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【連載版】ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした! 新・旧作併せて11万PV 突破  作者: 猫が寝転んだ
第二章 明日のことを考えられるようになりました。

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第十五話 迫る影

たくさんの小説の中から選んでいただきありがとうございます。

毎週日曜日12時10分の更新予定です

 花冠を作り終えたあとも、三人はしばらく花畑の中で過ごしていた。


 ユリアナはクラリッサとエドワードのそばに座り、二人の頭に乗せた花冠を眺めている。


「お二人とも似合っています」


「ふふ、ありがとう」


 クラリッサが嬉しそうに笑う。


 その隣では、エドワードが少し照れた様子を見せながらも、律儀に花冠を頭へ乗せていた。


「……よくできているな。こういう贈り物も嬉しいものだ」


「まるで王子様とお姫様みたいですね」


 二人を並べて眺めながら、ユリアナの口元がわずかに緩む。


「……王子様にしては、少々威厳がありすぎますが」


「そうだな」


 エドワードは自分の花冠へ手を添えながら、真面目な顔で頷いた。


「だが、その分お姫様が愛らしいので、釣り合いは取れているだろう」


「まあ、エドワードったら……」


 クラリッサが頬を緩める。


 あまりにも二人の雰囲気が甘くなってきたので、ユリアナは少しだけ視線を逸らした。


 けれど、嫌な気分ではない。


 むしろ、こうして仲の良い二人を眺めていることが心地よかった。


「……仲良きことは、美しきかな」


 ぽつりと漏らすと、クラリッサがくすりと笑った。


「良い言い回しね……。もしかして、前(・・)の言葉?」


「そうですね」


 ユリアナが小さく頷く。


 エドワードも苦笑しながら、クラリッサへ視線を向けた。


「いずれにせよ、その評価はありがたく受け取っておこう」


「まあ、エドワードったら」


 クラリッサが楽しそうに笑う。


 ユリアナもつられて、ほんの少し口元を緩めた。


 三人はそんな他愛のない話をしながら、しばらく花畑を眺めていた。


 王都を出てから、もう何時間も経っている。


 花を眺め、クラリッサに名前を教えてもらい、三人で食事をして、そのあとは花冠まで作った。


 振り返ってみても、大きな出来事があったわけではない。


 それでもユリアナの胸には、穏やかな満足感が残っていた。


「……楽しいですね」


 小さな声で呟く。


 クラリッサがユリアナへ顔を向けた。


「ええ。私も楽しいわ」


 エドワードも頷いた。


「たまには、こういう休日も悪くないな」


「はい」


 ユリアナは小さく頷いた。


 以前の自分なら、休日を家族と過ごすことがこんなにも楽しいものだとは知らなかった。

 ユリアナにとって、時間には必ず意味があるものだった。


 勉強をするなら知識を得るため、仕事をするなら失敗しないため。誰かの役に立つことにも、それが自分の居場所を守ることにつながるという理由があった。


 けれど今日は、そうした理由を考える必要がなかった。


 花を眺め、家族と話し、花冠を作る。


 それだけの一日だった。


 それなのに、振り返ってみると胸の中には穏やかな満足感が残っている。


 そんな時間を、自分が楽しめるとは思っていなかった。


 ユリアナは手の中の花冠へ目を落とし、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「そろそろ戻りましょうか」


