第二十一話 初等部へ行こうと思います
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✭チェンジ! Side Noah 〜姉の代役だった僕が、僕自身として歩き出すまで〜
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拙作 チェンジ!〜婚約者の代役は双子の弟。半年たっても婚約者だけが気づきません〜
…の弟くんサイドのお話です。
よろしければ、お寄りください。
「制服はこちらで用意するとして…… 教材は学院から指定されるものを揃えればいいのですね」
「ええ。あとは筆記用具と、学院へ持っていく鞄かしら」
クラリッサが一覧表を見ながら答える。
初等部への入学を決めてから、ユリアナは学院生活に必要なものを確認していた。
確認していくうちに、ユリアナはふと手を止めた。
誕生日の夜に進学について話してから、ここまで決めるまでのことを思い返す。
◇
誕生日の夜にエドワードから進学について意向を確認されてから数日、ユリアナは一人になるたびに考えていた。
医術や薬学を学ぶなら、初等部から学院へ通っておいたほうがいい。
――それは分かっている。
けれど、学院へ行けば、今より多くの人と関わることになる。
それがどの程度のものなのか、ユリアナには想像がつかなかった。
そんなユリアナを見て、クラリッサが声をかける。
「まだ迷っているの?」
「はい。学院での生活が、いまひとつ想像できなくて」
「それなら、実際に学院へ通っていた人に聞いてみたら?」
「学院へ通っていた人……」
「ええ。いろいろな人に話を聞いてみれば、少しは分かると思うわ」
ユリアナは考えた。
学院のことを聞くとして、まず思い浮かぶのはエレノアだった。
王女として高等部へ通っているのだから、学院の様子については詳しいだろう。
そして、もう一人。
「……マギーさんって、高等部に行かれていたのですよね?」
「アレクが高等部にいた頃、凄い下級生がいるって聞いたことがあるわ。
確か、それがマギーさんだったと思うけど……」
アレクはライゼン家の次男で、現在は近衛士官として王都の寮で暮らしている。
ユリアナはまだ会ったことがないが、エレノアから話を聞いたことはあった。
そのアレクが高等部にいた頃から名前が出ていたのなら、マギーが高等部に通っていたことは間違いないだろう。
エレノアの侍女であるマギーなら、エレノアとは違った話が聞けるかもしれない。
そう考えたユリアナは、二人に学院でのことを聞くため、訪問の約束を取り付けることにした。
◇
数日後。
ユリアナはエレノアのもとを訪れていた。
いつものようにお茶を用意してもらい、向かい合って座る。
「……それで、学院のことを聞きたいのね?」
「はい。初等部へ入学するかどうか決めなくてはならないので、どのようなところなのか、少し知っておきたくて」
「そうねえ……」
エレノアは少し考えてから、当時を思い出すように話し始めた。
「私は六番目とはいえ王女だったでしょう?
だから、学院ではそれなりに丁重に扱われていたわ。
少なくとも、学院生活そのもので困った覚えはないわね」
「そうなのですか」
「ええ。初等部の頃は、まだ婚約者を決めるには早いという考え方だったから、そういう意味でも面倒なことはなかったわ」
「そういう意味、ですか?」
「恋のさやあてとか、そういうものね」
「……なるほど」
ユリアナは頷いた。
初等部なら、そうした面倒事を気にする必要はなさそうだ。
そう思ったところで、ふと疑問が浮かんだ。
「では、高等部では……?」
「…………」
エレノアは笑顔だった。
にこやかな笑顔のまま、何も答えない。
「…………」
ユリアナも黙ってエレノアを見る。
笑顔――――
ただひたすらに笑顔だった。
…………怖い?
