前国王一家の番
昨日は前菜、本日はメインディッシュ。人の集まりは、裁判が進むにつれ増しているが、まさに今日が最高潮。
「想像はしていたが、すごい人だな」
窓から見える庭の光景に、さすがのセフォン様も驚きの混じった声で、そんなことを言われる。
「今日の裁きの対象は、元王族の四人ですから。否でも人々の関心は、向けられています」
ディロは淡々と罪を認め、見苦しい姿はなかった。抵抗した所へ野次を飛ばしたかった者たちは、退屈だと途中で帰ってしまった。だが最後の最後で、ディロ家族の意見が合わず、人々の興味をひいた。それは私たちも意外で、少しばかり身を乗り出してしまったほど。
パニエ様はきっと、ティーゴとリフィのことを考え、マーレは正直に発言したのではないかと話されていたけれど……。
「四人の様子はどうだ?」
窓の外を見ることを止めたセフォン様が、尋ねてくる。
「お父様はますます脅え、人前に出たくないと叫んでいます。コルデさんは泣き、弟妹は暴れ……。これからなにが起きるのか本当の意味で理解しているのは、お父様だけのようです。他の三人は、本能的になにか感じ取っているようですが、どこまで理解しているのかは分かりません」
「あの姉弟と話したことはないが、噂は聞いている。これから甘やかされ、ろくに学ばなかったつけを払うな」
危機感を抱いたお父様が教育係をつけ、なんとかしようと頑張られたが……。本人たちが問題を理解せず、やる気がないので、どうにもならなかった。王族としての覚悟や、その地位の意味を理解する前に、今日を迎えてしまった。
そんな弟妹を母親違いとはいえ、かわいそうとも助けようとも思わない私は、冷たい人間だろうか。しかしあの二人だけは、弟妹とは思えない。離れの弟妹だったら、違っていたのかもしれない。
「そろそろ時間か」
本来セフォン様は自然と生き、時計を必要とされない。だが裁判に立ち会う立場から、しっかり時計で時間を確認され動かれている。リュイゼの皆様は、生き方こそ古いが、器用な方々。そして口調はともかく、相手に敬意を持って対応される。
それが先祖からの教えだと言われるが、それはとても難しいこと。だからそれを平気に行う彼女をセミーリャ様も認められ、二人は友人となったのだろう。
今日も檀上で、いつもの席につく。
全員の着席を見届け、オルグお兄様が大きな声をあげる。
「これより、前国王一家の裁判を始める! 先に伝えておくが、前国王、及びその伴侶と子どもは、すでに王籍を外されており、現在はもう王族ではない! 前国王一家とは、この四名だけを指すものとする!」
都合が良いという不満も聞こえるが、それを消すくらい、早く四人を出せという雰囲気が盛り上がってきている。
「四人を連れて来い!」
その言葉が合図となり、人々の声が言葉として聞き取れなくなるほど大きくなる。
お父様を先頭に、四人が登場する。皆両手を前に出し、手首は縄で縛られている状態。これまで裁かれた者たちと同じく、服は布一枚で仕立てられた、安いワンピースのようなもの。
なにか拾った音により、お父様は体を震わせる。怖いのか、民衆を見ようともしない。この調子では最悪、最後まで正気を保てないかもしれない。コルデは変わらず、泣いているだけ。泣いても現実からは逃れないというのに……。弟妹はふてぶてしく、かなり心証が悪い。
「名を呼べよ」
並ばされた四人は、誰も口を開かない。
「ではこれから名を呼ぶ。間違っていれば、訂正をせよ」
お兄様の合図に、弟が四人の名を順に読み上げるが、四人とも黙ったまま。沈黙は肯定とされた。
「まずはコルデ。お前はラコーレ国でどのように過ごしたのか、偽りなく話せ」
「わ! わ、私は……っ」
真っ先に呼ばれるとは思わなかったのか。一応、顔を上げ反応を示したものの、それ以上はなにも話すことなく顔を伏せ、涙を流す。
なんとまあ、よく止まらない涙ね。人はこんなにも泣くことができるのかと、逆に感心してしまう。しかしいくら待っても、コルデはなにか話そうとしても泣き、その度に話は中断し、ちっとも進行しない。そこで矛先が変えられた。
「リダ、ラコーレ国ではどのような毎日を過ごした?」