 クラリッサが立ち上がった。


「ああ。帰りの時間も考えないとな」


 エドワードも腰を上げる。


 少し離れた場所では、侍女たちがテーブルの上を片付け始めていた。侍従たちも馬車へ戻る準備を進めている。


 ユリアナも立ち上がった。


 そして、手元に残った花冠へ目を向ける。

 ユリアナに教えてもらいながら、クラリッサが作ったものだ。


「この花冠は、持って帰ってもいいですか?」


「もちろんよ」


 クラリッサが微笑む。


「今日の記念だもの」


 そう言って、クラリッサはユリアナの手から花冠をそっと受け取った。


「少し、じっとしていてね」


「……はい?」


 ユリアナが首を傾げる。


 クラリッサは笑いながら、花冠をユリアナの頭へそっと乗せた。


「まあ……やっぱり似合うわ」


 花冠の位置を整えながら、クラリッサが嬉しそうに微笑む。


 ユリアナはわずかに視線を落とした。


 表情に大きな変化はない。


 それでも、クラリッサには何となく分かった。


 嬉しいのだろう。


「……ありがとうございます」


「ふふ。大切に持って帰りましょうね」


「はい」


 ユリアナは小さく頷いた。


 その時だった。


 森の方から、枝を踏み折るような音が聞こえた。


 近くにいた護衛騎士が、すぐに森へ顔を向ける。


 続いて、木々の間から草を踏み荒らす音が響いた。何かがこちらへ向かって走っている。


「隊長」


 騎士の声に、護衛隊長が森へ目を向けた。


「確認する」


 二人の騎士が剣へ手を掛け、森へ向かう。


 数歩進んだところで、隊長が声を張った。


「そこにいる者、何者だ!」


 返事はない。


 代わりに、森の中からさらに大きな物音が響いた。


 枝が折れ、地面を蹴る音が近づいてくる。


「……全員、警戒!」


 隊長の指示と同時に、残りの騎士たちも剣を抜いた。


 エドワードも立ち上がり、クラリッサとユリアナの前へ出る。


「二人とも、こちらへ」


「はい」


 ユリアナはすぐに立ち上がった。


 クラリッサと並んで馬車の方へ向かいながら、森へ視線を向ける。


 その直後だった――


「助けてくれ!」


 森の中から男の叫び声が響いた。


 木々の間から、三人の男が駆け出してくる。


 いずれも狩猟者らしい服装をしており、一人がこちらへ気付くと、必死の様子で声を張り上げた。


「魔狼だ! 魔狼に追われている!」


 その声に続いて、森の奥から激しい物音が響いた。


 木々が揺れ、枝が次々と折れていく。


「来るぞ!」


 男の一人が叫んだ。


 次の瞬間、森から魔狼が飛び出した。


 一匹。


 続いて二匹目、三匹目。


 さらに二匹が木々の間から姿を現し、五匹の魔狼が一斉に丘へ駆け込んでくる。


「魔狼が五匹……!」


 護衛隊長が声を上げた。


「前へ出ろ!」


 騎士たちが一斉に動き、魔狼との間へ入る。


 その間に、隊長がユリアナたちへ指示を出した。


「ユリアナ様、奥様と一緒に馬車へ!」


「分かりました」


 二人の騎士がすぐにユリアナとクラリッサの左右につく。


 エドワードも剣を抜き、二人の後ろへ回った。


「急ごう」


 三人が馬車へ向かって移動する。


 一方、残った三人の騎士は魔狼との間に入り、剣を構えた。

 五匹の魔狼が低く身を沈め、唸り声を上げながら騎士たちの動きを窺っている。


 その隙に、狩猟者風の男たちはこちらへ向かって走ってきた。


