ディロ一家の番
今日は特に人が多い。なにしろ登場するのは、国内でも有名なディロ一家なのだから。これまで不正を行っていた貴族の比にならないほど、民から嫌われている。
背中を丸めて現れたディロの姿に、誰もが厳しい目を向けている。覇気のない様子でも、視線に容赦はない。それにディロは気がついているだろうか。
後方からは、前が見えない。とか、ディロを見せろといった声が聞こえてくる。
「名を名乗るように」
オルグ兄上が問えば、三人は素直に答える。
「ディロです」
「ディロの妻、マーレです」
ディロの妻は捕らえられた時から、終始落ち着いていると聞いている。その姿勢は今も変わらない。落ちつかないのは、二人の息子だけ。
「ディ、ディロの息子、ティーゴです……」
両目が見えなくなった男、は父親のように目立った行動を起こしていない。そのせいか両親に比べ、あまり関心を向けられていない。両目を潰されたことで、ある程度禊が済んだと思われているのかもしれないが。
野心に溢れていた父と違い、率先して自ら動くことはなく、それでも権力を求める素振りはあり……。一体ティーゴという男は、何者になりたかったのだろう。結果、両目を失い……。哀れに見えてくる。
「デッセと共謀し、偽りの情報を領民に流し、税金を横領したことは調べがついている。またデッセ自身、その罪を認めている。そして一部領民より、そなたたちに手を貸す見返りとして、恩恵を受けていたという証言を得ている。相違ないか?」
「ございません」
あっさり認めたことに驚きの声があがる。同時に、認めたからと許されるなと、怒りの声も湧く。そんな人々に対し片手を上げ、オルグ兄上は黙るように制する。
「我が母、前王妃、セミーリャを毒殺した罪に加担したことも認めるか」
「はい」
また素直に認めた。予想外だと、場はざわつく。てっきりごねると思ったが、まさか……。それでも民から怒りの色は消えないが、戸惑いの色を見せ始めた者もいる。
「まずは横領からだ。デッセはディロ、お前から話を持ちかけられたと語ったが、間違いないか?」
「その点については正直、覚えていません。男爵位を賜ったのは私の代ですが、少なくとも、私の祖父の代から横領は行われておりました。その慣習が父、私へと継がれており、私の代にはすでに、伯爵家と協力関係にありました。いつ、どちらの家から言い出したことか、私は聞かされていません」
「ではデッセがお前から話を持ちかけられたと語ったのは、嘘だったと?」
しばらく黙っていたディロだったが、それは記憶を探っていたらしい。口を開いたら、もしかしたら、と語り始める。
「デッセ殿が伯爵を継がれた際、私からお父上と同様で良いかと尋ねたので、それを指しているのかもしれません。そうなると、デッセ殿もお父上から慣習を聞いていたと思います。それだけで通じたので」
なるほど。デッセは嘘ではないが、全て真実を語ってはいなかったのか。父親から聞いていたとは、デッセは語っていない。ただディロから、話を持ちかけられた。そう証言した。
デッセは全ての罪を、ディロへなすりつけるつもりだったのだろう。見苦しい男だ。後にディロと話しが食い違うと、再度呼び出される可能性を考えなかったのか。それとも一度呼ばれれば、もう裁かれることはないと誤解しているのか。まだ判決は言い渡されていないのに。どのみちあの伯爵家は、終わりだが。
「領内の人間の識字率を下げたのは?」
「祖父が思いついたと聞いています。字が読めず、また、よそ者との接触を断てば、正しい情報を得られず、簡単に騙せるだろうと」
そのディロの祖父の読みは、間違いではなかった。
現にその辺りから来たと思われる人々が、怒りの声をあげる。少なくとも三代に渡り、騙されていたのだ。その恨みは相当だろう。
ディロは語る。横領の額は当初、現在に比べれば少なかったはずだと。だが味をしめ、額は年数経過と共に膨らみ続けた。なにかを察した領民が訴えようとしても、読み書きできない。逆に読み書きできる者たちはディロやデッセの協力者。彼らの味方をする振りをして、訴えは握り潰されていた。
こうして見ると単純だが、単純なほど厄介でもある。宿を作らず、よそ者を長時間滞在させないことも功を成していた。
「マーレ、お前は夫の罪を知っていたか?」
