第一話 入学初日から、何やら不穏です
たくさんの小説の中から選んでいただきありがとうございます。
毎週日曜日12時10分の更新予定です。
第一章でユリアナに暴行を働いた王子・王女を、第九王女・第五王子に変更しました。
おそらく(笑)今週木曜日くらいに、【小話】を久しぶりに更新いたします。
お立ち寄りいただけると幸いです。
追記:おそらく…ではなくなりました。
15日木曜日12時10分に更新いたします。
………私は、立場的には未だに一応王女のはずなのですが、なぜこのような状態に陥っているのでしょうか?
王立学院初等部の校舎から、教室へと続く通路。その途中にある植え込みの脇で、私は複数の貴族令嬢に取り囲まれていた。
……本当に、なぜなんでしょうね。
◇
今日は王立学院初等部の入学式だ。
王立学院は、王都の中心部から少し離れた場所に広大な敷地を構えている。王宮や貴族街から通いやすい距離にありながら、周囲には十分な空間が確保されており、授業に集中できる環境が整えられていた。
敷地内には初等部と高等部の校舎があり、そのほかにも講堂や図書館、実習用の施設などが設けられている。
校舎はいずれも石造りで、長い年月を経てきた建物らしい重厚さがあった。手入れの行き届いた中庭や並木道もあり、学院というより、小さな街に近い規模だ。
王立学院の歴史は古く、王国の成立から間もない時期に、成人を控えた貴族の子弟を教育するために設立されたと伝えられている。
その後、教育制度の整備・充実に伴って初等部が設けられ、現在では12歳以降の貴族の子女が学ぶための主要な教育機関となっていた。
入学式では、あらかじめ成績に応じて振り分けられたクラスごとに、生徒たちが講堂の席へと案内される。
入学セレモニーが終わると、生徒たちは掲示された案内で自分の教室を確かめ、それぞれの校舎へ向かい始めた。
私も案内を確認し、自分の教室へ向かっていた。
ところが、歩いているうちに、令嬢が一人、また一人と私の近くにやってきた。
最初は、同じ方向へ向かう生徒なのだろうと思っていた。
けれど、人数が増えるにつれて、どうもそうではないらしいと気づいた。
私が進む方向に合わせて、彼女たちも歩く位置を変えているのだ。
そして、通路から少し外れた場所まで来たところで、とうとう足を止めることになった。
気づけば、前にも横にも令嬢たちがいる。
――なるほど。これは偶然ではありませんね。
私を囲んでいる令嬢たちの中から、一人が前に出てきた。
年齢は私と同じくらいのはずだが、小柄な私と比べると体格がよく、少し年上のようにも見える。身なりも立ち居振る舞いも、いかにも貴族の令嬢といった様子だった。
「あなたね、お姉さまに恥をかかせたのは」
……はい?
私は思わず目を瞬かせた。
お姉さま――?
誰のことでしょうか。
そもそも、私はこの方とお会いしたことがあるのでしょうか。
いくつか疑問が浮かんだが、令嬢は私の反応など気にも留めず、さらに言葉を続けた。
「身の程をわきまえず、ずいぶんとお立場を忘れた振る舞いをなさったそうね」
なるほど――
どうやら、私が誰かに恥をかかせたという話らしいですね。
ただ、どなたに何をしたのかは、相変わらず分からない。
「あなたのような方が、王家に連なる者として振る舞うなど、周囲の方々もさぞ困惑なさったことでしょう」
……ええと。
ずいぶん遠回しな言い方をなさいますね。
お嬢様特有の婉曲的な罵倒表現なのでしょうか。
私は頭の中で、令嬢の言葉を率直な表現に翻訳してみた。
要約すると――
『たかが女官腹の下女ふぜいが、いい気になるんじゃないわよ』
ということのようだ。
なるほど。ようやく、こちらを見下している理由らしきものは分かった。
しかし、肝心の「お姉さま」が誰なのかは分からないし、私が何をしたことになっているのかも不明だ。
知らない相手から、事情も説明されないまま責められても困る。
「二つ質問をさせていただきます」
私は令嬢を見上げ、淡々と告げた。
「まず、あなたはどこのどなたですか?
どこの誰とも知らない方に、発言の許可を出した覚えはありませんが」
「なっ……!」
令嬢の眉がぴくりと動いた。
けれど、私としては当然の質問だ。相手の名前も立場も分からないのだから、話をするにしても確認が必要だろう。
「次に、お姉さまとはどなたのことですか?
また、あなたの発言は、そのお姉さまとやらの意向によるものですか?」
「あなた、私が何を言っているのか分かって……!」
「まだ、質問にお答えいただいていませんが」
理不尽で無礼な振る舞いをされても、声を荒らげるつもりはなかった。
ただ、尋ねたことに答えていただければ、それで済む話だ。
もっとも、もう一点、確認しておくべきことがあった。
「それから、学院内では、学問に関する限り爵位による差別はないという規則がある一方で、身分に応じた区別までなくなるわけではないと理解しています。
あなたは、その点をご存じないのでしょうか?」
要するに、こういうことだ。
――私は王女なのですが、あなたは何をぬかしていらっしゃるのでしょうか?
