眩しい新人
「なあ、聞いたか? 最近よく、貴族の別荘が火事にあっているって話」
「聞いた、聞いた。いい気味だよな。俺らをこき使い、自分たちだけ優雅に暮らしている、天からの罰だ」
「あいつら、敵が多いし」
以前ならこんな会話が聞こえてきたら、すぐに上流階級の方々を侮辱してはならんと一喝していたが、近頃は聞こえないふりをして通り過ぎる。
軍とは違う組織である俺たち警備兵は、割り当てられた地域の治安を守っている。
警備兵は、逮捕できる権利を有している。軍人より密に地域に密着した、治安部隊だ。
治安を守る延長で、上の方々を侮辱する者を見かけたら、注意するということもあった。しかし近頃は、盗人や大きな犯罪者でも出現しない限り、ただ町を巡回するだけに止めている。
人々の諍いにも、関与しない。見て見ぬ振りをする。下手に関わったら、双方の怒りの矛先が向かってきて、余計に揉め事が長引く。
「以前なら俺らが歩いているだけで怖がる奴らもいたのに、すっかり警備兵の威厳なんて、無くなったな」
「まったくだ」
隣を歩く同僚の言葉に頷く。
最近では警備兵を恐れているのは、本物の犯罪者だけ。しかし最近は牢屋が機能していないので、捕まっても牢屋に入れられず解放されるので、恐れている者も減ってきている。おかげで治安は、悪化の一途。
軽犯罪も取り締まりたいが、なにしろ民からは敵を見るような眼差しを向けられ、歩いているだけで居心地が悪く、制服を脱ぎたくなる。こんな中で、どうやって治安を維持するように働けるというのか。
それなのに治安悪化は、警備兵が悪いと責められる。
「牢屋はどうだ?」
「少しは改善した。書記官が派遣され、家ごとに滞納している金額を記し、確認が終えた家から解放しているそうだ。そのおかげで、牢も空きが出てきている」
あれだけの人数。しかも時間帯によって顔ぶれが変わっては、書記官も苦労していることだろう。
「でも、解放された家の奴らが満額ではないが納税に来るからと、そっちにも人が必要で、書記官の数が足りないそうだ」
この国は、全員文字の読み書きができる訳ではない。文字を記せる書記官になれるのは、一部の者だけ。
今回牢屋に送られたのは、字の読み書きが不得意、もしくはできない者ばかり。しかし数字の足し引きといった計算はできる。だから残額の計算が間違っていないか、滞納している者たち側も、厳しく見ていると同僚は言う。
そんなことに時間を割くなら、とっとと納税すればいいのに。
「その点だと、王都はまだましだろうな。あそこに住んでいる者たちの識字率は、高いから。そういう手続きは、円滑に進められそうだ」
「いや、苦労しているらしい。女連中が口やかましく、亭主と同じ名前がいるから区別をつけろとか言われ、手こずっているそうだ。ほら、貴族でないと、家名なんて持っていない家が多いだろう?」
なるほど。結局は、どこも面倒なことに変わりはないのか。
少し前までは、こんな風になるとは想像すらしていなかった。皆、勝手に俺たちを恐れ、顔色を窺って指示に従い、逆らうことなんてなかった。ずっとそれが続くと信じていた。
「極端に識字率が悪い所は、大変らしい」
同僚が話しを続ける。
「字が読めないから、記号と数字で自分を管理してくれと言う奴が多いらしい。でも金の計算はできるから、面倒だと」
俺も字の読み書きはできるが、こんな状態になった今、書記官という職を選ばなくて良かったと思う。ただ捕まえるより、そんな奴らを相手にする方が疲れそうだ。
仕事といえば、花形と呼ばれていた城勤めも、今では閑職と言われている。王妃はすぐに泣くし、子ども達は暴れて、城内は地獄だとか。
特に子どもたちが最悪だと聞く。目の前に降ってきた花瓶が地面で割れ、驚いて見上げれば、王子と姫が笑っていたとか……。もし頭に直撃していたら、死ぬかもしれない。そんな危険な職場、いくら給料が高くても、誰だって避ける。
この新しい王妃親子は、揃って勉強嫌いとも聞く。この三人に仕えることに疲れ、異動を願うが受理されないので、無断で逃げ出す者もいるとか。王妃にずっと仕える、変わり者もいるらしいが。
