!」
「その女性が全て、代弁してくれた。私の世に、返事だけの領主は必要ない」
「しかし陛下は、民が望めば命を差し出すと……。そうなった時、誰がその土地をまとめると……!」
きっと私だけではなく、似た連中も戦々恐々としているだろう。自分の立場が脅かされているのだから。
なんということだ。この若い王は、想像以上に危険だ。似た連中と連携し、なんとしてもこの男を排除しなければならない!
「あんたがいなくても、これまで通り。なんの問題もない。だって、返事しかしなくて、実際に動いていたのは私達だから。あんたなんかいない方が、払う金が減って助かる」
この女……! 陛下が同じような考え方だから、調子にのって……! 歯ぎしりし睨むが、効いている様子はない。
「ふざけるな! 私がいなくても問題ないだと? お前が知らないだけで、私は……! 他の領主と連絡を取り合ったり、都合をつけたり、それなりに仕事をしている!」
「確かにお前は他の領主と夜会で情報を交換したりして、全く働いていない訳ではない。そういう意味では、お前はロガンやディロとは違う意味で、厄介な人物だ。視察や情報交換等も重要な仕事。だが他の領主に比べ、仕事をしていないと判断できるだけの材料はある。私はお前のような男を、領主として認めない」
それから陛下は私を捕らえるよう、命令を出す。
「一足早いが、まずお前に判決を下す。領主、及び貴族の階級を没収する。貴様の家は今この時をもって、貴族籍から抜けた!」
ここで貴族でなくなれば、この若い王が生きても死んでも、私が復活することは難しい。なんとしても食い止めなくては……! 両手を後ろに回され、強い力で掴まれながらも構わず叫ぶ。
「お、お待ち下さい! これからは民の言葉を真摯に受け止め、働きますから!」
「個人資産までは没収をしない。だが、領主としての邸宅等は全て没収する。他の貴族諸君、動くな! 動けばこの男と同類とみなし、同じ判決を下す! この男と同じような領主は、すでに調べを終えている。後日領主といった階級、貴族籍を没収する命令を下すが、見苦しく資産を隠そうなどとするな。すでに見張りはつけられていると思え」
歓声があがる一方、似たような連中は顔を青ざめる。身に覚えのある領主や、領主代理は多いはず。一気に人手が減れば、困るのは自分たちだぞ? まさかロガンの子達を、後釜にすわらせるのか?
なぜ……。なぜ、こんな……。この女が出てこなければ、この若い危険な王だって、ぎりぎりまで考慮したはずだ。
くそ、くそ、くそ! これでまた王は民からの支持を得た! 自分だけ生き残るつもりか! 捕まえられていなければ……! 似た連中と話せ、この王をどうにかできたかもしれないのに……!
いや、今も支持が厚いセミーリャ様唯一の御子。無理に玉座から引きずり降ろせば、今度は民が我々に牙をむく。なぜだ、なぜこんなに上手く運ばない。
なぜこんな……。馬鹿な……。これまで上手く、賢く生きていたのに……。どうして……。
叫んでも叫んでも、ただ見つめられるだけで、誰も動いてくれない。
どうして私の声は届かないのか、どうして聞いてくれないのか。不満を抱きつつも、叫び続けた。




