不満だらけのお姫様
最近、楽しくない。
ちょっと前だったら、お父様に言いつけてやる。そう言っただけで、誰もが引き下がったのに。最近はそれが通用しない。
「よくお分かりで。そう、リダ姫。貴女のお父上は国王、この国の頂点に立たれている御方です。ですからお父上の名、そして我が国の名を汚さぬよう、貴女も姫として、相応の振る舞いを覚えて下さい」
眼鏡をかけた、いけ好かない女が言う。
お父様とお母様の結婚式以来、勉強、マナーレッスン。とにかく面倒なことに縛られてばかり。
「今日宿題を忘れたら、罰を与えると伝えていたはずですが、お忘れになりましたか?」
別の勉学の男性教師が言うが、鼻で笑う。
「罰を与える? やれるものなら、やってみなさいよ。そんなことをすれば、お父様に言いつけて、あんたなんか首にしてやるんだから」
弟も同じことを言ったが、男性教師は動じない。
「どうぞ、ご自由に。そのお父様から、お二人に罰を与える許可をもらっていますから」
「なんですって? お父様がそんなこと言う訳ないわ!」
弟と教室を飛び出し、お父様のもとへと走る。
教師は引き止めてこないが、侍女たちが慌てて戻るように言いながら、追ってくる。それでも構わず、走る。
それにしてもドレスって、どうしてこんなに走りにくいの? 先に走り出したのは私なのに、あっという間に弟に抜かされた。
曲がり角を曲がった時、先を走っていた弟が立ち止まっていた。どうしたのかと思うと、向こうから来ている女がゆったり近づくと、まるでお付きの者たちと通せんぼうのように、行く手を阻んだ。
「お二人とも、今は外国語の授業を受けているはずでは?」
声をかけてきたのは、集団の中心に立つパニエという女。
最近自由にいろんな部屋へ入れないのは、この女が部屋に鍵をかけようと提案したからだと睨んでいる。セミーリャという亡くなった女と同じで、とにかく口うるさくて大嫌い。
「私たちがなにをしていようと、あんたには関係ないでしょう? 私たちはこれからお父様に会うの。だから、さっさとそこを退きなさいよ」
「そうだ、お前たちなんかが邪魔をするな」
そう言った後、パニエたちが場所を移動して気がついた。彼女たちの後ろに、ある親子がいたことに。
「あ……」
顔が赤くなる。
子どもは私より幾つか年上で、さらりとした金髪を伸ばし、一つに結っている美しい方。私の憧れの方で、この方の前では良い子を演じていたのに……。失敗した……。パニエたちが道を塞いでいなければ……!
走ることなくパニエの前を通ろうとすると、声をかけられる。
「……まさか、授業を抜け出してきた訳ではありませんよね?」
いつもなら、それがどうしたと答えるが、今はあの方が近くにいるので言えない。
「ち、違うわよ! お父様に、すぐ確認しなきゃならないことがあるの!」
「……そうですか」
この目、信じていないわね。本当、嫌な女。
「失礼します」
ドレスの裾を持って丁寧にお辞儀をし、親子にも微笑みを向ける。しずしずと歩き、やがて周りに誰もいなくなると、弟がにやにやと面白がっている顔で話しかけてきた。
「姉上、あいつの前だと人が変わるよね」
「そっ、そんなこと……っ。ないわよ……」
弟に気持ちを見透かされているとは、そんなに私は分かりやすいのだろうか。それではあの人にも、私の気持ちが伝わっているのだろうか。恥ずかしく火照った顔を冷ましながら、お父様のもとへ向かう。
「陛下は現在、大事な話をされておりますので、誰も通すなと言われております」
ところが部屋の前に立っている兵たちが、通してくれない。
最近、いつもこう。前はもっと簡単に、お父様と会えていたのに。私たちが会いたいと言えば、それだけで室内に誰がいようと通してくれたのに。
仕方なく弟と近くの出窓の床板に腰かけ、日差しを浴びながら待つ。
そしてやっと会えたお父様は、顔から疲労が滲んでいた。よほど重要な話だったのね。
「お前たちか。なんの用事だ」
「聞いて、お父様。外国語の先生、とっても意地悪なのよ。私、もっと優しい先生に習いたいわ」
ソファに座り、クッションを抱え、すねたように言う。
弟はテーブルに置かれていたお菓子に手を伸ばしながら、言う。
「しかもその教師、父上が僕たちに罰を与える許可をもらったと、ほらをふくのです」
「事実だ」
「え?」
「酷い! どうしてそんな許可を出したの?」
驚き、クッションを抱えたまま立ち上がる。
お父様は、はあ。と、小さく、重い息を吐く。
「良いか、お前たちはこの国の王子と姫なのだ。あの晩さん会での痴態を忘れたとは、言わさんぞ。あれだけ多くの客を前にしての暴挙、その評価を払拭する必要がある。その為には、並大抵の努力では足りぬ。一層厳しく指導せよと、各教師に伝えた」
「評価って……。そんなの、父上の力でどうにかすれば済む話ではないですか」
弟の返しに同意だと、頷く。
「馬鹿なことを言うな。世界中にはこの国より強大な国が、幾つあると思っている。特に現在わが国は、西と北から攻められる脅威にも晒されているのだぞ? 勉強をさせているのに、まだそんなことも理解できていないのか」
「でもお母様が、お父様は一番偉い人だって……」
「それは国内だけの話だ。一つの国ごとに、私と対等……。いや、世界にはそれ以上に偉い者が、何人もいる」
ではお父様って実は、たいした人物ではないのかしら。
結婚式では、あれだけ多くの人から頭を下げられたりしていたのに。納得できない。
まだ仕事が残っているからと、それで話を打ち切られ、部屋から追い出される。
この頃の私は、歯車が狂ったことに気がついていなかった。それまで世界は潤滑に優しく、私達にとって都合よく回っていた。なにもかも、思い通りになっていた。それが崩壊を始めていることに、気がついていなかった。




