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悪役令嬢は幸せを願われる  作者: 燈華


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4/4

わたしと私のこと

「お嬢様、大丈夫ですか?少し顔色がお悪いようですが?」


心配そうにカレンに訊かれる。


「お兄様が一緒に朝食を取られて緊張しちゃったの。普段お説教の時しか会いに来られないでしょう? 何かしたかしらと不安で」

「確かにそうでございますね」


専属侍女(カレン)にもその認識なら本当にお説教することがある時にしか会いに来なかったのだろう。

本当に冷たい兄妹関係だ。


「ごめんなさい、少し横になるわ」

「承知しました。それでは御髪をほどきましょう。お召し替えはいかがいたしましょう?」

「髪だけお願い。服はこのままでいいわ。少し横になりたいだけだから」

「承知しました。ではこちらにおかけくださいませ」


言われた通りに鏡台の前の椅子に腰を下ろした。

カレンが髪をほどき、丁寧に櫛を入れてくれる。


「あ、お兄様が昼食も一緒に取るそうだから、それに間に合うように声をかけてくれるかしら?」


鏡越しにカレンが驚いたのが見える。

やはり普段ならあり得ないことなのだろう。


「……承知しました」


すぐに表情を整えたカレンが了承する。


「お願いね」

「はい」


それ以降は特に話すことはなくカレンが髪を梳(と)かしてくれるのに任せた。


カレンが櫛を置いたので立ち上がる。

隣の寝室に向かう。カレンも後についてくる。

入って真っ直ぐにベッドに向かい横になると、丁寧にカレンが掛け布団をかけてくれる。


「ゆっくりお休みくださいませ」


丁寧に礼をしてカレンは部屋を出ていった。


私はベッドに横になったまま状況を整理する。

目を閉じた。

そのほうが思考に集中できる気がする。


私はヴァイオレット・レイ。レイ侯爵家の娘だ。年齢は十七歳。

ヴァイオレットはあまり家族とうまくいっていない。両親や兄はいつも忙しそうでヴァイオレットはいつも一人だった。


当然、食事もいつも一人だった。

だから先程は驚いたのだ。

まさか兄と朝食を一緒に取ったばかりか、昼食や夕食も一緒に取ろうと言われたのは、覚えている限り初めてだ。

一食だけ共にすることは年に何回かはある。


兄はヴァイオレットに興味がない。

兄と会話をしたことなどあっただろうか。


兄がヴァイオレットに話しかけてくる時は大抵がお説教だ。

だから私《・》は(・)お兄様を前にすると、体が強張り、何も言えなくなってしまう。

そんな間柄だから、普段顔を合わせることのない両親よりは時々顔を合わせる兄のほうがまだ身近な存在ではあったが、何《・》も(・)相《・》談《・》で(・)き(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。


兄はもちろんだが私にも婚約者はいる。

同じ侯爵家の嫡男だ。

ただ、彼ともうまくいっていなかった。

それなりに長い付き合いだが彼からはヴァイオレットに歩み寄ろうとする気持ちは微塵(みじん)も感じられない。


これがヴァイオレット・レイとしての基本情報だ。


大丈夫。何一つ忘れてない。

そして、私はヴァイオレット・レイだ。

大丈夫。混乱していないし、自分が誰かちゃんとわかっている。


だけど、それとは別にもう一人分記憶がある。


わたしはここではない地球の日本というところで暮らしているOLだ。

趣味は読書で紙の本もネット小説もどちらも好きだった。


そしてここからが重要なのだが、わ(・)た(・)し(・)は(・)私《・》を(・)知《・》っ(・)て(・)い(・)た(・)。


わたしはヴァイオレット・レイ侯爵令嬢が出てくる本を知っているのだ。

ただし、彼女は主人公でもヒロインでもない。

ヒロインの恋人の婚約者という、一応悪役令嬢という立ち位置だった。


一応というのは、彼女が登場してくるのは物語も後半で、前半はただの恋愛小説であったというのもあるし、実際には悪役令嬢と呼ばれるような存在ではなかったからだ。


それでも小説では悪役令嬢と呼ばれていた。

ただヒロインが邪魔な恋人の婚約者を、自分たちを引き裂く悪者だと認識していたに過ぎない。


何故なら。

彼女(ヴァイオレット)は何(・)も(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。


ヒロインをいじめることは勿論、

婚約者に苦言を呈することも、

婚約者に癇癪(かんしゃく)を起こすことも、

婚約解消に動くことも、

家族に婚約者のことを訴えることも、

何もしなかった。


それなのに、「侯爵令嬢という身分を笠に着てやりたい放題のお前は次期侯爵夫人には相応しくない。よって婚約破棄する」と学園主催のダンスパーティーで断罪されてしまうのだ。


