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【連載版】ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした! 旧作4万PV突破  作者: 猫が寝転んだ
第一章 扉を吹っ飛ばす

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5/10

第五話 春の宮廷夜会にて

3万8千PV突破の短編の連載版です!

1話〜6話は旧前後編に加筆・修整したものです。

読み飛ばしていただいても、旧作をご存知の方は話の展開が解ると存じますが、どこが違っているか、楽しんていただければ幸いです。

 保護された後も、ユリアナは王宮へ通い続けていた。


 もちろん以前のように物置へ戻るためではない。


 監査部門の許可を得て、洗浄係として仕事を続けていたのである。


 エドワードもクラリッサも難色を示した。


 だが、ユリアナにはどうしても続ける理由があった。


 春の宮廷夜会である――


 王族や有力貴族が集まるその場へ入るには、それ相応の理由が必要だった。


 たとえ監査部門の保護下にあったとしても、当日だけ突然現れて会場へ入れてもらえるほど甘くはない。


 だから実績を積んだ。


 洗浄係として呼ばれ続けるだけの信用を得た。


 茶会へ呼ばれれば仕事をこなし、小規模な夜会へ呼ばれれば誰よりも丁寧に汚れを落とした。


 地味な仕事だったが、それでよかった。


 目立つ必要はない。


 必要なのは、宮廷夜会の日に「いつもの洗浄係」として会場へ入ることだった。


 その積み重ねは確実に実を結びつつあった。


 王宮の使用人たちの間では、洗浄魔法が使える便利な子として顔を覚えられ始めている。


 呼ばれる機会も徐々に増えていた。


 そして、その過程で様々な話も耳に入る。


 第四王子と第五王女の評判もその一つだった。


 正式な社交界デビューを控えた二人は、自分たちが夜会の主役になると信じているらしい。


 だが実際には、王宮内でその話題を口にする者はほとんどいなかった。


 人々の関心は別のところにある。


 それを知らないのは、どうやら本人たちだけのようだった。





 春の宮廷夜会当日。

 王宮の大広間には大勢の貴族が集まっていた。


 高い天井には豪奢なシャンデリアがいくつも吊られ、無数の灯火が磨き上げられた床に揺れる光を落としている。壁際には季節の花を活けた装飾が並び、香の薄い甘さが空気に混じっていた。


