第十七話 想定外の少女
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今回、少し少なめです。
ユリアナとエレノア王女が文を交わし合うようになって二ヶ月が過ぎ、今では、二週に一度ほど手紙を交わすようになっていた。
初めの頃は、便箋を前にして何を書けばいいのか迷うこともあった。
けれど、何度かやり取りを重ねるうちに、ユリアナも手紙を書くことに慣れてきた。
クラリッサから教わった花のことや、屋敷で過ごしているときにあった出来事など、自分から伝えたいと思うことを書くようになった。
エレノアから届く手紙にも、王宮での出来事や読んだ本の話などが書かれている。
それを読むのは、今ではユリアナにとって楽しみの一つになっていた。
その日も、ユリアナは届いた手紙を読み終えると、丁寧に折り畳んだ。
次の手紙では何を書こうか。
そう考えながら、便箋を机の引き出しへしまう。
あの襲撃事件についても、表向きには大きな動きはなく、穏やかな日々が続いていた。
そして、ある日の夕方。
エドワードが仕事を終えて屋敷へ戻ってきた。
いつものように食堂へ向かい、クラリッサとユリアナとともに夕食を取る。
食事が終わり、侍女が食器を片付けたところで、エドワードが口を開いた。
「二人に話しておきたいことがある」
ユリアナはエドワードを見る。 クラリッサも手を止めた。
「先日の襲撃事件についてだ」
その言葉を聞き、ユリアナは少しだけ姿勢を正した。
「何か分かったのですか?」
「ああ」
エドワードは頷いた。
「解決の目処が立った」
ユリアナは目を瞬かせる。
クラリッサも驚いたようにエドワードを見つめた。
「犯人が分かったの?」
「意外と言えば意外だし、予想通りと言えば予想通りの相手だった」
エドワードはそう答えた。
ユリアナは少し考える。
襲撃から二ヶ月――
これまで調査が続けられていたことは知っている。
それでも、ここまで早く結論が出るとは思っていなかった。
「それで、誰なのですか?」
ユリアナが尋ねる。
エドワードはすぐには答えなかった。
「その話をする前に、順番に説明していきたい」
そう言って、エドワードは椅子へ座り直した。
クラリッサも黙って話を聞く。
ユリアナはエドワードへ視線を向けたまま、次の言葉を待った。
◇
王都から離れた、とある場所、とある日の午後――
その一室に、数人の男が集まっていた。
部屋の奥に座る黒幕の前で、腹心の部下と二人の組織の男が立っている。
「それで?」
黒幕が短く尋ねた。
「……襲撃は失敗しました」
組織の男の一人が答える。
その報告を聞いた瞬間、黒幕の表情が険しくなる。
「失敗した?」
「はい」
「どうしてだ――」
低い声が室内に響く。
「こちらは十分な戦力を用意したはずだ。
相手より倍以上の人数を揃えた。それだけではない。魔物まで利用したのだろう?」
「はい――」
「それで失敗しただと?」
黒幕は立ち上がった。
ユリアナを連れ去ることはできず、襲撃に参加した者たちの一部まで捕らえられているという。
「一体、何があった?」
黒幕の苛立ちは収まらない。
「説明しろ」
二人の組織の男は顔を見合わせた。
やがて、そのうちの一人が口を開く。
「……想定していた対象と、実際に現れた対象が違いました」
黒幕が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
組織の男は少しだけ姿勢を正した。
「依頼を受けた際に聞かされていたのは、十一歳の王女だということです」
「間違いないだろう、その娘のはずだ」
「いいえ」
男は続ける。
「以前は下働きの下女同然の立場にいた、忘れられた王女だと聞いていました」
黒幕は黙って聞いている。
「それから、監査部のエドワードが用意した筋書きの上で動いているだけの小娘だと」
「つまり?」
「本人には、特別な力などないと考えていました」
黒幕の表情がわずかに動く。
魔法が使えるのでは、という噂もあったが、それも監査部長が用意したものだという認識だった。
それならば、今回の戦力で十分なはずだった。
しかし、実際のユリアナは違った。
「現場にいたユリアナ王女は、実戦経験のある、かなりの腕を持つ魔法使いでした」
黒幕は黙ったまま聞いている。
「状況を見て、すぐに戦況を判断していました。
