第48話:サクラピンクの料理人と、砂海の進軍
「状況把握。──これより、知略の渦巻く大砂海への遠征を開始する」
俺は八色のインナーカラーを指先で弄りながら、整列した身内たちを見据えて静かに宣言した。冷徹な追放皇子としての覇気を纏う俺の姿に、レオンたちが一瞬で表情を引き締める。
今回の行き先は、ただでさえ過酷な乾燥地帯。おまけに敵は罠と計略を得意とする『水瓶座』だ。精神的にも肉体的にも、これまでの遠征とは比較にならない消耗戦が予想される。
「砂漠の遠征は、兵站の維持がすべてだ。だが──」
俺はチラリと、出発の準備を整えるフェリスの背中に視線を向けた。
これまでは応援やポーションの準備ばかりだったが、今回、彼女は要塞都市の工房で特製の『魔導キッチンカー』を自作し、遠征の全軍資糧の管理を一手に引き受けていたのだ。
「シリウス様、お待たせしました! 砂漠の過酷な環境でも、みんなが絶対にバテないような最高の料理、たくさん作りますからね!」
フェリスがサクラピンクの髪をポニーテールに結び、エプロン姿で満面の笑みを浮かべる。
──そして、遠征が始まってから数日。
フェリスの隠された「本領」が、魔王軍全員を震撼させることになった。
灼熱の太陽が照りつけ、ゴルドやカインですらも「あちぃ……」と毒づく砂漠の夜。誰もが疲弊して食欲を失いかけていたその時、フェリスの移動厨房から、嗅いだこともないほど瑞々しく、官能的な香りが漂ってきた。
「みんな、お待たせしました! 今日はサシャさんの希釈毒熱でじっくり煮込んだ『特製砂漠ハーブの薬膳スープ』と、アルゴさんの氷結魔力で限界まで鮮度を保った『完熟トマトとグリーンピースの冷製パスタ』です!」
運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、全員の目が丸くなった。
「……美味い。いや、美味すぎるぞ、これは……! 食欲を失っていた胃袋に、魔力がダイレクトに染み渡っていくようだ……!」
深藍の髪の騎士アルゴが、普段の冷静さを忘れてスプーンを動かす。
「ガハハ! なんだこれは! 疲れが一瞬で吹き飛んで、体中の闘気が勝プーンと湧き上がってきやがる!」
ゴルドが豪快に飯を掻き込み、シオンやカインも無言で皿を平らげていく。
「状況把握。──なるほどな」
俺はパスタを口に運び、不敵にニヤリと笑った。
俺の『状況把握』のスキルで見極めると、フェリスの作る料理はただ美味いだけではない。食材の魔力循環を100%引き出し、食べた者の疲労を完全にリセットした上で、基礎魔力を一時的に底上げする「特級のバフアイテム」と化していたのだ。
「状況分析。──フェリス殿の料理の精度は、帝国の宮廷料理長すらも遥かに凌駕しています。この過酷な大砂海において、完璧にコンディションを維持できる。これ以上の兵站はありません」
レオンが黄金の髪を揺らし、驚嘆の面持ちで木札に記録していく。
「えへへ……みんなが喜んでくれて嬉しいです! 私は戦えないから、せめて料理でシリウス様たちの力になりたくて」
サクラピンクの瞳を輝かせ、少し照れくさそうに微笑むフェリス。彼女の存在こそが、今や極彩色の魔王軍の胃袋と命綱を支える絶対の要だった。
しかし、その温かい晩餐の時間は、唐突に訪れた「姿なき悪意」によって切り裂かれる。
シュパパパパパンッ……!!!!
「なっ……!? 全員、動くな! 周囲の空間に、目に見えない『魔力光糸の罠』が張り巡らされている!」
レオンが叫んだ瞬間には、すでに遅かった。
砂の中から突如として現れた無数の光の糸が、完璧な陣形を誇っていたはずの魔王軍の四方を完全に包囲し、その肉体を容赦なく縛り上げていく。カインの破壊も、シオンの風も、アルゴの氷すらも、その糸に触れた瞬間に魔力を霧散させられ、発動を封じられた。
「くっ……! 体の魔力が、底なしに吸い取られて……動けねぇ……!」
剛力のゴルドすらも、膝をついて苦悶の声を上げる。
「フフフ……。ようこそ、私の『知恵の水瓶』へ。極彩色の魔王軍、お前たちの単細胞な力など、この知略の迷宮の前では無力だ」
陽炎の向こうから、怪しく光る水瓶を掲げた影が、不敵な笑みを浮かべて現れた。
既存メンバー全員の魔力が封じられ、まさに絶体絶命の危機。
「状況把握──。チッ、完全にハメられたな」
身動きの取れない俺たちの前に、罠を仕掛けた『水瓶座』が冷酷に歩を進めてくる。
成す術のない混沌の渦中、砂漠の夜風だけが、静かに吹き抜けていった。