もちろん、口に出したのは規則についての確認だけだ。
私は立場を振りかざしたいわけではない。ただ、学院の規則を守り、相手にも守っていただきたいだけだ。
学ぶ機会は身分によって左右されない。
それでも、身分に応じた礼儀や扱いがすべて消えるわけではない。
――そのはずなのですが。
目の前の令嬢は、私が予想していたような反応を見せなかった。
言葉に詰まった様子で、こちらを見ている。周囲の令嬢たちも、互いに顔を見合わせていた。
……何か、間違ったことを言ったでしょうか。
私は自分の発言を振り返ったが、特に問題は見当たらない。質問をしただけだし、学院の規則についても、知っていることを確認しただけだ。
それなのに、リーダー格の令嬢は、みるみるうちに顔をこわばらせていった。
「ふ、ふん! 覚えておきなさい!」
それだけ言い残すと、令嬢は取り巻きを引き連れて立ち去っていった。
結局、こちらの質問には一つも答えてくれなかった。
私は去っていく一団の背中を見送りながら、首を傾げた。
「……あれは、『てめえ、覚えてろよ』という、いわゆる捨て台詞なんでしょうか」
そうとしか思えませんが、いったい何を覚えておけばよいのでしょう。
相手の名前も分からないし、肝心の「お姉さま」が誰なのかも分からない。
何か事情があるのなら、最初から説明していただければよかったのですが。
私はしばらく考えたものの、答えが出そうになかったので、ひとまず棚上げして自分の教室へ向かうことにした。
入学初日から、なかなか不思議な出来事に遭遇したものだ。
……これも、学院で学ぶべき世間というものなのでしょうか。
◇
ようやく自分の教室へたどり着いた私は、扉の前で教室番号を確認してから、中へ入った。
王立学院初等部では、まず生徒を高位貴族と下位貴族に分けている。
家格によって、将来求められる役割や、必要とされる知識が大きく異なるためだ。
高位貴族には、大規模な領地経営や国政、外交に携わるための教育が重視される。
一方、下位貴族には、それぞれの家の立場や役目に応じた教育が行われる。
高位貴族との付き合い方や、社交の場で求められる礼儀作法なども、実践的な内容として教えられるらしい。
もっとも、どちらか一方の教育が優れているというわけではない。
学ぶ内容が異なるだけで、成績の評価そのものは別に行われている。
そして、高位貴族と下位貴族のそれぞれを、入学時の成績に応じてS、A、B、Cの四つのクラスに分ける。
一クラスの人数は、おおむね十人から三十人ほど。今年のSクラスは十三名だった。
私が所属するのも、そのSクラスである。
扉を開けて教室を見渡すと、すでに何人かの生徒が席についていた。
男子が八名、女子が五名。
掲示板に張り出されていた組分け表によると、入学時の成績によって分けられたクラスだけあって、高位貴族の中でも比較的上位の子女が在籍しているようだ。
席は自由に選んでよいらしい。
ただし、私が入室した時点で、空いている席は一つしかなかった。
最前列の中央である。
……どうやら、すでに他の全員が来てしまっているようですね。
先ほどの一件がなければ、もう少し早く到着できたのかもしれません。
とはいえ、空席があるのですから、困ることはありません。
私は教室にいる生徒たちへ軽く会釈をしてから、空いている席へ向かった。
鞄を机の脇に置き、椅子を引いて腰を下ろす。
これで、ひとまず落ち着きました。
周囲を見てみると、生徒たちの様子は大きく二つに分かれていた。
私を含めた四人を除いた生徒たちは、すでに互いに顔見知りらしく、楽しそうに会話を交わしている。
入学前から交流があったのでしょうか。それとも、講堂で顔を合わせたことをきっかけに話し始めたのでしょうか。
いずれにしても、前世の記憶でも学生時代は友人が少なかった私にとって、初対面の相手と自然に話せるというのは、少し不思議なことだった。
一方、残る三人は周囲の会話に加わる様子がない。
一人は本を開き、静かにページをめくっている。
もう一人は机に突っ伏しており、顔を上げる気配がなかった。
眠っているのでしょうか。それとも、単にその姿勢が楽なだけでしょうか。
最後の一人は、窓の外をぼんやりと眺めていた。
外に何か気になるものでもあるのか、教室内の話し声にはほとんど反応していない。
……いえ、私を含めれば四人ですね。
私は、誰かに話しかけることもなく、何気ない視線で教室の様子を観察した。
同じSクラスに所属している以上、少なくとも学力という点では、私と同じ基準で評価された生徒たちだ。
それでも、こうして眺めているだけで、それぞれに違いがあることは分かる。
よく話す者。周囲の様子を気にせず本を読む者。机に伏せている者。窓の外を眺めている者。
もちろん、今の様子だけで性格まで判断することはできない。
人を知るには、実際に話をしてみる必要があるだろう。
それも、これから学院で学んでいくことの一つだ。
そんなことを考えていると、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、一人の教師だった。
それまで会話を続けていた生徒たちも、教師の姿に気づいて口を閉じる。本を読んでいた生徒は顔を上げ、窓の外を眺めていた生徒も、ようやく視線を教室へ戻した。
机に突っ伏していた生徒については、起きたのかどうか、私の席からはよく分からなかった。
教師は教壇へ進み、十三人の生徒を順番に見渡した。
こうして、私の初等部生活が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
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