4.王都への切符
「……王都に行きたい、だと?」
朝食の席で、父さんが手を止めた。
「うん。昨日、騎士団の副隊長から推薦してもらえることになったんだ」
「お前、魔力がないんじゃなかったのか?」
「ないよ。でも、実技を見てもらって」
昨日の手合わせについて説明する。
レオンさんにほとんど歯が立たなかったこと。
それでも、最後に寸止めの拳を入れられたこと。
そして、特別審査を求める推薦状を書いてもらえること。
父さんは難しい顔で聞いていた。
「それで、騎士になれるのか?」
「まだわからない。審査を受けられるかどうかも、王都で決まるんだ」
「……そうか」
しばらく沈黙が続いた。
母さんが口を開く。
「カイル、肩は大丈夫なの?」
「うん。ちょっと痛いけど、動かせる」
「あとで治療師さんに診てもらいなさいね」
俺が頷くと、兄さんが笑った。
「いいじゃねえか。行かせてやろうぜ」
「兄さん?」
「毎朝あれだけ稽古してたんだ。王国の騎士に認められたなら、試してくりゃいいだろ」
「だが、畑仕事は……」
父さんが言いかけた。
「俺と親父で何とかなるさ。こいつ一人いなくなったくらいで、畑が駄目になるわけじゃない」
「……それもそうか」
父さんは大きく息を吐いた。
そして、俺を見た。
「カイル。本当に行きたいんだな?」
「うん」
「なら、行ってこい」
「……いいの?」
「ああ。ただし、強くなろうとして命を粗末にするなよ」
父さんは真剣な顔だった。
「お前が帰ってくる場所は、ちゃんとここにあるんだからな」
俺は深く頷いた。
「……ありがとう、父さん」
母さんも微笑んだ。
「手紙はちゃんと書くのよ」
「わかった」
こうして、家族の許可はもらえた。
出発までは、あと二日。
俺は早速、準備を始めることにした。
◇
昼前。
俺とリリアは村長の家を訪れた。
ガルド副隊長が、書類の手続きを進めていた。
「おお、二人とも来たか」
「よろしくお願いします」
「……お、お願いします」
「家族の同意は?」
「もらえました」
「……私もです」
「そうか。それなら問題ない」
ガルド副隊長は書類に目を通し、二人分の名前を記入した。
俺は手元の紙を覗き込む。
魔力適性。
基礎体力。
実技評価。
いくつかの項目が並んでいた。
「カイルの方は、実技評価を理由とした例外的な推薦になる。通常の手続きとは違うため、王都で確認する必要がある」
「はい」
「それまでは、特別審査を受けられるとは限らん。準備だけはしておけ」
「わかりました」
ガルド副隊長は頷き、書類を封筒に収めた。
「さて、リリア。少しだけ魔法を見せてもらえるか?」
「……魔法ですか?」
「ああ。測定器で魔力量はわかったが、実際にどの程度扱えるかも確認したい」
「……はい」
リリアは少し緊張した様子で頷いた。
◇
村外れの広場。
ガルド副隊長は、大きな岩の前に立った。
「まず、カイル。これを見ておけ」
右手を前へ出す。
手のひらに、小さな炎が現れた。
「おお……」
炎は掌の上で揺れている。
「初歩的な火の魔法だ。威力は抑えているが、まともに当たれば火傷する」
ガルド副隊長は岩に向けて手を振った。
ボッ!
炎が岩の表面に当たり、一瞬だけ赤く輝いた。
「昨日の手合わせで、お前は剣の動きを読んでいたな」
「はい」
「だが、魔法はどうだ?」
俺は岩を見つめた。
「……今の距離だと、放たれてから避けるのは難しそうです」
「その通り。相手の動作や、魔力の集まり方を見て、攻撃を予測する必要がある」
なるほど。
前世の空手でも、相手の拳が伸びてから避けるのでは遅い。
肩や腰の動きを見て、攻撃の始まりを察知する。
だが、魔法にはそれ以上の厄介さがある。
広い範囲を攻撃する魔法なら、横に動くだけでは避けられないだろう。
(……学ぶことが山ほどあるな)
俺は少しわくわくしてきた。
ガルド副隊長はリリアへ向き直った。
「次は君だ。水を少しだけ浮かせてみてくれ」
近くには、水を入れた桶が用意されていた。
「……はい」
リリアが両手をかざす。
水面が揺れた。
小さな水の玉が、ゆっくりと浮かび上がる。
「おお、できたじゃないか!」
俺が声をかけた。
「……えへへ」
リリアが嬉しそうに笑った。
その瞬間。
水の玉が膨らんだ。
「……え?」
桶の水が、一気に持ち上がる。
「リリア! 力を抜け!」
「……は、はい!」
バシャッ!
