追放後
なぜ私が……。
馬にまたがり、村も町もなにもない地を進む。もちろん整頓されておらず、何日も馬で移動しているので、尻が痛い。
しかも背の高い草むらなど、人が隠れられそうな所から音が聞こえるたび、同行している兵たちが一斉に剣を向ける。
「な、なななな、なんだ……?」
覚えながら手綱を握ると、ひょこり。ウサギが出てくると、去った。それを確認すると皆、険を収める。それを見て、長い息を吐く。日に何度もこうやって脅えながら進んでいるので、とにかく心臓に悪い。
まったく、王妃の父であるこの私が、こんな未開の地に来ることになりとは……。そもそもあの時は、こいつを裁くはずだったのに。なんでこんなことに……。馬の上から、前を歩いている男の後頭部を睨む。
あの時、あの女の兄が発言し流れが変わった。
そのせいでリュイゼについて、全て私に責任があるようになり、このリュイゼの地へ送られるようになった。
急いでコルデに面会し、命令の撤回を陛下に進言するよう願おうとしたが、理由をつけられ会えなかった。コルデが会議を欠席していなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。まったく、肝心な時に困った娘だ。
早くリュイゼへと急かされ移動を始めたものの、なぜか野宿の日が多かった。
慌てた出立だったが、金は持ってきた。金さえあれば、何事もほぼ解決できるからだ。
それなのに宿に泊まれないとは……。野宿すれば見張りの者が疲れるし、眠る側も野獣に救われたらと心配し、十分な睡眠がとれない。安全と健康、体力のためにも野宿は避けるべきだ。そんなことも分からないとは、こいつら、脳も筋力でできているのではないか?
「これからしばらく平地が続くので、安全だな」
「そうなのか?」
兵たちの会話に、飛びつくように加わる。
脅える必要がないというのは、なんと心に安寧を与えるのか。
「そうですね。この辺りは、木の少ない平地なので、遠方がよく見えます。つまり人にとっても獣にとっても、互いに相手を発見しやすい場所なので」
くそ、この言い方……っ。さてはこの辺り、獣が出るな?
誰でもいい。さっさとリュイゼの奴に会い、こんな生活、終わらせたい。こんな旅が終わるのなら、土下座の一つ、安いものだ。
「方向は間違っていないのだろうな。一体いつになったら、リュイゼの奴らに会える」
「さあ、分かりません」
しれっ、とした答えだった。
「なんだと? それでは適当に進んでいるのか?」
「そうとも言えます。なにしろリュイゼ国の皆様は、住む場所を周期的に移動されていますので。その周期や移動先については、リュイゼ国の部族長たちが決めており、我々は掴めていないので」
「あてもなく、ただ移動しているのか?」
驚いて声をあげても、笑顔で言われる。
「ご安心を。リュイゼ国は敵を発見するため、常に見張り番が国内を移動しております。相手が、我々を見つけてくれるでしょう」
「そんな不確かな……」
手に入れたはずの安寧は、早くも消えた。これだから蛮族は嫌なのだ!
リュイゼに入って初めての夜も、当然野宿。王都での生活は……。こんな布きれのような布団ではなかった。食事だって椅子に座り、テーブルの上に置かれ、綺麗に丁寧に盛りつけられた料理に舌鼓を打っていた。
絵画の飾られた間で、美味い料理に酒を楽しみ……。生けた花が香る、快適な間に置かれた柔らかいベッドで眠り……。
雲泥の差だ。
なかなか寝つけず、寝返りを打つ。
当たり前だが、天井はない。遥か遠くで瞬く星々が見える。それにたき火に揺らめく影、鳴る風の音。ここには自然しかない。野宿そのものは今でも好きになれないが、晴れた夜空を見上げることは、嫌いではない。
初めて野宿をし、改めて満点の夜空を見た時は、こんなにも美しい光景なのかと感動した。しかし見慣れると同時に、あの時の感動は薄れている。きっと二度と、あの感動は味わえないだろう。
――――――ティーゴは、二度とこの光景を見られないのか。
最近の私は、昼と夜で、二人いるようだ。昼は虚勢を張り叫び、夜は自問自答する。
――――――一体私は、何者になりたかったのだろう。
偉くなって、周りから顔色を見られ、優越感に浸りたかっただけなのか。それはティーゴの両目を失ってまで、得る価値があったのか?
