第14話:毒の女王と、星の絆
「──溶けろ、死ね、消え失せろッ!」
サシャが放った深紫色の毒の濁流が、津波となって俺を飲み込もうと襲いかかる。
触れた岩石すら瞬時に砂となって崩れ落ちるほどの、凄まじい腐食性の魔力。まともに浴びれば、鎧すらも一瞬で骨まで溶けるだろう。
だが、俺の顔色一つ変わらない。
(状況把握。毒素の拡散速度、魔力の指向性……すべて想定内だ)
俺は右手を前に突き出し、指先をわずかに動かす。
「……霧散しろ」
俺は魔法を使わない。だが、アリエスとタウロス──二つの星痕のバフを受けた俺の拳が、毒霧の『中心核』へと、寸分の狂いもなく正確に突き刺さった。
ドォォォォンッ!!!
毒の濁流が、まるで弾かれたように左右へと霧散する。
毒素そのものを魔力で防御するのではなく、毒霧を生み出している『魔力の奔流』そのものを、圧倒的な物理の衝撃で叩き斬ったのだ。
「なっ……嘘でしょう!? 私の毒を、素手で……!?」
サシャの瞳から自信が消え、戦慄が走る。
彼女はすぐさま次なる毒弾を放つが、その動作は先ほどまでとは違い、明らかに焦りと恐怖に満ちていた。
俺は毒弾をまるでダンスでも踊るように軽々と回避し、一気に彼女の乗る魔獣の背へと飛び乗った。
「っ!?」
逃げ場を失ったサシャが、腰の護身用ナイフを抜いて抵抗しようとする。
だが、それよりも早く、俺の手が彼女の細い手首をガッチリと掴んでいた。
「わ、離して……! この、無能な人間のくせに……っ!」
「無能? ……ああ、そうだったな。あんたの国でも、その『猛毒の才能』が疎まれてたのか?」
「……っ!?」
俺の一言に、サシャの身体がピクリと硬直する。
彼女の瞳の奥底に、魔族特有の凶暴性とは違う、深い孤独と絶望の色が混ざり合っているのを俺の五感は見逃さなかった。
「魔族の軍勢を率いてるわりに、あんたの表情は笑ってない。……ただ、自分の力を恐れられて、捨てられるのが怖くて、必死に『強いふり』をしてるだけじゃないのか」
「……う、るさい……。何も知らないくせに……! 誰かに触れれば、愛しい人さえ毒で傷つけてしまう私のこの力が……どれだけ呪わしいか……っ!」
彼女の言葉には、誰にも言えない切実な『志』が隠されていた。
毒の力で誰を傷つけることも望まない。ただ、自分のこの力が誰かを壊してしまうことを恐れ、だからこそ他者を遠ざけ、支配するしかなかった悲しい孤独。
その脆くて、壊れそうな魂の叫びが、俺の胸に強く突き刺さる。
(状況把握。……こいつも、俺と同じだ。力を持て余し、理不尽な世界で居場所を失った『欠落』を抱えている)
俺は彼女の手首を握る力を、少しだけ緩めた。
黒髪の内側で輝く、サクラピンクとゴールドの光が、サシャの紫色の髪を優しく照らす。
「なら、その毒を『守るため』に使ってみないか?」
「……は?」
「俺のところなら、誰もあんたの力で傷ついたりしない。……なぁ、サシャ。その孤独な鎧を脱いで、俺と一緒に最強の国を造ろうぜ」
シリウスは、今度は戦うためではなく、彼女の未来を救うために手を差し伸べた。
その瞬間──。
サシャの紫色の髪が、虹色のような不思議な光に包まれる。
彼女の真っ白な**【胸元】の肌に、美しくも鋭い星々の軌跡が刻まれていく。
それは、夜空に毒の矢を放つ『蠍座の紋様(星痕)』**──。
「あ……これ、は……? 私の、力が……消えていく……? いえ、コントロール、できてる……!?」
サシャが自分の手を見つめ、驚きに目を見開く。
シリウスと志が重なった瞬間、彼女を縛り付けていた『暴走する毒の呪い』が、完璧に『支配可能な神格能力』へと進化を遂げたのだ。
「髪色が、また増えた……」
シリウスの黒髪の内側。
そこに、鮮烈な**『ヴァイオレット(紫)の光のメッシュ』**が、新たにもう一本、鮮やかに灯っていた。




