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【連載版】ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした! 旧作4万PV突破  作者: 猫が寝転んだ
第一章 扉を吹っ飛ばす

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第二話 前世の記憶

こちらは本日、第2話です。

こちらから、ご覧になっている読者様は、第1話からご覧いただければ幸いです。


3万8千PV突破短編の連載版です!


第一章は旧前後編に加筆・修整したものです。

読み飛ばしていただいても、旧作をご存知の方は話の展開が解ると存じますが、どこが違っているか、楽しんていただければ幸いです。

 結局、ユリは物置へ運び込まれた。


 額の傷を拭かれ、布を巻かれただけである。


 医務室へ連れて行けば騒ぎになる。


 誰も責任を負いたくなかった。

 だから人目につかない場所へ運ばれた。


 ――それだけだった


 物置の扉が閉まる。


 外から聞こえていた足音は次第に遠ざかり、やがて完全に消えた。


 その後、誰かが様子を見に来ることはなかった。


 ユリは何度か身体を起こそうとした。


 だが、そのたびに全身へ鋭い痛みが走る。


 息を吸うだけで胸が痛い。

 頭もひどく痛かった。


 もともと丈夫な身体ではない。

 痩せた身体に、この怪我は重すぎた。


 時間が経つほどに意識はぼんやりしていく。


 日が沈み、物置の中は暗闇に包まれた。


 寒い……


 身体の震えが止まらない。 指先の感覚も少しずつ鈍くなっていく。


 額から流れた血が目尻を伝う。


 頭の痛みは少しも収まらなかった。 心臓の鼓動に合わせるように傷口が脈打ち、視界まで揺れる気がする。


 助けを呼ぼうにも声が出ない。


 このまま朝まで生きていられるだろうか。


 そんな考えが頭をよぎった。


 その時だった――


 割れるような頭痛が走る。


 目の前が白く染まり、今まで見たこともないはずの光景が脳裏へ流れ込んできたのである。


 最初は夢だと思った。


 しかし違う――


 そこには確かな実感があった。


 白い壁に囲まれた病室。

 消毒薬の匂い。

 見慣れない医療器具。


 自分は白衣を着ていた。

 怪我人の手当をしている。


 次の瞬間には、砂埃が舞う乾いた大地が見えた。


 簡素な医療テントの中では、次々に患者が運び込まれてくる。


 慌ただしく外国語が飛び交い、多くの人々が治療のために動き回っていた。


 そして――巨大な獣。


 二本の角を持つ獣が暴走し、人々へ向かって突進してくる。


 自分は反射的に患者を庇った。


 激しい衝撃を受け、身体が吹き飛ばされる。


 そこで記憶は途切れた。


「……私……?」


 掠れた声が漏れた。

 理解が追いつかない。


 だが、一つだけ確かなことがあった。


 あれはただの夢ではない――


 どこかの誰かが生きた記憶だった。


 白い服を着て働いていたこと。 怪我人を診ていたこと。 人の命を救おうとしていたこと。


 そのどれもに覚えがない。


 ――なのに、不思議なほど懐かしかった。


 まるで自分自身が体験した出来事であるかのように。


 その記憶のなかでは、自分は医師だった。


 海外医療支援団体に所属し、危険地域を巡りながら患者の治療にあたっていた。


 医師になるために学んだ知識も、病院で働いた日々も、多くの患者と向き合った経験も、すべてが自分の人生として蘇ってくる。


 救うことができた命もあった。

 力が及ばず、救えなかった命もあった。


 その時に感じた喜びや悔しさまでもが鮮明に思い出されていく。


 あまりに膨大な記憶の流入に、ユリは自分がどこにいるのか分からなくなりそうになった。


 だが、その混乱の中でさらに別の記憶が浮かび上がる。


 少女の加筆頃に夢中になって読んでいた物語だった。


 剣と魔法の世界を舞台にした空想小説。

 冒険者が魔物と戦い、魔法使いが不思議な力を操る。

 そして傷付いた仲間を治癒魔法で救う。


 そんな物語を何冊も読んだ記憶が蘇った。


 そしてユリは、ふとある考えに至る。


 もし本当に物語のような世界に自分がいるのなら、魔法で怪我を治せるのではないだろうか、と。


 まともな考えではない――

 死にかけた人間の妄想かもしれない。


 だが、試すだけなら損はなかった。


 どうせ何もしなければ死ぬのである。


 ユリは残された意識を総動員し、自分の身体へ意識を向けた。


 すると、不思議な感覚があった。


 血液の流れとも違う。

 身体の奥を巡る熱のような何かが感じ取れる。


 これまで意識したことはなかったが、それは確かに存在していた。


「これ……?」


 ユリはその感覚を追う。


 すると身体の奥を流れていた何かが、意識に反応するように動き始めた。


 やり方など知らない。

 理屈も分からない。


