第8話:大槌と鉄拳
「──ふざけた小倅め。その大口、二度と叩けぬようにしてくれるッ!」
ゴルドの咆哮が、大森林の空気をビリビリと震わせた。
地響きと共に、巨大な肉体が爆発的な速度で突進してくる。
その手に握られた巨大な戦鎚が、半月状の軌道を描きながら、俺の頭上を目がけて容赦なく振り下ろされた。
「シリウス様……っ!」
背後からフェリスの悲鳴が聞こえる。
風を切り裂き、大気を圧殺するような一撃。まともに喰らえば、人間の骨など一瞬で粉々に砕け散る。
だが──。
(状況把握。速度はオルトロス以上、だが軌道が直線的だ)
俺は一歩も引かない。
戦槌が俺の鼻先をかすめる、まさにその刹那。
フッ、と頭をわずかに傾けた。
暴風を孕んだ鉄の塊が、俺の耳元を空しく通り過ぎる。
ズドォォォォォンッ!!!!
戦槌が地面に激突し、爆発でも起きたかのような轟音と共に、大量の土砂と岩片が派手に巻き上がった。
「な……ッ!?」
ゴルドの瞳が驚愕に染まる。
渾身の一撃を、完全に静止した状態から「紙一重」で回避されたのだ。
「力は一級品だが、大振りすぎるな。ものぐさな俺でも、これだけ隙がデカいとさすがに目が覚める」
「小瀅がぁぁぁッ!!」
ゴルドはすぐさま戦槌を引き抜き、今度は横薙ぎの一撃を放ってきた。逃げ場を無くすような、広範囲への薙ぎ払い。
しかし、俺はその攻撃の軌道すら、ゴルドの筋肉の動きと視線から完全に読み切っていた。
ト、と。
俺は突進してくる戦槌の『内側』──すなわち、最も威力の低いゴルドの懐のデッドスペースへと、恐れを知らずに自ら踏み込んだ。
「何っ……!?」
「ここ、空いてるぞ」
懐に潜り込まれたゴルドが息を呑んだ瞬間、俺は腰の回転を乗せた鋭い掌底を、彼の分厚い胸板へと叩き込んだ。
ドゴォォォンッ!!!
「が、はっ……!?」
岩石のような筋肉を持つゴルドの巨躯が、たった一発の掌底によって、ズルズルと数メートル後方へ押し出された。地面の土が、彼の太い足によって深く抉り取られる。
「バカな……! 魔力による強化もなしに、この俺の質量を押し返すだと……!? 貴様、本当にただの人間か……!?」
ゴルドは胸を押さえ、荒い息を吐きながら俺を睨みつけた。
彼は知らない。俺がアリエス──フェリスと志を通わせたことで、その基礎身体能力がすでに通常の限界を超えて跳ね上がっているということを。
「だから言ったろ。魔法が使えないからって、弱いとは一言も言ってない」
俺は軽く肩を回し、首の後ろを掻いた。
「なぁ、ゴルド。あんたの誇りと、仲間を想う気持ちは本物だ。だからこそ、ここで無駄に消耗するな。その大槌は、大切なものを守るために振るうべきだろ?」
「……黙れッ! 人間に、俺たちの何が分かるッ!」
ゴルドの瞳に、再び激しい怒りの炎が宿る。
彼は戦槌を放り投げ、今度はその丸太のような両腕を構えた。武器を捨て、純粋な肉体の力で俺を叩き潰す構えだ。
「俺は、一族の長だ……! 人間に屈することなど、絶対に、誇りが許さんんんッ!!」
大地を蹴り、雄叫びを上げながら、ゴルドがその巨大な拳を突き出してくる。
一族を背負う男の、執念とプライドが乗った渾身のストレート。
「……いい拳だ。だったら──」
俺はスッと腰を落とし、初めてこちらも「拳」を握り締めた。
「正面から、その頑固な誇りごと受け止めてやる」
極限まで磨き上げた俺の右拳が、大男の巨大な拳へと、真っ直ぐに突き出された。
質量と質量、純粋なフィジカルとフィジカルの衝突。
──互いの拳が、正面から激突する。




