オルグの旗
※注意※
作中の表現は、差別的な考えを助長するものではありません。
「お前ら、いい加減に税金を払え!」
どんなに叫んでも、無視されたり、欠伸されたり、相手にされない。
そんな機能していない牢を管理する牢番と、警備兵は別の組織だったが、どちらの組織も人手が足りなくなり、先日、一つの組織となった。
書記官等も減る人員の中、頑張って働いているが、いつまでも税金を回収できないので、領主、及び国が催促をしてきている。命令する方は、言うだけなので楽だ。それを実行するために働く俺たちの苦労は、考えてくれているのだろうか。
しかも先日、しびれを切らしたのか、最悪な対応の許可が出されたことが知らされた。古株だからと秘密裏に署長に聞かされた時は、その内容に驚いた。いくら許可を出されたとしても、誰がそれを最初に行うのか。こんな恐ろしいこと、誰もが避けたいだろう。
それは署長も同じ考えだったが、この内容の文章が届いたことから、その作戦を実行する地域として選ばれた可能性も高いと言っていた。
本気で警備兵を辞めようか悩んだが、この話を知ったから、逆に辞める時機を逃してしまった。この話を知ったからには、辞めると言えば、命を取られる可能性がある。これなら親しかった同僚が辞めた時、一緒に辞めていれば良かった。
「正気ですか? 書記官が書類に記した家の者たちは帰され、牢の機能は正常に戻りつつあるのに。あの計画を実行すると?」
「仕方がないだろう。牢の機能は取り戻せても、税金の回収にまでは結びついていない。これは、命令だ。従うしかない」
署長室をふらついた足で、後にする。
ついに実行するのか……。なんで……。正気か?
いや、署長が決めたことではない。署長もまた、上から、対応に出ろと命じられた。それに従うだけだ。
どうして命令を実行する日に限り、牢屋の当番に当たっていたのだろう。己の運のなさを嘆きながら、弱そうな奴数人に声をかけ、牢から出す。
「家に帰してくれるのか? こんな真夜中に?」
「まあ、な」
返事の歯切れが悪くなる。他の仲間は俯き、返事を避けている。それも当然か。こんな命令を実行することになり、動揺しない方が無理だ。
「おい、家はこっちじゃないぞ? どこに行くんだ? 収容先が変わるのか?」
「まあ、そんな所だ」
俺たちの様子がおかしいことに、収容されていた奴らも感づいたのか、不安そうに顔を見合わせている。それでも大人しく従ってくれるのは、助かる。
……まあ、そういう奴らを選んだんだけどな。
連れて行ったそこには、先に到着していた仲間が待っていた。掲げた松明の明かりの中で、じっとりとした視線をこちらに向けてくる。その視線を受け頷くと、素早く連行してきた奴らの口を塞ぐ。軍に比べ弱い警備兵の俺たちでも、これくらいのことはできる。
「……恨むなら、税金を払わないで、国が荒れるよう計画した奴にしてくれ」
耳元でそう告げた直後、待っていた仲間が強く両目を閉じたまま、男の心臓に剣を刺した。血の動きが止まり、力を失った男が、手を離せばあっさりと崩れる。それは一斉に行われ、連行された者は皆、亡くなった。
その亡がらを、用意していた丸太に張りつけていく。その間、会話は最低限のことしか行われなかった。その作業の間にも、他の牢から連行されていた奴らが死んでいく。中には松明に照らされた光景を見て、叫んで逃げ出そうとする者が出てきた。面倒なことになるので作業を中断し、追いかけて首を切った。
こんな大規模に納税を断る異常事態、誰かが計画し、扇動しているに決まっている。だが、その誰かが掴めない。今回の作戦の意味の一つに、その犯人をあぶり出すものもある。
計画は、国を守るためだと聞かされた。国という組織が崩壊して、どうやって存続できる。だからこれは、必要悪なのだと。誰かを犠牲にし、元通りにする。つまり、国を守る儀式のようなものだと。