 護衛隊長がすぐに声を張る。


「止まれ!」


 三人は足を止めない。


 魔狼から逃げることに必死になっているようにも見えたが、進む方向は明らかにユリアナたちのいる場所へ向いていた。


「そちらへ行け!」


 隊長は剣を構えたまま、右手で別の進路を示す。


「馬車へ近づくな!」


 三人はなおも走ってくる。


「聞こえなかったのか!」


 隊長の声が鋭くなった。


「それ以上近づけば、敵と判断する!」


 先頭の男が怯えたような表情を浮かべる。


「無理だ! 魔狼が――!」


「なら右へ回れ! そちらへ逃げろ!」


 隊長が再び進路を示す。


 三人の男は、そこで一瞬だけ互いに顔を見合わせた。


 その仕草を、隊長は見逃さなかった。


 魔狼に追われている者なら、目の前の逃げ道を確認するより先に、少しでも距離を取ろうとするはずだった。


「……止まれ」


 隊長は剣を正眼に構え直した。


「それ以上近づけば、切り捨てる」


 三人の男が足を止める。


 先ほどまで浮かべていた怯えた表情が消えた。


 次の瞬間、先頭の男が背中へ手を回し、隠し持っていた弓を取り出す。


 左右の男も同時に弓を構えた。


「敵襲!」


 隊長が叫ぶ。


 三人が一斉に弦を引き絞り、ほぼ同時に矢を放った。


 隊長へ向かった一本を、隊長が剣で叩き落とす。


 残る二本はユリアナたちへ向かった。


「させるか!」


 左右を固めていた二人の騎士が即座に前へ出る。


 一人が盾で矢を受け、もう一人が剣で弾き飛ばした。


「森からも来るぞ!」


 別の騎士が叫ぶ。


 森の木々の間から、さらに男たちが次々と姿を現した。


 十人ほどの男たちが武器を手にしており、魔狼を挟んでこちらへ向かっている。


 前方には魔狼、後方からは新たな敵。


 護衛隊長は一瞬で状況を把握すると、ユリアナたちの方へ視線を向けた。


 その間にも十人の男たちは距離を詰めてくる。


 ユリアナは馬車へ向かいながら、その動きを見ていた。


 そして、敵が護衛騎士たちへ接近するまでの時間を測るように、ユリアナは前方へ視線を走らせた。


 狩猟者を装っていた三人は、魔狼の向こう側にいる。  そのさらに後方から、十人ほどの男たちがこちらへ迫っていた。


 護衛騎士は三人が魔狼を抑え、残る二人がユリアナたちの護衛についている。


 このままでは、後方から来る十人を二人の騎士だけで迎え撃つことになる。


 そうなれば、敵と味方の距離が近くなりすぎる。

 魔法で援護するとしても、護衛騎士まで巻き込む可能性が高い。


 ならば――


「ユリアナ、馬車へ!」


 エドワードが叫んだ。


 ユリアナは返事をしなかった。


 視線は、迫ってくる十人から離れない。


 まだ距離がある。


 今なら間に合う。


「ユリアナ!」


「騎士様たちを援護します!」


 短く告げると、ユリアナはエドワードの横をすり抜けた。


「待ちなさい!」


 背後から声が飛ぶ。


 それでもユリアナは足を止めなかった。


 十人の男たちは、すでに騎士たちとの距離を詰め始めている。


 まだ接触していない。


 ユリアナは両手を前へ向けた。


「――風よ」


 足元の土が舞い上がる。


 巻き上げられた土砂へ風が絡みつき、無数の細かな砂と小石を含んだ風塊へ変わった。


 ユリアナは一瞬で角度を調整する。

 狙うのは、十人の男たちだけだ。


「何だ――」


 男の一人が声を上げた。