「どのようなって……」
きょろきょろ辺りを見回し、後ろを向いた時だった。彼女の体が大きく震えた。すぐに首を元の向きに直すが、はーはー。荒い呼吸となっている。
これだけ大勢の怒りを浴び、恐怖を覚え震えているのだろう。
「た、楽しくなかったわ! だ、だって、気持ち悪いおじいさん、おばあさんと暮らしていたのだから!」
それでも発言できる胆力はあった。その点は評価しよう。ただ泣く母親より、ましだ。それでも脅えを隠すように、声は大きく震えている。
「気持ち悪いとは?」
「やたら、べたべた触ってきたの! 初めて会った日なんて、泣いて抱きつかれた! 知らない人にそんなことされても、気持ち悪いだけよ! だけど私は我慢したの!」
これは……。本気で言っているのだろうか。それとも自分は被害者だと訴えたいのだろうか。私には判断できない。それができるほど、リダと親しくない。
しかし老夫婦が誤解したことを理解できていないのか、振りをしているのか。それは心証に大きな影響を与えるので、はっきりとさせたくはある。
「その老夫婦を『おじい様』、『おばあ様』と呼んでいたそうではないか」
「だって、家族ごっこだったから。そう呼べって」
リダの答えは、民衆にとって理解できないものだった。ある程度調べを終えている私達に意味は通じるが、なにも事情を知らない者なら当然だろう。
「家族ごっこというのは、その通りの意味かな? おままごとのように、役割がある。老夫婦を家族……。祖父母のように扱いながら、共に暮らす。呼び方は、その延長だと?」
「そうよ」
オルグお兄様が糾弾せず、優しい口調で問いかけるからか、リダの調子が戻り、声の震えがおさまってきている。
「それを言い出したのは?」
「お母様よ」
どうやらリダは、自らの発言が母親を追いつめている自覚がないようだ。おかげで話はスムーズに進んでいるが、この調子ではラコーレ国に対し、無礼を働いた自覚もないと分かる。それは我が国にとって、非常によろしくない。
「それではピカロ、家族ごっこは楽しかったか?」
一度も後ろを振り返らないピカロは少し考え、『別に』と答えた。
「そうなのか? 本当の家族のように、優しくしてくれたのではないか? 欲しいと言えば、なんでも買ってくれたのではないか?」
「だって、あいつらが僕に優しくするのは当然だろう? 僕は父上の息子なんだから。それより、よく説明もされず、与えられる服や料理は最低なのばかり。閉じこめられ、なにが起きているのか、きちんと説明してもらいたいね。本当、不味い食事は止めてほしいよ」
民衆の反応は様々だった。呆れたり、怒ったり。
私は脱力感を味わっていた。答えに迷っていたので、現状を理解し、最適な答えを考えているのかと思えば……。単純に、その頃を思い出していただけだったとは。なんということだろう。お父様は本気で、こんな者を次の国王として、継がせようとしていたの? 頭が痛くなってくる。
二人は子どもだから、事前の取り調べを受けていない。だがお父様とコルデは違う。二人は子ども達に説明をするべきだった。それを怠るとは、思いもしなかった。
「父上の子どもというのは、具体的にどういう意味を持つ?」
「一番偉い人間の息子という意味」
ピカロの言葉に勢いづいたように、リダも叫ぶ。
「そうよ! それなのに、なによ、この洋服は! 閉じこめられるし、ろくなご飯は食べられないし、最悪だわ!」
「しかもこんな場所に引っ張り出すなんて、なにを考えている。父上がいつまでも許すと思うなよ」
ああ、本当に頭が痛い。つい、こめかみに指の先を当てる。
取り調べは行っていないが、四人には王籍から外されたと伝えてはいる。まさか理解していなかったとは。もっと分かりやすくはっきりと、『お父様は王様ではなくなったので、もう偉くありません』、そう言うべきだったのかもしれない。
きゃんきゃんと威嚇する子犬のように騒ぐ二人を、前の方で見ていた女の子が指さす。
「ねえ、ママ。あれがお姫様と王子様? 絵本のイメージと違うね」
その発言に、聞こえた周囲の人たちは吹き出した。そしてお嬢さんの声は、リダにも聞こえたらしい。顔を真っ赤にすると勢いよく振り返り、声の主に向け、叫ぶ。
