-9- 母親って大事…
8話が2015年の2月に投稿していたのでしたか…。
次が書けたときに一緒に読んだ方がいいだなんて、誰が言ったのですか…。
いや、わたしですね…。
姿の見えない誰かの言葉を聞いて考える…。
確かに、興味はある。なんといっても霞の森町。あの子やあの子やあの子が生きている場所だ。はっきり言って行きたくないとは言えない。
だけど…
「あのね。私は今、愛する家族と最期の時間を過ごしているところなのよ。
私は彼らと離れたくて離れるわけじゃない。離れたくないのに離れなきゃいけないの。
その、最後の時間なのよ。そんな状況の中で、次の事なんて考えたくないわ。」
「へー、そうなんだー。」
興味のなさそうな声が聞こえてきた。連れて行こうとしている割に、私には興味なんてないようだ。
「今の私をちゃんと終わらせてから考えさせて。そうね。49日くらいは時間貰うわ。
その後に、また話に来てちょうだい。」
「えぇ!?ちょっと長くない?…まぁ、いっか。じゃ、またあ…」
「いいえ、ちょっと待ちなさい。今あなたと話した会話全部忘れさせて。
この会話を覚えているまんま家族との最期の時間を送るなんて嫌です。
それができないのなら…いや、できないとも言わせませんけど。」
私はびしっと言い放った。何が面白いのかクスクスと笑う声が聞こえた。
ほんとうに、悪魔のようね。この声の主は。
話し方と言い、笑い方と言い、人を小ばかにしたような態度。
「ほいほい、わっかりまーした。じゃあ、その時にまた話そうね。
あぁ、一応言っておくけど、僕はね。君たちが呼ぶとしたら…」
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そして、自分がいなくなってからの旦那とこどもたち姿を49日見守る。
妻や母親がいなくなってしまったことでとても辛そうにしていたけれど、日を追うごとに前を向いて未来を見てくれるようになっていく姿を、私は見守った。
そして、49日後にまたあのチェシャ猫のような声が現れた。
なぜ、そんなにこだわってまで自分をその世界に連れて行こうとしているかはわからないけれど、私は新たな場所へと行くことを決めた。
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「そして、気づいたら今日の朝というわけです。中身はぴっちぴちの40歳人妻だったものです。」
舞はピースを目の横に当ててポーズを決めて深咲の方を見たが、深咲は気付く様子もなく舞の話した内容について考えこんでいた。
彼女の過去…前世なのかどうかわからないけれど、その話は不思議な話だった。
彼女は何者かに意思確認をされて、霞の森町に来たということ。
じゃあ、わたし…味唯はなんでここに来たのだろう?
乗っていた電車にトラックが突っ込んできて何の説明もなく、気付くと深咲の中にいた。
せっかく決めたポーズに何の反応もなく舞は少し恥ずかしいような拍子抜けしたような気持ちでピースした手をスッとおろす。
「あの、…この世界の事…先生は知っていますか?」
渾身のボケは通じなかったので、舞は真面目な顔に戻ってそう尋ねる。
深咲はまだ考えこんでいるようだったが、声をかけられて顔を上げる。
「…えぇ、“霞の森で約束を”というタイトルのゲームとよく似た世界…ですよね。」
深咲が答えると、舞は嬉しそうに頷いた。
「あぁっ、先生もあのゲームをしていたんですね!
私は乙女ゲームが好きでいろんなものをプレイしていたんですよ。
‟霞の森で約束を”はもちろん、2もプレイしましたし、ファンディスクも!
一番最後にプレイしたのはユドレナ社の“スモゥ部屋で恋して”っていう乙女ゲー界でも異端の…」
先ほどまでの神妙な顔での説明から一変して、目をキラキラとさせながら話している舞は本当に乙女ゲームが好きなのだろうと深咲は思う。
そういえば、味唯の弟の黎も新しいゲームを買ってくると、休みの前の日は集中しすぎて徹夜でやっていたこともあったようだったと思い出す。
だが、このままいろいろなゲームの深い話をされても『霞の森で約束を』しかしたことのない自分味唯にはさっぱりわからない。
「…えっと、2とかファンディスクっていうのは何ですか?」
深咲が尋ねると舞は不思議そうな顔をする。
「え?霞の森の続編の2ですよ?プレイしていないんですか?ファンディスクも?」
ゲームに続編というものがあることも知らなかった深咲は映画の2作目3作目と続くようなものなのだろうと思う。
乙女ゲームのことをよく知らない深咲に舞は丁寧にいろいろと教えてくれようとしたが、深咲は他のゲームについてよりも『続編』という存在の事を知りたかったのでそう伝えた。
少し残念そうな顔をしたが、霞の森のゲームの続編について教えてくれた。
舞は一作目の‟霞の森で約束を”のエンディングを全て見て、その後に発売されたゲームもプレイしていたのだそうだ。