それでも人を殺めることは、応える。
仕方がない。嫌だ。でも、こいつらが悪い。とは言え、殺すほど悪いことをしたのか。
気を抜くと、二人の自分が問答を始める。そのたびに頭を振るう。計画は始まったのだから、仕方がない。署長も言っていた。命令には、従うしかない。そう、命令には従うものだ。
磔刑のように、丸太に掲げられた遺体たち。翌朝、見つかるなり騒ぎとなるだろう。そして、黒幕は動き出すはず。そう考えた署長は明日に備え、非番予定だった者も全員呼び出し、警備兵の署に集め、ついに計画を発表した。それを知らされた皆、顔色が悪くなっていた。
後は迎え撃つだけ。
牢から番人は、撤退済み。死者を見て、彼らが向かうのは、まず他の者たちの安否。つまり、牢だ。だがそこの番人は一人もいない。そうなると次に向かうのは、牢番と警備兵が揃っている、この署のみ。
遺体が揃っている広間は、夜間、人が通らない場所を選んだ。
夜が明けていく。明るくなる空を見上げ、気を入れようと呼吸を整える。
「合図、来ました!」
その言葉に反応し、すぐに皆、武器を構える。
予定通り、旗が挙がる。死者が誰かに見つかったという、合図だ。
「始まるぞ」
署長が気合いを入れろと伝えてくる。
言われなくても……。こっちだって、命がけだ。なにしろ相手は警備兵、もしくは牢番に大切な者を殺された奴らばかり。そんな奴らなら、俺たちの命を狙うからな。
「う、嘘! なんで⁉ どうして、うちの人が……⁉」
「いやあああああああ!」
……不思議なものだ。あの広場からここは離れているのに、女性の叫び声が聞こえてくるようだ。でもな、あんたらも悪いんだぜ? 納税の義務を放棄し、曲りなりにも国として機能していたのに、それを破壊しようとするんだから。そういうことは、相応の覚悟を持って挑むべきだろう? その覚悟が、命だ。そう、賭けるにはこれ以上ないモノ。
「いつまでも我々を虚仮にし、無事で済むと思っていたのか! これは陛下も承知してのこと! これ以上納税を拒めばこの通り、その命で償ってもらう!」
死者の近くに待機している隊の者が、国の出した最悪の対応を告げている頃だろう。まったく、こんな作戦を強いてくるなんて、いよいよ王様も狂ったな。笑いそうになる。
「人を殺してまで、金が欲しいのかい?」
「そんなこと、許されると思っているの⁉」
矢が放たれた報告が挙がる。まだ人を射っていないが、誰かの足元にでも矢が刺さっただろう。
俺だって嫌さ、こんなこと。できるなら、穏便に済ませたかった。それも本心だ。
だが、お前らは問題を長引かせ、国を怒らせた。だから命令が出た。命令が出たら、俺たちは従うしかない。命令に抗えるのなら、昨晩の時点で抗っていた。組織とはそういうものだ。結局、命令には逆らえない。
こんな命令を国が下す前に、納税すれば良かったんだ。それだけで、昨晩の犠牲者たちは今朝も生きて迎えることができただろう。
昨晩初めて人を殺めたせいだろうか、妙に体が熱い。寝ていないのに、むしろ興奮してさえいる。
……せめてこんな命令が下された地域、他の地域なら良かったのに。きっとこの場にいる全員、似たことを思っているだろう。なんで自分たちが、と。
民衆を扇動している黒幕は、こんな計画を立てた国に逆らおうとしている。無傷で済む訳がないと、分かっていながら。だってそうだろう? 国に歯向って、全員、無傷なんてあり得ない。敵、味方に関係なく、犠牲者は出るものだ。
自分の中で、問答が終わらない。だが頭は冴えている気もする。脳を動かしモノを考えているのに、冷静な自分が出てきている。
……黒幕、お前はどんな顔をしている? なぜこんなことを考えた? この町にいるのか? いるから国は、ここでこんな作戦を実行することに決めたのか? なあ、犠牲が出る可能性は、民衆に伝えていたのか? 伝えていなかったら、お前も残酷な奴だな。お前は今、どこにいる?