なぜか、これ以上聞いてはいけないような気がした。
すると、それまで黙っていたマギーが遠慮がちに口を挟んだ。
「高等部ともなりますと、色々な方がいらっしゃいますので」
「……そうですか」
それ以上は聞かないことにした。
高等部へ上がるときには、改めてエレノアに教えてもらえばいい。
「では、次は私の話ですわね」
話題を変えたかったのか、そう言ってやや強引に話を引き取ったのは、マギーだった。
マギーの話によれば、彼女は伯爵家の三女として生まれ、エレノアより二歳年上だという。
幼い頃、エレノアの“お友達”の一人として王宮へ出入りするようになり、そこでエレノアに心酔した。
以来、エレノアを慕い続け、学友を経て侍女となった。
そして侍女になってからは、驚くほどの早さで頭角を現したらしい。
「私は初等部にいる頃から、エレノア様のお役に立つために必要なことを、ひたすら勉強しておりました」
「ひたすら、ですか?」
「ええ」
マギーは当然のことのように頷いた。
「初等部ではぶっちぎりの成績を上げ、高等部の侍女養成コースを受講するための資格も、早い段階で取得いたしました」
「初等部にいる間にですか?」
「はい。そのまま必要な課程も修了いたしましたわ」
ユリアナは驚いた。
マギーはさらに続ける。
「高等部へ進学してからは侍女を兼任し、二年ほどで筆頭侍女になりました。
今こうしてエレノア様のお側にいられるのも、すべて学院で努力したおかげですわ」
「……すごいですね」
「エレノア様の侍女としてお側にお仕えするために、ありとあらゆる努力を惜しみませんでしたもの」
そう言って、マギーは胸を張った。
「ありとあらゆる努力……それほどまでに勉強していたのですか?」
「もちろんですわ」
マギーは迷いなく答えた。
「休み時間や昼休憩など、エレノア様とご一緒する時間を除き、睡眠時間を二時間まで削って、ほとんどすべてを勉強に使っておりました」
「二時間……」
ふと、前世の記憶が頭を過った。
前世の自分も、大学進学の受験勉強をしていた頃は、三時間睡眠で、寝ている間も何やら機械を耳につけて勉強していたという記憶がある。
この一風変わった筆頭侍女に、なんとはなしの親近感を覚えた。
「ええ。授業中も、複数の科目を同時に勉強していましたわ」
「複数?」
「はい」
あまりにも当然のように言うので、ユリアナは返す言葉に困った。
マギーはそんなユリアナの反応を気にする様子もなく、話を続ける。
「もちろん、先生の話を片耳で聞きながらですわ。
ただ教科書を開いているだけでは時間がもったいありませんもの。
右目と左目で別々の本に目を通せば、同時に三科目の勉強を進めることができますもの」
「……もう一人、別の教師が教室内で別の授業を行っていれば、残った片耳で聞きながら、四科目同時に進めることができたのでしょうね」
ユリアナがなんとなくそう問いかけると、
「私もそう思って、学校に働きかけたのですが、なぜか断られました」
マギーは心から残念そうに答えた。
「……そうですか」
……親近感を感じたのは、どうやら気のせいだったらしい。
ユリアナは、学院生活について聞いていたはずなのに、いつの間にかマギーの勉強方法の話になっていることに気づいた。
そこで、別のことを尋ねる。
「友人関係は、どうだったのですか?」
「友人関係?」
「はい。初等部なら、同年代の方と交友する機会も多いのですよね?」
「必要ありませんでしたわ」
「……必要ない?」
マギーは少し考えるように首を傾げた。
「友人関係の構築ですか。何、それ……美味しいんですの?」
「食べ物ではありませんよ」
思わずユリアナが返すと、エレノアが小さく笑った。
「マギーは昔から、そういう子なのよ」
「ですが、人付き合いをまったくしていなかったわけではありませんわ」
マギーはすぐに付け加えた。
「侍女になったあと、エレノア様のお役に立つためには、人とのつながりが必要ですもの。
情報を得るための人間関係は、高等部のお茶会や夜会でしっかり作りましたわ」
「情報を得るため……」
「ええ。誰が何を知っているのか。誰に聞けば必要な情報が手に入るのか――
それを把握しておくことは、侍女として必須なことですから」
ユリアナは黙って考えた。
エレノアの話も、マギーの話も、ユリアナがこれまで想像していた学院とは少し違っていた。
勉強をする場所だと思っていたが、それだけではないらしい。
エレノアは王女として学院生活を送り、マギーは将来エレノアの侍女になるために、学院で学べるものを徹底的に学んでいた。
同じ学院に通っていても、過ごし方は人によってまったく違う。
そう考えると、ユリアナ自身が学院でどのように過ごすことになるのかも、少し気になってきた。
そして、自分の場合は何を目的に学院へ通うのかを考えると、初等部から通う必要があるのかという疑問が浮かんだ。
「……そうなると」
ユリアナはぽつりと呟いた。
「初等部へ行く必要は、本当にあるのでしょうか?」
「え?」
エレノアが目を瞬かせる。
「ちょっと待って、ユリアナ」
「はい?」
「今の話を聞いて、どうしてそういう結論になるのかしら?」
「初等部へ行かなくても、勉強はできますし、人間関係を作るなら高等部だけでも十分な気がします」
「それは……そうだけれど」
エレノアが困ったようにマギーを見る。
マギーも、さすがに少し慌てた様子で口を開いた。
