9 思い出
春。
この日のことをよく覚えています。
あなたと初めて出会った季節。
『カイ』
そう俺の名前を呟いたあなたは本当に神様のようだった。
夏。
この頃、あなたと話すことなんて一度もありませんでした。
姉のため、試験に落ちるわけにはいかず、ひたすら鍛錬に明け暮れる日々。
夜、素振りをしていると本土で花火が上がったことがありました。
今なら分かる。
あなたはきっと嬉しそうに、その花火を見ていたんでしょう。
秋、島に来て二年後。
上官に呼び出され突然、神様付きになるように言われ、戸惑いました。
正直言って怖かった。
得体の知れない、あなたのことが。
けれど話したあなたは思っていたよりもよく笑う人で。
妙な鴉と仲が良くて。
よく分からない名前まで付けて。
思っていたよりもずっと。
人間らしくて。
変な人でしたね。
珍しい秋咲の桜を露店で見つけたので持っていけば、あなたは寂しそうな顔でそれを見つめていた。
その横顔を見ていると、よく分からない気持ちになりました。
ただあなたが喜んでくれるかと思って、買ってきただけなのに。
そんなに桜が見たかったのですか。
言ってくれれば、いくらでも探してきたのに。
確かに桜は本土にしか咲かず、この島には一本として存在しませんが、意外と枝の流通はあるんですよ。
でも、願うなら今度は連れて行って差し上げたい。
空に向かって大きく手を開き、少しの間だけ人々の上に癒しの雨を届けてくれる。
そんな桜が咲く場所に。
もっと俺が強くなって。
この島にいる誰よりも。
シバよりも強くなって。
命を守るためとはいえ、こんな部屋の中にいることを強いられ続けるあなたにいつか本物の桜を。
なのに。
そう思っていたのに。
何故あなたは今、殺されようとしている?
祭りの日。
あの後、兄のように慕う師と共に帰ったはずのあなたは突然姿を消した。
あの人が隣にいながら、何かあったのか。
訳が分からなくて。
島中を走り回った。
それでもあなたは見つからなくて。
立ち止まった時、海辺の方の空に鴉の大群が飛んでいるのが見えました。
――友達なの
まさかと思って全速力で走ると。
海沿いのなだらかな高台の上から人間が四、五人いるのが見えた。
その中に、あなたの姿があったのも。
俺は弓を放った。
その時、初めて人を殺しました。
許せなかった。
滑り降りてその中心にいた人間に容赦なく刃を向ける。
「やっぱり、お前も来るんだな。カイ」
かつての師、シバに。
風に触れて、彼岸の花が揺れている。
花に止まる、赤とんぼ。
何も知らない無垢な瞳は、地面でせき込む少女と、庇うように刃を振るう少年の姿を映し出した。