深咲の知っているゲームでは深咲の従弟である夕凪奏也以外に4人の攻略対象の男の子(担任教師も含む)がいたが、続編である2の攻略対象の男の子にはなんと、耀也も入っているのだそうだ。
そして、一昼夜 舞というのがその続編でのヒロインなのだと教えてくれた。
味唯が唯一プレイしたゲームのヒロインも美形な五人の男性にそれぞれのストーリーで恋人同士になるほどの美人ではあったが、もちろん一昼夜舞も相当な美人である。
物語のヒロインほどじゃないにしても、もう少し深咲も可愛い顔ならあまり悩まずにいられたんだろうけどなぁ。
一時期本当にママから産まれたのではないのかもしれないと本気で考えることもあったけど、実は顔のパーツとかは似ている部分が無いわけではないのよね。
さらに舞の説明は続く。
先ほどの過去の話をするときは、ゆっくりと別れを悲しむように話していたのだが、乙女ゲームの話を始めると途端饒舌になっている。
さて、乙女ゲームでありがちだという攻略対象の名前の統一性というものがあるのだという。
2の攻略対象者を例に挙げると、朝・昼・夕・晩・宵 が入っている。
耀也は夕凪という苗字なので、『夕』の部分に当たるらしい。
だから、2のヒロインの苗字は『一昼夜』で固定なのだという。
分かりやすいようなそうでないような…。乙女ゲームというのも奥が深いものである。
そして、“霞の森でやくそくを”プレイした当時 味唯は気付いていなかったのが、そのプレイしたゲームのキャラもすべてに風に関するものが入っていたのだという。
思い出すと、石『颪』・『風』間・五十『嵐』。確かに風の文字が入っている。
隠しキャラだった奏也は『凪』という風のない状態という言葉が入っていた。
そういえば、五十嵐先生もゲーム内でヒロインの攻略対象者だったのよね。…実際にそんなことはなかったのだから、考えてはいけないいけない。
男の子たちの名前を思い出しつつ話を聞いていたが、一人『風』が入っていない子を思い出す。
「スフェーンは?」
「『フェーン現象』から来ているそうだよ。無理やりっぽいよね。」
尋ねると舞は苦笑しつつ教えてくれた。
フェーン現象…確かに風の一種ではあるが、颪・嵐・風・凪・フェーンと並べると異物感がある。
製作者に拘りがあるのかないのかがわからなところだ。
ファンディスクの方の攻略対象者にも名前に共通点があるらしいが、他に誰がゲームの攻略者かはあえて聞かないことにした。
耀也が攻略対象者の一人であり『一昼夜 舞』がヒロインという事は、彼女の同学年や先輩後輩に他の攻略対象者がいる可能性が高い。そして、味唯が知っているゲームの中ではヒロインの担任の五十嵐が対象者であった。つまり、教師の中にももしかしたらいるのかもしれない。
自分のクラスや同僚にいるであろうことを考えると、名前を見てその文字が入っていると相手を見る目が変わってしまったらいけないと思う。
幸か不幸かなぜか朝・昼・晩と名字につく名前の生徒や教師はたくさんいる。
誰がそうなのかなどは特定しにくい。
たぶん大丈夫だろうと考えてから、ふとこないだから引っかかっていたことを思い出してしまった。
「ん?スフェーン…くん?確か、ファミリーネームは…」
ゲーム内で出てきた時は普通に呼び捨てであったが、彼は霞の森学園のOBになる。ファーストネームを呼び捨てするのは教師として良くない気がして敬称をつける。
「トウシェク ですね!」
舞がにっこりと微笑んで教えてくれた名前は、あの理事長のファミリーネームだった。
なぜ今まで思い出さなかったのだろうか。金の髪に緑茶色の瞳。
味唯が唯一プレイした乙女ゲームのメインヒーロー攻略対象者…のスフェーン・S・トウシェクではないか…。
もしかして、ミドルネームの『S』って…ホリーさんと同じ『ショウ』なのだろうか……。
考えれば考えるほど深みにはまってしまう思考に、今はこれ以上はもう頭の中で整理がつかないので霞の森のゲームに関しての話しはこれくらいにさせてもらった。
ところで、『心はアラフォー、体は女子高生』になってしまった舞は急に恋愛観を語り始めた。
せっかく一昼夜舞という乙女ゲームのヒロインの座になったのである。恋愛に生きるのもいいかもしれないと、始業式が終わって自分のクラスメイトたちやゲームでの攻略対象であった男の子たちの様子をうかがっていたらしい。
しかし、同学年や先輩、後輩の格好いい子たちを見ても、恋愛対象にはならないと判断したのだという。
心はアラフォーのため、イケメンがたくさん揃っていても「かっこいい」よりも「かわいい」や「若いわねぇ」という感想しか抱いだけなかったのだそうだ。
「ゲームだったらヒロインに感情移入させてキャラたちに胸をときめかせることができるのだけど、現実ではちょっと無理だったみたい。
それに、先生方もイケメン揃いとは思うけど自分の立場が女子高生なだけに、理性が働いて恋愛対象にはならないのよね…。」
と彼女はふっと寂し気に言った。
とはいえ、遠くからイケメンウォッチングをするのは楽しいらしいのでそれなりに高校生活を謳歌できそうではある。
