7 再会と別れ
――なのに、なんでこうなった
「お待ちください!」
呑み込まれてしまいそうなほどの人混みで少年は叫んでいた。
幼い子供のただならない様子に普段であれば周囲の人間がすぐに気が付きそうなものだが、今日ばかりは皆が目の前に広がる景色に夢中だった。
神輿を担ぐ男たちの掛け声に、腹の底まで響いてくる太鼓。
狐の面を被って親を驚かせようとしている子供に。
天ぷらや団子、辺りに漂う腹を空かせる匂い。
ありとあらゆるものが混ざり合った、非日常。
そんな中、提灯灯りに浮かぶ…行列の合間を縫って進んでいく幼く細い影を少年は追いかけていた。
「何かあったらどうします!」
カイの声は聞こえているはずなのに、一向に止まろうとしないその人は。
普段外に出ることなどないため、素足で地面を蹴り。
「カイ!早くー」
赤の振袖を翻しながら手を振る…
「ミツキ様!」
『神様』だ。
数十年ぶりの祭りということもあって、普段の比ではない警備の厳重さに苦戦した。
それが良くなかった。
「外に出たいの?」と普段と違う様子のカイに気が付いて問いかけてきた神様に、顔を引き攣らせたのが運の尽き。
「わたし、良い道知ってるよ」と最奥に案内された部屋の中。
「よいしょ」と当たり前のように箪笥を押し始めた少女の後ろから現れたのは、古い絵巻でしか見ないような、絵に描いたような隠し通路だった。
「駄目です!お戻りください!」
その後は止める間もなく、あれよあれよと今に至る。
――これほどの人手でなければすぐに捕まえられるのに
まだ幼いカイの背丈では大人に押しつぶされるのは簡単だった。
身動きが取れない。
――いっそのこと川にでも飛び込むか?
今夜ずぶ濡れで過ごすことになるのは確定だが、少女をこのまま見失うよりかは幾分もましだ。
そう、決意した時だった。
――なんで
そう思ってから、気が付く。
いつの間にか始まった少女との追いかけっこ。
導かれるままに辿り着いたこの場所こそが、そもそも少年が目指していたところで。
抱きしめられた瞬間、纏う香の匂い。
その人のことを思い出すのは、あまりにも容易なことだった。
「姉…上」
泣いていた。
姉は後ろから弟の体を抱きしめて泣いていた。
――少しやせただろうか
腹に回る姉の腕に己の手を重ねながら、少年は思う。
両親が死んでからそれほど良い暮らしはしていなかった。
けれども姉はいつも自分が食べることよりも、弟に食べさせることを優先していて。
その頃より、暮らしには困っていないはずなのに。
――あの人を追いかけないと
やるべきことは分かっているのに、この腕を振り払うのは。
とても。
「…」
とても。
「…」
できそうになかった。
姉に抱きしめられたまま、人波掻き分けた先を見るとそこには少女とシバがいた。
――もう、見つかったのか
近衛の制服は着ていないが、存在自体がよく目立つ。
シバは少女と一言、二言話すと頷き合い。
流石のひと睨みで周囲の人々をどかせると、部下を先頭にしてその場を移動し始めた。
シバがカイの存在に気が付いているのかは分からなかった。
気が付いていたら間違いなく拳骨と共に雷が落ちるだろうから、もしかしたら見えていなかったのかもしれない。
その場を離れる前に少女が一度だけカイの方を振り返った。
そうして小さな微笑みを見せると、手を振って去っていった。
※※※※※
「キサラギ!お前どこに行っていた!」
「………月夜見様が行方不明だ」
まさか少女のあれが本当の意味での別れの指しているなんて、その時は思いもしなかった。




