二人分の記憶
えっ、これ、誰……?
鏡に写る姿に呆然とする。
髪は艶やかに黒く長く、染める暇も切る暇もないくらい忙しかったから見慣れているはずの色だけど、こんなに艶やかではなかった。
鼻も小さく、唇は薄い。肌も日の光に当たったことがないんじゃないの、ってくらい白い。
顔立ちも優しげで品がいい。
何より、瞳の色だ。灰色がかった紫ーーいわゆる灰紫だ。柔らかで綺麗な色だが、間違いなく典型的な日本人が持っている色ではない。
間違いなくわたしの顔ではない。
でも、どこかで見覚えが……
ことん
物が落ちる音がして慌てて振り替える。
亜麻色の髪に茶色の瞳の女性がひどく驚いた顔でじっと私を見つめていた。
彼女は自分の専属侍女のカレンだ。
それは自分の持っている記憶から当然の如く知っていた。
それに違和感を覚える。
だがまずは目の前の彼女のことだ。
首を傾げて訊く。
「どうしたの? 大丈夫?」
「えっ、あっ、も、申し訳ありません、お嬢様!」
彼女は慌てて落としたブラシを拾った。
「誰にでもうっかりはあるわ」
「は、はい。ありがとうございます。すぐに御髪を整えますね」
「お願いね」
また鏡に向き直る。
カレンは後ろに立ち、丁寧に髪をブラシで梳かしてくれる。
それを鏡越しに見ていて、不意に気づいた。
自分の中に二人分の記憶がある。
私はヴァイオレット・レイだ。物心ついてから今までの記憶はきちんとある。
と同時に彼女の出てくる小説を知っているのだ。
その二つの事実は何故か自分の中できちんと融合していて、一人の人間として存在していた。
その不自然さに違和感を抱かないことが逆に気持ち悪い。
「お嬢様? お嬢様、大丈夫ですか?もしや、お身体の具合が?」
「あ、いえ、大丈夫よ」
「もしお身体の具合が悪いようでしたら無理せずお休みになってください」
「本当に大丈夫よ」
いつもどんな時でも変わらず献身的に尽くしてくれる彼女に心配はかけられない。
振り向いて視線を向けると、やっと安心したようだ。表情が緩む。
「今日はどのような髪型になさいますか?」
「そうね、今日は外出の予定はないから適当にまとめてくれればいいわ」
「承知しました」
休日はいつもそう言っているので特に不審がられることはなかった。
そのまま黙っていても普段から私はあまり口数が多い方ではないので問題はない。
再び鏡のほうを向く。
素早く丁寧にサイドを軽く編み込んでハーフアップにまとめてくれる。きゅっと結んでくれたリボンが可愛い。
「こちらでどうでしょうか?」
まるで美容院のように後ろで鏡を持って髪型を見せてくれる。
頭を左右に振って確認して頷く。
「いいわ。ありがとう。」
カレンがにっこり微笑う。
今の状況を把握するのは後にして、とりあえず朝食を食べてしまおう。
「そろそろ朝食の時間ね」
ちらりと時計を見ればちょうどいい時間だ。
「はい」
「行ってくるわね」
いつも通りそう声をかけて立ち上がり、カレンを残して部屋を出て一人でダイニングに向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。