「お、おかしいよ……。なんで、こんな……。こんな、酷い……」
「最初に義務を放棄したのは貴様らだ。普段は軽罪だが、かように大勢が示し合わせての行動は、重罪となることが決まった」
「人殺し!」
「処刑である。これ以上誰も殺されたくなければ、税金を払え」
「だから、そんな金はないって言っているだろ⁉ どれだけ税が上がったか、あんただって知っているはずだ!」
「……金、金、金! 金を払えって、そればかりじゃない! それで、どれだけ苦労させられているか……!」
騒ぎ声が大きくなる。前衛隊として選ばれた者たちは、かわいそうに……。真っ先に大勢の民衆から、逆襲に合うだろう。そして俺は、そんな前衛たちに勝利し、興奮している大勢を相手にしなくてはならない。
時間が経過し、誰がなにを言っているのか分からない。ただ大勢の人の声が聞こえ始め、こちらへ向かってくると分かる。
「対象、確認!」
旗が振られ、屋上にいる全員、矢を構える。他の階に配置された者も、そうだろう。
……なるほど、鍬やつるはしといった、農具を選んだか。人を殺傷できる、立派な武器だ。国家反逆罪の罪人として、適応できる。署長の言った通りだ。素手で向かって来ている奴は、ほとんどいない。
「放て!」
昨晩のうちに配置していた場所から、一気に大量の矢が向かってくる民衆へ向け放たれる。命中はどうでも良い。こちらも本気であると、見せつけるための一発目。
俺たちの仲間には、近隣から呼ばれた警備兵も加わっている。全国各地で似たようなことが発生しており、その対処としてこの方法を、全国で初めてこの地で行われることが決まったと言って。そしてその計画が成功すれば、一気に各地で抗っている者たちも諦めるかもしれないと。そうすれば、こんな戦いはこの一度きりで終わる。失敗は許されない。
だが、見せしめは失敗だったようだ。ただ怒りを買い、さらに歯向ってきた。恐怖を与えることはできなかった。最初から民衆を殺す覚悟を持つべきだったかもしれない。
「ふざけるな! なにが税金だ! 自分たちが働けっていうんだ!」
「どうしてあたしたちが、あいつらの生活費を工面しなきゃならないのよ!」
「人殺しを許すな!」
民は民に賛同し、その声は大きくなっていく。まるで町そのものが、民衆の怒り声を挙げているようだ。署長の考えた、旗で合図を出す計画は正解だったな。これでは音の知らせは届かない。
「好きで殺したと思うなぁ! 俺は吐いたんだぞ! 人を刺す感触、お前らに分かるかぁ!」
隣で昨晩一緒に作業した同僚が叫ぶ。
「命令だ、命令なんだ。命令だったんだ。命令なんだから、仕方ないじゃないか」
ぶつぶつと呟く奴もいる。気が病むような命令をこなした連中は、俺も含め、どこかいかれたかもしれない。それでも分かる。黒幕が何者だろうと、『国家』という支配者に、凡人が勝てる訳がないと。
黙って従うのが、生きていける術なんだよ。
ああ、そうさ。お前たちの不満は分かる。俺だって思っている。なんで俺が働いた金が、王妃たちのドレス代に使われるんだよって。納得いかないさ。だけど悲しいことに、世界はそういう仕組みなんだよ。生きていくには、従うしかないんだよ!
「体格の良い者から、足を狙え!」
暴れられると厄介な体格の男たちから、狙うことにする。とにかく足を狙い、動きを止める。署長としても、犠牲は最低限にしたい思いがあるのだろう。
こうやって大勢が動く様子を上から見ていると、力関係が見えてくる。ただ無鉄砲に動いている者、そして、明らかに指示系統で動いている者たち。
「……見つけた」
それは署長も同じだった。旗を振るい、指示を出す。黒幕の幹部かは分からないが、こいつは屈強そうな男だ。ある者たちに向け、指示を出している。だがこの男も、後ろを気にしており、時々頷いている。誰かから、指示を受けている。邪魔そうな男だ、これは排除する必要がある。生死は問わないという合図の直後、矢が放たれる。
だが何本か外れた。
この屋上には、矢の命中率の悪くない奴らが配置されているはずだが、さすがに戦争とも言える状況では、手も震えるのだろう。こんな戦いに、身を置いたことがないから当然か。
そう、ここは戦場だ。民衆と国との戦争。互いが互いの理屈で動き、戦う。勝った方が正義となる。そしてその正義は、国でなければならない。そういう筋書きの戦場。
命中した矢を受け、屈強な男が倒れても、周りは止まらない。周りの仲間らしき奴らは一瞬立ち止まったが、顔を歪め進行を止めない。
「……ったく、どういう組織なんだよ」
それでも無鉄砲に動く者の方が、圧倒的に多い。何ヶ所からも攻撃され、思い思いに仕返ししようと向かうため、互いに邪魔だと罵りあってさえいる。
「一旦引いて! 一カ所ずつ攻めるのよ!」
女の声が聞こえた。これだけ騒がしいのに、冷静な女の声に体が反応する。
あいつだ。
瞬間、静寂が訪れた。民衆の動きがゆっくりと見える。
弓矢を構え、民衆からの反撃を気にすることなく柵に足をかけ身を出すと、無意識に矢を放つ。
「あの女だ!」
署長が叫ぶより俺の矢が走るが、防がれた! とっさに女の横にいた男が、かばった。
だがこれで確信した! あの女はかばわれるほど、重要人物! 黒幕本人か、あの倒れた男以上の幹部に違いない!
