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【連載版】ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした! 新・旧作併せて11万PV 突破  作者: 猫が寝転んだ
第二章 明日のことを考えられるようになりました。

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第十四話 花咲く丘で

たくさんの小説の中から選んでいただきありがとうございます。

毎週日曜日12時10分の更新予定です

 ライゼン家の馬車は、王都を離れ、緩やかな街道を進んでいた。


 窓の外には初夏の陽光を浴びた草原が広がり、その向こうには濃い緑の森が続いている。街中では決して目にすることのない長閑な景色が、馬車の進みに合わせてゆっくりと流れていった。


 ユリアナは窓際へ座り、その景色を静かに眺めていた。

 表情はいつもと変わらないものの、瞳だけは忙しなく景色を追い掛けている。


(すごい……)


 王宮からライゼン家へ移る時にも馬車へ乗ったが、あの時は周囲を見渡す余裕などなかった。


 こうして落ち着いて窓の外を眺めるのは、ほとんど初めてだった。

 風に揺れる麦畑の向こうでは牛や羊がのんびりと草を食み、街道沿いには澄んだ小川が穏やかに流れている。


 目に映るものすべてが新鮮で、そのたびに胸が少しずつ弾んだ。

 思わず窓へ顔を近づけそうになり、慌てて姿勢を正す。


(危ない、危ない)


 はしゃいでいると思われるのは、少し恥ずかしい。

 何事もなかったように座り直した。


 その様子を向かいから見ていたクラリッサは、小さく口元を緩めた。


「楽しそうね」


「えっ?」


 ユリアナは反射的に自分の頬へ手を当てる。


「顔に出ていましたか?」


「いいえ」


 クラリッサはくすりと笑った。


「お顔はいつもどおりよ。でも、目がずっと外を追い掛けているもの」


 ユリアナは少しだけ照れたように視線を伏せた。

 隣では、エドワードも穏やかな笑みを浮かべている。


「楽しんでくれているようで何よりだ」


 その言葉に、ユリアナは小さく微笑んだ。


「……はい」


 その一言だけで、クラリッサにもエドワードにも十分伝わった。


 この日を迎えるまでにも、一つ小さな騒動があったことを思い出し、ユリアナは思わず苦笑する。


 それは数日前の朝食の席でのことだった。


 


 数日前――

 その日の朝食も、ライゼン家では穏やかな時間が流れていた。


 食事も一段落した頃、エドワードが思い出したように口を開く。


「そういえば、ユリアナ」


「はい」


「先日話していた、お出かけの件だが」


 ユリアナは顔を上げる。


「行きたい場所は決まったかな?」


「はい」


 迷いのない返事だった。

 その様子に、クラリッサは嬉しそうに微笑む。


「まあ、もう決まったのね」


「はい。厳選いたしました」


 ユリアナは胸を張る。


 その自信に満ちた様子に、エドワードとクラリッサは顔を見合わせる。


(よほど行きたい場所があるのだろう)


 花の名所だろうか。

 湖畔だろうか。

 あるいは王都で評判の店かもしれない。


 そんなことを考えていると、ユリアナが指を一本立てた。


「第一候補は、王立図書館です」


「なるほど」


 エドワードは一つ頷いた。


(確かにユリアナらしい)


