侍女の本音
「あら皆様、ご覧になって。セミーリャ様を暗殺した女が歩いているわ」
どこからか、そんな声と複数人の嘲笑が聞こえてきた。直後、王妃であるコルデが泣きそうに、顔を歪める。
この方は、人目のある場所では泣かないようにと、何度伝えても聞いてくれない。
国王に気に入られているだけの王妃。お世辞にも頭がいいとは言えないので、簡単に裏から操れるだろうと、父は私を侍女として城に送りこんだが……。
操る以前。そもそも話が通じない。政治について、あまりに無知すぎる。この状況で下手に発言を促せば、裏で誰かが唆したに違いないと、すぐに露見されてしまう。
「勝手にサート様の子どもだと勘違いしたのは、向こうよ? それを否定しないで、利用しただけなの。それなのに、なんで今ごろ問題になるの?」
以前そんなことを言われ、正気を疑った。それでも相手は王妃。失礼のないよう、答えた。
「名は言えませんが、子ども達の父親はサート様のように身分のある方。危険な任務をこなしている為、敵から家族も狙われているので匿ってもうらことになりました。そう伝えればよろしかったのです」
父はコルデに見切りをつけ、いつ城を辞めてもいいと言ってきている。だがそれを断り、この王妃の侍女として働き続けている。
「酷い……。あの人に毒を盛ったのは、イオンさんなのに」
やはりコルデは我慢できず、廊下でほろほろと泣き始めた。だからいつまでも嘲笑は止まない。いい加減にしてほしい。
幸い私を含めた王妃の侍女は、馬鹿な王妃に仕えている哀れな女と、同情されている。その同情を利用し、父に情報を与えたいと考えたこともあるが、無理だ。
現在、政治の中枢には二人の側妃が食いこんでいる。女性の権力者たちは、側妃たちを中心に結束し、私が入手できる情報は、噂程度。
父はどの派閥にも所属していない無所属だったが、新しく派閥を立ち上げた。そのせいか警戒され、我が家やその派閥に属した家は、側妃たちに近づくことができない。
王妃であるコルデの発言を求める者は、誰もいない。コルデは名前だけの王妃。ただ『王妃』という椅子に座っているだけの女。それなのに、それだけの理由で大事にされるのだから、羨ましい話だ。
「王妃様、こちらへ」
幸い書庫の近くだったので、そこへお連れする。あのまま外囲いとなる廊下で泣いていれば、建物の中から皆に見られ、さらに笑われる理由を与えてしまう。
人から馬鹿にされるのは嫌い。笑われるのは嫌い。だけど努力も嫌い。こんな女のなにが魅力なのか。陛下の趣味は、悪いとしか言えない。
「マナーの教師に遅れるよう、伝えなさい」
侍女仲間に伝言を頼むと、彼女は頷き書庫を出た。
コルデは今から、王子と姫と一緒に、マナーの基礎を学ばれる予定。
その教師は、扉を開ける前からチェックを始めている。
初日、子ども達はノックもなしに、まるで突撃してきたように扉を開け、指導教師は呆気にとられた。それは先に到着していた、私達コルデの侍女も同じだった。驚いていないのは、コルデだけだった。
王子と姫に付いている者たちは、二人の後ろから追いかけるように走って来た。その様子から、ここまで廊下を走って来たと分かり、教師の手から指導用の棒が落ちた。そんな教師のこれからの苦労を想像すると、同情したのは私だけではなかったはず。
「酷いわ、私は毒殺していないのに……。あんな風に、犯人呼ばわりするなんて……」
一度泣き始めると、ハンカチ一枚では足りない。常に侍女たちは複数枚持ち歩き、化粧道具も持ち歩いている。涙で落ちた化粧を直す必要があるから。
コルデの実家が、イオンという毒見役を使い、セミーリャ王妃に毒を盛った話は、今や下町でも有名だ。毒を盛ったのは、確かにイオンという女性だろうが、それを命令したのは誰なのか。命令した者に責任はないのか。それらに考えが至らないから、この人は残念なまま。ちっとも成長されない。
「失礼致します。遅れることを伝えようとしましたが、本日の授業は中止になったとのことです」
「そうですか」
教室でなにかが起きたのか、教師がさじを投げたのか。どちらかだろう。
教師がさじを投げても驚かない。この三人にマナーを教えることは、とてつもなく至難のわざなのだから。やる気がない者たちに教えることほど、厄介なことはない。例え教師が逃げても、責める者はいないだろう。
「そろそろ移動してもらえませんか。王妃の泣き声がうるさく、利用者が迷惑しております」
「申し訳ありません」
司書がずばりと言ってくるが、反論せず、頭を下げ謝罪する。