 それでも治ってほしいと願った。


 生き延びたい――と願った。


 その一心で、流れを傷付いた箇所へ向ける。


 すると身体の奥から温かな感覚が広がっていった。


 額の痛みが和らいでいく。

 苦しかった呼吸も少しずつ楽になった。

 失われた体力までは戻らない。


 だが、死の淵からは確かに引き戻されていた。


 ユリは荒い息を吐きながら天井を見上げる。


 少なくとも今夜は生き延びられる――


 そう確信した途端、張り詰めていた意識が限界を迎えた。


 ユリはそのまま深い眠りへ落ちていった。




 翌朝、ユリは生きていた。


 身体中に痛みは残っている。


 だが、昨夜感じていた死の気配はもうなかった。

 おそらく、あの不思議な力が働いたのだろう。


 まだ傷は少し残っているし、身体も重い。

 起き上がるだけで足元はふらついた。


 それでも、昨夜のまま放置されていたなら命を落としていたはずだ。


 そう考えれば、生きて朝を迎えられただけでも十分だった。


 ユリは物置の隅で身体を丸め、少しでも体力を回復させようとした。


 食事を持ってきてくれる者もいないし、誰かが様子を見に来ることすらない。


 いつものことではある。


 だが、あれほどの重傷を負ったのだ。せめて生きているかどうかくらいは気にしてもらえると思っていた。


 どうやら、それも買いかぶりだったらしい。


 結局は、今回も自分でどうにかするしかなかった。



 身体を休めながら、ユリは昨日の出来事を何度も思い返した。


 頭の中へ流れ込んできた膨大な知識と記憶――

 医療技術。 科学。 そして、魔法や異世界を題材にした物語。


 それらを整理していくうちに、ユリは一つの結論へ辿り着く。


 あれは他人の記憶ではない。


 自分自身が、今とは別の世界で生きていた頃の記憶だ。


 信じ難い話ではあったが、それが最も自然に説明できた。


 ユリは、自分が前世の記憶を取り戻したのだと理解した。


 そのまま物置の隅で身体を丸めて一日をやり過ごし、体力の回復を図った。



 夕刻を過ぎた頃には物置の外も静かになっていた。


 夜の帳が下り、人の気配が少なくなったのを確認すると、ユリはそっと扉を開ける。


 重い身体を引きずるようにして向かった先は食堂だった。


 すでに食事の時間は終わっている。


 残された桶や籠を探り、捨てられるはずだった食べ物を口へ運ぶ。


 行儀の良い話ではない。


 だが、残飯であっても口にできたのは、今のユリにとってはありがたいことだった。


 空腹を満たしたことで、ようやく少しだけ落ち着くことができた。


 物置へ戻ったユリは、これからどうするべきかを考える。


 昨夜までは生き延びるだけで精一杯だった。


 しかし今は違う――


 幸いなことに、前世の記憶は失われていなかった。


 医師として学んだ知識も、社会の中で生きてきた大人としての経験も残っている。


 そして何より、自分の置かれている状況が決して正常ではないことを理解できるようになっていた。


 まず必要なのは生きるための基盤だった。


 今のユリには金もなければ後ろ盾もない。

 だからこそ、自分に使える技術を探す必要があった。


 前世の医師としての知識はある。


 だが、薬も器具もないこの環境では、その大半をすぐに活用できるわけではない。


 そこでユリが目を向けたのは、この世界ならではの力――魔法だった。


 前世の物語に登場するような派手な魔法は、この世界ではほとんど見られない。


 王宮お抱えの魔法使いであっても、その力は生活や研究の延長線上にあるものが大半だった。


 その一方で、昨夜自分が使った治癒魔法は明らかに異質だった。


 重傷から一晩で命を取り留めるような力は、少なくとも表立って使うべきものではない。


 ユリはそう判断し、そのことは誰にも話さないことに決める。


 代わりに、人目を引かずに価値を生み出せる魔法を探した。


 火や風、水を扱う生活魔法も試してみたが、下働きの少女が使うには少々目立つ。


 その中で、前世の知識と組み合わせれば最も実用性が高いと判断したのが洗浄魔法だった。


 こちらは比較的ありふれた生活魔法らしい。


 一度感覚を掴むと扱うこと自体は難しくなかった。


 試しに汚れた布へ使ってみる。


 すると、染み込んでいた汚れがみるみる落ちていった。


「これは……使える」


 洗浄魔法を覚えた後、ユリアナは何度も試行錯誤を繰り返した。


 ただ汚れを落とすだけではない。


 前世で医師として働いていた頃、衛生管理の重要性は嫌というほど学んでいる。


 食器の洗い残し。

 布に染み込んだ汚れ。

 目に見えない汚染。


 それらを意識しながら魔法を使うと、汚れの落ち方が明らかに変わった。


 王宮では毎日大量の洗い物が出る。掃除に使う布も数え切れない。


 ならば、この力を必要とする者はいるはずだった。


お読みいただきありがとうございました。

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