「まさか女だったとはなあ……」
「あの女を狙え! 殺すな! 生け捕りにしろ!」
気付いた署長も女に的を絞る。他の有象無象はどうでもいい。あの女を捕らえれば、ある程度の連中を抑えることができる。
狙われていると気がつき、その場から引く女を狙い、矢が放たれる。だが周りの者たちがかばう。中には手練れがおり、剣や盾でさばく者たちがいる。
……なんだ、あいつらは? 盾は分かるが、矢を剣でさばくなんて、俺たち警備兵には無理だぞ? いや、軍人ならあり得るか? まさかな? 軍は国の一部だぞ? 元軍人か、どこかの私兵か? いや、そういえば妙な命令があったな……。まさか、まさか……っ。
軍が国を裏切っている?
かつての同僚の言っていた、「警備兵は王派、軍はセミーリャ派」という言葉を思い出す。
「……くっ」
これは早い所、決着をつけるべきだ。
署長も同じ思いだったのか指示を出し、待機させていた部隊を突入させる。剣を持った部隊だ。直接女を狙う。だがこれは、もろ刃の剣でもある。この大勢の民衆の前に立たせるのだから、相手にする人数が多く、下手をすれば負ける。だから弓部隊の俺たちが援護をする。
「女ではない! まずは女の近くにいる男たちを狙え!」
剣術に秀でていようが、一斉に放たれた矢からいつまでも逃れられると思うな! 男たちの生死は問われていない! 遠慮なく射ることができる!
女を追いつめていくのが分かる。手練れは一人ではないが、それでも多くの警備兵を相手には分が悪かったようだ。一人失い、また一人失い……。加えて、指示に従わない者が多いようで、思うように逃げられないでいる。
勝てる、押せる! そんな興奮状態になった時だった。
「……なんだ?」
皆の動きが止まる。遠くから、激しい地鳴りが聞こえてくる。
人の声と、馬の走る音。見えてきたのは……。
「オルグ殿下の旗です!」
「なに⁉」
悲鳴のような報告に、全員が音の方向を見る。
王族には一人に一つ、紋様を与えられている。馬に乗って来た連中は、確かにオルグ殿下の紋様を掲げている。
「あれは……! 軍です! 軍がオルグ殿下の旗を掲げています!」
確かに馬に乗っている奴らの甲冑は、軍のそれだ。
軍には知られぬように。命令の中に、そんな一文があったと聞いている。それなのに、なぜ軍がここに? しかもオルグ殿下の旗を掲げているとは、どういうことだ? まさか本当に、軍が黒幕なのか?
「各砦を落とせ!」
戦闘の馬に乗った屈強な男の指示により、統制された軍人たちが、警備兵の配置された場所になだれこんでいく。
これは……。やはり警備兵の味方ではない! つまり、オルグ殿下と軍は、王の敵だ! だから軍に知られぬようにと……!
「やはりそういうことかっ」
署長も状況を把握し、指示を出す。
「援護しろ! 落とさせるな! 軍が来たのは予想外だが、これで分かった! 今回の件の黒幕は、オルグ殿下だ!」
「しかし殿下は……! 王族ではありませんか!」
まだ信じられないのか、仲間の一人が叫ぶ。
「王家は一枚岩ではない。陛下と側妃、つまり前王妃派で分かれている。オルグ殿下は前王妃の一人息子で、陛下と敵対するつもりだ。軍はもともと、前王妃派の組織。この件を急ぎ、城に知らせを……!」
署長が指示を出した瞬間、先日入ってきたばかりの新人が動いた。
「足を狙うのは、同意ですよ、署長。無駄な殺生は、私も好きではない」
「がああっ」
低い姿勢で飛ぶように動くと、署長の足を切った。腕を開くように動かし、署長の両足から、血が流れる。
なにが起きたのか分からず、屋上は静まる。
考える前に、新人をどうにかしようと体が動くが……。
「先輩、動かないで下さい」
洗練された動きで、血で濡れた刃を俺の首元に当ててきた。瞬間、命惜しさに体が動きを止める。
「彼女を襲った判断、立派でしたよ。やる気さえあれば、貴方は立派な警備兵と呼ばれるでしょうに。どうしていつも、やる気がないのですか?」
「貴様……! なにをしている! そいつを捕らえろ!」
膝をついたが、署長が叫ぶ。同時に新人も、制圧しろと叫ぶ。
ここには新人の仲間がいた。そいつらは全員、警備兵の中では最近入ってきたばかりの奴らだ。人手不足により、詳しい調査はされていなかったが、元軍人は雇っていないと聞いているのに。
