第二十話 十二歳の誕生日と、これからのこと
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ユリアナが襲撃を受けてから、半年が過ぎた。
その間に事件の調査は進められ、筆頭宮殿医への取り調べも続いていた。
そして、筆頭宮殿医が言い逃れをする余地は、もはや残されていなかった。
襲撃に関わった助手と裏稼業の者たちの証言に加え、彼らとの関係を示す証拠も揃っている。
それでも事情を聞かれた当初、筆頭宮殿医は関与を否定していた。
だが、証拠を一つずつ突きつけられるにつれ、次第に言葉を失っていった。
そして最後には、ユリアナへの襲撃を指示したことを認めた。
王族であるユリアナを狙った襲撃の主犯。
その罪は重かった。
筆頭宮殿医には、医療伯として与えられていた爵位と地位が剥奪されることとなった。
そのうえで、王族への襲撃を企てた罪により、毒杯を授かることになった。
家族についても、医療伯家としての爵位を失い、平民へと身分を落とされた。
こうして、ユリアナを狙った襲撃事件は終わりを迎えた。
事件の詳細については、王家からも必要以上に広めないよう、関係各所に通達が出された。
特に、ユリアナが襲撃の際に魔法を使って戦闘に参加したことについては、面白半分に噂が広がらないよう情報が抑えられた。
すでに王族や一部の重臣には伝わっている。
だが、それ以上に詳しい話が広まることはなかった。
ユリアナを探ろうとする者や、直接接触しようとする者が現れることもない。
そうして騒ぎが収まると、ライゼン家には再び、いつもの日常が戻ってきた。
◇
騒ぎが収まったあとは、ユリアナの毎日も元に戻った。
朝は書庫にこもることから始まり、そのあとは淑女教育。
午後には書庫へ向かい、気になった本を手に取る。
そして人目のない時間を見つけては、裏庭でこっそり魔法の訓練をする。
訓練を終えれば、また書庫へ戻る。
エドワードやクラリッサと話をしたり、お出かけをする時間は前よりも増えた。
その予定がないときは、やっぱり書庫へこもる。
ユリアナの一日は相も変わらず書庫を中心に回っていた。
「ユリアナ様、そろそろ休憩にしましょう」
「はい」
クラリッサに声をかけられ、ユリアナは読んでいた本を閉じる。
最近では、書庫に入り浸っている時間が長くなったときは、クラリッサからさりげなくお茶に誘われることが多くなった。
そんな穏やかな日々を過ごすうちに、季節は少しずつ移り変わっていった。
暑さが和らぎ、朝夕には涼しさを感じるようになる。
庭の木々も葉の色を変え始め、夏の終わりを知らせていた。
そして、秋。
ユリアナは十二歳の誕生日を迎えた。
今年の誕生日も、大きな宴を開くことはなかった。
ライゼン家のいつもの食卓に、少しだけ料理が増え、ささやかなお祝いの品が用意された。
ユリアナにとっては、それで十分だった。
食事を終え、皆で寛いでいたところへ、執事が一礼して近づいてきた。
「ユリアナ様、王宮からお届け物がございます」
「王宮から?」
思いもよらない言葉に、ユリアナは首を傾げた。
届けられた箱を開けると、中には上質な布で包まれた大きな本が入っていた。
表紙には『新訂薬草大鑑』と記されている。
「これは……」
ユリアナは思わず本を手に取った。王立薬師院が編纂した、最新の薬草辞典だった。
添えられていた名前を見て、ユリアナは目を瞬かせる。
「エレノア様から……!」
驚きに目を瞬かせたユリアナの声が、少し弾んだ。
先日の茶会で一緒に過ごしたばかりだったが、まさか誕生日まで覚えていてくれたとは思っていなかった。
「……ありがとうございます」
その言葉は、贈り物を届けてくれた者ではなく、遠く王宮にいるエレノアへ向けたものだった。
思いがけない贈り物に、ユリアナの表情がわずかに緩む。
夫妻も嬉しそうにその様子を見つめていた。
誕生日の祝いが一段落したところで、エドワードがユリアナに話を切り出した。
「ユリアナも、来年には十三歳になるからな」