転生してそれまでの彼女(ヴァイオレット)の記憶を持っている今だからこそわかる。

彼女(ヴァイオレット)は何もかも諦めていた。


友人の一人もなく、当然侯爵令嬢ながら取り巻きの一人もおらず、婚約者とも不仲で、さらには家族とはほぼ顔を合わせず、たまに会えば説教ばかりで、ただただ孤独だった。

そんな状態で侯爵令嬢という身分を笠に着てやりたい放題などできるはずがない。

完全な濡れ衣だった。


専属侍女のカレンだけは献身的に仕えてくれていたが、心を閉ざしていた彼女(ヴァイオレット)は傍にいてくれる存在に気づけなかったのだ。


もともとはネット小説で後に書籍化された。

わたしはもちろんネットで読んで小説も買った。

二巻完結で、ヴァイオレットは二巻目から出てくる。一巻目は本当に普通の恋愛小説だ。


だから書籍だけの読者はその展開に驚いたという。

無理もない。

一巻にはヴァイオレットは影も形もなく、彼に婚約者がいるという話すらなかったのだ。

それも傲慢な侯爵令嬢で好き勝手しているという、まさに悪役令嬢だった。


ただ、それは、あくまでもヴァイオレットの婚約者であるヒロインの恋人が語る話だ。

それっぽいシーンは実はほとんどないのだ。

それどころか、あまりヴァイオレットが出てくるシーンはない。

何を持って悪役令嬢と言ったのかと言えば、ただヒロインたちの障害になる存在、というだけのような気さえしてくるほどだ。


わたしは、その悪役令嬢にされたヴァイオレット・レイがヒロインより好きだった。

実はヒロインよりヴァイオレットのほうが好きだという人はけっこういて、一代派閥を築いていた。


だからこそ、小説の結末には涙し、同時に納得がいかなかった。

公(おおやけ)の場で声高らかにされた婚約破棄まではこの手の小説ではお約束だからまだ許せた。

だけど、小説の最後、ヴァイオレットは心痛のあまり衰弱死してしまうのだ。

それも、ヒロインと元婚約者との結婚式の日に。

悪趣味としか思えなかった。


これにはネット上でもかなり荒れた。

ヒロイン派でさえ、一部からはやりすぎではないかというコメントがあったほどだ。


作者はよほどヴァイオレットが憎かったようだ。

だって死なせる理由などそれ以外になかった。

物語上必要な死ですらなかった。

ヴァイオレットが生きていようが死んでいようがヒロインたちには何の支障もなかった。

誰もヴァイオレットに手を差し伸べることはなく、静かに死んでいくのだ。


ショックだった。

何も殺さなくてもと憤(いきどお)ったものだ。


そんな結末にはしない。

例え婚約破棄されようが、そんなことで死ぬつもりなどない。


むしろこんな婚約など破棄してしまいたい。

当然、向こうの有責での婚約破棄だ。浮気しているのは向こうなのだから。


無理かもしれないが、足掻(あが)くだけ足掻いてみよう。

その後のことはその後のことだ。


どのみち婚約破棄は確定事項なのだ。

ならば今後のために少しでも有利にしておきたい。


幸い、婚約破棄を宣言されるまではまだ時間がある。

まだできることはある。


婚約破棄された後のことも同時に準備しておこう。

定番ものだと平民になって自力で生きていく、という選択肢もある。

だけど、いくら前世の記憶があるとしても現実的とは思えない。

それは最終手段でいいだろう。


歳の離れた男の後妻でも三十代くらいなら許容範囲だ。

前世は二十代半ばの記憶があるから年齢差もそれくらいなら気にならない。

それ以上になると相手次第だろうか。


婚約破棄されたならば贅沢など言うなと言われるだろうが。

それなら修道院に行ってしまおう。


貴族の娘としては家のために我が儘を言うべきではないのだろう。

だが婚約破棄された傷物など家に置いておいても仕方ない。

それはわかる。


だけどひどい相手にはいくら家のためとはいえ嫁ぎたくはない。

慈しんでくれる家族のため、となれば心が揺れたかもしれないが、そんな者はいない。

それ故(ゆえ)の修道院行きだ。

それが私と家族双方の妥協点だろう。


どこの修道院がいいか調べておくのもいいかもしれない。

行き方などもついでに調べておく必要がある。

心構えだけでもしてあるかしていないかで随分と違う。

やることが定まれば心も定まる。


どうせ、家族はヴァイオレットのことなど何とも思っていない。

それなら私だけでも自分にとっての最善を選びたい。

私は私の幸せを願うのだ。






いつの間にか、二人分の記憶も意識も融合されて一人になっていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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