新人の言葉通り、一気に場が制圧され、逆転されてしまった。押し倒され、署長と目が合う。署長は負けだと言うように、頭を軽く横に降ると目を伏せた。
「また一つ制圧されました!」
「裏切り者が! 入口が!」
伝令が屋上に飛びこみ、現状を見て口を開けたまま止まる。
横目で見ると、仲間が配置されていた場所の多くの屋上に、オルグ殿下の旗が掲げられ始めた。
そうか、裏切り者が潜んでいたのは、ここだけではなかったのだろう。きっと全ての場所に、何人か紛れこんでいたのだろう。
一体いつからこれを狙い、警備兵に潜入していたんだ? 牢番として着任し、この組織の一員となった者もいる。国から、いつかこんな命令が出されると分かっていたのか? この組織だってそうだ。元軍人を雇っていなかったということは、つまり、こういう裏切り者を警戒していたということだろう? それだけ国も軍を警戒していながら、負けたとは……。
「……甘く見ていたんだろうな」
緘口令を敷くのではなく、軍を見張り、命令を出して動かせないようにすべきだった。それとも、なにか? 本当に軍が裏切っているかを知りたくて、こんな計画をたてたのか? だったら、昨晩殺されたあいつらは、なんなんだよ。
「先輩。彼女を狙ったのは、無意識でしたか? あの時、声をかけたのに無視をされたので。貴方なら、軍でも生きていけそうだ」
「褒めてくれてありがとうよ、こういう場合じゃなければな。それに俺には軍なんて組織、無理だね。根が怠け者だからさ。それで? お前は何者なんだ? 軍の関係者か?」
「はい。書類なんて、案外改ざんは楽勝ですから」
やがてここに来たのは、側妃パニエ様の弟であるベーザだった。軍のパレードで見たことがある。冑を取り分かったが、今回、オルグ殿下の旗を預かり先頭を走っていたのは、この男だった。署長も俺も皆縛られ、もう動くことはできない。
「メッサ様は無事だ」
「良かった……」
裏切り者たちは、メッサという名前の人物の無事に喜んでいるが、誰のことだ?
不思議に思っていると、問いかけられた。
「先輩、国王に何人子どもがいるか知っていますか?」
なんだ、急に。その質問、今必要か?
「七人だろう? あ、いや。離れに暮らしているとかいう奴らもいるのか。十人くらいじゃないのか?」
やけくそのように答えると、笑われた。
「先輩の言う通り、公式に発表されている顔ぶれは七人。けれど本当は、その何倍も子どもがいます」
「なに? それでは陛下の子、全員に王位継承権を与えるという法律が出来たはずだが……」
「署長は頭が良くて助かる。そう、隠されていた子たちにも継承権が与えられ、それに相応しい環境を用意することになった。もちろん結婚する時は、王族として相応しい形にしなければならない」
ベーザの返事に、なんてことだと署長は呟く。
「それでは、金がいくらあっても足りないではないか……。だから納税を厳しくしろと、やたら言ってきていたのか……」
「……どういう意味ですか?」
俺たちの会話は許してくれるらしい。ベーザが顎で、俺の隣に座っている奴に教えるよう、署長に促す。
「つまり、七人の王子、姫と同じ待遇を与えられる者が大勢いる。オルグ殿下たちのように護衛をつけ、毒見役をつけ、勉強にレッスンに……。周りにかかる人件費も必要だ。さらに女性の場合、王族にふさわしい化粧やドレスを用意される。装飾品も。各人ご結婚される時は、王族の名に相応しい形を用意される」
「……はっ、ははっ。それは、金がいくらあっても足りませんね。通りで、金を欲しがる訳だ」
やっと分かった仲間はそう言うと、俯き黙りこんだ。
「避妊するか、中絶させていろよ……」
これくらいの愚痴は言わせてほしいと、ベーザを睨みながら言う。
「同感です。ですが、王はコルデ以外の女性には飽きるのが早く……。また、無理やりに交わされた者も多く、中絶させられた子を含めば、一体何人になるのか……。あの男は、子を成すことを理解していません。王家の血を引く者は、利用される可能性がある。ですからセミーリャ様は、秘密裡に城の一画で、私たちを育ててくれました」
そこにあの重要人物と思われる女が登場し、俺に告げる。瞬間、その場にいた軍人の全員が片膝をつき頭を下げる。
