10 決戦! 勇者VS魔王!
「ついに、この日が来た……」
緊張しすぎて、一日一日が遅く感じた。
朝の村を進む俺は、ふと立ち止まり、剣を抜く。
昨夜念入りに手入れをほどこした剣は、くもり一つなくまるで鏡のようだった。
俺の金髪と碧眼が、剣に映っている。
朝日が反射して、刀身がきらりと光った。
「…………」
俺は少し髪型が気になったので、手で直す。
これから魔王の元へ――もちろん決着をつけるために――行くんだから、身だしなみは整えないと。
なんだか服も気になってきたので、俺は必死になって服のしわを伸ばす。
勝負が待ち受けているためか、どきどきしてきた。
頬が熱い。雪をすくって、頬に当てた。
ひんやりして気持ちがいい。
「……よし、行くとするか」
気を取り直して俺は足を踏み出す。
だが数歩歩くと、
「そういえば、今まであまり気にしていなかったが、魔王城ってつまり、魔王の家だよな……?」
衝撃的事実に思い至ったことにより、俺はしばらく呆然としていた。
俺は魔王の家に何度も訪問していたのか。
意識し始めると、なぜだかむずがゆくなってくる。
顔が再び熱くなってきた。
「勇者様?」
「うおっ!?」
いつの間にか目の前にいたメアリーが、俺を見上げている。
彼女はいぶかしげな顔をしていた。
「どうされたのですか? ぼうっとして」
「い、いやなんでもない。行ってくる!」
俺は村の外へ向かって走り出す。
が、急停止して振り返る。
「手土産って必要ないかな!?」
「友達の家に遊びに行くんじゃないんですから!」
メアリーに急き立てられ、俺は魔王城へ向かった。
魔王は、ちゃんと俺が貸した鎧を着ているだろうか……
◇
魔王は玉座から立ち上がる。
勇者の鎧に身を包み、扉が開くのをじっと待つ。
少しも経たないうちに、足音が聞こえてくる。
「魔王!」
勇者が扉を開け放つ。
「ほ、本当に着てるんだな……!」
なぜか頬を赤らめた勇者は、魔王の鎧を見つめる。
魔王はのどの奥で笑った。
「勇者よ。配下の魔物たちは城から追い払った。これで心置きなく楽しめる」
「今日はいないのか家の人は!?」
さらに勇者の顔が真っ赤になる。
魔王のほうをちらちら見た。
「ああ、そうだ。ロッゼたちはいない。我ら二人だけだ」
「ふ、二人っきり……!」
勇者が前のめりになって魔王の言葉を聞く。
ちなみにロッゼら勇者抹殺にかかわった魔物は、魔王の気が済むまで痛めつけられた後、そのまま追いだされた。
慈悲ではない。使い果たすつもりなのだ。
魔王は、どこまでも冷酷非道を体現したかのような存在であった。
「二人っきりなんて……! 俺をどうする気だ魔王!?」
「は……? 貴様と一緒に楽しもうとしているが」
「正直すぎるだろう!? そこ言っちゃうのか!?」
「……? 何度も言ってきたではないか? 我は貴様と一戦交えたくて仕方がないのだ」
「隠語ってやつかそれはー!?」
「いん……? よく聞け勇者よ。我は、逃げ帰った貴様に一度ならず幻滅した。だが、貴様は強さを見せるだけ見せ、もったいぶって……くく、もしや我が目的を勘づいておるのか?」
「目的……? 魔王の野望なんて、世界征服に決まっているだろ……? 人間に戦争をふっかけて……それ以外に何がある?」
「気づいていなかったか……まあよい、それでも貴様の強さは変わりない」
「ならなんだっていうんだ!?」
勇者は剣を魔王に突きつける。
魔王は、口の端をつり上げた。
「我が目的は強き者と戦うのみ! 魔物で人々を脅かせば、我を倒そうとする者が必ず現れる! ふもとに、あれほど小さき村がなぜ残っているか分かるか? あれは慈悲などではない! あそこまでたどり着いた者たちへの褒美だ! 万全の状態で我に挑まなければ、つまらんからな!」