  そう思った、その時だった。


「第二候補は、王立学園図書館です」


「……」


 エドワードの表情が止まる。

 さらにユリアナは満足そうに三本目の指を立てた。


「そして第三候補は、貴族院資料館です」


 食堂へ、何とも言えない沈黙が流れた。


 エドワードは静かにこめかみへ手を当てる。

 クラリッサは笑顔のまま固まっていた。


 その反応が不思議だったのか、ユリアナは首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


「いや……」


 エドワードはゆっくり息を吐いた。


「君は、厳選したと言ったね」


「はい」


 ユリアナは大きく頷く。


「何日も考えました」


 その表情には、やり切ったという満足感すら浮かんでいる。


「その結果が、この三か所です」


「そうか……」


 エドワードは再びこめかみへ手を当てた。


「家の書庫へ籠もってばかりだから、たまには外へ出ようという話をしていたはずなのだが……」


 一拍置いて苦笑する。


「外へ出てまで書庫へ籠もるという発想は、さすがに予想していなかったよ」


 ユリアナはきょとんと首を傾げた。


「ですが、どれも一度は訪れるべき場所ではないかと……」


 真剣そのものの返事だった。

 その様子に、クラリッサは思わず笑みを漏らす。


「この子、"外出して楽しむ"ということ自体が、まだよく分かっていないのね」


 その一言に、エドワードもようやく腑に落ちたように頷いた。

 言われてみれば、そのとおりだった。


 クラリッサは優しく微笑みながら、ユリアナへ問い掛ける。


「ユリアナは、前(・)はどんなふうにお出かけを楽しんでいたの?」


「前(・)……ですか?」


 ユリアナは少し考え込んだ。

 前世の記憶をたどる。


「そうですね……」


 ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。


「学生時代は、放課後も休日も予備校で勉強するか、図書室で過ごしていました」


「前世でもか!?」


 思わず声を上げたエドワードへ、クラリッサが小さく苦笑する。


 ユリアナは二人の反応に気付かないまま、さらに続けた。


「就職してからも、休日はセミナーへ参加したり、書店や図書館で資料になる本を探したりしていました」


 エドワードは静かに目を閉じる。

 クラリッサも笑顔のまま固まっていた。


(これは……筋金入りね)


 そんな思いが、二人の間を静かに行き交う。


 その空気をよそに、ユリアナが「あ」と小さく声を上げた。


「でも……」


 何かを思い出したように手を軽く打つ。


「同僚の方は、休日になるとお店を見て回ったり、気になっていたレストランで食事をしたりしていました」


「ふむ」


 エドワードはようやく頷いた。


「それから、家庭を持っている方でしたら、遊園地のようなレジャー施設へ行ったり、景勝地へ出掛けたりもしてまいした」


「よびこう……? せみな……?」


 クラリッサが首を傾げる。


「ゆうえん……? れじゃあ……?」


 エドワードも聞き慣れない言葉を繰り返した。


 ユリアナは、しまったという顔になる。


「あっ……すみません。前世の言葉でした」


「構わないわ」


 クラリッサは苦笑する。


「半分くらいは分からなかったけれど、景勝地へ……?

 景色の美しい場所へ出掛けるということかしら」


「景色を眺めながら、家族でのんびり過ごしたり、お弁当を食べたりするそうです」


「ああ……」


 クラリッサが嬉しそうに手を合わせた。


「ちょうどこの季節、とても綺麗な場所があるの」


 エドワードが口を開く。


「王都から馬車で半日ほどの丘だな」


「ええ」


 クラリッサは頷いた。


「花が一面に咲いて、本当に素敵なのよ」


 ユリアナは、その光景を思い描くように小さく目を細めた。


「そこへ……行くのですか?」


「もちろん」


 クラリッサは迷いなく答える。


「日帰りもできるし、エドワードのお休みに合わせて、三人で行きましょう」


 隣で話を聞いていたエドワードは、小さく苦笑した。


(もう決まっているんだな)


 そう思いながらも、不思議と異論を挟む気にはならなかった。


「ああ」


 穏やかに頷く。


「せっかくの機会だ。家族三人で出掛けよう」


 その言葉に、ユリアナは嬉しそうに微笑んだ。


「はい。よろしくお願いいたします」


 こうして、三人で初めて出掛ける日が決まった。


 そして迎えた当日――



 ◇



 馬車が丘の上へ差しかかり、視界が一気に開ける。

 

 その瞬間だった――


「……わあ」


 ユリアナの口から、小さな感嘆の声が漏れた。


 馬車の前には、一面の花畑が広がっていた。 赤や白、黄色、紫の花々が風に揺れ、丘全体を鮮やかに彩っている。


 見上げれば、どこまでも続く青空。

 吹き抜ける風は心地よく、甘い花の香りを運んできた。


 ユリアナは思わず馬車の窓へ顔を寄せる。

 

 表情はほとんど変わらない。


 しかし、その瞳は、隠しようもないほど輝いていた。


(すごい……こんな場所、本当にあるんだ――きれい……!)