「私は本当にお姫様よ! とても偉いんだから!」
その形相に恐れたお嬢さんは、母親に泣き顔でしがみつく。怒るリダに向け、オルグお兄様が告げる。
「知らないのか、王籍から外れたという意味を。はっきり言う。お前たちはもう、王族ではない。王子でも姫でもない、ただの国民の一人。両親も王と王妃ではない。四人ともなんの権力を持たない、大勢の一人だ」
そんなこと、言われなくてもこの場に集まっている者の大半が理解している。先ほどのお嬢さんのように、まだ幼い子であれば、世情を分かっていないとしても不思議はないけれど。
「う、嘘よ! だったら、どうしてお城で過ごせているの?」
まさか、城で衣食住困らない生活を送っていたから、自分たちが王籍を外されたことを疑っていたの? その衣食住が、不満を持つ扱いだったのに、なにも疑問を抱かなかったの? 信じられない……。
「牢は人で一杯であったが、なにより裁判前に四人が殺害されては意味がない。その為、城で厳重に確保していた。この裁判が終われば、今後、過ごす場所を移動する可能性は高い」
「……か、帰る! なら、ラコーレ国へ帰る! まだあの二人と一緒の方がいいわ! 二人なら甘やかしてくれるし、大きな家で自由に遊べるし……っ」
「サート殿とそのご両親が、笑顔で受け入れてくれると?」
「もちろんよ!」
リダは自信を見せる。彼女にとっては良い記憶しかないので、そう思えるのだろうが、この子は他人の気持ちが理解できないのだろうか。サート様一家が今、どのような気持ちなのか、少しも理解できないとは。共通感覚がここまでずれているとは……。だからこそ、今に至っているのかもしれない。
オルグお兄様が合図を出し、布をかけられた物が運ばれてくる。そして一斉に布がはがされた時、驚きの声があがった。
「皆の者、見よ! これがリダとピカロのしでかした罪の一部! 絵は落書きをされ破られ、壺は割られ……。哀れなラコーレ国の老夫婦は、コルデの考えた家族ごっこ遊びの一員へ勝手に加えられたと知らず、二人を孫だと信じた! 孫だからこそと、つい甘やかしてしまったが、別れる直前で実は他人だったと知り、衝撃を受けた。美術品は汚され、なにより家族の仲を引き裂かれた! さらには同様の振る舞いを、他家でも行っていたと証言がある! それを許すよう懇願したのは、その老夫婦たちだ! 全て自分たちの孫だと、思い違いをしていたからだ!」
これではラコーレ国が怒るのも当然だと、あちらこちらで声があがる。冷静に考えれば、老夫婦も甘やかしすぎなので、問題があると分かるけれど、今はそれを言うまい。
私は立ち上がり手で場を制すると、真っ直ぐリダを見つめ告げる。
「リダ、貴女は笑顔で受け入れてくれると思っているようだけれど、お二人はひどくお怒りよ? 二人をこの手で処刑したいと、そう望まれているほどに」
他人様の家の物品を壊し、許してくれで終わらせていた老夫婦の問題は、ラコーレ国で解決してもらおう。
「だ、だったら! なんで止めなかったのよ! サートさんの奥さんにだって、あの人たち、すごく嫌味や悪口を言っていたし……! それは私達の責任ではないわ! もともと仲が悪かったのよ!」
「リダ、この場は貴女たち四人の罪について語り、どのように処分するのか決める場なの。サート様一家について、議論する場ではないの」
「なんでよ? 悪いのは私たちだけじゃないじゃない! あの人たちだって悪いじゃない! そうよ、見ているだけで止めなかったジェーンさんだって悪いじゃない! そんなジェーンさんを虐めていたのは、あの気持ち悪い二人よ!」
両足を鳴らすように踏み、不満を表すリダの姿は、絵本のお姫様からは遠いもの。
もう良い、黙らせよう。
私が合図を送れば、一人の少年が呼ばれた。その者は、リダが好意を寄せている少年。
少年は自分の名を告げ、リダに言うことはあるかと問われ、開口一番で言った。
「見苦しい」
本当に嫌なモノを見るような目。汚らわしく、近づくなと拒否する目。興奮していたリダも、一気に冷水を浴びたように静かになる。