上手く事が進んでいれば、ティーゴの目は無事で、さらにコルデという後ろ盾を得て爵位を上げ……。そうやって、行く行くはさらに家が発展し……。
しかしその頃、私は生きていないだろう。
そもそも、なぜ家を発展させようと思った? 決まっている。幼い頃から、祖父と父に言われていたではないか。
――――――家の格を上げろ。
見事、男爵になれた。コルデは王妃になれた。だがそれを、とうに亡くなった二人は知らない。それともあの世から見ていて、満足しているのだろうか。それとも、足りないのでもっと上を目指せと言っているのだろうか。
目を閉じる。
一体どこに到達できたら、この渇きのような心は潤おせるのか。渇きを抱いたまま、生涯を終えるのか。
ティーゴは視界だけでなく、未来も失った。自分がされたように、息子を育ててきた。あれ以来、一人部屋で深閑としている。なにも見えなくなったので、部屋に閉じこもっていると思っていたが、違うのではないか? 生きる意味が、なくなったのではないか?
――――――子どもがいたら、生きる意味を失わずにすんだかもしれない。
帰ったら、リフィを買い戻そう。ティーゴはリフィと仲が良かった。きっと二人一緒なら……。お互い、相手を必要としているだろう。
次の日、また移動していると、やっとリュイゼの者に会えた。それは赤毛の姫に同行していた、少年だった。
「通行証を出せ」
謝罪のため馬から降りようとするが、剣先を向けられ言われる。
兵たちに視線を向けるが、首を横に振られる。私も同じ動きをする。ここまで来ても、誰も出さないということは、隠し持っている者はいないのだろう。
「通行証は持っていないが、話を聞いてほしい」
「聞く耳はない」
そう言って少年が剣を持っていない手をあげると、近くに潜んでいた者たちが放ったのだろう。矢が刺さり、眠気に襲われた。
目を覚ましたのは、顔に水をかけられたからだった。
「な、なんだ?」
驚いて上半身を起こすと、目の前には桶を持つ女。服装からして、リュイゼの者ではない。きっと我が国の、国境付近に住んでいる者だろう。くそ、リュイゼの奴ら、自分たちの領土から我々を追い出したなっ。
少年を思い出していると、女は空になった桶を肩に担ぐ。
「……いつまで黙っているんだい?」
「え?」
ようやく口を開いたと思うと、なにを女が言っているのか、意味が分からなかった。女の横に男が並ぶ。同時に、ぞろぞろと人が向かってくる。
「な、なんだ、一体」
「男爵さんよう、偉いんだろ? 早く無事、リュイゼを通れるようにしてくれないかねえ?」
それが口火を切り、集まった者たちが次々怨嗟の声をあげる。
「全くだ! おかげで俺たちの商売は、赤字続きなんだよ!」
「商品が通らなくなったおかげで、この町の経済は回らない。困るんだよねえ、こういうことをされちゃあ」
「あんたや新しい王妃が豪遊したせいで国庫が使われ、税が上がったんだろう? 皆、知っているんだよ! そのくせ自分たちだけ食うに困らない生活をして、いいご身分だね!」
「人殺し……! あの、国民思いの王妃様を毒殺するなんて……! よくも、おめおめ……!」
罵詈雑言だけではない。ついには唾を吐かれると、石や泥だんごなど、物も投げられる。
「ま、待て! 落ちついてくれ! リュイゼの者には、謝るから! そうすれば、きっと……!」
「誰が信用できるか、くそ野郎!」
「がっ」
顔を拳で殴られ鼻血が出たので、思わず手を当てる。
その時、指のすき間から見えた。あの場で裁かれる対象だった、私と一緒にこの任に命じられた兵が近くで地べたに座りこんでいる姿が。煙草をふかしていた。
この時、確かに私は奴と目が合った。
それなのに奴は、人々から暴行を受け続ける私を見るだけで、一度も助けようと動かなかった。