「なあっ……!? お前が楽しむためだけに人々は犠牲になったっていうのか!?」
「貴様ほど強くとも、この虚無は理解できぬか……いくぞ勇者よ! 殺せるなら殺してみせよ!」
魔王は勇者の目の前まで瞬間移動していた。
矛を振るう。
「いきなり激しすぎだろ!」
勇者は間一髪それをかわす。
魔王の矛が通った空間は引き裂かれ、真っ黒い穴が開く。
空間それ自体を引き裂いた魔王に、
「俺も優しくしないぞ魔王!」
勇者は果敢に向かっていく。
剣が金色に光り輝いたかと思えば、
「はあっ!」
魔王に切りかかる。
楽々と魔王は跳んで刃を避ける。
が、着地した先の床に、一筋の光が射す。
魔王は瞬間移動して光から逃げるが、その先にも一筋の光が現れ、魔王を照らす。
光は瞬時に広がり、さらに強くなる。
魔王城が白く輝いた。
勇者が放ったのは、『輝きの神裁雨』という、最強の光魔法であった。
触れたものを一瞬にして浄化させると言われている魔法が、魔王城に降り注ぐ。
城はあっけないほど簡単に、跡形もなく消え失せる。
勇者の目が慣れ、最初に見た光景は、
魔王の不敵な笑みだった。
「やはり我が猛攻から逃げおおせただけはある。歴代のどの勇者よりも、我を楽しませてくれる!」
魔王は一歩前に出る。
すると、魔王の全身を包み込んでいた、ドーム型のこげが壊れた。
今では判別できないが、魔王は竜を召喚し、身代わりとしたのだ。
「まだこれだけでは終わらないだろう? 全力で来い。我が世界を見限った時、それは世界が滅ぼされる時だ!」
「魔王! 世界の平和のためにそんなことはさせない!」
勇者は魔王の元へ走る。
世界をかけておこなわれる勇者と魔王の戦いは、すさまじいという言葉すら生ぬるいものであった。
魔王が落とした流星群が、大地をえぐる。
勇者の本気の斬撃が、勢い余って山を吹っ飛ばす。
魔王の矛が、天を割る。
一日にして、魔王城一帯が荒野に変わった。
またたく間に地形が変わっていくさまを、ふもとの村人たちは恐怖に包まれながら見守っていた。
「これほどとはな……」
「魔王……」
魔王はむき出しになった地面に降り立つ。
勇者も剣を構え直した。
夜であるが、暗くはない。
魔王の攻撃で天が裂け、光り輝く虹色のカーテンのようなものが、空を覆い尽くしているのだ。
「まさか、これほどの猛攻の中、立っていられるとは……勇者よ、貴様は本当に人間か?」
「はあ……はあ……さすが魔王……俺が人生かけて追い求めてきただけある……」
超回復の体を持つ魔王と、回復魔法の天才である勇者。
両者の傷の具合は、ほぼ同等であった。
いや、魔王のほうが少し押されているか。
「どうやら……出し惜しみをする相手ではなさそうだ……!」
魔王は大杖を地面に突き刺す。
勇者は身構えた。
「翼か!?」
なぜか少し期待しているような顔をする勇者であった。
禍々しい空気があたりを包んだかと思えば、魔王の背中から八枚の黒き翼が生える。
角が大きく、刺々しくなる。
魔王は八枚の翼を広げた。
それは、勇者が想像した光景そのままであった。
「さあ勇者よ。再開しようではないか」
「魔王……」
勇者は魔王の姿をあおぎ見る。
全身をあますところなく見た彼は、
頬を赤く染めた。
「そ、その姿も似合ってるな……」
「……何が言いたい?」
魔王は勇者の理解できぬ言葉に、眉をひそめる。
勇者はかなり慌てたようだった。
「ち、違う! 俺はただお前の姿に男としてのロマンがくすぐられただけだ! 深い意味なんてない! 早く戦うぞ!」
「そうか……ならば、永遠に続くことを願うこの戦いを、終わらせよう」
「はっ! さすがは魔王だけある! 本当にお前は血に飢えているんだな! そこだけはあまり好きじゃないぞ!」
