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2.聖女候補と魔力ゼロの少年

翌日の昼前。


 ベルク村に、五人の騎士がやってきた。


 先頭の男は四十歳ほどだろうか。短く刈り込んだ茶髪に、左頬の古い傷跡。


 いかにも歴戦の騎士という風貌だった。


「王国第三騎士隊、副隊長のガルドだ」


 男は馬から降り、集まった村人たちに向かって口を開いた。


「北方の情勢が悪化している。王国では今後に備え、優秀な若者を探している。今日は十四歳から十六歳までの者を対象に、魔力適性を調べさせてもらう」


 広場の中央には、大きな水晶球が置かれていた。


 魔力量を測定する魔道具らしい。


 村人たちが順番に手を触れていく。


「三十二。平均的だな」


「次、四十七。なかなかいい」


 担当の若い騎士が数字を記録していた。


 そして、俺の番が来た。


「名前は?」


「カイルです。十四歳」


「手を置け」


 水晶に触れる。


 一秒。


 二秒。


 何も起こらない。


「……故障か?」


「いえ、俺の魔力がゼロなんです」


「……何?」


「五歳のときに神官にも調べてもらいました」


 騎士は眉をひそめた。


「珍しいな。残念だが、魔力がなければ騎士養成学校への推薦はできん」


「そうですか」


 予想どおりだ。


 俺は列から離れようとした。


「……あの」


 小さな声がした。


 リリアだった。


「……カイルは、強いですよ?」


「ん? 何だ、君は」


「……リリアです」


「そうか。だが、身体強化が使えなければ戦闘能力には限界がある」


「…………」


 リリアが俯いた。


 あ。


 これはまずいかもしれない。


「……違います」


「何?」


「カイルの強さは、魔力だけでは測れません」


 リリアが顔を上げた。


「そもそもカイルのすごいところは筋力や速さだけじゃないんです。相手が攻撃するときの重心の変化を見て、最小限の動きで避ける技術が本当にすごくて、エドなんて身体強化を使っても何度挑戦したって勝てないんですよ! しかもカイルは相手を必要以上に傷つけないようにしていて、七歳のときに私を魔物から助けてくれたときだって……」