午前中は学生たちの様子を窺っていた舞だが、下校してからはファンディスクの攻略対象の男性たち(このソフトの攻略対象者は全員成人している社会人なのだそうだ)に関係する人たちはどうかと直じかに逢いに行こうと思っていたのだそうだ。
なんともバイタリティのある、元アラフォーである。
深咲はイケメンウォッチングだなんてそんなこと考えもしていなかったので、目からうろこである。
その後、これからどうするかなどを話しをしてから別れた。
連絡先を交換して前の記憶があるもの同志でやりとりはしていくものの、生徒と教師という関係ではあるので表立ってはその関係のままで貫くことにした。
「あ、一昼夜さん。貴女の中身はしっかりとした大人かもしれないけれど、見た目はただの『絶世の美少女』なのだから、帰りには十分注意してね?」
「はぁーい。あ、そうだ。わたし、明日からはヒロインオーラ消して生活しようと思うんです。
ナチュラルメイクだけでも映える顔立ちだけど、ちょっと中身の私を出すだけでもだいぶ雰囲気は変わると思うんですよね。
制服とか私服をやぼったくしたり、ノーメイクにしたりするとかなリオーラは消せそうなんです。
かわいいとしか思えない同級生こどもたちにモテてもしょうがないですから。」
舞はそう言ってにっこりと微笑んで手を振って帰って行った。
深咲は舞が見えなくなるまで玄関先で見送り、考えてしまう。
あれ?ちょっと待って。
彼女は『午後はファンディスクの攻略対象の男性たちに関係する人に逢いに…』と言っていたよね?
彼女は、なぜこの家にきたの…?
その疑問にいきあたってしまい、これ以上考えると深咲が忌避している『面倒ごと』に直面してしまいそうな気がしてきたので、その疑問が浮かぶ頭をブンブンと振ると部屋に戻っていった。
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そんな嵐のような入学式と始業式を終えた後の土曜日の夜の事である。
深咲の携帯電話に着信があった。表示を見ると『あんずさん』と書かれており、明日の入学祝の会の事だろうと思ってすぐにでる。
「みざぎぢゃーーーーん!!!」
入学式の日にあれだけハイテンションでやってきたあんずのことである、ある程度の高いテンションは想像していたのだが、思っていたのとは少し違った。
「え?あんずさん?どうしたんですか?声がガラガラですけど。」
電話口でずびずびと鼻をすする音共に聞こえてきた声はいつもの元気で軽やかな声ではなくガラガラになってしまった声だったのだ。
「ぞうなのよぅ…。耀の入学式の後からなんか体がだるいなぁって思っていたら、ドンドン熱が上がっていっちゃってぇ。熱が下がってぐれなくで…。
あじっ明日の『深咲ちゃんらぶらぶかわいいのを愛でる会』に参加できそうにないのよぅ…。」
あんずさん、その会の名前はおかしいです…。…いや、突っ込んだら負けのような気がするけど。
「あの。病院は行かれましたか?」
おかしな会の名前が聞こえた気がしたが、深咲は聞こえないふりをした。深咲が尋ねると病院には行ったこと、家で安静にしていること、というのをきつく医者に言われたのだという。
「本当はっ、行ぎたいけどっ。深咲ちゃん学校の先生だし、病原菌なんて持って行っちゃいけないから、今回は、今回は…泣く泣く諦めることにじだのよ…。
とってもとってもとーーっても、深咲ちゃんに逢いたいし、ご飯一緒に作りたいし、買ってきた服を深咲ちゃんに着せてあげたいのだけど!」
また不穏な言葉が聞こえた気がする。そういえば、少し派手な服の一部はあんずが買ってくれた服だったはずだ。
「今回は、諦めるけど。せっかくの会だから、軍資金は息子たちに持たせているから3人で楽しんできて…。わ、私の分まで、楽しんでちょうだい。ずび…」
悔しそうな声と共に電話は切れた。
深咲はすぐに実家に電話をかけて、あんずが風邪をひいて苦しんでいることを母親に知らせた。雪花はすぐに看病に行くと請け負ってくれた。
そして、病気が治ったころにでもあんずの家を訪ねて3人で一緒にスイーツ作りをしましょうと提案してくれた。
深咲一人では制御不能なあんずの発言や行動だが、雪花と一緒ならあんずとお料理タイムもだいぶ過ごしやすいだろう。
とても素敵な提案をありがとう、ママ。本当に本当に、ありがとうっ!あのあんずさんと1対1で立ち向かうなんて、わたしには無理だわ!
叔母であるあんずの事を嫌っているわけではないので、面倒だなんて言わない。親戚に冷たくされていた中でもかわいがってくれていたあんずのことは好きに決まっている。とはいえ、あの溢れんばかりの愛情を全て受け止めるのには少しわたしには修行が足らない。
母親に向かって心の中で何度もお礼を言っていた。
母親って大事ですね。
舞さんも雪花さんもあんずさんもあきさんも味唯のお母さんも大事。
この物語に出てきている『母親』は今の所この5人くらいですかね。
まぁ、舞さんは母親の時の名前は舞さんではないのですけれど。