司書の言っていることが正しいからだ。書庫では静かに、騒がずに。そのマナーを破っているのは、こちらだから。
このように、城内で王妃に敬意を表す者は、皆無に近い。当然だ。王妃として必要な迫力、教養、全てが足りない。ただ泣いて、被害者のように振舞う、ただの子どもに、どうして敬意を抱けるか。
なぜこんな女が王妃に選ばれたのだろう。これなら側妃のどちらかが、正妃になれば良かったではないか。万が一陛下になにかあっても、ただうろたえ、誰にも指示を出せない人間が、国の指導者の伴侶だなんて今も信じられない。
陛下はコルデのなにを見て、王妃を務められると思ったのだろう。そんなことを日々、考えてしまう。
「王妃様、失礼いたします」
ここに長居はできない。有無を言わさず、化粧直しを始める。
費用を削られ、化粧品も買い替えるたびに安物になっている。そのことにコルデは、気がついているだろうか。おそらく気がついていないだろう。見た目の良い入れ物を使っているので、外見に騙されているはず。そんな女だ。
「お聞きになられたと思いますが、マナーの講義は中止となりました。お部屋に戻られ、昨日出された外国語の課題を片付けましょう」
まるで子どもが受ける授業のように、昨日、外国語の教師から単語の書き写しを宿題として出された。そしてその言葉を話せる私は、発声についての確認を命じられた。
我が国の言語は、ラコーレ国、リュイゼとは大きな差はない。だからコルデでも、ラコーレ国で過ごせることができた。だが他の国になると、からっきし分かっていない。元義姉の母国語も、話せないだろう。
コルデの元義姉であるサラは、世界的ブランドの従業員であったからか、その立ち居振る舞いは、正直コルデより、貴族の娘と呼べた。さらに接客で培った対人能力。あの女性と一緒に暮らしていた頃もあるというのに、どうしてこうも酷い。
彼女と比較すれば、どれだけ自分が未熟か分かっただろうに。ひょっとして自覚したくなくて、現実から目を背け生きていたのだろうか。
「アー……」
「王妃様、そこは『ハー』でございます」
こういった注意が何度か入ると、じわりと涙を浮かべる。この感じだと、あと二回くらいで、もう嫌だと泣き始めるだろう。だがその前に、勉強から逃げようとするから……。
「ねえ、貴女も立ったままで疲れたでしょう? 休憩にしましょうよ」
やはりそうきたか。分かっていたので、すぐに断りを入れる。
「まだ発声練習の単語は、二つ目でございます。時間もそんなに経っておりませんので、ご心配無用です」
ぷくりと頬を膨らませ、不快感を示されるが、ご自分の年齢を直視していただきたい。正直そういった態度を見せられる私達こそ、不快感を味わっている。
派閥に無所属だった父は、セミーリャ様が亡くなった直後、新たな派閥を立ち上げた。当時この国の政治の派閥は、大きく、王派とセミーリャ派に分かれていた。そこに新たな勢力を作ろうとしたらしいのだが、父は失敗した。
現在の情勢はセミーリャ様が亡くなった直後に考えられていたものと、かなり違っている。
瞬間的に王派が勢い付くが、そもそも成金が多いので、まともに政治はできないので、すぐに没落するというのが、父の主張だった。だから王派が崩れる頃に、新たに己が台頭しようと画策した。父は密かに野望を抱く男だったのだ。
だが予想通り王派の勢いは落ちたが、セミーリャ派は生き続け、こちらが予想外に大きくなった。
会議での陛下はどうしたことか、王派の発言より、セミーリャ派の発言に同意する光景が増えているという。最もセミーリャ派の方が現実的なので、やっと陛下も現実が見えてきたのかもしれないが。
最近はコルデと会う時間も減っており、王に愛されているだけで王妃になれた女は、その愛も失い始めている。
コルデは今後、どうするつもりなのか。王の寵愛を失えば、なにもない女なのに。このままでは誰からも見放され、毒を飲まされるかもしれない。
そして我が家はこれから、どうなるのだろう。
新たな派閥を立ち上げたが、失敗して逆に引き入れた者たちから、責任を問われている。
だから給料を貰えている今は、この仕事を辞めることはできない。この残念な王妃の相手を、付き合い続けなければならない。それが後に、家のためになるはずだから。
この王妃が無能すぎるので、城で働いている間は同情される。でも城を出れば、父の行動により、社交界では疎まれるように扱われる。それなら城内で、この愚者の相手をして、お金を貯めた方が、将来的にもまだ良い。
きっと我が家は没落するだろう。そのためにお金が必要なのだ。




