第23話:血煙の戦場と、孤高の鋏
大森林の東端──。
かつては青々としていた木々は帝国の魔法兵が放つ炎によって黒く焼け焦げ、辺り一面には鼻を突く焦熱の煙と血の匂いが立ち込めていた。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ、死ね……! どいつもこいつも、僕の前に立ち塞がる有象無象どもがぁッ!!」
炎の包囲網の中心で、一人の『銀髪の戦士』が、自身の身長ほどもある巨大な【双刃の大鋏】を狂ったように振り回していた。
その衣服はすでにボロボロに裂け、四肢からは肉を切り裂かれた生々しい鮮血が滴り落ちている。
彼こそが、俺の魂のレーダーが感知した『蟹座』の器──名を『カイン』という。
「しぶとい奴め! 所詮は国を追われた反逆者の生き残りだ、囲んで一斉に魔法を叩き込め!」
漆黒の甲冑を纏った帝国の烈火騎士団が、総勢百人以上の規模でカインを完全に包囲し、一斉に炎の魔導杖を突き出す。
カインは帝国の理不尽な粛清によって仲間をすべて失い、世界への激しい憎悪と自身の誇りだけを糧に、一人でこの戦場まで戦い抜いてきた。
他者を一切信じず、ただその一撃で敵を切り裂くことだけを信じている、痛々しいほどに鋭利な『志』。
「炎弾──斉射ッ!!」
容赦なく放たれる、数十発の爆炎の渦。
満身創痍のカインには、それを回避するだけの体力はもう残されていなかった。
(──ここまで、か。姉さん、みんな……僕は、あいつらに一太刀も報いられずに……!)
カインが絶望に目を伏せ、死を受け入れようとしたその瞬間。
キィィィィィンッ!!!!
戦場に神聖なサクラピンクの光が爆ぜ、カインを包み込むように巨大な『球体の障壁』が展開された。
直後、降り注いだ炎弾のすべてが、その絶対の盾に触れた瞬間、パチンと何事もなかったかのように掻き消える。
「え……っ!?」
カインが驚愕に目を見開く。
「な、何事だ!? 帝国の至高の魔導を完全に防ぎ切るバリアだと……っ!?」
動揺する騎士団のド真ん中へ、大気を切り裂くほどの圧倒的な速度で『一つの影』が降り立った。
ドゴォォォォォンッ!!!
着地の衝撃波だけで、周囲の帝国兵が十数人まとめて空中へと吹き飛ぶ。
「状況把握。──五百の軍勢で一人のボロボロをいじめるとか、帝国の騎士様ってのは相変わらず暇人だな」
俺はものぐさそうに前髪を掻き上げ、砂煙の中から姿を現した。
黒髪の内側で激しく主張するサクラピンク、ゴールド、ヴァイオレット、プラチナシルバーの四色のインナーカラー。スタックされた四つの星痕のバフから放たれる圧倒的な『覇気』が、戦場全体の炎を一瞬で圧し折るように鎮まらせていく。
「し、シリウス様! 間に合いました……っ!」
防壁の後ろからフェリスが駆け寄り、その後ろからゴルド、サシャ、レンが不敵な笑みを浮かべて現れた。
「貴様……魔法の使えない、あの不吉な第一皇子シリウスか!? なぜ大森林の奥に……!」
騎士団の隊長が、我が目を疑うように絶叫する。
「お前らの相手は後だ。──おい、そこの銀髪」
俺は騎士団に背を向け、血塗れで大鋏を杖代わりにしているカインを見下ろした。そのオッズアイのような鋭い瞳の奥に、死にかけでありながらもギラギラと燃え盛る『反逆の炎』が宿っているのを、俺の五感は見逃さなかった。
「一人で意地張って死ぬの、だるいだろ。お前のその折れない鋏(誇り)、俺のところで使ってみないか?」
「……ハ、ハハ……。何が皇子だ、何が魔王だ……。僕が、人間に……誰かに縋るとでも思ったのか……っ!」
カインは吐血しながらも、俺を睨みつけて大鋏を構え直した。
(状況把握。……フン、やっぱり一筋縄じゃいかない頑固な蟹だ。だったら──)
「いいぜ。まずはその外側の雑魚どもを一瞬で片付けてから、お前のその硬い甲殻を、俺の拳で優しくぶち壊してやるわ」
俺は不敵に口元を歪め、迫り来る帝国軍へと向き直った。
極彩色の魔王軍と、帝国最強の烈火騎士団。
その圧倒的な「蹂躙」の幕が、今ここに切って落とされた。