 心の中では、何度も「すごい」と叫んでいた。

 それでも顔には、わずかに口元が緩む程度しか表れない。


 クラリッサはそんなユリアナを見て、そっとエドワードの袖をつついた。


「見てくださいな」


「ああ」


 エドワードも小さく笑う。


「今日は随分と目が輝いている」


「ええ」


「本人な自覚はないのだろうけれどな」


「気に入っていただけたかしら?」


 クラリッサが微笑みながら尋ねる。

 ユリアナは振り返ると、少し照れたように頷いた。


「はい。こんな場所は初めてです」


 馬車が止まり、御者が扉を開く。

 ユリアナは地面へ降り立つと、目の前へ広がる景色をもう一度見渡した。


 足を踏み出すたびに花の香りが風に乗って届く。

 書物の中でしか知らなかった景色が、今は目の前に広がっていた。


 そのどれもが、胸の奥へゆっくりと染み込んでいく。


「少し歩いてみましょう」


 クラリッサの声に、ユリアナは小さく頷いた。


 三人は並んで丘の散策を始める。

 名前を知っている花もあれば、初めて目にする花もある。


「これは何という花ですか?」


「こちらは春の終わり頃から咲く花よ」


 クラリッサは立ち止まり、一つひとつ丁寧に教えていく。

 ユリアナは興味深そうに耳を傾け、ときおりしゃがみ込んでは花を眺めた。


 その様子を見ながら、エドワードは穏やかな笑みを浮かべる。


「今日は書物ではなく、本物の植物の勉強だな」


 その一言に、ユリアナは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「……確かに、そうですね」


 花の間をゆっくり歩きながら、たわいない会話を楽しんだ。


 王都では決して味わえない穏やかな時間の中で、季節の花を眺めながら他愛もない話を交わす。


 急ぐ必要のない時間が、静かに流れていた。


 やがて丘の中ほどまで歩いたところで、木陰に設けられた白いテーブルセットが目に入る。

 侍女たちはすでに準備を終え、温かな紅茶と軽食が並べられていた。


「少し休憩にしましょう」


 クラリッサがそう声を掛けると、ユリアナも素直に頷く。


 今日だけは、本を閉じ、未来のことも忘れてよかった。

 ただ、家族三人で過ごすためだけに用意された、穏やかな休日だった。


 ◇


 

 焼きたてのパンに、色鮮やかな野菜を使った料理。

 果物を添えた菓子と、湯気の立つ紅茶。

 青空の下で囲む食卓は、屋敷での食事とはまた違った趣があった。


「外でいただくと、同じお料理でも不思議と違って感じますね」


 ユリアナがそう呟くと、クラリッサは嬉しそうに頷く。


「でしょう?」


「景色もご馳走の一つなのよ」


 ユリアナは改めて辺りを見回した。


 見渡す限りの花畑と青空を眺めながら口にする料理は、心地よい風も手伝って、いつも以上に美味しく思えた。


 食事を終えると、三人はしばらく木陰でのんびりと紅茶を楽しむ。


 誰かに急かされることも、何かを急いで片付ける必要もない。

 穏やかな時間だけが静かに流れていた。


 やがてユリアナは席を立つと、少し離れた花畑へ歩いていった。


 しゃがみ込み、咲いている花を一輪ずつ眺め始める。


 その様子を見守っていたクラリッサは、不思議そうに首を傾げる。


「ユリアナ?」


 クラリッサが不思議そうに見守る中、ユリアナは花を傷めないよう茎の長さを確かめながら、いくつか摘み取っていく。


 摘んだ花を膝の上へ並べると、細い茎を一本ずつ丁寧に編み始めた。


「まあ……」


 クラリッサが思わず声を漏らす。


 ユリアナの指先は迷いなく花を編み込み、細い茎を傷つけることなく編み込み、少しずつ輪の形が出来上がっていく。


 エドワードも興味深そうにその様子を眺めていた。


「見事なものだな」


「花冠、です」


 手を止めることなく、ユリアナが答える。


「前世で、支援先の村の子どもたちが遊びながら作っていて、私も教えてもらったんです。」


 最後の一本を編み込むと、小さな花冠が完成した。


 ユリアナは形を整え、そっとクラリッサへ差し出す。


「よろしければ、どうぞ」


「私に?」


「はい」


 クラリッサは目を丸くしたあと、嬉しそうに受け取った。


「ありがとう」


 そう言って花冠を頭へ乗せる。

 色とりどりの花は、穏やかな笑みを浮かべるクラリッサによく似合っていた。


「似合います」


 ユリアナが小さく微笑む。

 表情の変化はわずかだったが、その声はいつもより少しだけ弾んでいた。


「ふふ、ありがとう」


 クラリッサも照れたように笑う。

 その様子を見ていたエドワードは、小さく肩をすくめた。


「私にはないのかな?」


 珍しく拗ねたような口調に、ユリアナは一瞬きょとんとする。

 次の瞬間、小さく吹き出した。


「では、もう一つ作ります」


 その言葉に、クラリッサがくすりと笑う。


 初夏の丘には、穏やかな笑い声が静かに溶けていった。



 ◇



 花畑の向こう、深い森の木陰。


 木立に身を潜めた何者らが、丘の様子をじっと見つめていた


 視線は一度も逸れることなく、楽しげに過ごす三人だけを捉えている。


 風が枝を揺らす――

 葉擦れの音だけが静かに響く。

 その姿は濃い木陰へ溶け込み、丘にいる誰の目にも映ることはなかった。


 迫りつつある危険を知る者は、まだ誰もいなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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