第6話:安住の地を求めて
「──おいしい。こんなにおいしいお肉、生まれて初めて食べました……っ!」
串に刺したオルトロスの肉を頬張りながら、フェリスはサクラピンクの髪を揺らして感動の声をあげていた。
その口元には、こんがりと焼けたお肉の脂が少しだけ付いている。
「そりゃ良かった。まぁ、あれだけデカい図体をしてたんだ。不味かったら割に合わないからな」
俺は焚き火の前に座り、ものぐさそうに自分の分の肉を齧った。
見た目は凶悪な双頭の狼だったが、その肉質は驚くほど柔らかく、ジューシーだった。これなら当分の間、食糧に困ることはなさそうだ。
奴隷狩りを叩き伏せ、襲いかかってきた魔物をワンパンで仕留めた後、俺たちは大森林の少し開けた場所で野営をしていた。
パチパチと爆ぜる炎を眺めながら、俺は自分の前髪を弄る。
内側に灯ったサクラピンクのインナーカラーは、夜の闇の中でも、まるで星のように優しく発光し続けている。
(星辰の覇道、か……)
頭の中に響いたあのシステム音声のような声。
魔法の使えない俺が、仲間と志を共有することで発動する未知の力。
現に、フェリスを仲間に迎えてからというもの、俺の身体は恐ろしいほど軽かった。
元々バケモノじみていた身体能力が、さらに一段上の領域へ引き上げられている感覚だ。心臓の鼓動ひとつ、呼吸ひとつに、これまでにない爆発的なエネルギーが満ちているのが分かる。
「あの、シリウス様……?」
フェリスが、肉をモグモグと動かしながら、不思議そうにこちらを見つめていた。
「ん? なんだ」
「その、私の胸の紋様もそうなんですけど、シリウス様の髪の毛、本当に綺麗ですね。女の子の私でも、ちょっと羨ましくなっちゃうくらい、素敵なピンク色です」
「そうか? 宮廷じゃ『不吉な黒髪』って散々嫌われてたんだけどな」
「そんなの絶対に間違ってます! こんなに温かくて、綺麗な光なのに……!」
フェリスは立ち上がると、一歩前に出て拳を握りしめた。その真っ直ぐな瞳には、俺を侮辱した奴らへの憤りと、純粋な好意が宿っている。
「……まぁ、あんな奴らの評価なんて、どうでもいいさ。それよりフェリス、明日から本格的に『場所』を探すぞ」
「場所、ですか?」
「ああ。ここは大森林の入り口に近い。帝国の追っ手や、さっきみたいな奴隷狩りがまた来ないとも限らないからな。もっと奥へ進んで、誰も俺たちを邪魔できない、安全で最高の『拠点』を見つける」
俺の言葉に、フェリスの瞳がパッと輝いた。
「はいっ! 私、どこまでもシリウス様についていきます!」
そう言って健気に微笑むフェリス。
1日1回限定とはいえ、あらゆる攻撃を完全にシャットアウトする「絶対防御の盾」を持つ彼女は、これ以上ないほど心強い相棒だ。
◇
翌朝。
俺たちは野営地を片付け、大森林のさらに深部へと足を踏み入れた。
大森林の奥は、入り口付近とは比べ物にならないほど濃い霧が立ち込め、周囲の巨木もさらに巨大化していた。普通に歩くだけでも方向感覚が狂いそうな悪環境だ。
だが、状況把握の早い俺の脳内には、周囲の地形や風の動き、魔物の気配が、まるで精密な地図のようにリアルタイムで描き出されていく。
「シリウス様、あっちから凄い不気味な鳴き声が聞こえます……」
「気にするな、ただのCランクの魔物だ。こっちのルートを通れば遭遇しない」
「は、はい! すごいです、シリウス様はまるでこの森のすべてを知っているみたい……っ!」
フェリスを先導しながら、俺はただ「条件の良い土地」だけを絞り込んで進む。
国を造る、などと大口を叩いたが、まずは生活の基盤が必要だ。
人が、いや多種族が生きていくために絶対に必要な条件。
それは、何よりも『水』だ。それも、ただの水ではない。魔物の大森林という過酷な環境で生き抜くためには、豊かで、かつ外敵から守りやすい天然の要塞のような場所が望ましい。
霧の中を突き進むこと、数時間。
「──、───ッ」
突如、俺の耳が、微かな「水のせせらぎ」を捉えた。
ただの川ではない。もっと膨大で、信じられないほど純度の高い魔力が混ざり合った、清らかな水の音だ。
「フェリス、見つけたかもしれない」
「えっ……?」
俺はフェリスの手を引き、茂みをかき分けてその先へと躍り出た。
視界が一気に開ける。
「わあぁぁ……っ! すごい、綺麗……!」
フェリスが思わず感嘆の声をあげた。
そこにあったのは、大森林の奥深くに隠された、息を呑むほどに美しい『巨大な泉』だった。
エメラルドグリーンの水面は鏡のように透き通り、周囲には見たこともない色彩の豊かな植物や、果実のなる木々が群生している。背後は切り立った巨大な岩壁になっており、文字通り天然の要塞だ。
「豊穣の泉、ってところか。生活のインフラとしては、これ以上ない100点満点の場所だな」
俺はものぐさそうに息を吐きながらも、内心でここを『最初の拠点』にすることを決めていた。
魔法至上主義の国を追い出された俺たちが、ゼロから新しい国を建てる。その出発点として、これほど相応しい場所はない。
「よし、ここを俺たちの──」
「──おい。そこの人間の小倅、そして亜人の小娘」
その時。
背後の巨木の影から、地響きのような、低く地を這うような野太い声が響いた。
「そこは俺たちの縄張りだ。命が惜しくば、今すぐ立ち去れ」
ズシン、ズシンと地面を揺らしながら霧の向こうから姿を現したのは、岩のように鍛え上げられた巨大な肉体を持つ、一人の『大男』だった。