「ユリアナ様。私の場合は少々特殊ですわ」
「特殊?」
「はい。私が学院へ通った目的は、エレノア様にお仕えすること――その一点に限られておりましたので」
確かにそうだ。
エレノアの侍女になる。
そのために必要なことを学ぶ。
その目的だけを考えれば、マギーの学院生活が極端だった理由も分かる。
「それに、言ってはなんですが――マギーは奇人変人の類いだから、参考にするには極端な例かと思います」
マギーの「そこまで言いますか」と責めるようなまなざしを、あえて見ないふりをして、エレノアはユリアナを見る。
「また、同じ王女ではありますが、私とユリアナ様もかなり立場が違っております。
もっと色々な人の意見を聞いてみるべきかと……」
エレノアの言葉に、ユリアナは少し考えた。
「いろいろな人……」
「ええ。初等部では、ユリアナ様が今まで会ったことのないような人とも、一緒に過ごすことになると思いますので」
「そうですか」
ユリアナは、その言葉をしばらく考えた。
今まで会ったことのないような人。
それなら、確かに一人や二人の話だけでは分からないこともありそうだ。
「分かりました。もう少し、いろいろな方に話を聞いてみます」
そうしてユリアナは、学院についてさらに話を聞いて回ることにした。
ライゼン家で働く侍女や侍従、家令や執事。
学院へ通った経験のある者には、そのときの生活について尋ねた。
反対に、学院へは進まず、別の道を選んだ者からも話を聞いた。
話を聞いてみると、それぞれに経験は違っていた。
学院で学んだことが今の仕事に役立っている者もいれば、学院とは別の場所で身につけた知識や経験を活かしている者もいる。
人付き合いについても同じだった。
友人を多く作った者もいれば、必要な相手との関係だけを築いていた者もいた。
ユリアナは、一人ひとりの話を聞きながら、自分にとって学院へ通う意味を考えていった。
そして、話を聞けば聞くほど、あることに気づき始めていた。
自分は、あまりにもこの世界のことを知らない。
王宮にいた頃は、下女見習いとして与えられた仕事をこなす毎日だった。
ライゼン家に来てからは生活も大きく変わり、エドワードやクラリッサ、エレノアたちと接する機会も増えた。
それでも、ユリアナがこれまで接してきた人間は、まだごく限られている。
学院へ行けば、これまでとは違う環境で、同年代の人たちと接することになる。
そこでどのような人と出会い、どのような関係を築くことになるのか。
それを考えるうちに、ユリアナは自分が学院で学べるもの――いや、学ばなければならないものは、教科書に書かれている知識だけではないのかもしれないと思うようになった。
◇
そして、初等部への入学申請が始まってから、しばらく経ったある日のこと。
夕食後の団らんの中で、ユリアナは自分から口を開いた。
「私、初等部へ行こうと思います」
エドワードとクラリッサがユリアナを見る。
「そうか」
エドワードは、それ以上を急かすことなく、ユリアナの言葉を待った。
「世間を知りたいからです」
「世間を?」
「はい」
ユリアナは頷いた。
「私は、物心ついた頃から王宮で下女見習いをしていました。
あの頃は、一方的に命じられた仕事をするだけで、他人と会話することもほとんどありませんでした。
だから、この国にどんな人がいて、どんな生活をしているのかを知る機会はありませんでした」
王宮を出てからも、知り合った人はまだ多くない。
ライゼン家ではエドワードやクラリッサに守られ、エレノアやマギーとも交流するようになった。
けれど、それでもユリアナが知っている世界は、まだ狭かった。
「前にも言ったように、医術や薬学を学びたいと考えています」
ユリアナは続けた。
「でも、その道へ進むなら、知識だけを持っていても足りないと思うんです」
前世では、医療の現場で多くの人と接してきた。
病気や怪我だけを見ていればいいわけではない。
患者が何を望み、家族が何を心配しているのか。
その人たちが、どんな生活をしているのか。
人を診るためには、医学の知識だけではなく、人そのものを知る必要がある。
「だから、学院で勉強するだけじゃなくて、いろいろな人と接してみたいと思いました」
ユリアナが話し終えると、エドワードはしばらく黙っていた。
やがて、静かに頷く。
「そうか。なら、手配を進めておこう」
「はい」
隣に座っていたクラリッサは、そっとユリアナを抱きしめた。
「よく考えたわね」
「ありがとうございます」
ユリアナは小さく答えた。
◇
それから数日が経ち、入学を明日に控えた頃――
ユリアナの部屋には、初等部への入学に必要なものが並べられていた。
「制服はこれですね」
「ええ。教材については学院から指定されるものを揃えれば大丈夫よ」
クラリッサと確認しながら、ユリアナは一つずつ必要なものを確かめていく。
筆記用具、教材、鞄。
最後に、ユリアナは真新しい制服へ目を向けた。
明日からは、これを着て学院へ行く。
今までとは違う場所で、今まで知らなかった人たちと過ごすことになる。
何が待っているのかは、まだ分からない。
けれど、自分で決めたことだった。
「明日から、ですね」
ユリアナは制服を見つめた。
そして、明日から始まる学院生活を思い浮かべた。
お読みいただきありがとうございました。
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