「尋ねたことはありますが、答えてはもらえませんでした。しかし、あれだけの大金を持っていることに、薄々不正で得た金に違いないと感づいていました。夫は私の亡き両親に、この金は、賭博で得た金だと説明しておりました。しかし両親もまた、疑っておりました」
「ティーゴ、そなたは?」
どこを見て良いのか分からないティーゴは、とりあえず声の聞こえた方に顔を向け、俯き答え始めた。
「……父から聞いていました、曽祖父の頃から続いていると。領を管理する恩恵くらい受けていいと言われ、それもそうかと……」
「違法だと理解していたのか?」
「………………」
沈黙が答えだろう。
この一家は横領が当然になっており、感覚がマヒしている。ディロも妻の実家に偽りの説明をしていたから、罪になると自覚はあったはず。それを隠そうとしていたのだ。質が悪いと言ってもいいだろう。
ティーゴは男爵家を継ぎ、そのまま優雅に暮らせるとしか考えていなかった。そんな所だろう。ところが現実はご覧の通り。描いていた未来は、ティーゴには永劫、訪れない。
午前中は横領の話について、終始した。なにぶん故人が始めた罪。伝言のように行いが継がれても、始まりや具体的な点は不明なことが多い。それを思い出すのには、ディロも苦労しただろう。
「これより一時休憩に入る。休憩後は前王妃、セミーリャ暗殺の件について話を行う」
オルグ兄上の宣言により、人々は散っていくが、中には場所取りだと動かない者もいる。
檀上に座っている、セフォン殿も動かない。持参した干し肉をかじり、たまに差し出された飲み物に口をつけ、野菜をつまんでいる。そんな彼女に、場所取りで暇な男が声をかける。
「リュイゼの姫さん、連日話を聞くだけで退屈じゃないのか?」
「我の心配なら無用。それよりこの国の方が大変であろう。結末によっては他国から相手にされなくなり、さらに悲惨な未来が待っているのだからな」
相手は黙った。
セフォン殿は本当、少しは言葉を選んでもらいたいものだ。あの言い方では、無用に敵を作ってしまう。そういう点が、リュイゼへの偏見が減らない一因でもあるだろうに。
休憩が明け、ここからもディロは真実を語るだろうか。ある程度、兄上たちがすでに調べを終えている。真実を語れば、心証は良くなるが……。この一家の結末は、それでも揺らぐことはないだろう。
「セミーリャ暗殺の関与を認めたが、そもそもなぜ時の王妃を害そうと企てた」
「当時、セミーリャ様が王妃にふさわしくないと思ったからです」
ディロの答えに、怒声があちらこちらで起きる。
「ふざけるな! お前の娘こそ、王妃にふさわしくないだろう!」
「セミーリャ様に対し、よくも……! アンタのその目は、節穴なの?」
拳を突き上げ怒る人々を背に、ディロの答えは続く。
「当時私は、勝手に彼女から見下されていると思い、そういう態度が王妃にふさわしくないと考えていました。その鼻を明かしてやりたいとも。もう遅いことですが、今なら、なぜセミーリャ様が私に厳しくされていたのか、理解できます」
「今さら……!」
「誰が信じるか! 本当は反省していないに決まっている!」
認めていることこそ、ディロの大きな変化だが、それを気にする者は少ない。
ディロ、それはお前の蒔いた種の結果。お前が下される判決は、最初から決まっている。誰も処刑以外の判決を受け入れない。それだけのことを、お前は行った。国民の多くから支持を得ていた王族を殺したのだ。許されない。
この一連の裁判は形だけ。茶番な裁判。だけど必要である。民に真実を聞かせるための場として、オルグ兄上が国を生まれ変わらせる場として。そしてそれが、世界へ伝わるのだから。
「どうやって毒を入手した」
その話は以前、リフィの実家や他に裁かれた男爵家での裁判でも取り上げられており、ディロの発言と一致した。彼らもきっと、真実を語ることで罪を軽くしようと企んでいるのだろうが、今回の件の打撃は大きい。生き延びても、これまで通り楽しい生活は送れないだろう。
「毒を入手してから盛るまで、時間を要したが、それはなぜだ?」
「毒を盛る方法が浮かばなかったからです」
以前のディロの一面が分かる答えだ。そう、毒は入手しただけでは意味がない。盛って効果が出て、初めて意味を成す。
