火事の日
「領主の別荘が火事だ!」
叫びに全員が農作業の手を止め、別荘に向けて走り出した。
火事ほど恐ろしいものはない。延焼して、手がつけられなくなる場合もある。特に領主の別荘は、林の中に建っている。一刻も早く、消し止めないと。まずは状況を確認するため、皆で別荘に向かう。
現場につくと、昨日雨が降ったからだろうか。火よりも、煙が激しくて咳きこむ。目がしみて痛い。
「とにかく消化だ」
水の入った桶を回し、人海戦術といく。近くに溜め池があるので列を組み、汲んだ水を桶に入れ、別荘に向け回していく。段々と煙より火の手が大きくなり、近くにいると熱を感じる。
重労働だが、火事を止めなくては。林に飛び火しては大変だ。
「逃げ遅れた者はいないか?」
大声で誰かが尋ねると、顔色を悪くしている管理人一家の一人が、多分いないと答える。
「領主様は来ていないし、私ら一家しか、別荘にはいなかったはずだ」
「本当か? 全員逃げているのか?」
「………………」
辺りを見回し、姿を確認している。
この一家の者は以前、こう言っていた。
「貴族様は居心地よく過ごしたいから、きちんと前触れを出して別荘に来るんだ。知らせが届かない間は、手を抜いても知られないので、楽な仕事さ」
不真面目な一家は火事が起きた時、どこに誰がいたのか、互いに互いを把握していないのだろう。
別荘内に残っている者はいないと判断され、汗をかきながら動いていると、女性の一人がバランスを崩して倒れ、足を挫いた。助けてくれと言われ、仕方なく一度女性を医師のもとへ連れて行き、また戻ってくると近くにいた奴に伝える。
女性に肩を貸し、やっと医師のもとに届け戻ろうとすれば、村に残っていたばあさんが泣きついてきた。
「丁度いい所に! 鶏が逃げたんだよ! 捕まえるのを手伝っておくれ!」
「すまないが、消化の手伝いに戻らないとならないから」
「頼むよ。このままでは明日のうちの朝食から、卵がなくなっちまう」
知ったことかと手を払いたかったが、狭い村という世界で生きているため、無下に扱うことはできない。今後もおいしく生きたいのなら、ここで手伝うことが正解だ。俺はこいつらの味方だと、示す必要がある。
そっちへ逃げた、こっちだと言いながら、ばあさんと鶏を追いかける。
そんなことをしていると、煙を吸って倒れた者たちが運ばれてきた。全員医師のもとへ送られ、家族を呼びに行き……。それぞれ皆、大変そうだ。
やっと最後の一羽を捕獲し、急いで消火に戻る。
頑張ったものの、別荘は燃えてしまった。
「なんてこった……。管理の不届きで、俺は、どうなっちまう……」
管理人は黒く焦げた柱の前で、頭を抱えへたりこむ。
「とにかく、領主様へ知らせなきゃならんだろう。お前、手紙を頼まれてくれないか?」
先日、他の領で発行されている新聞を入手した友人が、そんなことを新聞屋に勤めている男に言う。
識字率の低いこの辺りは、手紙を書ける人物が限られている。俺も同じような頼まれごとをされることはあるが、内容や送り先によっては、改ざんする時がある。字が読めない奴らからの頼まれごとなので、これまで改ざんが発覚したことはない。
今回の火事は、そのまま伝える必要がある。全焼したのだから、隠す方がよろしくない。罪は管理人に全てあるし、いずれは知られてしまうことだ。それなら、早く知らせるのが一番だ。
散々働かされ、疲れた。その日はいつもより早く、ベッドに潜る。
火事の被害が別荘だけで済み、良かった。それに、これであの管理人一家は職を失うだろう。また新しい別荘が建てられたら、ディロ経由で自分を売りこむか。別荘の管理は住みこみで、つまり衣食住が約束された、美味しい仕事。前から羨ましいと思っていた。
別荘が建つと信じ、豪邸を管理する名目でそこに暮らす己を想像する。悪くない未来に、自然と口が緩む。
豪華な調度品に囲まれた生活。たまに高い酒も横取りする。なに、領主は中身を入れ替えても気がつかないと、あの管理人一家が笑っていた。問題ない。自分がそこの主人のように、領主が留守の間は振る舞える。人だって呼べる。
だが、そんな思い描いた未来が訪れることは、俺にはなかった。