 直後、土砂を含んだ風が正面から叩きつける。


「ぐあっ!」


「目が!」


「何だ、これは!」


 砂が顔へ吹き付け、小石が腕や肩を打ち据える。


 先頭の男がたまらず足を止めた。


 後続の男たちも次々と足を取られ、武器を構えるどころではなくなる。


 ユリアナはそこで魔法を止めた。


 これ以上続ければ、騎士たちが敵へ踏み込む際の妨げになる。


「今です!」


 ユリアナの声が飛ぶ。


「おおっ!」


 二人の護衛騎士が同時に踏み込んだ。


 視界を奪われ、体勢を崩した敵との距離を一気に詰める。


 剣が振るわれ、男の腕を斬り裂いた。


「ぐっ!」


 別の男が武器を振り上げるより早く、もう一人の騎士がその手を斬り払う。


 さらに一人の足を払って地面へ倒し、もう一人の肩を斬りつける。


 敵が態勢を立て直し始めたところで、二人は追撃を止めた。


「戻るぞ!」


 二人の騎士は素早く後退し、ユリアナたちの前へ戻る。


 敵を深追いするより、護衛対象との距離を保つことを優先したのだ。


 二人の騎士が戻ってくるのを確認すると、ユリアナはすぐに視線を動かした。


 森の前では、三人の騎士が五匹の魔狼を食い止めている。

 その少し離れた場所では、護衛隊長が狩猟者を装っていた三人と斬り結んでいた。


 隊長が一人の攻撃を受け流し、続けて二人目の男へ踏み込む。


「隊長、後ろ!」


 騎士の声が響く。


 隊長の背後で、残った一人が弓を構えていた。


 距離は近い――

 隊長が振り返っている間に矢を放たれれば、避けるのは難しい。


 ユリアナは迷わなかった。


 魔力を集中させた手元へ水が集まり、瞬く間に細い槍の形へ変わる。


「――そこ!」


 放たれた水槍が、弓を引き絞ろうとしていた男の身体を正面から打ち抜いた。


「ぐっ!」


 水槍を受けた男の身体が大きく弾かれ、弓が地面へ落ちた。


 その隙を逃さず、隊長が踏み込む。


「助かった!」


 隊長の剣が男の腕を捉え、男が苦痛に顔を歪めた。


 ユリアナはすぐに周囲へ視線を走らせる。


 その視線の先で、一匹の魔狼が騎士の横をすり抜けようとしていた。


「騎士様、魔狼! 右!」


 ユリアナが叫ぶ。


 騎士の一人が振り向き、魔狼へ剣を向ける。


 だが、魔狼はすでに地面を蹴っていた。


 騎士へ飛び掛かろうとした瞬間、ユリアナが手を向ける。


「――止まって!」


 魔狼の足元へ水が走った。


 地面を覆った水が一瞬で凍りつき、魔狼の前脚を絡め取る。


「今です!」


 騎士が踏み込んだ。


 身動きの取れなくなった魔狼へ剣を振り下ろし、とどめをさす。


 残った四匹は、それを見て一斉に騎士たちへ向き直った。


「囲ませるな!」


 三人の騎士が互いの位置を確認しながら後退する。


 魔狼が一匹、横から回り込もうとした。


 ユリアナはすぐに手を向ける。


「――風よ!」


 横薙ぎの風が魔狼の身体を弾き、進路を逸らした。


「助かる!」


 騎士が追いすがり、剣を振り抜き、魔狼が地面へ転がった。


 その間にも、残った三匹が騎士たちへ襲い掛かる。


 ユリアナは二人の騎士の動きを見ながら、魔法を使う位置を慎重に選んだ。


 剣を振るう騎士の動きを邪魔しないよう、風の魔法で魔狼の動きを一瞬だけ止める。


 それだけで十分だった。


 騎士たちはその隙を逃さず、一匹ずつ確実に仕留めていく。


 そして、最後の一匹が地面へ倒れた。

 