「この納税問題は、どうなるんだろうな」
「さあな。この国は他にも現在、問題が山積みだ。ラコーレ、リュイゼとの関係修復。城の離れに暮らしている陛下の子の扱いについても、議論されているらしい」
「ああ、継承権ね」
何年か前に法が変わり、王の子ども全員に王位継承権が与えられると決まった。同時に、これまで噂はあったが、城内で秘密裏に育てられていた王の子ども達の存在が公となり、彼らにも継承権を与えると発表された。
その人数は公表されていないが、噂だけで十人以上。逆に十人未満という噂は、聞いたことはない。つまり、そういうことなのだろう。
王が女好きという噂は、以前よりあった。王子と姫、合計で何人いるのか公表してほしい。そいつらの生活費も税金で賄うのだから、知る権利は俺たちにあると思う。
「警備兵は王派、軍はセミーリャ派」
「なんだ、それ」
「そう噂されているんだ」
そういえば、側妃のどちらかの実家が、軍の上層部を固めている。亡きセミーリャ様と側妃たちの仲は、良かったという話だ。そこから軍はセミーリャ派という話が、生まれたのかもしれない。
そして現在警備兵組織の上層部は、新興貴族が占めている。そういった歴の浅い貴族は、王派に所属している者が多い。噂とはいえ、妙に説得力がある。
その噂のせいで、余計に警備兵を見る目が冷たいものになっているのかもしれない。
「軍は今、万が一に備え、北と西に配置されているという話だよな」
「ああ」
南のリュイゼは国交断絶中だが、一部の者は通行証を持って、変わらずリュイゼの地を通れている。
もともととリュイゼの者は、先祖から継がれた自分たちの地を守るだけで、他の地を侵略する者たちではない。だからリュイゼはこの国を攻めてこないし、友好的な態度を示せば、相応の態度を返してくれる。
東のラコーレとは話し合いが続く緊張状態だが、これまでの関係性から、今すぐ開戦となる可能性は低い。
問題は西と北。現在の混乱に乗じ、攻めてくる可能性が高いと言われている。
「これからこの国は、どうなるんだろうな」
そう言った同僚は、翌日、警備兵を辞めた。南の方にある田舎に帰るそうだ。あいつとは田舎が近く、それで親しくしていた。親しい仲間が去り、寂しさを覚える。
だが最近では、昨日まで同僚だったのに今日になると、そうでなくなることなんて珍しくない。それほど現在、警備兵へ向けられる世間の目は冷たく、やりがいのない仕事で、逃げ出したくなる。
「本日からお世話になります」
そんな中、珍しく警備兵に就きたいという若者がやって来た。人手不足の今、志願者はよほどでない限り、逃さない。その若者も、すぐに採用された。
「お前、よくこんな状況で警備兵に就こうと思ったな」
「人手不足と聞いたので。ここなら志願すれば、簡単に職にありつけると思ったんです」
その新人は冷たい目にも暴言にも耐え、警備兵の仕事をこなす。
若者は積極的に働いた。正直、やる気のない古株より働いている。その勤勉さに、この若者にだけ、周りの態度が軟化した。
「お兄さん、この前は助かったよ」
警備兵の中で唯一と言っていい、住民に認められる男になるのに、時間はかからなかった。
だがそれが気に入らないと、新人いじめが始まった。それでも若者は姿勢を変えなかった。そして辞めようとしない所か、言葉で反撃する。
「誰かに暴力を振るい鬱憤を晴らすより、人々からの信頼を取り戻すべきではありませんか」
暴力を振るってきた先輩にそんなことを言うなんて、呆れた。馬鹿な男だと思った。
たがその物申す様は、迫力があった。
結局暴力を振るっていた奴らも、悪態をつきながら逃げるように去った。
この新人と自分を比べると、心がささくれる。だが、今さら生き方は変えられない。人なんて、そう簡単に変わらない生き物だ。
それでも、こいつのような人間が、世界を変えるのかもしれないと思う。
眩しい若者は、今日も犯罪人を取り締まる。そして人々に感謝される。この地で警備兵と認められているのは、今ではこの若者だけ。俺は居心地悪く人任せにしたまま、ただ町を歩くだけ。




