第4話:星痕の覚醒、極彩色の兆し
「ひ、ひぃぃっ! 来るな、来るな化け物めっ!」
仲間を信じられない速度で沈められたリーダーの男は、恐怖のあまり完全に理性を失っていた。
手当たり次第に杖を振り回し、無軌道な火球の魔法を乱射する。
ドォン、ドォンと周囲の地面が爆炎に包まれるが、シリウスはそのすべてを、まるで最初から軌道を知っていたかのように、流れるようなステップで完全回避していく。
「あくびが出るって、言わなかったか?」
「が, はっ……!?」
気づいた時には、シリウスの姿は男の目の前にあった。
繰り出された容赦のない掌底が男の顎を綺麗に跳ね上げ、リーダー格の男は脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちた。
最後に残った一人の男は、もはや武器を構えることすらできず、悲鳴を上げながら森の奥へと脱兎のごとく逃げ出していった。
「ふぅ……。やっぱり、身体を動かすと無駄に腹が減るな」
シリウスは軽く肩を回し、首の後ろをぽりぽりと掻いた。
まるで散歩でもしてきたかのような、あまりにも緊張感のない態度。
そんな彼の背中に、怯えた、けれどどこか縋るような視線が注がれていた。
「あ……あの……」
サクラピンクの髪の少女──フェリスが、泥に汚れた身体を震わせながら、這うようにしてシリウスを見上げていた。
その瞳には、恐怖と、それ以上の驚愕が宿っている。
魔法が使えないはずの黒髪の少年が、自分たちを蹂躙した奴隷狩りを、素手だけで全滅させてしまった。その事実が、彼女の知る世界の常識を完全に破壊していた。
シリウスはものぐさそうに彼女の前に歩み寄ると、その場に屈み込み、目線を合わせた。
「怪我はないか? ひどい目に遭ったな」
「あ、ありがとうございます……っ。でも、どうして私なんかを……。私は魔法も使えない、ただの無能な亜人なのに……」
フェリスはぽろぽろと涙を流しながら、俯いた。
彼女の一族の村は、ほんの数日前、人間の理不尽な襲撃によって焼き払われた。家族も、仲間も、すべてを奪われ、命からがらこの大森林の奥へと逃げ延びた。ただ優しく平穏に暮らしたいと願っていただけなのに、世界はどこまでも理不尽だった。
そんな彼女の頭に、シリウスの大きな手が不器用に乗せられる。
「無能だからって、理不尽に踏みにじられていい理由にはならないだろ。……お前、自分を虐げた奴らを見返したいか?」
「え……?」
「俺もさっき、実家の国から『魔力ゼロの無能』って理由でここに追放されたばかりなんだわ。あんな腐った国、こっちから捨ててやる。……なぁ、お前さえ良ければ、俺と一緒に来ないか?」
シリウスはそう言って、泥に汚れた彼女の前に、無造作に、けれど温かい手を差し伸べた。
「俺と一緒に、魔法なんてなくても、誰も俺たちを理不尽に脅かせない、最高の国をここで作ろう」
「あなたと……国を……」
差し出された、光を宿さない完全な黒髪の少年の手。
世界から『劣等種』と蔑まれるその色が、今のフェリスには、どんな魔法の光よりも優しく、頼もしい救いの手に思えた。
(誰も理不尽に泣かされない場所……。もし、そんな場所があるなら……っ!)
少女の胸の奥底に秘められた、世界への祈り。理不尽な運命に抗いたいという、切実な『志』。
それが、シリウスの圧倒的な強さと、大いなる器の大きさに触れた瞬間、魂の深い部分で激しくシンクロした。
「……はいっ……! 私、あなたと一緒に……誰も泣かない場所を作りたいです……!」
フェリスが涙を拭い、シリウスの手を強く握り返した。
その、刹那──。
【──ユニークスキル『星辰の覇道』を検知。対象との『志のシンクロ』を確認しました──】
頭の中に、どこか冷徹で、けれど厳かな『声』が響き渡る。
「っ!? なんだ、今の──」
シリウスが目を見開いた直後、フェリスの身体が、息を呑むほど美しいサクラピンクの光に包まれた。
「ふえっ……!? な、なに、これ……あたたかい……?」
フェリスが戸惑いの声をあげる。
彼女のボロボロの衣服の隙間──その真っ白な**【胸元】の肌に、激しい光を放ちながら、流麗な星々の軌跡が刻まれていく。
それは、夜空に輝く『牡羊座の紋様(星痕)』**そのものだった。
さらに、異変はシリウスの身体にも起きていた。
シリウスの長い髪が、風もないのにふわっと浮き上がる。
「あ……っ! あの、あなた、髪の毛が……っ!」
フェリスが驚きに目を見開いて、シリウスの髪を指差した。
シリウスが自分の長い前髪を手で掴み、視線を落とす。
光を一切反射しないはずだった、あの忌まわしき「完全な黒髪」。その**【内側】に、まるで彼女の魂の色が溶け込んだかのような、鮮烈で美しい『サクラピンクの光のメッシュ』**が、スッと一条、鮮やかに灯っていた。
【──第一星痕・牡羊座が覚醒。個体名:フェリスに神格能力『星天の無垢なる盾』を授与。同時に、主への基礎身体能力バフが適用されます──】
シリウスの五感に、これまでとは明らかに違う、世界を丸ごと支配できるような圧倒的な『力』の奔流が流れ込んでくる。
「髪色が、増えた……? 魔力ゼロの、この俺の髪に……」
シリウスは、自分の髪に灯ったピンクの輝きを見つめ、不敵に口元を歪めた。
自分の名前は「シリウス」。全天で最も輝く星の名だ。
不吉とされた黒髪の内側に、世界のすべての星を飼う。
極彩色の覇王としての覚醒が、今、大森林の片隅で静かに産声を上げた。