魔王は「そこだけ……?」と内心思ったが、あまり深く考えることはしなかった。
魔王は、首を横に振る。
「血に飢えているのではない」
「えっ!? ど、どういうことだ!? じ、実は何か深い事情があるのか!?」
「いや、強者に飢えているだけだ、と続けようとしたのだが……」
「思わせぶりだぞ魔王!」
魔王はなぜ勇者に怒鳴りつけられなければならないのか、皆目見当つかなかった。
「強者という存在は、我のすべてであるぞ、勇者よ。貴様にこうして敬意を表しているのは、貴様が強者であるからだ」
「つまり俺はお前のすべてなのか!?」
「……まあ、大まかに言えばそうなるが」
「!?」
魔王の少々誤解を招きそうな言葉に、勇者は目を回す。
混乱しきっていた。
「勇者、そろそろ戦いを――」
「な、なら魔王! 俺より強いやつが現れたらそっちになびくのか!?」
「なび……? 我は強者と戦うため、城に座し、その者を待っている。貴様より強き者が現れたら、戦わない理由はない」
「そ、そうか……」
勇者はうつむく。
「だが、我が生涯で貴様ほど強き者は――」
「魔王! 色々考えたけど、俺たちは(友達として)付き合うべきだと思う!」
「……は?」
勇者は顔を上げる。
決意がみなぎっていた。
「俺は世界を平和にしたい! 魔王は強者と戦いたい! 付き合うのが一番いいんだ! 分かったか魔王!」
「いやまった――」
「俺と付き合ってくれるならいつでも戦ってやる! それで充分だろ! 世界はあきらめてくれ!」
「貴様と世界を天秤にかけ――」
「あ、その……その鎧(もらったものだから)脱がしていいか?」
「脱がす……?」
魔王はその時初めて、勇者に対して嫌な予感がした。
それがなんであるのかまではわからないが、とりあえず嫌な感じがしたのだ。
「この……感情は……」
魔王は手で胸のあたりを押さえる。
それは、おのれが強者との戦いに敗れ、弱者となれば死んでもかまわない魔王にとって、ありえない感情。
「こんな気持ちは……生まれて初めてだ……」
「え……? 魔王にも温かい気持ちはあるんだな……」
凍てつく恐怖である。
しみじみと優しげな目をして勇者は魔王を見ているが、とんだ勘違いである。
「じゃ、じゃあ魔王。俺、今日のところはもう帰るとするから……またな!」
勇者は気恥ずかしさか頬を朱に染めると、ふもとの村へ帰っていく。
第二形態になったというのに一人残された魔王は、呆然と立ち去る勇者の背中を眺めていた。
だが、ふと振り返る。
朝日だった。
山が吹っ飛んだことにより、地平線から太陽が昇ってくるのが見えるようになったのだ。
闇を切り裂き昇っていく太陽を、魔王は眺めていたが、
「まあ、よいか……」
一度で倒してしまうには、惜しい相手であった。
たわむれるのもいいかもしれない。
それに、
「…………」
強者以外にまったくもって興味がない魔王であったが、勇者とふもとの村を見て回るのは、怒りを破裂させるほどではなかった。
最強の勇者は、孤高である魔王が、唯一対等になれる相手なのかもしれない。
「……たわむれも、たまにはいいかもしれん」
魔王は朝日を見ながら、呟いた。
たしかに、たとえ爪の先程度であっても、魔王にもあたたかい心はあったのだろうか。
こうして、魔物は人間を襲うのをやめ、共存の道を歩み始めたのだった。
◇
勇者と魔王の決戦が終わった後、ロッゼやツーリアゲイトといった魔物たちが戻ってきた。
彼らは、魔王城があったはずの雪原に佇む。
そして、叫んだのだった。
「……魔王城がない!?」
一段落ついたのでひとまずここで完結します。
今まで読んでくださり本当にありがとうございました!
再開の際は、意識している魔王と平常運転の勇者との同棲ネタになるかと思います。