 五匹すべてが倒れたことを確認すると、三人はすぐに周囲へ視線を走らせた。


 隊長はまだ、狩猟者を装っていた三人の男と戦っている。


「隊長の援護に入る!」


 一人が隊長のもとへ駆け出した。


 残る二人は、ユリアナたちのもとへ戻る。


 その途中、先ほどユリアナの魔法を受けて倒れていた襲撃者の一人が、立ち上がろうとしているのが見えた。


「動くな!」


 二人が剣を構える。


 男は森へ逃げようとしたが、騎士の一人が素早く回り込んだ。


 もう一人も反対側へ回り、逃げ道を塞ぐ。


「武器を捨てろ!」


 男は周囲を見回したあと、手にしていた剣を地面へ放った。


 二人の騎士は男をその場で拘束する。


 一方、隊長は残った二人の男を相手に戦っていた。


 そこへ、魔狼を倒した騎士の一人が駆けつける。


「加勢します!」


 騎士が隊長の横へ並んだ。


 人数が逆転した瞬間、二人の男が互いに視線を交わす。

 二人は身を翻し、そのまま森へ向かって走り出した。


 隊長は追わず、倒れている男へ一度目を向ける。


「戻るぞ」


「はい」


 隊長と騎士は剣を収め、ユリアナたちのもとへ戻っていった。




 ほぼ同じ頃、後方から襲ってきた十人のうち、二人が逃走を試みた。


 ユリアナたちの護衛に戻ってきた二人の騎士が、それぞれの進路を塞ぐ。


「止まれ!」


 二人の男はなおも逃げようとしたが、騎士に取り押さえられた。


「二人、確保!」


 その一方で、残った襲撃者のうち五人は地面に倒れたまま動かなかった。


 さらに三人が森へ向かって走っていく。


 騎士たちは追わず、その場に残った者の確保を優先した。


 これで、後方から襲ってきた十人のうち、二人が確保され、五人が戦闘不能となり、三人が森へ逃走したことになる。


 隊長は周囲を見渡した。


 森へ逃げた者たちの姿は、すでに見えなくなっている。


「負傷者を確認しろ。確保した者は武装を解除してまとめておけ」


「はい!」


 騎士たちが応じる。


 戦闘が終わり、丘に残っていた敵の動きも止まった。




 ユリアナは周囲を見渡した。


 つい先ほどまで、クラリッサとエドワードと一緒に花を眺めていた場所である。


 風に揺れる花々の間には、倒れた男たちや魔狼の姿が残されていた。


 クラリッサが不安そうに息を吐く。


「……もう、大丈夫なのかしら?」


 エドワードは周囲を確認してから、静かに頷いた。


「ひとまずはな。皆、怪我の確認を」


「はい!」


 騎士たちが応じる。


 ユリアナも自分の身体を確認した。


 幸い、怪我はない。


 その確認が終わった途端、クラリッサがユリアナへ駆け寄った。


「ユリアナ!」


「……クラリッサ様?」


 抱き寄せられ、ユリアナは目を丸くする。


 クラリッサはそのままユリアナの身体を確かめるように背中へ手を回し、なかなか離そうとしない。


「怪我はないのね?」


「はい。大丈夫です」


「本当に?」


「はい」


 何度も確かめるクラリッサに、ユリアナは少し困ったように答える。


「……本当に、どこも痛くありません」


「そう……よかった」


 ようやく少しだけ力が緩む。


 その様子を見ていたエドワードは、小さく息を吐いた。


「無事だったから、今は何も言わないでおこう」


 ユリアナが顔を上げる。


「……はい?」


「ただし」


 エドワードは穏やかな口調のまま続けた。


「私が馬車へ行くよう言ったことを、君が聞かなかった件については、帰ってから話を聞かせてもらうぞ」


 ユリアナはきょとんとした。


「……あの?」


 何が問題なのか分からない。


 エドワードの指示に従うより、騎士たちが敵と接触する前に援護したほうが安全だと判断した。それだけのことだった。


 むしろ、あの場で馬車へ向かっていたら、二人の騎士だけで十人を相手にすることになっていたはずだ。


 ユリアナが首を傾げていると、クラリッサが苦笑した。


「それは私も同じ意見ですわ」


「クラリッサ様まで……」


 ユリアナはますます分からないという顔をした。


「心配したのですもの」


 少し困った顔をするユリアナを見て、クラリッサはもう一度だけ抱きしめた。


「でも、今は無事でいてくれたことを喜びましょう」


 少し前まで三人で笑っていた花畑に、戦闘の跡が残っている。


 エドワードはその光景を一度見渡し、それから二人へ視線を戻した。


「帰ったら、今日はゆっくり休もう」


「はい」


 ユリアナは頷いた。


 そのとき、隊長がこちらへ歩いてきた。


「旦那様。捕らえた者についてですが――」


 エドワードが振り返る。


「どうした?」


「身元を特定できるようなものは、今のところ見つかっておりません」


「そうか」


「武器以外に目立った所持品もありません。詳しいことは、本人たちに聞くしかなさそうです」


 エドワードは捕らえられた男へ目を向けた。


「分かった。まずは全員の身柄を確保しておこう」


 隊長の視線の先では、捕らえられた男たちが武装を解除され、騎士たちの監視下に置かれている。


 その中でも、隊長が斬った男は地面へ膝をつき、負傷した腕を押さえていた。


 隊長はその男の前まで歩み寄る。


「抵抗するな。傷の手当てもしてやる」


 男は答えない。


 隊長は男を見下ろした。


「お前たちが何者なのか、これからゆっくり話を聞かせてもらう」


 男は口を閉ざしたまま、隊長を睨み返した。


 その横では、別の騎士たちが負傷者の確認を続けていた。


 ユリアナはその様子を眺めながら、ようやく肩の力を抜いた。


 それでも、穏やかな休日が突然戦いへ変わったことには、まだ気持ちが追いついていなかった。


 ふと、頭へ手をやる。


 そこには、戦いの間も落ちずに乗っていた花冠があった。


 抱きしめたまま離れようとしないクラリッサの手に、ユリアナはそっと手を添える。


「良かった……護れて……」


 小さな声で呟く。


「……帰ったら、大事に仕舞っておきます」


 そう言って、クラリッサに微笑みかけた。


「ええ。今日の思い出ですもの」


 クラリッサはそう答えると、抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。


 ユリアナは小さく頷く。


 花畑を吹き抜ける風が、三人の間を静かに通り過ぎていった。

お読みいただきありがとうございました。

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