 衣擦れの音と、抑えた笑い声。

 遠くでは楽団が静かに演奏を始めており、その旋律が人のざわめきに溶けていく。


 人の数は多いのに、不思議と雑然とはしていない。

 むしろ一つの“秩序”のようなものが広間全体を支配していた。


 立ち位置、視線、会話の距離。

 すべてが無言のうちに測られている。


 第四王子と第五王女も、今日ばかりは年相応に着飾っている。


 二人にとっては社交界デビューの日だった。


 もっとも、本人たちが期待していたほど周囲の関心は集まっていない。


 アンジファー王国の王家は子だくさんである。


 王子や王女の正式披露など、貴族たちにとっては珍しい出来事ではなかった。


 もちろん挨拶はするし、祝いの言葉も述べる。


 だが、それ以上ではない。


 第四王子と第五王女を囲んで称賛の輪ができることもなければ、二人の一挙手一投足に注目が集まることもなかった。


 むしろ貴族たちの関心は別のところに向いている。

 最近になって王宮内で噂になっている不正疑惑である。


 何人もの貴族が小声で情報を交換し、探るような視線を交わしていた。


 その様子は、第四王子にも第五王女にも見えていた。


 そして気に入らなかった――


 本来なら今日の主役は自分たちのはずだったからだ。


 時間が経つにつれ、二人の機嫌は目に見えて悪くなっていった。


 そんな中、第五王女の視線がふと会場の隅へ向く。


 軽食コーナーの近くで、給仕や使用人たちに混じって待機している小柄な少女がいた。


 汚れ一つない作業着。


 必要とあればすぐ動けるように控えている洗浄係である。


 第五王女は眉をひそめた。


「……あれは」


 どこかで見た覚えがあった。


 ほんの数か月前の出来事だというのに、その顔を思い出すまでには少し時間がかかった。


 だが思い出した瞬間、不快そうに顔をしかめる。


「あの時の子じゃない」


 その言葉に、第四王子も視線を向けた。


「あのガキ、生きてるじゃないか」


 軽く吐き捨てるような声だった。


 二人は会話を交わしながら、自然とその場へ歩み寄っていく。

 周囲の貴族たちが、わずかに道を開けた。


「おい――」


 第四王子の苛立った声が、距離を詰めながら響く。


 視線が集まったのを感じたユリアナは、周囲の動きを乱さないように一歩だけ前へ進み、静かに一礼した。


「何か御用でしょうか」


「お前のその態度が気に入らないんだよ」


 理不尽だった。


 だが第四王子にとって理由など何でもよかった。


 ただ鬱憤を晴らしたかったのである。


 拳が振り上げられる。


 その瞬間、ユリアナは半歩だけ身を引いた。


 同時に、風の魔法を足元へ流す。

 わずかな補助だった――


 だが勢いよく踏み込んでいた第四王子は、そのままバランスを崩した。


「なっ――」


 身体が前へと流れる。

 踏みとどまろうとしたが、間に合わない。


 次の瞬間、会場の一角の豪華な料理が並んだ卓へと突っ込んだ。


 並べられていた料理が揺れ、皿が落ちる。

 果実酒の入ったグラスが倒れ、赤い液体が広がった。


 そして、その被害をまともに受けたのは近くにいた第五王女だった。


「きゃあっ!?」


 果実酒がドレスへ降りかかる。

 クリームやソースも容赦なく付着した。


 社交界デビューのために用意された衣装は一瞬で台無しになる。


 第四王子も第五王女も料理まみれだった。


 周囲に小さな悲鳴とざわめきが走る。

 誰もが何が起きたのか理解できずにいた。


 やがて第五王女が叫ぶ。


「あなたのせいよ!」


 完全な八つ当たりだった。


 だが本人は激昂しており、理屈は通じていない。

 扇子を握りしめたまま、ユリアナへと歩み寄る。


「よくも私のドレスを!」


 ユリアナは焦る様子もなく、小さく目を瞬かせた。


 そして洗浄係としての口調で言う。


「それはいけません」


 穏やかな声だった。


「すぐに綺麗にいたします」


 そう言うと同時に、水魔法を発動する。

 空中に集まった水が一気に広がり、降り注いだ。


「え……?」


 第五王女の表情が固まる。


 次の瞬間、全身に水が一気にかかり、ドレスの汚れは一瞬で洗い流された。


 同時に、第四王子も例外ではなかった。


 周囲から息を呑む気配が広がる。


「――貴様ぁ!」


 第四王子が顔を赤くして声を上げた。

 第五王女も濡れたドレスを握りしめ、鋭い視線を向ける。


「許さないわ!」


 二人とも完全に我を忘れていた。

 ユリアナは慌てない。


「乾かしましょう」


 そう言って、風の魔法を起こす。

 本来は洗浄後の水気を飛ばすためのものだった。


 だが今回は、少しだけ出力が強かった。


 風が一気に吹き抜ける――


「っ……!」

「きゃっ!」


 掴みかかろうとしていた二人の体が、勢いに押されてよろめいた。


 貴族たちが慌てて道を開ける。


 二人はそのまま大広間を滑るように移動し、ダンスホールの中央へと追いやられた。


 最も人目を集める場所だった。

 盛大な音を立てて転がり込んできた王子と王女――


 音楽が止まる。

 会場中の視線が集まった。


 誰よりも注目を浴びたかった二人は、望んだ以上の注目を手に入れることになった。

お読みいただきありがとうございました。

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