こちらが誰を狙っているのかを理解したうえで、味方と敵を区別して魔法を使っていました」
「……」
「こちらが魔物まで利用して、人数で押し切ろうとしても、その動きを崩されました。
あらかじめ想定していたような少女ではありませんでした」
組織の男はそこで言葉を切った。
「戦いが始まってから、初めて分かったことです」
黒幕はしばらく黙っていた。
やがて、腹心へ視線を向ける。
「下働きの下女の使い走りとして育てられたのではなかったのか?」
「そう聞いていました」
腹心は即答した。
「少なくとも、こちらで調べた情報には、それ以外の内容はありませんでした」
「ならば、なぜそれほどの力を持っている?」
「分かりません」
腹心は首を振る。
黒幕の顔に怒りが浮かぶ。
問題は、用意した戦力が足りなかったことだけではない。
最初に得ていた情報そのものが間違っていた。
彼らが想定していたのは、エドワードの用意した筋書きに従って動く無力な少女だった。
ユリアナ本人が戦況を判断し、自ら戦うなどとは考えていなかった。
「つまり、最初から間違っていたということか」
「はい」
腹心が答える。
「私たちは、ユリアナ殿下本人を警戒していませんでした」
黒幕は何も言わない。
そのとき、腹心が口を開いた。
「捕らえられた者たちについても、ご報告があります」
黒幕が顔を上げる。
「十人中九人は、今回の仕事のために臨時で雇った冒険者や傭兵崩れです」
「残る一人は?」
「そちらの組織に属している者です」
「そいつは何を知っている?」
「重要な情報は知らせていません」
組織の男が淡々と説明する。
「戦闘力だけを買われた下っ端です。
今回の仕事についても、必要な指示を受けていただけで、依頼の詳細や上層部の情報までは与えていませんでした」
「……そうか」
「そのため、捕らえられた者たちから、こちらまで辿り着く可能性は低いと考えています」
そう補足した腹心を、黒幕が見やる。
「本当にそう言い切れるのか?」
「はい」
腹心は頷いた。
黒幕は黙って考えた。
襲撃は失敗した。ユリアナの予想外の力も判明した。
それでも、自分たちの正体まで露見したわけではない。
捕らえられた者たちから、ここまで捜査が届く可能性も低い。
その点については、腹心の判断を疑う理由はなかった。
だが、一つだけ腑に落ちないことがある。
「……あの少女は、いったい何者なんだ?」
誰に向けたわけでもない言葉だった。
しばらくして、黒幕は顔を上げ、腹心に向かって横柄に告げた。
「今回の件で依頼に関わった者たちとの繋がりや証拠をすべて処分しろ」
黒幕は立ち上がる。
「残せるものは何も残すな。こちらまで辿られる可能性があるものは、すべて片付けておけ」
「承知しました」
腹心が頷く。
その横で、組織の男の一人が口を開いた。
「お待ちください」
黒幕がそちらを見る。
「今は、あまり動かないほうがいいかと思います」
「なぜだ?」
「襲撃に参加した者たちが捕らえられています。
こちらの正体まで知られていないとしても、これ以上動けば、かえって痕跡を残すことになります」
もう一人の組織の男も続ける。
「少なくとも、しばらくは様子を見るべきです。
今回の件だけで、こちらまで捜査が届く可能性は高くありません」
黒幕は二人を見た。
「高くはない、ということは、辿られる可能性が少なからずあるということだろう?」
「そういうことではありません」
「では、どういうことだ?」
「今すぐ動く必要はない、ということです」
組織の男は慎重に答えた。
「捕らえられた者たちから情報が漏れていないのであれば、こちらが動かなければ新しい手掛かりを与えることもありません」
黒幕はしばらく黙っていた。
しかし、首を横に振る。
「いや、駄目だ」
「ですが――」
「今回の襲撃は失敗した」
黒幕は低い声で言った。
「しかも、こちらが知らなかった力まで見せられた。
たどられる可能性がある以上、私はこのまま待つつもりはない」
組織の男たちは黙った。
「今夜から始めろ」
「承知しました」
黒幕の指示に対して、腹心が頭を下げる。
黒幕は二人の組織の男へ視線を移した。
「お前たちも、たどられぬよう動け」
「……分かりました」
男たちはそれ以上、口を挟まなかった。
黒幕は再び椅子へ腰を下ろす。
これで大丈夫だ。
そう考えていた。
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