話題になったのは、これからのユリアナのことだった。
「十三歳、ですか」
ユリアナは少し考えるように呟いた。
王宮で下働きをしていた頃は、十三歳になった自分が何をしているかなど、考えたこともなかった。
朝になれば下女たちに言いつけられた洗濯や掃除をこなし、仕事が終わる頃には疲れ果てている。
翌日も、その次の日も、同じように働く。それが死ぬまでずっと続くのだと思っていた。
まさか、誕生日を家族に祝ってもらい、これから先の進路について相談する日が来るとは……
ユリアナは、改めてエドワードたちに目を向けた。
アンジファー王国では、十三歳から十五歳までを王立学院の初等部で学ぶことができる。
ただし、初等部への進学は義務ではない。
その上の高等部は十五歳から十八歳まで。
こちらは貴族としての義務の一つとされており、基本的に進学することが求められている。
十八歳になれば成人となり、その後の生き方を自分で決めることになる。
それまでの間に、ユリアナも最低限の貴族としての振る舞いを身につけておく必要がある。
もっとも、その点については大きな問題はなかった。
ライゼン家で淑女教育を順調に熟していることもあり、ユリアナ自身も一通りの作法はすでに身につけている。
「春から初等部への入学申請が始まる。だから、今のうちに聞いておこうと思ってな」
エドワードが穏やかに尋ねる。
「ユリアナは、どうしたい?」
「私が、ですか?」
思いがけない問いに、ユリアナはすぐには答えられなかった。
エドワードは急かすことなく、穏やかに続けた。
「初等部で学んだあと、高等部へ進めば、専門的な勉強もできる。医術や薬学を学ぶことも可能だ」
「医術や薬学を……」
ユリアナの声が、わずかに弾んだ。
前世で身につけた知識はある。
けれど、この世界の医療事情は前世とは異なる。こちらで使われている薬草や薬剤、治療法について、知りたいことは多かった。
「ただ、そうした専門課程を選ぶつもりなら、初等部から学んでおくほうがいいだろう。
高等部で必要になる基礎を身につけられるからな」
「なるほど……」
ユリアナは考え込んだ。
学院に通えば、学べることは増える。医術や薬学を学ぶための準備ができるのも魅力だった。
一方で、学院では今より多くの貴族と関わることになる。
授業を受けるだけで済むわけではないだろうし、周囲から注目される機会も増えるはずだ。
今の生活に、大きな不満はなかった。
淑女教育はライゼン家で受けられるし、読みたい本があれば書庫で探せる。
魔法の訓練も、人目を気にせず続けられている。
せっかく落ち着いた暮らしを送れているのに、わざわざ煩わしい貴族付き合いを増やす必要があるのだろうか。
そう考える一方で、医術や薬学を学べる機会を逃すのも惜しかった。
十八歳になれば成人し、王属籍を離れることもできる。
その後は新たな貴族家を興す道もあれば、既存の貴族家に養女として入る道もある。
ユリアナ自身、成人後にどのような立場で生きていくのか、まだ決めてはいなかった。
だからこそ、今のうちに学べることを増やしておくのは、将来の選択肢を広げることにもつながる。
初等部への入学申請が始まるのは春だ。今すぐ答えを出さなくても、考える時間はまだある。
「……少し、考えてもいいですか?」
「ああ。急いで決める必要はない」
エドワードはそう答えた。
クラリッサも優しく頷く。
「ユリアナが学びたいと思うことを、ゆっくり考えてみましょう。
学院での暮らしについて、知りたいことがあれば私たちに聞いてちょうだい」
「ありがとうございます」
ユリアナは二人に礼を言った。
医術や薬学を学びたい気持ちは、確かにある。
けれど、学院へ通うことで変わる生活についても、もう少し知っておきたかった。
春の申請までに、学院で何を学べるのか、どのような生活になるのかを調べてみよう。
答えを出すのは、それからでも遅くない。
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