「ま、待て!」


 若い騎士が慌てて遮った。


「君、さっきまでほとんど喋っていなかっただろう!?」


「……あっ」


 リリアが口を閉じた。


 顔がみるみる赤くなる。


「……ご、ごめんなさい」


 騎士は困惑した顔で俺を見た。


「……知り合いか?」


「幼なじみです」


「そうか。ずいぶん熱心な子だな」


「昔からなんですよ」


 俺は苦笑した。


 リリアは持っていた手帳を胸に抱いたまま、何か言いたげにしている。


 どうやら、まだ話し足りないらしい。


「……次の者!」


 騎士は逃げるように声を上げた。


 そして、リリアが水晶の前に立つ。


「名前はリリア。十四歳です……」


「よし。手を置いてくれ」


 リリアがそっと触れた。


 次の瞬間。


 広場が白い光に包まれた。


「うわっ!?」


 思わず目を細める。


 水晶の表面に数字が浮かんでいた。


 百。


 三百。


 五百。


 八百。


 そして、九百九十九。


 そこで数字が止まった。


 だが、光は弱まらない。


「測定限界を……超えている!?」


 騎士が後ずさった。


 ピシッ。


 水晶に細い亀裂が走る。


「リリア、手を離せ!」


「……えっ!? は、はい!」


 ようやく光が収まった。


 広場は静まり返っている。


「……カイル」


「ん?」


「……壊しちゃったかも」


「まあ、弁償しろとは言われないだろ」


「……そうかな」


 心配そうな顔だった。


 そこへ、ガルド副隊長が歩み寄ってきた。


「リリアと言ったな。君は正式な魔法教育を受けたことがあるのか?」


「……いいえ。お母さんから生活魔法を少し教わっただけです」


「……信じられん」


 ガルド副隊長は亀裂の入った水晶を見つめた。


 そして、真剣な顔で言った。


「リリア。君には、ぜひ王都で学んでもらいたい」


「……王都?」


「ああ。これほどの魔力は極めて珍しい。適切な教育を受ければ、将来、勇者や聖女と呼ばれるほどの人物になる可能性もある」


 村人たちがどよめいた。


 勇者や聖女。


 人々を守り、大きな功績を挙げた者に与えられる称号だ。


 それほどの才能がリリアにあるというのか。


「すごいじゃないか、リリア!」


「……カイル?」


「お前、立派な魔法使いになれるかもしれないぞ!」


「……えへへ」


 リリアが頬を赤らめる。


 だが、すぐにガルド副隊長へ向き直った。


「……あの、お願いがあるんです」


「何だね?」


「……カイルも、一緒に連れていってください」


 広場が静まり返った。


「カイル……あちらの少年か?」


「……はい」


 ガルド副隊長は、記録係の騎士から俺の測定結果を聞いた。


「……魔力ゼロか」


 難しい顔になる。


「申し訳ないが、魔力を持たない者を受け入れる制度はない」


「……じゃあ、私も行きません」


「リリア!?」


 俺は思わず声を上げた。


「お前、何言ってるんだ?」


「……カイルが行かないなら、私も行かない」


「せっかくの機会だろ?」


「……でも」


 リリアは俺の袖を握った。


「……一緒がいい」


 ガルド副隊長が困り果てた顔をしている。


 俺も困った。


 リリアにこんな機会を逃してほしくない。


 かといって、俺には魔力がない。


 ……いや。


 そもそも、魔力がないという理由だけで諦めるのは、少し違うんじゃないか?


「あの、ガルド副隊長」


「何だ?」


「一つ、お願いしてもいいですか?」


「言ってみろ」


 俺は近くにいた若い騎士へ目を向けた。


 さっき、俺の魔力を測ってくれた人だ。


「俺と手合わせしてもらえませんか?」


「……は?」


 若い騎士が目を丸くした。


「魔力ゼロのお前が、俺と?」


「はい。実際に戦うところを見てもらえれば、判断材料になると思うんです」


「……面白い冗談だな」


「冗談じゃありませんよ」


 俺は笑った。


 ガルド副隊長が腕を組んだ。


「カイル。お前は何か武術を習っているのか?」


「空手という武術です」


「カラテ?」


「主に素手で戦います」


「……ほう」


 ガルド副隊長の目が細くなった。


「レオン。相手をしてやれ」


「副隊長!?」


「実力を見るだけだ。怪我をさせるなよ」


「……承知しました」


 どうやら、若い騎士の名前はレオンというらしい。


 レオンさんは広場の中央に進み出ると、木剣を一本投げてよこした。


「ほら、使え」


「……剣ですか?」


「騎士を目指すんだろう?」


 なるほど。


 確かに、騎士といえば剣だ。


 俺も素直に受け取った。


 リリアが近づいてくる。


「……カイル、大丈夫?」


「ああ。無茶はしないよ」


「……本当に?」


「もちろん」


 リリアは少し考えた後、レオンさんを見た。


「……カイルに怪我をさせないでくださいね」


「わかっている。子供相手に本気を出すつもりはない」


「……もし、わざと酷いことをしたら」


 リリアが微笑んだ。


「……私、怒りますから」


 その瞬間。


 足元の小石が、わずかに震えた。


「……っ」


 ガルド副隊長が目を細める。


「リリア」


 俺が声をかけると、リリアはすぐに振り向いた。


「……なあに?」


「心配してくれてありがとう」


「……えへへ」


 小石の震えが収まった。


 何だったんだ、今のは。


 レオンさんが木剣を構えた。


「行くぞ、少年!」


「よろしくお願いします!」


 俺も構える。


 次の瞬間、レオンさんが踏み込んだ。


 速い。


 木剣が振り下ろされる。


「っ!」


 俺は咄嗟に剣を上げた。


 ガンッ!


 腕に凄まじい衝撃が走った。


(重っ!)


 続けて二撃目。


 三撃目。


 受け流そうとしても、うまくいかない。


 剣を意識するあまり、足が止まってしまう。


(……まずいな)


 武器を持っている方が有利な場面は多い。


 だが、慣れない剣を持った俺は、明らかに動きが鈍っている。


 前世から磨いてきた技術を、まるで使えていない。


 俺は距離を取り、木剣を見つめた。


「……やっぱり、こっちの方がいいか」


「何?」


 俺は木剣を地面に置いた。


「すみません。やっぱり俺、剣を使わない方がやりやすいんですよ」


「……正気か?」


「ええ。こっちの方が慣れてるんで」


 腰を落とし、半身に構える。


 足の裏で地面を捉える。


 ああ。


 やっぱり、これだ。


「……面白い」


 レオンさんが笑った。


「なら、その自慢の拳を見せてみろ!」


 俺は静かに息を吐いた。


 そして、踏み込んだ。


 レオンさんの右肩が動く。


 剣が振り下ろされる。


 俺は、その軌道から身体を外した。


 剣先が肩の横を通過する。


(……よし!)


 だが、相手は本職の騎士だ。


 これだけで勝てるほど、甘くはなかった。

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