「善意が分からず、父親が偉い立場にいるから自分もそうだと自惚れ、過信し……。なにをどうしたら、これだけあらゆるモノを平気に壊せ、他人に迷惑をかけられるのか。そして、なぜ許してもらえると思えるのか」
リダが弱く首を振り、なにか言っているが、あまりに小さくて聞き取れない。
「王族でありながら、我が国とラコーレ国との関係に亀裂を生み、どうして平気でいられる。民を守り、国をより良く導くはずの王族が! なぜ、このような真逆なことを! きっと君たちには大切なモノがないのだろう。だからそれを壊された者の痛みが分からないのだろうな。そんな者、国の名を背負う資格はない! 王族から籍が抜かれ、こんなに喜ばしいことはない!」
一瞬静まり、やがて拍手が起きた。
言われたリダはふらつくと、ぺたんと座りこんだ。縛られた両手を見つめるように俯き、震えている。愛しい相手からの言葉は、強烈に響いたらしい。
この様子では、最初から彼に王籍から抜けたと告げてもらえば良かったかもしれない。少なくともリダは、それで大人しくなっただろう。さあ次は、ピカロの番。
「自分が王になれないことは、理解しましたか、ピカロ」
「じゃあ……。今の王様は、誰……?」
そこからですか。それに今、その質問は必要かしら。そんなことを思いつつ、教える。
「舞台の中央に座られている、オルグ陛下です」
お父様、本当に何も二人に説明をされないとは……。もともと子育てには関与されない人だったけれど、これは酷すぎる。だが、さらにピカロは予想外な発言を放つ。
「へえ、なら僕は王様の弟だ」
「だから?」
また妙なことを言い出したと思いながら、淡々と返す。
「僕は王様の弟なんだよ!」
「だから?」
確かに残念なことではあるが、私達とこの二人は、母親が異なっていても、父親が同じ人物。血縁上は、オルグお兄様の弟である。
「王様の弟なんだから、こんなのへんだ」
「どういう意味でしょう」
意味は分かっているが、傍聴している皆によく理解してもらえるよう、分かっていない振りをする。
「王様が、父上から兄上になっただけの話じゃないか」
観衆から声があがらないのはきっと、呆れているからだろう。こういう態度を取られることは想像していたとはいえ、実際に言われると、困ること。
「だから兄上が父上のように、やってくれればいい」
「具体的には?」
「兄上が謝れば、皆、許すってことだよ」
観衆が静かな内に、話を進めよう。
「ラコーレ国は許さないと言っています」
「なぜ? 兄上は偉いのに?」
お父様、本当に二人への教育不足が……。ああ、いけない。我に返った観衆が、騒ぎ始めたわ。気がついたお兄様が助け船を出してくれる。
「コルデ、お前はリダとピカロの教育はできていると、前国王に伝えていたそうだな。今の息子を見ても、そう言えるか?」
「……う、うう……」
答えず両手で顔を覆い、泣くコルデ。泣けば許すのは、お父様だけなのに。
「ピカロ、食事中に暴れることは良いことか?」
「………………」
オルグお兄様の質問に、ピカロは答えようとしない。どうやら答えれば、それをきっかけに糾弾が始まることは察しているようだ。だがこれでは膠着し、話が進まない。
「食事中? 晩さん会で暴れたって噂、本当だったのかよ」
次の手を考えている中、そんな声が聞こえてきた。
これは使える。すぐに合図を出し、発言者を特定し、檀上に上がらせる。それはどこにでも住んでいそうな、普通の青年だった。
「どのような内容でも罪に問わない。この四人、及び国や王族に思うことがあれば、忌憚なく述べよ。どうした? このような機会、二度とないぞ」
「………………」
しかし大勢の視線にさらされ、緊張するのか、青年は口を開こうとしない。
仕込みではない選ばれた人物にとって、こういう場で発言することは困難かもしれない。しかしこれから、どうしたものか。全員が無言で会話をするよう、視線を走らせていると……。
「貴方が言わないのなら、その役目、私に譲って下さい! この男には、娘として言ってやりたいことが山ほどあります!」
しびれを切らした女性が一人、声をあげた。