水が地面に落ちた。
水しぶきが飛び散り、俺の服まで濡れてしまった。
「……ご、ごめんなさい!」
リリアが慌てて頭を下げた。
「大丈夫だよ。ちょっと濡れただけだから」
「……でも」
「昔、井戸の水を全部吹き上げたときよりはましだろ?」
「……あれは言わないで……」
リリアが顔を赤くした。
ガルド副隊長は、地面に広がった水を見つめている。
「なるほど。魔力を出すことはできても、量の調整が難しいのか」
「……はい」
「王都では、まず魔力制御を学ぶ必要があるな」
リリアは小さく頷いた。
「……私、ちゃんとできるようになるでしょうか」
「もちろん、練習は必要だ。だが、今できないからといって諦めることはない」
ガルド副隊長の言葉に、俺も頷いた。
「そうだぞ、リリア。俺だって最初から空手が上手かったわけじゃないんだから」
「……カイル」
「少しずつ練習すればいいさ」
リリアは俺を見つめた。
そして、小さく微笑んだ。
「……うん。頑張る」
今度は俺の袖を掴む。
「……カイルも、一緒に頑張ろうね」
「ああ」
俺たちは笑い合った。
ただ、ガルド副隊長はなぜか少し複雑な表情をしていた。
◇
夕方、村へ戻る途中でエドとミナに会った。
「カイル! 王都に行くって本当か!?」
エドが勢いよく駆け寄ってくる。
「ああ。まだ学校に入れると決まったわけじゃないけどな」
「すげえじゃねえか!」
エドは嬉しそうだった。
「俺もいつか王都へ行ってやるからな!」
「おう。待ってるぞ」
「そのときは、今度こそ勝つからな!」
相変わらずだ。
俺たちは笑った。
「ねえ、カイル!」
ミナが手を挙げた。
「出発する前に、空手を教えてくれるって約束、覚えてる?」
「ああ。覚えてるよ」
「じゃあ、明日は?」
「悪い。肩を痛めてるから、激しいことはできないんだ」
「そっか……」
ミナは少し残念そうだった。
「じゃあ、帰ってきたら教えてね!」
「もちろん」
そのとき、リリアが小さく口を開いた。
「……ミナちゃん」
「なに?」
「……私も一緒に教えてもらっていい?」
「もちろん! 三人で練習しようよ!」
「……うん」
リリアは微笑んだ。
どうやら、二人とも楽しみにしてくれているらしい。
帰ってくるまでに、もっと教えられることを増やしておこう。
そう思った。
◇
夜。
騎士団の宿泊先となっている村長の家で、ガルド副隊長は報告書を書いていた。
レオンが部屋に入ってくる。
「副隊長、村の自警団から報告がありました」
「何だ?」
「北の森の近くで、大きな魔物の足跡が見つかったそうです」
ガルドの手が止まった。
「種類は?」
「まだ不明です。ただ、狼に似ているとか」
「……大きさは?」
「普通の狼より、かなり大きいそうです」
ガルドは立ち上がった。
「村人には森へ近づかないよう伝えろ。明日の朝、俺たちも周辺を確認する」
「了解しました」
レオンは敬礼した。
ガルドは窓の外へ目を向けた。
北方の森が、月明かりの下で黒く沈んでいる。
魔物が人里へ近づくこと自体は、珍しくない。
しかし、大型の魔物となれば話は別だ。
「……出発前に、厄介なことにならなければいいが」
その呟きに答える者はいなかった。