「では、どのようにして毒を盛った?」
「セミーリャ様の毒見役を脅し、彼女に毒を盛ってもらうことにしました」
「ここで私から皆へ説明を行おう。亡き母はその立場から、毒を盛られる恐れに、常にさらされていた。そのため、毒見役を雇い毒という難から逃れていたが、その役目の者が裏切った。母セミーリャは毒を盛られていると知り、真っ先に毒見役を疑い、その者が罪を認めたため、直々に処分した」
毒見役だったイオンの末路については民に伏せられていたことなので、驚きの声があがる。セミーリャ様直々に処分したとは、思っていなかった者もいるのだろう。
「罪人の名は、イオン。その家系は、母セミーリャの実家に代々仕えていた血筋。だからこそ信用し、毒見役として選ばれたのだが……。裏切り者を出したことにより、イオンの両親、その家族は自死の道を選んだ。セミーリャ暗殺の実行者については、すでにこのように、その罪が裁かれているものと知るように」
自死、か……。
無理やり死を迫られたと聞いたが……。イオンの家族は、罪を犯していない。ただ罪人をその家系から出したことで、信頼をなくした。セミーリャ様の実家を敵に回しては、どうせ生きていけなかっただろう。どのみち、イオンが裏切った時点で彼らの死は決まっていたのだ。そんなことを、イオンという女は分かっていなかったのか。
「話を戻そう。では、誰が毒見役を脅す案を出した」
「それは……」
ここまで素直に答えていたディロが、初めて言葉を詰まらせた。
ただ息子と結婚した娘の名を出せば良いだけなのに、なにをためらうのか。つい体が前のめりになる。
「……私、です……」
これは、まさか……。
まさかディロが、リフィを庇うとは……。なぜ? この男が、誰かを庇うとは……。とても信じられない。
「発言の許可を願います」
これに慌てたように声をあげたのは、マーレだった。
「許可する」
「ありがとうございます。先ほどの夫の発言は、偽りにございます。それを言い始めたのは、ティーゴの妻、リフィにございます」
本日、これまで裁判に登場していない人物の名に、戸惑う者が多い。リフィの実家の裁判を聞いていた者たちは、すぐに誰だか分かったが、そうでない者には分からない。
「違います、オルグ様! 全ての罪は、このディロが……!」
「いいえ、リフィです!」
夫婦の意見が割れた。どちらも譲らず、声を張り上げる。
「マーレ! 黙れ!」
「リフィの居場所も掴んでおります! 何者かに襲われ、現在、売られた娼館で働いております!」
妻の止めるようにディロは叫ぶが、その声は無視をされた。
「ティーゴ、マーレの発言に偽りはないか?」
オルグ兄上の問いかけに、ティーゴは動揺している。
「は、はい。言い出したのはリフィです。いや、でも、その……。リ、リフィは、ずっと行方不明だと……。しょ、娼館……? リフィは、娼館に売られた……? そんな話は、聞いていません……」
なるほど、ティーゴ夫妻の仲は良いものだったのだろう。だからディロ夫婦はリフィの居場所を掴みながら、ティーゴに伝えていなかったのだろう。聞けば衝撃を受けるだろうから、と。
「なるほど、それではリフィにも話を聞く必要があるな。マーレ、その娼館の名を知っていれば、この場で答えよ」
答えた内容に偽りはない。確かに私たちがリフィを売り飛ばした娼館の名だ。
淀みなく答える妻に、ディロは信じられないものを見ているような表情を向けている。
それにしても、リフィの名を出すならマーレではなく、他の二人だと思っていたが……。マーレとリフィは、不仲だったのだろうか。マーレはリフィを処刑への、道ずれにしたいのか。彼女が毒見役を脅迫すると言い出さなければ、こういう状況になっていないのだから。
「……いや、そうか」
違う。マーレはきっと、リフィを娼館から救い出したいのだろう。これがマーレにとって、リフィを生き地獄である娼館から救い出せる、唯一の手段。そして最期くらい、仲が良かった夫婦を一緒にさせたい狙いがあるのだろう。
きっとマーレは、ティーゴとリフィを襲ったのは、セミーリャ様の命令だと気がついている。
離れで暮らしていた自分は、周囲に溶けこんだまま 優しいのか残酷なのか分からない女だと、マーレを見つめながら思った。