「ピカロとリダ。たったこの二人に継承権を与えたいためだけに、王の子全員に継承権が与えられることになりました。私もその一人です。皆、顔を上げて下さい。私はあなたたちに、頭を下げられるような人間ではありません」
「しかし、貴女様は王位継承権を与えられた者に違いはありません」
恭しくベーザが告げる。
「王位、継承権……?」
つまりこの女は、非公開の姫の一人だというのか? だから側に手練れがいて、守っていたのか。服装や雰囲気が民衆と溶けきっているから、まさか王族の一員とは思わなかった。
まてよ? ということはこいつ、オルグ殿下の姉妹ということか。
「なるほどな。それで矢が外れたのか。いや、外されたのか」
何回か、わざと外れたような射線があったように思ったのは、気のせいではなかったのか。裏切り者が、わざと外していたのだろう。てっきり、緊張や恐怖からだと思ったが、違っていたな。
「本当、先輩の本能が一番怖かったですよ。署長は指示を出す立場なので、声で考えが分かりますが、貴方の脳内は覗けなかったので」
「お前の言う通り、無意識に動いただけさ。負ければ自分の命が落ちるからな。結局俺は、これから王族を狙った罪で処刑されるのかね」
負けが決まったんだ。俺の命は、こいつらに握られている。
「私はあなたたち全員、父……。国王からの命令に従ったと考えています。命令に従う立場は理解しています。しかし本当に国を思うのであれば、いくら上の人間が相手でも、過ちには立ち向かってほしかった」
「無茶言うなよ……。その前に、国王や王族なんかに、俺が会える訳がないし」
服装のせいか、お姫様という感じがしない女だ。だからか、話しやすい。
「そんなことはありませんよ? 先輩、すでに王子の一人と仕事していますし。ほら、あのこの地唯一の警備兵と呼ばれている、あの彼もまた、王の御子です」
「……本当か?」
「本当です。離れで暮らされていた皆様、これまで王と会ったことがなく、今さら王子や姫として生きられないし、国庫についても悩まれました。そこで城を出て、自ら稼がれている方が何人もおられます。ただ一応、身分が身分ですからね。軍が近くで見守っていました」
本当に俺は、王子と一緒に仕事をしていたのか。
あいつがあんなに真面目だったのは、王族として、民に負い目があったからかもしれない。自分たちのせいで苦しめていると……。
「ここの署長は切れ者だと評判だったので、成功を見こまれ、愚策が起きる地に選ばれる可能性が高かった。それで余計に、多くの者が潜りこんでいる」
ベーザの説明に頷く。黒幕を炙り出す作戦を逆に利用し、俺たちを制圧したのか。
ついにオルグ殿下の大きな旗が、ここにも掲げられた。
それを確認すると、女は前に進むと、屋上の縁に立つ。
「皆様、はじめまして! 私の名前はメッサ! 王の娘であり、王位継承権を持つ者の一人です! 皆様の大切な方の命を奪った者は、全員捕らえました! これ以上、暴力を振るわないで下さい! これより私たちは愚王を玉座から降ろすため、王都へ向かいます! オルグ指揮のもと、この国を生まれ変わらせるために!」
大きな声で堂々と名乗る彼女は、なるほど。適任だと思った。それほど声に力があり、心に響いてくる。先ほどまでと別人のようだ。
だが本当にこの国は、生まれ変われるのか? オルグ殿下が勝つのか? いくら軍が味方になっているとはいえ、王派の方が多いはず。
「私たちは必ず勝ちます! ですがオルグも私も、あの王の子! そのため、皆様にお願いがあります! 選んでいただきたいのです! このまま王政国家を続けるのか、他の道を選ぶのかを! オルグが勝ち、その日は必ず訪れますから!」
王政国家ではなくなる? 静まっていた声が、動揺に染まりあがっていく。
署長も驚き、メッサの背中を見上げる。
「リダとピカロ以外の王の子は皆、国民から不用だと判断されたら、この命を捨てる覚悟はできています! その判断を皆様に下してもらう日は、必ずやって来ます! 愚王を降ろし、国を生まれ変わらせるために!」
……もし、それが本当なら……。
ラコーレ、リュイゼとの関係も修復され……。
負けたばかりなのに、なぜだろう。俺だって許されないことをしたのに。彼女の背中を見ていると、希望を抱いてしまった。




