思いがけない兄との朝食
朝食は一人だった。
今日だけのことではない。いつもそうだ。
そもそも今両親は屋敷にいない。しばらく領地に帰っている。
いたとしても、食事を一緒に取ることはおろか、ほとんど顔を合わせることもない。
だからこれが普通で、私は別段寂しいとは思わない。
でも、わたしは、誰かと一緒に食べる楽しさを知っているから寂しく味気ないと思ってしまう。
料理はとても美味しいのに、どこか空虚だ。
しんと静かなダイニングで淡々と食事の手を進めていると、廊下のほうがうるさくなってきた。
早足で誰かが近づいてきているようだ。
何か急を要することでもあるのだろうか?
手を止めて扉のほうを見る。
ばたんと勢いよく扉が開けられ、駆け込むようにして青年が入ってきた。
目を丸くしてしまう。
私と同じよう艶やかな烏の濡れ羽色の髪と鋭利な灰紫色の瞳。
兄のアーサー・レイだ。
いつも冷静で私には関心がなく近寄り難い兄の普段とは違い過ぎる姿に驚いてしまったのだ。
慌てて立ち上がる。
「お兄様、おはようございます。朝食はまだでしたのね」
「あ、ああ、おはよう。私のことは気にせずに食べなさい。冷めてしまう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
椅子に座り直して食事を再開する。
兄が対面の席に座る。
「軽くでいい」
「かしこまりました」
黙々と料理を口に運ぶ。
すぐに兄の分の朝食が運ばれてきた。
顔を上げずに黙ったままただ食事をする。
もともと会話をするほど仲のよい兄妹ではない。
だから会話をすることなくただ無言で食事を口に運んだ。
黙々。
黙々。
居心地が悪い。
先程からずっと兄に見られている。
「あの、お兄様、何かございますか?」
耐えきれなくなって思わず兄に訊く。
兄がゆっくりと瞬きをする。
まるで何を言われたかわからなかったようだ。
そんな仕草は珍しい。
「あの、じっと見ていらしたので、何か粗相でもしてしまったのかと……」
兄が私に話しかけてくる時はほとんどが何かしらの注意やお説教だった。
「ああ、悪かった。何でもない。食事を続けなさい」
「はい」
余計なことは訊かないほうがよさそうだ。
兄のことは意識の外に追い出して食事に集中しようとするが、やはり視線を感じる。
何故かじっと見られている。
気になるが訊いたところで兄は答えてはくれないだろう。
それに、そんなに気軽に訊ける関係ではない。
わたしは大丈夫だが、私は萎縮してしまっている。
これなら一人で食べたほうがマシだったかも。
じっと見られているくらいなら寂しくとも一人のほうがよかった。
言いたいことがあるならいっそのこと言ってもらいたい。
味もよくわからない。
せっかく料理を作ってくれた料理人に悪いなと思いつつ、機械的に料理を口に運ぶ。
早く食べてしまい、席を立とう。
残すという選択肢はなかった。
それは不思議とわたしも私も同じ気持ちだ。
こんなところが似ているとは。
苦笑したいところだったが表情は動かない。
それを幸運とは呼びたくはないが、兄の関心をこれ以上引かないという点ではやはり幸運なのだろう。
とにかく作法に反しない程度に急ぐ。
全く味を感じられないのが残念で申し訳なかった。
居心地の悪い思いをしながら何とか食事を終えた。
「お兄様、お先に失礼させていただきますね」
「ああ。今日はどこかに出掛けるのか?」
「いいえ。その予定はありませんわ」
「そうか。なら昼食も夕食も一緒に取ろう。私も今日は一日屋敷にいるから」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
今までの私の人生の中でそんなふうに兄に言われた記憶は思い出せる範囲でもない。
一体本当にどうしてしまったのか?
当然そんなことを訊けるはずもなく、断るという選択肢もないため静かに頷いた。
「……わかりました」
兄が軽く頷いたのでそのまま軽く頭を下げてダイニングを後にした。
読んでいただき、ありがとうございました。




