第22話:東からの凶報と、鉄の決意
迷いの霧の谷から帰還し、レンを迎えた歓迎会の翌朝。
豊穣の泉の要塞を包む穏やかな空気は、東の国境付近を警戒していた斥候のリザードマンが、血相を変えて城門へと飛び込んできたことで一変した。
「シ、シリウス様……っ! ゴルド様! 大変です……っ!」
息を切らし、鱗の端々から泥を滴らせた斥候が、俺の前で地面に膝を突く。
「──落ち着け。東の国境で何があった?」
俺は要塞の防壁の影でベンチから立ち上がり、低く冷徹な声を響かせた。前髪の内側では、サクラピンク、ゴールド、ヴァイオレット、プラチナシルバーの四色のインナーカラーが、不穏な空気を察知して静かに明滅している。
「て、帝国の正規軍……『第三烈火騎士団』の先遣隊です! その数、およそ五百! 大森林の東側から、容赦なく森を焼き払いながらこちらへ進軍してきています……っ!」
「五百の正規軍!? 奴ら、本気でこの大森林を根絶やしにするつもりか……!」
ゴルドが巨躯を揺らし、怒りに岩のような顔を歪めて大槌を叩きつけた。
「それだけじゃないわ、ゴルド。……帝国の烈火騎士団といえば、魔法兵を主力とした殲滅特化の部隊よ。ただの数以上に厄介な相手だわ」
サシャが紫色の髪を厳かに揺らし、胸元の星痕を微かに輝かせる。
「ひゃっ……! 森が、焼かれちゃうんですか……? せっかくみんなで、ここで仲良く暮らせるようになったのに……っ」
フェリスがサクラピンクの髪を震わせ、俺の背後に隠れて服の裾をぎゅっと握りしめた。
だが、俺の五感が捉えていた『異変』は、帝国の進軍だけではなかった。
魂のレーダーが東の方角から感知している、あの張り詰めた、すべてを切り裂くような苛烈な『殺意の波動』。それは帝国の軍勢とは明らかに違う、だが、その軍勢のド真ん中で、文字通り命を燃やしながら孤軍奮闘している『誰か』の存在だった。
「状況把握。──ゴルド、サシャ。帝国軍の狙いは、この要塞だけじゃない。奴らは、その先遣隊の目の前で戦っている『一人の身の程知らず』を、なぶり殺しにしようとしてる」
「身の程知らず……? 一人で帝国軍と戦っている者がいるというのですか?」
レンがオッズアイの目をパチくりとさせ、不思議そうに首を傾げた。
「ああ。深く張り詰めた、折れることのない刃のような志。──間違いねぇ、俺が昨日感知した『蟹座』の器だ」
そいつは、帝国の圧倒的な数の暴力に晒され、四肢を血に染めながらも、決して膝を突こうとはしていなかった。他者に裏切られ、世界に絶望しながらも、ただ自身の誇りと、掴んだ武器の感触だけを信じて、一人で理不尽な世界に反逆し続けている。
その、あまりにも不器用で、痛々しいほどに鉄の如き決意が、俺の胸の奥を激しく揺さぶる。
「だるいなぁ。ものぐさな俺としては、帝国の正規軍なんて大層な連中と戦うのは本当に御免なんだわ」
俺は前髪を豪快に掻き上げ、不敵に口元を歪めた。
黒髪の内側で、四色の極彩色の光が爆発的な輝きを放ち始める。アリエス、タウロス、スコーピウス、ジェミニ──四つの星痕のバフがスタックされた今の俺の肉体は、ただ一歩を踏み出すだけで、大森林の重力そのものを変質させる領域に達していた。
「フェリス、ゴルド、サシャ、レン。要塞の防衛はゴブリンたちに任せる。俺たちは今から東へ全速力で突っ込むぞ」
「「「「はっ!!」」」」
「帝国の雑魚どもに、この森の『本当の王』が誰なのか、その身に刻み込んでやる。──そして、その頑固な蟹のハサミを、俺の腕でへし折って迎えに行くぞ」
極彩色の魔王軍、帝国正規軍との初の全面戦争。
そして、孤独な反逆者との出会いに向け、俺たちは弾丸となって東の戦場へと駆け出した。




