立会人の紹介
庭園には多くの人が押し寄せている。誰もが今より少しでも前へ行こうとし、押すな、詰めろと声をあげる。軍がそれを制止しようと注意しているが、直接檀上の声を聞くには、前方へ行くしかない。だから軍人の声は、無視されている。
身分に関係なく、開かれた場所での裁判を考えたのは、オルグ兄上だ。最終的な判断を下すのも兄上。だからまだ、王冠が必要だった。
それが人によっては、不信を抱かせると理解していながら、王冠を被った兄上を先頭に、まず王族が登場する。途端に人々の動きが止まる。
着席と同時に、私だけが壇上の真ん中に立つ。
「今日より行われる裁判について、まず立会人を紹介させてもらいます」
控えていた赤毛の少女の登場に、驚きと困惑の波が広がる。それに臆することなく、彼女は堂々と自己紹介を始める。
「我はリュイゼ部族総長の娘、セフォンだ。部族総長代理で、今日より最後まで、この場に立ち会わせてもらう」
リュイゼの者に偏見を持つ者は多い。だから批判の声が噴出することは予想できていた。案の定、不満の声があがる。
「立会人?」
「リュイゼなんかに務まるの?」
「なんでリュイゼなんかが……」
現状、リュイゼとの関係を修復しなくては、我が国に未来はないと知っている者は多いはずなのに、平気でこれらの発言を吐くとは……。守るべき国民とはいえ、こういう愚かな面を前にすると、大きな嘆息を吐きたくなる。どこにでも愚かな人間はいるものなのだと。
セフォン殿は気にすることなく、民衆に向かって紙の束を投げる。
「それで確認しろ。いずれも各国から、我が部族総長宛てに届いた書面だ。我がこの場にいることに不満を持ち、理解できない者は、その書面を読め」
勝ち気な人間が多いリュイゼだが、セフォン殿も少しは言葉を選んで発言してもらいたい。ここには、リュイゼを理解できていない者が多いのだから。
それでも声は小さくなった。投げられた紙の束から離れ、人々はただそれを見ている。まるで触れてはならない、異物を前にしたように。だから脅えを隠すように、声をあげるしかない。
「そんな紙の束がどうしたっていうんだ」
「書面だと伝えたであろう。つまり、我がリュイゼへ送られてきた、この国以外の、各国からの正式な手紙だ。好きに手に取り、読め。その権利がお前たちにはある」
その時、気の弱そうな男が一人、人の群れの中から飛び出すように紙の束に近づいた。背中を押された彼は、その服装から貴族ではないと多くの者に思わせた。
「お前、それを読め!」
どこからかそんな声が聞こえたかと思うと、読め、読め。そう同じ言葉が繰り返される。次第にその声は大きく、そして人数を増やしていく。男は紙の束の横で辺りを見回し、やがてセフォン殿と視線を合わせる。セフォン殿は、ただ頷かれた。
ようやく男は紙の束を拾うと、紐をほどく。その頃になると、読めと叫ぶ声は収束していた。そして一番上にあった国からの書面を、口に出して読もうとする。
この間、私達は目配せをし、辺りを警戒する。
今のところ、反セミーリャ派に動きはない。ここはリュイゼの姫が、どういう目的でこの場に立ち会うのか、様子を見た方が良いと判断したのだろう。しかし書面の内容を知ってから動く可能性もある。これ以上この国で問題を起こさせてはならない。もしセフォン殿に危害を加えるようなら、処分すると決めてある。
書面を手に持った彼は、皆に押しつけられた大役をこなしている、一般人に思われているだろう。だがその正体は、離れに暮らしていると思われている、弟の一人。顔を知られていない彼なら、命を狙われることもなく危険もないだろうと選ばれた。
初の大舞台、弟は声を震わせながら読み上げる。
「リュイゼの王に頼みたい。ベニックス国で裁判が開かれるそうだ。貴国なら公平に全てを見てくれるだろう。私に代わり、その場を見届けてもらいたい。その結果次第で、ベニックス国との交流を考える。ラコーレ国、国王より」
場がざわつく。
セフォン殿も人が悪い。わざとラコーレ国を一番上に置いていたのだろう。この国が現在リュイゼとラコーレ国と揉めていることは、多くの国民が知っている。
「他の書面も似た内容ばかりです。足を運び、長期滞在する時間がないので、代わりに見届けてほしいとか……。全部、リュイゼに裁判を見てもらい、報告がほしいという内容ばかりです」
ここでやっと、反セミーリャ派や中間派などの貴族が動き、奪い合うように書面へ目を通す。まずは事実確認か。それは正解だろうと、見つめながら思う。
「読み上げた者が、偽りなく述べたと理解できたか? 良いか、ベニックス国の者たち。貴様らは全員、この書面を送ってきた国々から、現在信用されていない者たちなのだ。各国から敬遠されていると言っても良い」
「な……っ。無礼な……っ」
「事実であろう。幾つの国の外交官が、この国を去った? 王都に住む者ほど、理解しているだろう? また新聞などにより、ラコーレ国との友好関係が崩れており、我がリュイゼの地を通れず、貿易もままならぬ事態になっていると知っているだろう? そしてそれは、お前たちの生活に直結し、苦しめられていることも」
商人たちを中心に、ばつが悪そうに大勢が俯く。
やっと自分たちの立場に気がついたのか。本人にここまで言われなくては、現状に気がつかないとは。
だがまだ愚か者は残っている。
「だからって、なんでどの国も、リュイゼなんかに頼むんだよ……」
「逆だ、我々だからこそ頼むのだ。我々は先祖から継いだ地を守り、それ以上の領土を求めない一族。周囲で混乱が起きようが、それに乗じ、他国の領土を侵略することがないと信頼されている。だからこそこういう場面で、彼らは我らリュイゼを頼る。良いか、我らリュイゼへの侮辱は、我らを信用し託してくれた国々への侮辱でもある。言葉には気をつけることだな。貴国もこれ以上、ラコーレのように関係が悪化する国を増やしたくないだろう?」
そう、リュイゼは自分たちの領土は守るが、攻めることをしない。その点は各国信用しており、だからこそ国同士で揉めた際、仲介役として選ばれることが多い。これは一握りの特別階級の者しか知らないことだが……。
人々を黙らせたセフォン殿も、用意された席につく。
「ではこれより裁判を行う! 被告人を連れてまいれ!」
兄上の声が響き渡る。
まずはデッセとその仲間たちから。つまり、横領を犯した者たち。これは長期に渡り罪を犯しており、その全額は、本人たちさえ把握できていない。
これから始まるのは、正式な裁判ではない。一方的に罪人の罪を明かし、ただ結論を告げるだけの場。しかし国民はその罪を知りたく、結果を知りたがっている。
さあ、始めよう。
「それでは裁判を始める!」
私は世界が変わることを祈りながら、デッセたちを前に、高らかに叫んだ。




